夏休み


夏のある日、私は中学時代の、恩師の先生の所に行った。
先生の家は、私の住んでいる部屋と結構、近い。
それなのに、方向音痴の私は、葉書を片手に道に迷ってしまう。
待ち合わせしたスーパーに着いた数分後、先生が来た。

「二村さん」

先生の車に乗りながら、景色を見る。
青い空、白い雲。商店街に、家が見えた。
その中に、先生の家はあった。

「失礼致します」

初めて先生の家に来た私は、少し緊張して戸を開けた。
戸を開けると、畳の匂いがした。開放的な和風の部屋が幾つもある。
そのうちの1つに、私は通された。
「楽にしてていいから」
そう言って先生は、台所に行って、急須を持ってきた。
8月なのに、私は高そうな湯のみに入った、熱いお茶を飲む。
蝉の鳴く声が聞こえた。

帰郷先生は、中学時代の恩師だった。

音楽の先生だったのに、歌えない先生は、いつも厳しかった。
ノドを痛めて、手術をして、それ以来、帰郷先生は、あまり歌えなくなった。
私は、帰郷先生の歌声が、大好きだった。
オペラ歌手のような、迫力のある、綺麗な歌声。
だけど、決してそれは、長く続かなかった。
ある音階に来ると、帰郷先生の声は出なくなる。歌が歌えなくなるのだ。
その後に、帰郷先生は少し悲しそうな顔をするのが、癖だったように思う。
帰郷先生は、何でもないという風に、授業をするけれど、
厳しい顔に隠れた、悲しい顔を、私は、知っていた。

他にもある。

帰郷先生は、クラシックが大好きだった。
若者に流行りの曲が嫌いで、クラシックが好きな先生は、
今風の曲が嫌いなんだと、たまに授業の時に、愚痴をこぼしていた。
そうですね、と相槌をしていた私は、どれがロックなのか、わからなかった。
テレビから時々、そんな歌が流れていたような気はするけれど、
曲の名前すら覚えられない私は、ただ、どうでもよかったような気がした。

テストの点数は、良くなかったのに、何故か、私と先生は、仲良しになった。

帰郷先生が、学校を定年退職で辞めた後も、お付き合いは続いた。
毎年、年賀状を出したり戻ってきたり、時には、手紙で悩みを相談したこともあった。

「心配したのよ」

帰郷先生が、そう言いながらあの時の手紙を持ってきた。
高校生の時、私が非行に走った時に、送った手紙。
1年前か、2年前の手紙を、帰郷先生は、封筒に入れて
あのままの状態で、まだ、大事に持っててくれたのだった。

「あんたが、タバコを吸いましたって、手紙に、書いてあったから」

そう言って、帰郷先生は、今までに、私が見たこともない顔を見せた。
それは、とっても、とっても、悲しそうな顔をしていた。


「すみません」

「だけど、その様子だと、大丈夫そうね」
話した後、そう言って、帰郷先生は笑った。先生の笑顔を見るのは、久しぶりだった。
私も、そうですね、と言って、笑った。

相変わらずの人間関係や、進路のことなど、私は、帰郷先生に色んなことを相談した。
相談しながら私は、かたの力が、抜けていくのを感じた。
こんな風に、誰かに何かを相談するのは、本当に久しぶりだったのだ。

だけど、進学のことだけは、いくら先生に、相談しても、解決できなかった。

両親の許しを貰って、私は夏休みの間だけ、地元の予備校に通うことになった。
私は、小論文と、英語の講義を受講していたけど、他の人達に追いつけなかった。
小論文は、何とかついていけたけど、英語が苦手な私は、朝も、昼も、夜も、勉強した。
行きたい大学に入って、学びたいことを、勉強したかったから。
だけど、やっぱり、勉強したことは、全然、頭に入らなかった。
こうして、先生と話している間にも、本当なら私は、勉強しなければならないはずなのに。

緊張と、焦りと、不安が積もった。



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