コンクール荒らし
大好きなおばあちゃんがいた。
私が幼い時によく面倒を見てくれたおばあちゃん。
とっても大好きだったのに、何年かに1回ぐらいしか会えなかった。
もう一人のおばあちゃんが、「嫁は1回家に嫁いだら、その家に尽くせ。実家はダメだ」
という風な考え方の人で、母は結婚してから実家に帰ったことがないみたいだった。
私が小学4年の時、
児童文学集の詩のコンクールに作品を出したことがあった。
それが、金賞になった。
大分たって、おばあちゃんからいつものダンボール箱がきた。
その日も、お米とかお菓子とか雑誌とかの中に手紙が同封されていた。
お母さんが、おばあちゃんからの手紙を読みながら、
「おばあちゃん、沙誉の詩が金賞に入って、スゴイねっていってるよ。
詩の文集で見たんだって。とっても嬉しいって書いてるよ」
おばあちゃんが喜んでいる。
そうか、前みたいに作品が金賞とか優秀とかの良いトコロに入ったら、
おばあちゃんも知って嬉しくなるんだ。
それなら、いっぱいやろう。
いっぱいやって、おばあちゃんを喜ばせよう。
それからの私は、すごかった。
詩から始まって、習字、ポスター、作文、標語、判画など
ありとあらゆるコンクールに出した。
その結果、貰った賞状の数、およそ30枚以上あったと思う(記憶から)
だけど
ほとんどの賞状や記念品などは、今はもう手元にない。
捨てたから。
1998年。
長野オリンピックがあった年に、おばあちゃんは亡くなってしまった。
その前に、2回ぐらい会ったことがある。
だけど、2回とも、おばあちゃんとマトモに話せなかった。
おばあちゃんは
身体が弱くなって、視力が落ちて、よく見えなくなっていった。
不安げに、久しぶりにきた娘を「さやかちゃん、さやかちゃん」と呼んでいた。
その後、おばあちゃんが死んでしまった。
おばあちゃんや、アキちゃん。
とっても、とっても大好きだったのに。
どうして
良い人ばかりが死んじゃうんだろう。
目に今まで貰った賞状や記念品など、コンクールで貰った品物が見えた。
こんなもの、あっても何の意味もない。
破って、落書きして、捨てた。
おばあちゃんが亡くなってから
周りに「賞金や賞品が出るからさ」
とかいいながら、コンクールに出す必要性がなくなった。
それと同時に、コンクールに対する興味は失った。
喜ばせたくても
もう喜ばせることができないから。
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