それでも、ずっと、あなたのことが、好きでした<中編>


真夜中に、一人電気をつけて、部屋の中。
私はPCの電源を入れて、画面が明るくなるのを待った。
新着メールに、彼からのメールが着てるのを見て、嬉しくなる。
読んで、電話をしたくなったんだけど、家の電話は出来なくて、
近くにある公衆電話まで、小銭を握り締めて、走りたいけど、外は真っ暗だった。
治安が悪いと、評判の私の住んでいる所は、何が起こるかわからない。

だから

諦めて、布団に潜りこんで、寝ようとするけど寝られない。
目をぎゅって閉じても、頭の中は、起きたい起きたいって言ってる。
早く声を聞きたい、あの人の声を聞きたい。
そして、朝一番に、学校に行った私は、電話をした。

「もしもーしっ。」
彼の、明るくて、優しそうな声が聞こえた。

あぁ、やっと、声を聞けたんだ。

MLに入ってから、暫くして、好きな人が出来た。
住んでいる所や、年齢、価値観まで違うのに、私は、彼のことが大好きだった。
だけど、彼には好きな人がいて、会えない私は、毎晩毎晩、泣いていた。

彼と最初に付き合ったのは4月の1日。

「付き合おっか?」何でもないことがきっかけで、言った言葉。
数分後に、すぐ別れた。理由は、覚えてない。
ただ、PCの画面を見ながら、涙がいっぱい出たのは覚えてる。
涙を拭くのが嫌で、私はキーボードの前で、涙と鼻水をたらしていた。

次の日になって、彼からこんなメールが着た。
「昨日はエイプリルフールだった、っていうことにして、また付き合わない?」
そのメールを見た途端、私のココロは一気に明るくなった。

そうして始めた、福岡から静岡着の、優君との
お付き合いは、私が高校3年の春になるまで続いた。

お互いに学生だし、距離もとっても遠いいから滅多に会えない。

七夕さまは、1年に1回、7月7日になったら会えた。
雨が降らない限り、二人は星の空でデートが出来るんだ。
だけど、私と優君は違った。

元々、ネットの相手に理解を示さない両親は、
私がネットの人と会うことなんて、とんでもない話だった。
優君は大学生だったけど、一人暮しをしてたから、勉強にバイトに大変だった。
1回会ったら、次に会えるのはいつになるのかわからない。
付き合った期間は3年近く。だけど、その中で優君と会えたのは、たったの2回だった。

当時、高2年生だった私の性知識は、とっても、あやふやな、モノだった。
友達から聞いた話や、本で見たモノで、どんなのかは知っていたけど、
それで子供が出来るなんて、その頃の私には、信じられなかった。
半分セックスをしたら子供が出来ると信じて、あとの半分はコウノトリが、運んでくると思っていた。
ただ、男の人達がセックスが大好きなことや、それをしたら喜ぶことは知っていた。

会えない寂しさ、辛さ、欲求不満が、爆発したのかもしれない。
気がついたら私は、優君と会った時、自然とセックスをするようになった。
だけど、入れることは、やっぱりこわかった。
入れてもないのに、優君の精液がかかっただけで、私はとてもこわくなった。

それから、自分は妊娠したと思いこんだ私は、
次の生理が来るまで、ぽんぽんと、お腹を叩いた。
叩いても、叩いても、お腹は痛いけど、流産したのか、私にはわからない。

あかちゃん、お願いします。死んでください。
あながが私の中にいても、私には育てられない。
どうかどうか、流産しますように。

私は家でのアルバイト代として、5000円ぐらい貰っていたような気がする。
その時の私は、そのアルバイト代を中絶費用に、貯めるようになった。
それは優君と会って、セックスをする度にたまっていき、
とうとう貯金の額は、7万円に達するようになっていった。

だけど、その頃になると、私のストレスや不安も、限界だった。

毎日毎日お腹を叩くストレスと、
こんなこと、優君には言えない不安で、神経が、どうにかなりそうだった。

丁度その時、本当に偶然に、私は古いネッ友さんと、再会した。

読んでいた人は沢山いたけれど、
本当に私の書いた小説を読んで、純粋に感動して、
「続き待ってます」と、メールをくれたのは、彼一人だけだった。

その人は、優君と違って、
性に関すること全て、見事なまでに、潔癖症だった。
人と、そういった話をすることが嫌い、例えそういう話が、仲間内で出ても、
彼は決して、話そうとはしなかった。

そういう人だった。

私の中で、「小説の読者さん」から、「良い人」に、彼は変わっていった。
優君と同じ、静岡にいる大学生なんだけど、彼とは全然違う。
私は次第に、その人にひかれるようになった。

そして気がついたら、私はその人のことが好きになっていた。

私には優君がいる。彼を好きになったら、いけないんだ。
うーんうーんと、あきれるほど悩んだ私は、
結局、優君か、彼か、どっちが良いのか選べなかった。
ただ一人、私にアドバイスをしてくれた、心理学を勉強している東大生の人がいたけれど、
その人にいくら相談しても、それでもやっぱり、馬鹿な私は、同じように悩み続けてしまう。
私は、二股を、するようになった。
だけど、それも長くは続かなかった。

そして、事実を知った、優君は関口一番、「別れる」と、私に言ってきた。

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