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西洋婦人の恋は実に自働的(アクティーフ)だ。実に猛烈だ。日本の女性だって、精神上に根本的の相違もあるまいけれど、言語動作の発表がまるで死んでいる、力が抜けている。だから、異性間に起る肉体の歓楽はことさらに萎微してしまった。日本の恋は全く自然のままだ。技巧や空想で消え衰えたものを興し、興ったものをさらに強烈ならしめる方法を案じ出さぬ。二千年以来、米からとる一種類の酒だけで、満足し、その他アルコール類を発見せずにいた歴史を見ても、日本人種の如何に、単純な原始的な、自然の児であるかがわかろう。



貞吉は、ぐっと癪に触った。が、向になって起るのは馬鹿馬鹿しい。こっちが怒るより、相手をなおも怒らして弄んでやる方が、遥かに十分の腹讐(はらいせ)になる……


人生に春ほど良いものはないと、青空の色を見ればつくづく感ずる。新しい楽しみを見出すのはこの時節だ。



貞吉はああ! 過ぎた恋人の死をさえ、今はただの一夜も、忠実に泣き明かす事の出来ぬ、自分の頼りない心を、自分ながら悲しく思ったのである。



無能な外交官の埋葬場といわれている南米もしく西班牙へ…


鈴木「霊を有する人間であるからには、自個を重んずる事は、僕とて、決して君に劣りはしない…

自個の負うべき義務を全くしないのは、乃ち、自個なるものを完全に知らない、完全に発揮しなかったものとみて差支はない。僕は君の卑しむ周囲の事情、伝来の習慣の前に潔く屈従して、人生の最も尊ぶべき恋愛を犠牲にした。自個の幸福は永遠の闇に葬られてしまった。しかし僕は悔やまない。屈従という自個の犠牲から、僕の周囲一族一家が、どれほどの深い感謝、歓喜、幸福に打たれるか、それを思えば、僕は独り窃に自個の運命にこそ泣け、他人、多数者のために、自個を捨ててしまったほうが、遥かに広い幸福と偉大な感激に打たれる。僕は君のように自個の絶対を認めることが出来ない。僕は一度び自覚した我れというものを、我れ自ら捨てて、周囲の声の中に葬って行く、激甚の痛苦、深刻の悲哀、その中に初めて、自個の見出した真の人生の異議が含まれていると思うのだ。


周囲習慣−乃ち愚昧な多数者の幸福



人間の感情を殺す「日本」という情実

鈴木「父は“日本人”と称する人間です。…彼の人たちには恋愛の機微は到底了解されますまい。人生の意義は想像されますまい。理由の無い勘定ほど破りがたいものはない。


生きようと、悶く、飢えまいと急(あせ)る。この避くべからざる人の運命を見るほど悲惨なものはあるまい。自分には自殺した人や、病気で死んだ人に対するよりも、単に「生活」という一語のために目覚しく動いている人を見るのが、如何にも辛く、如何にも痛ましく感じられる…



『ふらんす物語』(永井荷風作)

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