ごめんなさい、松島先生
とうとう卒業を間近に控え、私のクラスでは文集作りが始まった。
みんなは訓練とか、スクールバスの関係で早く帰らないといけないけど、
自分で歩いて帰っていた私は、電話のバイトがあるまで
残って先生達と、紙をおったり、のりではったりしていた。
そんなある日、いつものように、文集をせっせこせっせこ、作っていたら、
山田先生から、ちょっとおいで、と手でまねかれた。
「山田先生、どうしたんですか。私は、何かしたんですか」
山田先生は、ちょっと困った顔をしてから、次に笑って言った。
「あんた、違うんだよ、松島先生のことなんだけど」
言われて、顔が青ざめた。
高校2年生の時、私のクラスの副担任の先生の一人だった松島先生だ。
「違うんだよ」
「違うんだよ、松島先生はね、あんたと話したいって言ってるんだよ」
えっ、と思わず声を出して、私はとってもびっくりしてしまう。
あれ以来、お互い、ろうかですれ違っても、例えどんな所で顔をあわせても、
絶対に一言も、話しかけようとはしなかった。
それぐらい松島先生のことが嫌いだったし、松島先生も私のことを嫌ってた。
Special Need Schoolの先生達のことが、大好きだった私だけど、
やっぱり、どうしても、何ヶ月たっても、私は松島先生を好きになれなかった。
「大丈夫だよ、先生もいるし、一緒に行こう。松島先生が待ってるよ」
ろうかを歩く自分の足が、とっても重く感じた。
私の通うSpecial Need Schoolは、とっても小さな、小さな学校だった。
だから、あんなに狭くて短いろうかだったら、きっと3分もかからず走れるのに。
重くて、こわくて、松島先生が待っている教室になかなか行けない私は、
どうしても、ゆっくりゆっくりと、歩いてしまう。
そして戸をがらっと開けると、松島先生がいた。
先生は、二村さん、いらっしゃい、と言って、とっても嬉しそうな顔をみせてくれた。
「今日はね、二村さんに、みせたいものがあるんだ。ゾートロープっていうんだよ」
木の長い机の上に、大きい紙で作った、遊園地みたいな物があった。
「中をね、覗いてごらん」
松島先生は、そう言って、その箱をぐるっと、手で回した。
箱は揺れて、動いて、くるくるとまわった。
虹が見えた。
「二村さん、大学合格、おめでとう」
その声を聞いて、松島先生の目がねの奥の目が、あたたかい感じがした。
「僕はね、ずっと、二村さんのことが気になってたんだ。
進路指導の担当で、他の子には、たくさんしたのに、二村さんにはなんにもしてやれなかった。」
私の目から、涙がでた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。涙は段々、数え切れないぐらいに、たくさん、いっぱい流れてしまう。
「これからは、顔を見たら、おはようと、言ってほしいんだ。
僕も、二村さんに、おはようと言いたから」
私は、松島先生が、なんで、これを作って私に見せたのか、わかったような気がした。
たった、30秒ぐらいしか楽しむことができないのに、
松島先生が、それをどんなに、一生懸命に、時間をかけて作ったのか、
なんで、私は、それを知らなかったんだろう、知ろうとしなかったんだろう。
もっと早く、気づいていたら、こんなことにはならなかったのに。
ずっと長い間、固まっていた冷たい氷が、ようやく音をたてて溶け出した。
「ごめんなさい」
それを聞いて、山田先生と、松島先生は、こっそりと、びっくりした顔を見せた。
「先生、ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさいと、
私は泣きながら、あやまった。
涙がぼろぼろ出ても、鼻水がいくら出ても、泣きながら私は、ごめんなさいと言った。
松島先生、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
時間がたつのは、あまりにも早過ぎた。
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