引っかき傷
「あなたの名前は、なんですか?」
「私の名前は、イイダ、トモエです」
ちょっと一呼吸して、私は笑顔で、トモエとなのった子を褒めた。
「よくできました。スゴイね、偉いね」
女の子は、嬉しそうに笑った。
もう、とうとう、あとちょっとでSpecial Need
School(養護学校)
を卒業するんだけど、私は、何かを残して、卒業したかった。
ただ、卒業するんなら、誰にでも出来る。
すっごく簡単で、とっても楽なことではないのかと、私は思う。
だけど、私は、今までにいろんな先生や友達に、たくさんお世話になったから、
ありがとうって言いたかった。
高校2年の時、国語を教えてくれた美人先生は、
ある日、ある時、この世で、一番きれいな日本語を、私達に教えてくれた。
ひとつは、ありがとう。
もうひとつは、ごめんなさい。
美人先生は、たった二つの言葉なんだけど、
この二つの日本語こそが、最もキレイで、昔から愛されているんだと言った。
すぐに流行る言葉は、すぐに消えちゃうんだけど、
ありがとうと、ごめんなさいという言葉は、とっても美しくてキレイだから、
ずっとずっと、昔からあって、今でもあるんだということを教えてくれた。
その頃の私には、どうして、ごめんなさいと、ありがとう。
この二つの言葉が、どうして日本語の中で、いちばんキレイなのかがわからなかった。
だけど、私は、先生が言う、ありがとうと、ごめんなさいという言葉が好きだった。
人から、何か物を取ってもらったら、ありがとう。
悪いことをしたら、ぺこっと謝る、ごめんなさい。
自分が小学生の時は、言えたんだけど、だんだんだんだん、
大人になるにつれて、私は、どんなに自分が悪いことをしても、
ごめんなさい、と言えなくなってしまった。
あの頃に、戻りたい。
勉強は全然できなかったけど、
毎日、明英君や、他のみんなと一緒に、ろうかをかけまわってた
あの頃に、戻りたい。
だけど、私は、どこからどう見ても、高校3年生のお姉さんだから
小学部の自分に、戻れるはずがなかった。
だけど、小学部のトコロを歩くと、懐かしさもあって、ついつい、覗いてしまう。
ろうかで、遊んでいた子供達と、遊んでいくうちに仲良くなって、
ついには、給食が終わったあとの、昼休みの時間に、
小学部の教室に、行くようになってしまった。
遊んでいるときの、子供達の目は、とっても純粋で、
きらきら光っていて、とってもステキだった。
その笑顔を見ながら、私は、はっと、あることに気がついた。
そうだ、これがあるじゃないか。
私が小学生だった頃、昼休みの時間、養訓室に行くと、
おにいちゃん、おねえちゃん達が、バトミントンをしたりして、遊んでいた。
そして、私の姿を見つけると、沙誉ちゃん、何してるの?と話しかけてくれたり、
一緒に遊んでくれたこともあった。それが、とっても嬉しかったのを今でも覚えている。
あの時の、おにいちゃん、おねえちゃんのようにはなれないけど、
だけど、それに近い存在になろう、毎日、昼休みの時間は、子供達と過ごすようにしよう。
当たり前のようかもしれないんだけど、小学部の子供達は、
中学部、高等部に比べると、顔や名前を覚えるのが、苦手な子が多かった。
だけど、毎日、毎日、昼休みの時間になると、きまって小学部にやってくる
私を、あぁ、あのおねえちゃんだなと、子供達は覚えたのか、
そのうち、私はくるだけで子供達の取り合いになってしまったような気がする。
こんなことがあった。
ある日のこと。
その日は、私はろうかや養訓室で遊ばずに、
教室で、先生が連絡帳を書いている間、男の子と遊んでいた。
時間がきて、5時間目が始まるから、さぁ、教室に帰ろうかと立とうとした時、
それまで、手の力が、あまり無かった男の子が、
急にとっても強い力で、私の手を、小さく小さく、つかんだ。
担任の先生も、私も、びっくりして、
二村のおねえちゃんはね、もうすぐ、自分の教室にかえるから、
だから、手を離してね、と言って、その子の手をはがそうとしたけど、
なかなか、その男の子は、はなそうとしなかった。
私は、はっ、とした。
もしかして、この子は、もうすぐしたら、私が、
この学校から、ずっとずっと、いなくなることをわかっているんじゃないか。
ようやく男の子の手が離れたとき、
左手に、小さな小さな、引っかき傷が出来た。
それを見て、私のココロはあったかくなった。
こんなに小さな子でも、わかるんだ。
もうすぐ学校からいなくなることが、わかるんだ。
無意識でやってるかもしれないんだけど、
ただの引っかき傷なのに、私には、そのことが、十分すぎるほど嬉しかった。
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