進路


4月。

散り始めた桜の花びらは、学校の校舎の上に静かに舞っていた。
毎年、何故かSpecial Need Schoolの桜は、
私達が学校に登校するよりも、早くに散ろうとする。

だから、満開の桜を見ることなんてないから、
学校が春休みの時、私は時々学校に来て、一人でそれを眺めていた。

桜の花を見ると、決まって思い出す人がいた。
アキちゃんだった。

誰よりも早く、大人になることを望んでいた人。
あれこれと言いながらも、一君と結婚することを夢見ていた人。
梅の花の頃に亡くなって、決して桜を見ることなくあの世に行った人。

皮肉なものだなと、にがわらう。

どうして、私の周りには、死んでいく人が多いいんだろう。
両手で数えるほどの亡くなっていった後輩達に、同級生、先輩まで。祖母までいる。
こんなにも良い人ばかり、逝ってしまうなんて。
この世はなんて皮肉な世の中なんだろう。

ただ、過去のことばかり考えることは出来なかった。

高校3年になった私はSpecial Need Schoolを
卒業してからの進路先を決めなければいけなかった。
大好きなここを、離れなければいけない。

何処に行こうか。

就職という言葉は頭になかった。
Special Need Schoolの卒業生の大半は、一生懸命に働く良い人達だけど、
世間は「養護学校卒業」という言葉で枠を狭めようとしている。
一般企業に就職希望だった水ちゃんは、生徒会長という大役をしていたのにも関わらず、
全て電話で企業に断わられたことを、私は知っていた。

中学3年の時にアキちゃんが死んだ時、教員になろうと思った。
アキちゃんのような子が、死ぬまで私に出来ることをしよう。
たくさんのことを、いっぱい教えよう。
それから必死に、教員採用試験のHPを見て、一人で勉強した。
今しなければいけない勉強をせずに、鉛筆片手に印刷された問題と向き合った。

だけど、ある日、私は気づいた。

本当にしたいことは、ただ黒板を通して勉強を教えるのではなくて、人と話すこと。
その人と話して、悩み事を聞いて、ココロの底からリラックスしてもらいたい。
母校が福祉の現場だったのか、知らず知らずに、私は自然と福祉の方に歩いていた。

そうだ、進学しよう。
大学に行って、心理学を専攻して、臨床心理医師になろう。
臨床心理医師になるには、大学に行って4年間勉強して、
そのうえ更に、2年間も勉強しなければいけないことを私は知っていた。

だけど。。。。

桜は、いつにも増してきれいだった。


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