悪夢(後編)
「何度いったらわかるんですか!!」
教室を通り抜けて、廊下一杯に響き渡るような気がした。
自分が怒られているはずがないのに、恥かしさを覚え頭をたれて目は机を見る。
その後に決まって聞こえる、泣き声がした。
幸せな毎日になるはずだと確信したはずの1年間は、すっかり悪夢に変わってしまった。
私は、勉強のよく出来る人では決してない。
だけど、当時いた、もう一人の女の子と比べると、
私はその子より少しだけ勉強が出来ていた。
たった、二人だけのクラスメイトなのに。
私が褒められると、必ずその子は怒られていた。
だから、初めのうちは褒められると素直に嬉しかったけれど
私が褒められるとその子は怒られて泣いてしまうという法則性を発見してからは、
逆に褒められることに対して、強い恐怖心を持つようになってしまった。
その子をどうにかしたい、助けたい。
頭の中で、必死にそう思う。
「先生、やめてください」「大丈夫ですから」
そんな言葉が思いつくが、鉛筆を握り締めたまま私は凍り付いてしまう。
次第にそれは罪悪感も入り混じり、私はひどく自分を責めるようになってしまった。
どうにかしたいけど、できない。
恐怖心と苛々と罪悪感がミックスして、とても変な味になっていく。
だけど、不思議と自分の髪の毛を抜くと、それは一時的だけどおさまっていった。
そう、自分は知らず知らずの間に、髪の毛をどんどん抜いて行った。
それは、始めは小さな小さな穴だった。
だけど、髪の毛を抜くたびに、それはどんどん大きくなっていき、
1円玉ぐらいの大きさだった髪の毛を抜いた跡のモノが、
いつのまにか100円玉ぐらいの大きさになってしまった。
10月に入ってから、その子は突然学校を休んだ。
貯藤先生は、「風邪で学校を休んだそうです」と説明したけれど
私は、その子がどんなに学校を好きだったか知ってるし、
幾ら怒られても、頑張って学校に来てたから、今いち納得できなかった。
家に帰って、電話をかけてみる。
彼女のお母さんの声がした。
「はい、もしもし」
「えっと、沙誉ですけど。えっと、風邪で休んだそうなんですけど、、大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、あの子なら今クモンにいってるよ」
「へ?クモンに????」(クモン=小さな塾)
風邪で学校を休んだはずの彼女が、どうしてクモンには行ったんだろう。
その頃の私は、不登校っていう言葉を全然知らなかった。
だから、彼女のそういった行動が不思議で不思議でたまらなかったのだ。
貯藤先生は、その子が学校を休んでからは
私を褒めなくなった。
先生も、私も、あまり喋らない。
ただ、そうして黙々と毎日が過ぎて行った。
12月になってから、先生が一言いった。
「明日、和美ちゃんがバザーにくるから、いっぱい話し掛けてやってね」と。
いきなり言われたので、本当か嘘か信じがたかったけど、彼女は当日、学校に来た。
バザーの品物を買いに。
彼女の姿を見つけると、近づいて話し掛けようとするけど、何も言葉が思い浮かばない。
ただ、和美ちゃんは私の姿を確認しても、ただ、頭は下を向いて、目は自分のひざに落としていたままだった。
他校へ転任させろと保護者からの強い要望があったのだろうか。
貯藤先生は、私達が小学部を卒業すると、一緒に他の学校にかわってしまった。
私がこの体験をしたのは小学6年。そして、そのことを振りかえったのは高校3年。そして今。
決して、お世辞でも楽しい1年間とは言えなかった。
ただ、私はこの先生に出会えて良かったとココロの底から思っている。
貯藤先生は、本当に子供のことが大好きだった。
何故かって、授業中はいつも怒鳴り散らしていたけれど、休み時間の時は
とても嬉しそうににこにこしながら、私達とお話してくれたからだ。
そして、誰一人として貯藤先生に年賀状を書かないのに
貯藤先生は、私達が小学、中学、高校を卒業するまでずっと、
手紙入りの記念品を作ってくれたからだ。
手作りのものは、本当に時間がかかるし、大変だ。
だけど、貯藤先生は、ずっと「卒業おめでとう」という言葉を添えておくってくれた。
小学部の時は、卒業式の時につけた花のブローチを知り合いに頼んで固めてくれて、
中学部の時はすごく暖かい財布をつくって高等部の時は、幸せを呼ぶふくろうを作ってくれた。
私は、貯藤先生のことが大好きだ。
時間も十分にたったし、ココロの整理もついた。
もうそろそろ、手紙の一つでも書いたほうがいいのかもしれない。
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