11月のアルチュール氏

 

「じゃ、ここで、あんたは軍人として、わたしにどうしたらいいと思うんだ」

ドゥニ・ロルティ

 


 

2003.11.30(日)

 

 

微妙に忙しいかもです。

まぁ今月中の多忙ぶり(というか俺の実力不足に原因が…)には及ばないけど、プチ多忙。

というのも、テープ起こしが終わらんのです。

ということで今日の555ですが、裏をかかれましたね。

しゃっちょさんの言動が気になって気になってしょうがないんですが。

木場君がだまされそうに(?)なるのも無理はないですな。

ていうか、仁丹もらってた人があんなに大根だったとは。

ていうか、いろいろと理由があって今日もあまり時間がないんでまともなことはかけないんですが、今日は小脳のあたりが「プヒュウッ」っていいました。真剣に心配です。

 

 


 

2003.11.29(土)

 

 

失敗した。

後悔先に立たずという言葉をリメンバー。

というわけで、昨日はナイフショップに行って、本屋に行って、555キャストを探して、まったりしたわけです。

ちなみに本屋では特撮本があるコーナーの前で騒ぐアヤしい人間でした。

一人では立ち読みするのに勇気のいる表紙だった今月の特撮ニュータイプも二人なら怖くないっ!

ってことで、渋谷に村キャミとか泉くんとかゆりあちゃんとかがいるかと思ったけど、見つけられませんでした。

いや、村キャミは555と全然違うね、ホント。

前髪下ろすと分からなーい。

彼はタッパがあるからそれを手がかりに探してみたけど、どうやら俺の目は節穴でした。

でHMVに行ってみたんだけど、距離近っ!!!

近いよ! これならキャストたちの表情は当然のこと、皺の数から毛穴の数までまるっと分かります。

で、まぁいい時間になったんでテキトーにファミレスに入って555トークとか。

やっぱ語れる人がいるのって、素晴らしい!

で、まぁ精神分析じゃなくて記号論をつかってアプローチするのもかなりいいんじゃないかということを悟りました。

で、バルタンはかなりヤバいです。

ちゅーか何かもう動物ヤバイ。

で、今日テレビをつけてみたら、「人間とは何か」というテーマで心についてやってました。

で、たけっちゃんが「感情は遺伝子の中に組み込まれている」って言ってたけど、それはどういう意味で言ってるのかな?(草加風)

人間としての遺伝子をもっているものは必ず感情を抱くということを言っているのかな?

それとも人間の遺伝子をもっているものは必ず感情を抱く能力を持つ可能性を備えていると言いたいのかな?

後者なら許してやるけど、前者だったら何となく納得がいかない。

前者は遺伝子のすべてが解明されていない現在においては単なる推測に過ぎない。よって養老孟司の言っていることは正しくない。

後者だったら、分節化の問題であるような気がしないでもないです。

で、流星塾ふるさと説についてはまだ考えがまとまってません。

俺の場合、ふるさとは常に/すでに失われているもの、というのに固執してしまってるようなので。

流星塾って、”常に/すでに失われている”というよりは”すでに失われている”というほうが近いような…。

でもまだまとまってません。この意見も変わるかも。

で、食べてもらいたい願望ですが、理解できません。

いや、それはだって「他者」(としてくくられるもの)の問題だから。

『「食べられたい」って気持ち、分かるよ』という人が現れたとしても、その人は自分が「(他者に対して)分かると思ったこと」を分かっているだけであって、その人が「分かると思ったこと」と「実際に他者が抱くもの」は違う。

一人になりたくないってのは何となく分かるかも。もちろんそれは俺の抱く気持ちから他者の気持ちを類推した上での共感だから、それが正しいかといわれると途端に不安になります。

でも、食べられちゃったら一人にはならないかもしれないけど、共に生きることも出来ないよ?

それが俺には耐えられない。ねこっちゃと共に生きることができないなんて耐えられないです。

ペットロスは怖いけど、未来のことは分からないわけです。もしかしたらねこっちゃたちはずっと死なないかもしれないし。

やっぱ、恋愛の成就の不可能性、不到達性に近いと思う。

成就したい/成就できないという2つをめぐってずっと引き裂かれ続けるしかないです、俺の場合はね。

しかも、引き裂かれた状態を脱すること(それが成就することによってであったとしても)というのはねこっちゃへの愛情という存在が消失することだから、それだけはない。絶対にない。

登録しました。

 

 


 

2003.11.28(金)

 

 

クリスマスプレゼントに村キャミのDVDって。

いや、面白そうなんだけど、クリスマスプレゼントにってのがインパクト大ですな。

というわけで、今日は授業サボってしまいました。

別に忙しかったわけでもなく、単に「やってらんねぇぜ畜生め!」ってカンジだったので「なんじゃぁこりゃー!!?」とばかりにサボり。

そして渋谷にて捏造屋さんと合流し、「ナイフショップ&ファイズキャストを求めて3千里ツアー」を決行。

まずはとりあえずナイフショップへ。

以前に元祖さんを連れて行った店だけど、やはりここは品揃えがいいです。

アップルゲートの新しいやつが出ててちょっと気になりましたよ。

ちなみにナイフは高いのが多いです。えくすぺんすぃぶ。

そして555キャスト探しの旅に出たんだけど、これから先はまた後日ということで勘弁してください。

 

 

 


 

2003.11.27(木)

 

 

昨日、外出しないという結論をだした矢先の今日、外出してしまいました。

そして明日も外出します。

とはいえ明日はエンターテイメントなので楽しげ。

明日は頭蓋骨粉砕金輪を取れるかな。

そろそろ読書記録を再びつけはじめないと何かモチベーションが下がりそうな予感がしないでもない。

とりあえず明日は『処刑人』を忘れないようにしておかねばな。

そうそう、ジジェクの新刊はまだ出てないけど、ジュパンチッチの新刊はすでに出てます。

内容はニーチェ論。

で、ジジェクの新刊では『ファイトクラブ』が取り上げられてるとか。

そりゃぁ、器官なき身体とかについて論じるなら『ファイトクラブ』はかなりいい素材だと思うけど、ちょっと安直な気がしないでもないです。

そうそう、元祖さんに『ファイトクラブ』を貸し出そうかと思ってます。サガワ論が3月までのびたので。

 

 


 

2003.11.26(水)

 

 

さて、今日はいい情報をゲットしました。

論叢は年3回出てて、次回の締め切りは3/20だそうな。

そっちに向けてサガワ論を準備することにします。

ウエスタンブーツによる足の裏の痛み対策。

すり足で歩く。

恥ずかしいので却下。

車椅子で移動する。

持ってないので却下。

逆立ちで移動する。

体力ないので却下。

靴を履かない。

(いろんな意味で)もっと痛いので却下。

ウエスタンブーツを履かない。

うしろめたいので却下。

外出しない。

………

……

それだ!!!

 

 

 


 

2003.11.25(火)

 

 

確かに言われてみれば、木場君への真理の恋心ってのは最近じゃ完全無視の方向に進みつつありますねぇ。

ていうか、あらゆるサイトで「リジェを返せ!」という血文字で書かれた直訴状のような訴えを目にするのですが。

いや、分からんでもないけど、俺的にはヴォッファとミケラとヤツデンワニがいればそれでいいです。

ていうか、ミケラとヤツデンワニだけでもいいぐらいです。

で、名前とか。

多分、バルタンや北崎さんに限らず、我々はもともと何者でもないんだと思われます。

もちろん、名前が名指されるもののあり方を変容させることもいくらでもあると思うけど、名指される前からその人の素体というか、強度的胚種というか、分節化される前のものはあったわけで。

っちゅーか、「あった」という表現が分節化以前の状態(があるとして)を充分に言い表しているかは疑問の余地が残るところだけど(ここの「あるとして」というのもまた以下同様)。

ちなみに、「化け物が!!」はO川さんの台詞の方が俺的にはこたえました。なんかこう、腹痛のところにボディーブローを喰らったようなズンッという感じ。

ていうか、はやくバルタンの写真を見せてください。

ああ、そうそう。

結婚する時ってどっちかの姓になることもできるんだけど、同時に新しい姓を名乗ることもできるそうな。

だったら、ねこっちゃと結婚したらどんな苗字にしようかなー、とか真剣に考えてます。

あーねこっちゃに逢いたいねこっちゃに逢いたいねこっちゃに逢いたい。

ちなみに俺は人間です、多分。ときどき、ねこっちゃになったりします。あと何かワケ分かんないのになったりもします。

ということでじゃあ『処刑人』を持っていきます。

そうそう。

元祖さんとこに書いたんだけど、ウエスタンブーツで足が痛くなるってのは、体重がのって負荷がかかる箇所の関係なのか、足の裏なのです。

で、ナンバを試してみたけど、全然ダメでした。まぁもともとかかとのある靴を想定した歩き方じゃないし、しょうがないといえばしょうがないんだろうけど。

こーのさんというよりはむしろどっかのファッションモデルの養成をしてるような人っていうか、歩き方とか姿勢とかを教えてくれそうな人のほうがいいのかなー、とか思ったり。

さすがのこーのさんでもウエスタンブーツを履いたりはしてないだろうしなぁ。(むしろ履いてたら何か嫌だ  笑)

 

 

テープ起こし

 


 

2003.11.24(月)

 

 

555なんですが、あれはやはり「悪の管理」と考えたほうがいいでしょうね。

マフィアはマフィアとして存在することで、管理しやすくなるというアレです。

警察がオルフェノクに対して「人間に戻れないようにする手術」を施すことが象徴的に示してます。エグイぐらいに。

悪を悪として処理するのに一番手っ取り早い方法なんですが、それをするのは悪ではないという点がポイントなんじゃないでしょうか。

それが警察によって行われたから悪ではないという意味ではなくて、悪を悪として決定する機関(お望みとあらば「権力」と呼んでもいいでしょう)は自己を悪と断定することはできないわけです。

O川さんはこの権力の人格化したキャラクターだと思われます。

で、気になるのが仁丹もらってた若い刑事。

彼はおそらく、苦悩しますね。たぶん、レヴィ的に言うなら、彼には人間=オルフェノクの「顔」が見えている。

「顔」という観点から555を見てみると面白いかもしれないと思ってみたり。

ああー、なるほど。あの時、警察はクラブオルフェノクの「顔」を破壊していたんですな。とてつもなく恐ろしい…。

そう考えるとやはり、真に恐れるべきは人間ということです。

ということで話題は変わって、ミルコがクロアチアの総選挙で当選確実だそうな。

いや、議員やってる場合じゃないでしょ、あんた!

と突っ込みを入れてみました。

ちなみに、ミルコのゲーム、「クロコップ・ビヨンド・リアリティ」がめちゃくちゃ欲しいです。

日本では売ってないんだけどね。画面を見る限りでは英語圏かクロアチアでしかないみたいな感じ。

ちなみに「オルフェノクであるか人間であるか」なんてのは、エクスキューズのような気がしてきました。

例えば、木場君が人間だったとして、それでも草っ子は木場君を容認するだろうか、ということ。

だって木場君は真理の想い人なんだし、彼がいることで草っ子は真理を奪われ続けるわけですから。

なんか彼を見てると、自身のイデオロギー(オルフェノクはみんな敵)を貫くために、是非ともオルフェノクを必要とするような。

だとすると、彼のイデオロギーは到達点がないんですな。到達してしまったら、そのイデオロギー自体が消失し、イデオロギーが消失することでその到達も消失するという…。

マジで草っ子救われないです、このままじゃ。誰か救ってやってくれ。

そんでもってそれ以上に結花を救ってやってくれ。

彼女が警察に出頭するところなんで、マジで泣きましたよ。

「私には人間性がない」という袋小路。(人間性がなければこの発言自体が無効になるのだから…)

木場君と結花を誰か助けてくれ、本当に。

そしてラッキークローバー+しゃっちょさん!

マジでいいです。琢磨君が素晴らしすぎ。もはやギャグキャラです。(いったい、いつからこんなになってしまったんだろう? 昔は詩集からエクリチュールを出したりとかなりかっこよかったんだが…)

ところで、マエストロに『処刑人』を貸し出そうか迷い中です。

いや、俺が見たいからとかじゃなくて、迷惑だったりしないかなぁ、と。

特に興味ないものをいきなり渡されても困るでしょうからねぇ。だから興味がなかったら断ってもええんやで? (今田風)

ちなみに『処刑人』が入ってるビデオにはたっくんがオルフェノクになったあたりの555が2話と『お厚いのがお好き?』のマルクスの『資本論』とウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の回が入ってたりします。

 

 

テープ起こし

 


 

2003.11.23(日)

 

 

ええ、言いたいことは大体分かりますとも。

更新とばしてごめんなさい。

ていうか、ごめんなさいが成り立つのは更新を期待していた人がいることを前提にしてるよね! それって傲慢だよね!

いや、言い訳をしときますとね、気分が乗らなかったんですわ。

いわゆるニヒリスムというやつですな。とはいえそんなかっこいいもんじゃなくて、やることとか進路とか論文とかで常に圧力をかけられてるんで。

こう、頭蓋骨圧砕金輪でじわじわと常に締め付けられてるみたいな感じ。

あー、頭蓋骨圧砕金輪ってのはご存知のとおり拷問器具ね。

というわけでもう午前3時になっちゃったんで、555とかについては明日ということでご勘弁願いたいです。

ちなみに、俺のお気に入りには拷問部屋とかがあったりします。

でもそこに掲載されてる”拷問の心得”の”5:趣味を持ち込まない”に抵触しそうなんで多分、俺には拷問は向いてないんでしょう。

でも拷問器具は欲しいです。形状が素晴らしいんですよ、拷問器具って。ファッション的にもいいと思う。

 

 

テープ起こし

 


 

2003.11.21(金)

 

 

内田さんの講演、今日だったんだよなぁ…(遠い目)。

過ぎてしまったことはしょうがない。

それにしても、うっちィと呼ぶのってよく考えたら(よく考えなくても)馴れ馴れしいことこの上ないな! あんた何様?

と思ったんだけど、いかがでしょう?

まぁいい。うっちィとか内田さんとかその場に応じて臨機応変に誤魔化し誤魔化し、だましだましやっていきます。

ていうか、捏造職人さんのヤカヴェッタ使いが妙に巧いです。

北崎さんに注目するとヤカヴェッタが「見えない角度からとんでくるハイキック」の如く炸裂し、ヤカヴェッタに注目すると北崎さんをかわしきれない!

しかも何故かそれらが”そして”という接続詞で連結されている。やるなぁ。センスがいいと思います。

ナイトの称号を与えることはできないけど、捏造マエストロの称号をあげます。

ほら、RPGでキャラクターが成長するとジョブっていうか肩書きが変わってパワーアップするでしょ? あんな感じ。

「捏造職人」から「捏造マエストロ」に成長したってことで。

ヤカヴェッタの使い方があまりに見事だったんで敬意を表して称号を勝手におしつけてみました。

だったら他にもっといい敬意の表し方があるだろう、という人には「突っ込み見習い」という称号を。もっとひねれよ、ということです。

なので、捏造マエストロさんに『処刑人』のビデオを貸してみようかなー、とか思ってます。

迷惑か? 迷惑なのか!? ヤカヴェッタが出てるんだぞ!?

昨日の『お厚いのがお好き?』は良かったです。感動しました。

フーコーの人生がちょっとだけ紹介されてたんだけど、まさかあんな感じだったとは。

ヘーゲルの人生を知った時に似た刹那さを感じました。

あー、そうそう。

話は変わって、昨日、リゾームに”SZABOINC” を追加しました。

デザイナー、ラスィ・ザボのサイトです。

彼はハンガリーの映画監督を父に、フランスの化粧品デザイナーを母に持つ人。

で、見て分かるように、めちゃハンサムです。ええもう羨ましいぐらいに(ヤケクソ)。

しかも映画に出ることもあったりするらしいとか。

あとは飛行機のライセンスを取ってCMパイロットもやるとか。

さらにハンガリー語、フランス語、スペイン語、英語をマスターしてて、日本語も勉強してるとか。

で、軍に入って格闘技を修め、かの有名なジェームズ・キーティングにブゥーイナイフを教わり、マイアミのダンスクラブで用心棒をしてたとか。

彼の人生もいろいろとあっていいです。

 頭のいい人ってのは自分が何を出来ないかを知ってる人です。そういう人は大好きです。頭の悪い人ってのはたまに自分を全知全能だと思うことがあります。そういう人は端から見てる分には面白がって見てますが絶対に関わりたくありません。私はどうやら後者に分類されるらしいです。それを知れただけでも十分だと思いました。それを踏まえて、やっぱり私は「賢く」なるべきです。

捏造マエストロさんとこの日記からの引用なんですが、これについてちょっと。

後者に分類されることを知ったマエストロは、やっぱり頭がいいんじゃないでしょうか?

賢くなるべきというか、少なくとももう賢くなったと思われます。

賢くない人、というかどうしようもないのは、それ(反省的に自分の限界を知ることが大事だということ)を知っていて、それでも反省的に考えて何かを言ったりできず、後になってそのことを思い出しては「クソッタレが…」と呟くことしかできない人を指します。もちろん、自己嫌悪に落ちたからといって次は反省的になれるかというと、それは否。

具体的に誰を念頭において言ってるかはご想像にお任せしますが、構造的無知は避け難いと言われると調子に乗ります。

 

 

テープ起こし

 


 

2003.11.20(木)

 

 

どうでもいいことだけど、どうして”THE BOONDOCK SAINTS” の邦題が『処刑人』なんだろうか?

マフィア、友人、神、暴力が絡み合って、まさに転がる石のような兄弟の行く末がすごくいいのです。

ある意味、青春映画でさえあるような。

『処刑人』という仰々しいタイトルじゃなく、『片田舎の聖人たち』とか『荒くれ聖人』とかでもいいような。

でも後者は何かギャグっぽいけど(笑)。

でも、法の問題と倫理の問題を切り離した告解室でのシーンは必見。

それにしてもこの映画、Fuckという言葉を連発してます。

1分に1回ぐらいの勢いで。

というわけで今日は日ごろの疲れを癒すためにもう寝ます。マジで体調崩しかけてるんで。

あ、そうそう。サガワ論はやっぱもっと練り上げることにしました。

見切り発車で書いて提出しても後悔するだろうしね。いかんせん準備期間が短すぎた。

 

 

レジュメ

テープ起こし

 


 

2003.11.19(水)

 

 

はじめて刃物好きが理解された気がします。

というのも、捏造屋さんが刃物にハマリつつあるとか。

うむ、目が輝いておる。耳ダレが出ておる。

正確にははじめてというわけではないのです。

以前に元祖さんを渋谷の刃物店に連れて行ったとき、彼はちょっと見直してくれたというか、クラフトとして単純にいい、みたいに言ってくれたんで。

で、捏造屋さん情報によるとうっちィがトークライブをやるとか。しかも鈴木晶(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』の訳者として有名ですな)さんとのコラボとか。

で、問い合わせてみたんだが、あいにく満席でもう受付は終了してしまったとか。

うっちィーー!!

残念至極也。

で、刃物はどこのサイトをみてるのかな?

個人的にお勧めなのは山下刃物店のサイトとか。あと英語が大丈夫ならリゾームにあるマスターズ・オブ・ディフェンスなんか凄くお勧め。

MODのCQD Mark6Stingerなんて最高でしょ!

あとはウォーレン・トーマスのカランビット・エクステンディッドとか。

あぁー、大事なの忘れてた! ラスィ・ザボというデザイナーのナイフはもう凄いです。ていうか、そのうちザボのサイトにもリンク張ってみようかなー。

さらにシンプルな中での美しさという点ではマッドドッグなんぞが素晴らしいです。

とまぁ、刃物を語り始めると止まらなくなるんでこの辺でやめとこうかな。続けてもいいけど。

そうそう、28日はどうしましょうかねぇ。おそらくその頃にはどとーの忙しさから解放されてる(はず)だろうし、予定も空けてしまったから暇なのです。

あ、久しぶりに渋谷の刃物店でも行ってみようかなー。いや、渋谷をぶらついてれば555キャストがいそうな気がしないでもないんでね。

木場君あたりがいそう。草っ子と渋谷がなかなか結びつかないんです。

ということで、もし捏造屋さんが暇で、渋谷をぶらついたり刃物店に行ってみたりとかに興味がおありならばお供いたしますぞ。

ちなみに、電車の中とか学校とかでナイフマガジンを読んだりすると思いっきり引かれますのでご注意。

そうそう。以前、俺のコメントがナイフマガジンに載ったりしたんですよー。どうでもいいつまらないコメントだけどね。ちょっと言ってみた、みたいな。

銃はですねぇ、リヴォルヴァーがいいですよねー。『処刑人』でイタリアンマフィアのボス、ヤカヴェッタ(通称パパ・ジョー)がパイソン6in.をめちゃかっこよく扱ってました。

ていうか、パパ・ジョーのイタリア語がめちゃくちゃセクシーで、それに憧れてこの間、「イタリア語会話に興味がある」と茜さん(だったかな)に言ったわけです。

暗号を決めるのも面白いかも。

例えば28日に渋谷をぶらつくのに参加する人は掲示版の書き込みなり日記なりに「ヤカヴェッタ」という言葉を入れること、とか。

例:ここのところ日記の更新がおくれちゃってるんだけど、これもひとえにヤカヴェッタのせいです。

例2:そのグラサン、ヤカヴェッタっぽくない?

例3:それではおやすみなさい。ヤカヴェッタ

例4:動かざることヤカヴェッタの如し。

などなど。うまいこと文脈に組み込めた人にはホーリーネームをつけてあげる等々の太っ腹企画。

今日一日でヤカヴェッタという言葉を1年分ぐらい言ったかも知れない。ヤカヴェッタ。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.18(火)

 

 

書きたいことがあっても書けない。

時間がない。

註わけで詳細は明日。(正確には今日。ていうか一発変換が論文モードになってる時点で察してくれ! マジで!)

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.17(月)

 

 

今日は学校に行けませんでしたよ、ハハハ。

本当は笑い事じゃないんだけど、笑ってないとやってられんですたい。

とりあえず今年の論叢提出をあきらめる覚悟ができたんで少しは気が楽かも。

とはいえ、それでも忙しいことに変わりはないけどね。

で、ここ最近、下の読書メモをほとんど更新してないです。

ていうか、前から書きもれはあったんだけど最近は書きもれって言うよりも書いてないって言う方がふさわしいです。

そろそろメモをつけはじめないと。

ああー、今日本当は555について書こうかと思ったんだけど、時間なくてできません。

あー、そうだ。ルジャンドルのレポも書かなきゃ。

古来から言うように、忙しいのも若いが故なので頑張ります。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.16(日)

 

 

いやぁ、レベッカさんが教えてくれた用語基礎知識のサイト、参考になりまくりです。

そんで東浩紀とか大塚英治とかが引用されてたり。個人的には宮台あたりが出てきそうとか思ってたり。まだ全部に目を通してないからわかんないけどね。

なんとな〜く、うろ覚えで今まで誤魔化してきちゃったかなー? という言葉がけっこうあったりするんですな。

で、漫画とかばかりでなくミリタリーのこととかまで触れてあったのが凄いです。

ナチスのコスプレが人気ってのは間違いじゃないけど、最近じゃ特殊部隊系が人気上昇中という印象。

あとは昔からいるWW2やベトナム戦争あたりか。マニアックなのになると「第二次大戦中に○×戦線を戦った英国△□部隊のコスチュームを再現してみました」みたいな。

わかんねぇよそんなの! と突っ込みたくなりますね(笑)。

で、用語集だけど、本当に面白いのが盛りだくさんです。

例えば「触角」の説明。

 

 節足動物(昆虫やカニやエビ)の頭に生えている感覚器のことですが、最近のゲームやアニメにはそれに似た髪型をしたキャラクターが結構いて、割と人気もあるようです……。
 またそれらとは別に、「触角(みたいなもの)を付けないとバランスの取れた絵が描けない」という絵描きさんもいます…。

 

触角が必需品とは、人間として大事な何かをなくしてしまったような。その点においてめっちゃ好感を抱きます。

で、「萌え」ですが。

レベッカさんの話だとか用語のとこだとかを見てみると、何だか大枠は共有してるけど内実は各々で微妙に異なってそうな気がしてみたり。

だとしたらある意味、「言ったもん勝ち」なのかなぁ。

意味の厳密な定義を不問にふすことで、「萌え」というシニフィアンのパッケージとその共有感覚を楽しむ、という効果がありそうです。なんとなくだけど。

だとしたら、どうするか?

もちろん、野暮なことは言わずに俺も楽しみます。萌え。萌え! 萌えっ!! 萌えーーーーーーーーーー!!

……お前「萌え」って言ってみたいだけだろ? という突っ込みは勘弁してください。

あぁー、S.I.C.シャドームーンの触角をなくしたぁーーーーーーーー!

ちくしょー。万代に注文するか?

そうだ、前買ったS.I.C.アナザーアギト、まだ箱すら開けてないです。遊ぶ時間が全然なかったんで。

そして今も遊ぶ時間が全然ないです。なので今日も部屋の片隅においてあります。

ていうか、サガワ論は論叢に提出できそうにない……かも。

マジでやること多くて。でもせっかく書いてるんだから来年の論叢とか、あるいは院生で作ってる論文集(他校にも配布してます)にでも書いてみようかなと。

レベッカさんに紹介してもらった用語集の「しめきり」の項は、今の俺には生々しいほどリアルに理解できます(笑)。

で、その直前の「殺傷力」ってのは、うちのねこっちゃに「く――――――っ」ってなることなのか?

ていうか、俺はねこっちゃに「萌え」ているのか? そうなのか!?

今日の琢磨さんはもうなんつーか、素晴らしかったです。

そして北崎さんはやっぱり、いとも簡単に手折れてしまいそうな感じです。

「手折れば 散る   薄紫の 野辺に咲きたる 一輪の   花に似て 儚きは   人の 命か…」とは谷村新司の唄です。

あー、久々にカラオケ行きたいかも。

私信。

28日のイベント、中止ってのは本当でしょうかねぇ? って疑ってもしょうがないんだけど、大変ショックです。

キャストの人たちもそれ用に時間を空けてたはずだからもしかしたら渋谷とかをうろついてれば発見・遭遇できるかもしれないなぁ。探してみようかなぁ。

そういえば、このサイトって検索除けもつけてないし、リゾーム(リンク集)にはライダーのオフィシャルサイトが入ってるしで、絵描きさんに対して優しさが足りないなぁ、とか思ったり。

555についてはまた明日ということでかんべんして。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.15(土)

 

 

なるほど。

「萌え」が何たるかをやっと(ちょっとだけ)分かったような気がしないでもないです。

以前に研究員の人たちに「萌えって何なんですかねぇ?」と聞いてみたところ、東浩紀とかを読むと分かるかもよといわれたんだけど、いまいち時間と気力がなかったです。

まぁとりあえず「ときめくぜ」を全面的に信頼してみます。

動物は最高。

とはいえ犬はそんなに得意じゃないです。前は苦手だった。それから比べると全然平気ではあるんだけどね。

犬って、人間に向かってくる時に独特の勢いというか必死さがあるじゃないですか。

あれがちょっと苦手なんだな、きっと。

で、捏造職人的には太字になってた草っ子の「貴様に何が分かる」という台詞。

アレをみて木野さんが思い浮かんでしまいました。

で、大人の責任と子供の要求についてなんだけど、これまたルジャンドル『ロルティ伍長の犯罪』の問題であります。

今は眠いし時間もないんでもう終わり。

うーむ、めちゃ中途半端で「これから」ってぐらいで終わりにするのもなかなか面白い。

気になるでしょ、この後が。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.14(金)

 

 

けずし君とこにも書いたけど、ビールは冬でもおいしいです。

最近はまってるのは毬花です。

別に名前がマリファナに似てるから買ってみたとかそういうんじゃないですよまじで本当だって信じてよ(必死)。

というわけで、現代思想のセントバーナード犬、内田さんに癒されてます。

いや、サガワ論の思考プロセスの参考のために、内田さんの「ぶす」の精神分析の部分を再読したんだけどね。

内田さん、いいです。へろへろでほぇーなところが。

敬意をこめて「うっちィ」と呼んでしまいたいです。かなり失礼な話だけど。

よし、これからは内田さんはうっちィです。本人とか関係者の方々にうっちィと呼んでいることが見つかって怒られたら、平謝りです。それまでは勝手にうっちィと呼びましょう。そして単語登録しましょう。もちろん固有名詞で。

というわけで、うっちィのようにへろへろな感じで俺もサガワ論が書きたいですな。いや、書いてるうちに嫌になってくるから、いっそへろへろにしてしまおうかなと。

ていうか、捏造屋さんとこでみたんだけど、仮面ライダーが今やってる555で最後になるってのは本当かい?

ライダーが終わっちゃうと俺の生きる糧が大幅になくなってしまうんですが。

うーん、困った。ほんとーに困った。

そんで、たっくんだけずるいってのはなんとなく分かる。

でも、澤田君が許されるってのは、彼に宿ったオルフェノクが否応なく彼をして暴走させたんだとしたら、つじつまをあわせることはできるかも。

つまり、澤田君はある意味、オルフェノクの力による心神喪失状態にあったと。

だとするなら、彼を救うということがいかなることかってのも個人的にはすこし納得。

草っ子は今のところは完全なオルフェノクではないようだし、だとするなら彼の暴走はオルフェノクの力にその責任を帰すことができないんですな。

だから、救うという観点からすると、草っ子を救うのが一番難しいと思う。

だって彼は自己の内にあって自己の手におえないもの(たっくんたちにとってはそれはオルフェノクの力)に自覚的になることがひどく困難な気がするから。

だから村キャミが草を救ってやるというのは、555という作品としてはナシだとしても、個人的にはアリだと思う。

ところで、多値論理学が正しいか否かを判定することって、できるのかなぁ?

正しい/正しくないという判断がすでに2値論理の領域内だし……。どうなるんだろ?

そんで、オースティンの行為遂行的発言も多値論理の一種なのかな?

世の中には分からないことが多いですなぁ。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.13(木)

 

 

 

パーソンズのレジュメを終わらせたんだが、社会の変遷に関する彼の説明と論理的なつながりがいまいち分からないです。

多分、パーソンズが前提としている事項が不完全だからなのかも。

ということで(?)、最近はルカシェウィッツの多値論理学に興味を持っています。

あとは確率論的論理学とか。

ということで誰かいい本とかあったら教えてください。

一応、ジャン・ショーヴィノーの『現代論理学』は手元にあります。なかなか面白い。

今日の『お厚い〜』はデカルトの『方法序説』でした。

そして来週はついにフーコー『言葉と物』です!! ぜってー見ます。

そんでフーコーの次はドゥルーズ『差異と反復』を是非取り上げてください!

あるいはレヴィナス『全体性と無限』とか『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』とか。

他にもラカン『エクリ』とかフッサール『イデーン』『論理学研究』とかメルポン『知覚の現象学』とか。

 

 

レジュメ

サガワ論

 


 

2003.11.12(水)

 

 

今日出た言葉で、俺が何でフェミニズムに納得がいかないのかがようやく分かりました。

曰く「女性性を引き受ける女性」。

女性性があることを女性の条件だとするなら、この言明は端的に言って意味がないんですな。

女性性を引き受けた女性は、引き受ける前は確かに女性性はなかったハズであるにもかかわらず、女性という呼称を使ってしまう。

これが「女性性を引き受ける人」という言い方なら分かるんだけど、女性性を引き受ける女性という言明は純論理的に言って意味をなさないと思う。

何というか、フェミニストは「自分で放火して騒いでいる消防士」に似てるような。

このことをフェミニストの友達に言っても分かってくれませんでした。

いや、「コンテクストとかそういった部分をエポケーした上での純粋に論理的な話なんだよ!」と言ってもダメでした。

哲学科出身のF本さんも「いや、エポケーした上での話だって言ってんじゃん」と助け舟を出してくれたけどなぁ。

フェミニス友達はエポケーが何なのかを分かってないのかなぁ。でも彼は博識なんだけどなぁ。

もちろん、多くの場合、女性が差別を受けたりするというのは分かるし、そういった差別はなくせるならなくしたほうがいいとは思う。

あー、あと、法ないし権力の効果を司るものを<父>と呼び、あらゆる権力(or 法)を父権的と称して、価値自由というスタンスから排斥するのだったら、その父権を排斥する価値自由な権力も申し分なく父権的であるし、そういったことをフェミニストが言うのなら、フェミニストも父権的ということになりますな。ここにも矛盾が。

まぁ愚痴と言うかメモは置いといて、予想どおり(?)捏造屋さんは「生・村キャミ」に反応しましたな。

では、生・村キャミでも見に行きますか。よっしゃ! そうとなったらやることをさっさと終わらさねばな。

うーん、目標が見えると何となくモチベーションが上がります。そんな俺はやっぱ単純なんでしょうかねぇ。

 

 

大学院での変な研究会(おそらく強制参加)

 


 

2003.11.11(火)

 

 

最近は国家の更新が心のオアシスになってます。

そうそう、元祖さん、ここは日記じゃなくて国家ね。国家。(←このあたりに変なこだわりがあったりする 笑)

で、今日はお師匠さまのゼミにも授業にも出られず。せっかく不自由論とか人間の条件とかに進んで面白くなりそうなのにぃ!(←ハーバーマスが苦手だった人)

うをををを、それもこれもみんなサガワがいけないんだぁー! ちくしょー。(八つ当たり)

サガワ論が当初の予定からどんどんズレてます。今は被害者がどこを食べられてどこを食べられなかったか、という点も分析してみようかな、とか思ってたり。

それをやるとなると、死体の写真を載せなきゃダメなのかなぁ。絶対に不快感を与えるだろうから写真はあまり使いたくないんだが。

でも同時に図版を入れることで枚数が稼げるかなー、とかイヤラシイ考えを抱いたり(微笑)。

あうう、金曜は指導の先生に誘われた犯罪社会学の研究会なんだけど、出られるか微妙ー。

ていうか皆さん、急に寒くなってきたんで風邪に気をつけましょう。

着メロに『処刑人』の音楽を設定しました。ここで試聴できます。

個人的には”The Blood of Cu Chulainn” と”Holy Foll” がお気に入りです。

ってか『処刑人』でニューエイジにも興味がわいてきてたり。

とりあえずE.S.Posthumus から探してみるか。

あー、マイケル&ジェフ・ダンナのCDも欲しいです。アイリッシュ・ミュージックというかケルトというか。(←この辺の厳密な区別がまだ分かってない人。誰か教えてくれぇー)

ちゅーか、『処刑人』の音楽はいいです。

あ、やべぇ。学校の変な組織の議事録がまだ終わってないんだった。ということで仕事に戻ります。

 

 

サガワ論とかいろいろ

 


 

2003.11.10(月)

 

「俺は、人間としても、オルフェノクとしても生きられなかった……」

澤田亜希

 

 

いきなり555の話から。

澤田君はとても悲しい人でしたね。

というのも、流星塾生は一度死んで、スマートブレインの医療……というよりは改造によって生き返ったわけで。

だから彼らが生きていることそれ自体がスマートブレインのあり方そのものの栄光を補強することになると。

だから(レヴィナスがそうしたように)主観性を擁護することは必然的にその主観性があること、生きていることの根拠としてのスマートブレインというものに送り返される。

彼らの生はスマートブレインなくしては有り得ないのだ。

だからこそ、このこと(あるいは同窓会の日のこと)を知っている者はことごとく引き裂かれている。草加然り、澤田然り。

何故澤田君が人間を捨てようとしたのか、そして捨て切れなかったのかが分かりますね。

スマートブレインに寄ってたつことでしか繋ぐことのできない生と因果の鎖にがんじがらめに絡めとられていた、というわけだ。

だからこそ、流星塾生が彼らのみで救済されることはないのかもしれない。

澤田君は”流星塾生でない”たっくんに接触することで、スマートブレインの呪縛から少しだけ脱し得たのだから。

流星塾内だけで自己完結的に救済されることはないのかもしれないな。

草加が真理に救われたとしても、その真理がスマートブレインの技術の産物だとすると、そして草加の主体も同じ産物だとすると、やはり…。

だからこそ草っ子は真理を生き返らせることよりもスマートブレインを潰すことを選んだのかもしれないが、それが成就したとして、果たして彼に残るものはなんなのか。

スマートブレインを潰して満足を得る自己の中に、スマートブレインが息づいているとしたら?

草加だけじゃなく、流星塾生をめぐる問いかけはここに集約されるような気がします。

いやはや、流星塾生は絶望的状況にいるんですね。

で、遅ればせながら琢磨さんのメルマガに爆笑し、某所での琢磨さんの一日「プロジェ○トX」説にまた爆笑。

だって、「男は、あきらめなかった。」とかそいういうナレーションとともに琢磨さんの営みがドキュメントされると思うと、ねぇ? (笑)

で、今週のヘビの人も爆笑でした。

あーそうそう。11月末の渋谷HMVでの555キャストのイベント、ちょっと行きたいかも。

誰か行きません? …って、ここ見てる人で行きそうなのは捏造屋さんぐらいしかいないですな。平日だし、渋谷だし。

まぁ捏造職人さん的にはナマ・村キャミを拝むチャンス! というわけですな。ナマ・村キャミはテンション高いっすよ、マジで。エキストラのロケでは若さ弾けてました。

ということで、仕事に戻ります。ていうか、今日また新たな仕事というか、テープ起こしのテープを渡されて「やること多すぎだろ!」とか思ったとか思わなかったとか。

最近じゃ睡眠不足で口内炎が3つもできました。美味しく食事がとれないです。

ちゅーかマジでサガワ論が間に合わないかもしれない。でも今更切り捨てるのもなんか忍びないからなぁ。提出できなかったり、提出できても採用されなかったらこのサイトに掲載しますね。

 

 

サガワ論

 


 

2003.11.9(日)

 

 

はい、博士課程の人とかに話を聞くと彼も論文が間に合わないかも、とのことで一安心。この”一安心”というのはもちろん負け犬的一安心なわけです。ダメじゃん俺。最悪、間に合わなくてもいいかなー、と。

ということで元祖さんに噛みつかれちゃいました。えへへ。

いやいや、武術なり格闘なりと言った時点で枠組はできてそれはルール的であるということです。

もし今も武術が強さ(もちろん多かれ少なかれ制限が加わった状況におけるものではある)を求めるとするなら、という前提のもとで進めると前書いたようになるわけです(想像力の無さとかは突っ込まないで。お願いだから)。

そしてさらに進めると今度は戦闘機やら戦車やらの扱い、ひいては政治や軍事の権力の扱いの問題になると。これはもはや武術じゃないですね。

で、学部の頃に言ってたことと似てるけど実は言いたかったことはちょっと違って、何つーか、こーのさんの言葉に卓越化の匂いを感じてしまったんだよね。

そのために銃なり何なりを引き合いに出すことでいかに卓越化がしょーもないことであるかを示そうと思ったとか思わなかったとか。

スポーツだったら”脱出できない”とされルールによって制限が行われるような状況である、みたいな言葉があったじゃないですか。

サガワ論を用意しているせいかどうか分かんないけど、最近は「書かれたこと」や「語られたこと」がどうして書かれたのか、語られたのかを考えるようになったわけ。

それが強制されたものでない限り、或る書かれたことなり語られたことというのは、書かずに済ます、語らずに済ますこともできたにもかかわらずあえて書いた・語ったという部分を含むわけで。

そう考えると、このこーのさんの言葉の中でスポーツが引き合いに出され、比較されることに疑問を抱いたわけ。卓越化ってのは比較が鍵となるし。

もちろん、自分がやってる活動にコミットしてそれを肯定するっちゅー気持ちは分からないでもないけど、それを「比較すること」でやっちゃうのがねぇ。

古武術を肯定したい人が前の文章を読んだとして、あれを不快に感じたとしたら、それは比較されるだけのために引き合いに出される側が感じる不快感なわけですね、たぶん。

こーのさんの文章が比較じゃないんだとしたら、前の文章も比較じゃないということになりまする。少なくとも俺の意図するところじゃないということ。

だとしたら俺の抱いた疑問は的外れだけど、古武術に関わる人が不快感を抱いたとするとその不快感も俺の疑問と同じだけ的外れということになりますわな。

「いやいや、こーのさんは卓越化を意図してないけどお前はしただろ」というのもありそうだけど、それは俺の文章力が足りない(超切実)か、もしくは読み取った側の邪推ということですな。

もしそうだとしたら、それと同じように、こーのさんの文章も、そこに卓越化の匂いを嗅ぎ取った俺の邪推か、そうでなければこーのさんの文章力の問題になるような。

なんちゅーか、俺の文章力の問題のような気がしてきた……ちょっとヘコむなぁ。

要するに聖書じゃないけど「あなたがたは、あなたがたの測る秤で測り返される」ってことを表現してみたかったんですわ。

個人的には古武術もスポーツも軍隊格闘も好きなんだよねー。表箇条、みたいな。

まぁ結論としては「ゲドリアンは素晴らしい」ということですな。

ゲドリアンってのはねぇ、仮面ライダーブラックRXに出てきた怪人側の幹部。

無駄にバック転を連発するというなんともかっこいいやつでした。

最後は仲間に裏切られて死んでいったんだったと思う、確か。合掌。

あー、本当は555のこととか書きたかったんだけど妙に長くなっちゃったんで今日はこの辺で。

………聖書の引用だけでいいような気がしてきた………。人はこれを冗長と呼ぶ。

澤田君は素晴らしかったです。

 

 

『仮面ライダー555』

     「人間の証」

『爆竜戦隊アバレンジャー』

     「快感アバレクイーン」

サガワ論

 


 

2003.11.8(土)

 

 

 

局所的に草加がオルフェノクだとしたら何オルフェノクなのか? という予想が展開している模様です。

俺的には彼は動物じゃないような気がします。

多分、コケとかツワブキとか。

ツワブキってのは日陰を好んで咲く陰気な花。菊科…だったと思う。

木場君たちやたっくんたちが動物なのに対して草っ子だけ植物。

それは「草」加だからとかじゃなくて、他の人間との絆が希薄に見える草っ子だから、動物と植物で象徴的に差異化されてそう、ということ。

やっと英語のレジュメが終わった。

明日は555だから今日はこれで寝ます。オヤスミナサイ。

 

 

レジュメ

 


 

2003.11.7(金)

 

 

 

最近、やべーとか忙しいとかそういうことしか言ってないような気がしてならないんですが実際に忙しいんでどうしようもないです。

毎週襲いかかってくるレジュメもあるし論文もあるし。

ということでめっきり遊びなどもってのほか。むしろ授業の時間も削らないとダメみたいです。うむむ。

そうそう、昨日の『お厚い〜』は面白いというか、基本でしたな。いつものことなんだろうけど。

個人的にはラッセルやポパーとの話がでてくると思ってたんだけど。

でもウィトゲンシュタインクイズには全問正解でした。ニヤリ。

今日はなんとか授業に行ったんですがそこで聞いた話。

マーガレット・ミードは朝の数時間で30数ページの論文を書き上げたり、20日ちょいで本1冊書き上げたそうな。

ミードおばさん、その才能のほんのひとかけらでいいから俺にわけてください(切実)。

なんて軽口を叩いてみたところでまた仕事に戻ります。

本当は555のこととか書きたかったんだけどねぇ……。

 

 

サガワ論

 


 

2003.11.6(木)

 

「生きるには理性・理由が必要です。どの社会もそれを免れることはできません。生とは何か? 何故、生を生きるのか? ……すべての人類はこの問いを扱うことで生を繋いできたのです」

P・ルジャンドル

 

 

ミッション・コンプリート!

やったよやったよルジャンドルのサインもらったよー!!

しかも握手までしたりして! Merci beaucoup. とかもちゃんと言いましたよ、もちろん。

『ドグマ人類学総説』は今日をもって我が家の家宝になりました。

ということで今日は茜さんとルジャンドルのワークショップに行ってきたわけです。

日仏会館だったんだけど、最初、部屋に入った時は何か関係者が集まるようなつくりの部屋だったんで「微妙ー…」とか言ってたんですが、全然おっけーでした。

で、最初にN谷さんが2日とか3日とかの情報がうまく伝わらなかったことを、この場を借りてお詫びします、みたいなことを言ってました。

話によると、3日に会場に行ってしまった人がいるとか。つまり俺たちと同じ過ちをしてしまったわけですね。

いやいや、でも今回の来日はN谷さん一人で切り盛りしたイベントらしいし、大変なんだろうなー、と。

まぁ、本人は相変わらずあっけらかんとしてました。

ただ心残りなのは、ルジャンドルに質問ができなかったこと。

いや、議論の場はあったんだけど、話が時間論に移行してそれがヒートアップしちゃってたから水をさすわけにはいかなかったんだよね。

聞きたかったことってのは、龍騎において正義が表現されていないことに関して、子供というよりむしろ親の方が慌てふためいていた、ということが日本ではあったんだけど、そのことをどう解釈すればいいのか? ってこと。

もし龍騎が「正義を教える」ものだとするなら、困るのは教えられるほうの子供たちのはずなのに、なぜか親や大人たちが困っていたということ。

このことは親ないし大人も息子であるということと関連するんじゃないのかなー、とか思ったり。

是非意見が聞きたかったんだけどなぁ。しょうがない。

N谷さん、ルジャンドルさん、お疲れ様でした。

そうそう、日仏会館の6Fにジャン・ドリュモーが来日云々…みたいなことが書いてあって、「おっ!?」と思ったんだけど、2000年11月のことでした。うむむ。

アナール学派、恐るべし(←チガウ)。

N谷さんに「S野さんに会ったらよろしく伝えといて」と言われたんで、そろそろ研究室でも襲撃しようかなぁ。奇襲。

今日のワークショップもそのうちレポにしますね。

で、次回のレヴィ会ですが、茜さんが大丈夫とのことなので12/6(土)でどう? また例によって個別に連絡しますが。

 

 

P・ルジャンドル.ワークショップ『ドグマ人類学の可能性 2』.於日仏会館

 


 

2003.11.5(水)

 

「礼儀だ順序だ、戦争してる時にそんなもん関係あんのか?」

朝倉哲也

 

 

癌阻止のとこで言われてるこーのさんのアレ、要するに今で言う軍隊格闘なんですな。

例えば5m先に自動小銃を構えた相手がいて自分は弾の切れた拳銃一丁。そんで周囲は単なる広場とかそういう状況とかをシミュレートしていかに生き残るか、相手を制するかを極限まで突き詰めようとするのが軍隊格闘なわけで。

ただ、古武術が新しい状況、例えば銃とか手榴弾を相手にしないという点が気になります。

古武術はもはや「銃とか爆弾は使うの反則ね」というスタンスに移行したんだろうか。

それとも最初から想定されてないからやらないんだろうか。だとしたら何か保守的というか、反動的な感じがしてしまう。

かつて古武術がスポーツから「それ言ったら終わりだろ」と言われたようなルール外、規格外というものを今度は古武術が軍隊格闘に対して言うのだろうか。

うーん、情けないというか、悲しいというか。

もはや古武術は”強さ”から”様式”へ移行しているような気がします。まぁ、”古”武術って言ってるぐらいだからしょうがないのか。

様式と言えば、ファスト・ドロウ(=拳銃の早撃ち)が美しい上に凄いです。(ずーっと前に何かのテレビでも取り上げられたことがあったような…)

ホルスターに入れた状態から撃つんで、刀で言うと居合いに当たるのかな。

手の動きがコマ送りでも見えません。はっきり言って異常です。尋常じゃない。

だって銃声が一回しか聞こえないのに的が二つ吹き飛んでる、つまり2発撃ってんだよ? ありえない。ていうか、俺らには分節化できないものが彼らにはできてるということ、なんだよね。文字通りの意味で、”普通じゃありえない”。

自動小銃の何倍ものスピードだそうな。恐るべし、テンガロンハット。

まぁ古武術やファスト・ドロウに限らず、軍隊格闘とか武道でも美しくかつ異常な動きってのはありますな。

ともあれ、動きの美しさとか異常さというのは、それらが違う動きである以上は比べることはできないんだろうけどね。

つまり、美しさという観点で言うなら古武術が優れてるとかファスト・ドロウが優れてるとかは言えないんだろう。

それに、美しさで言ったら最終的には舞踏などなどに行き着くんだろうしね。

ところで、今日は秘密の研究会に新たなメンバーが加わりました。

違う学科の女の子。知識は凄いです。でも簡単に論駁できそうな感じ。

………いや、波風立てたりしませんよ? 念のため。

そういえば捏造職人さんとこに犬が来たそうな。名前は『エッフェル塔』を書いた人と同じ。

ちゅーか俺はどうしてもそっちしか思い浮かばないんだが、どうやら起原は違うようです。

ていうか、そーゆー風に動物の話をされるとねこっちゃが恋しくなるじゃないか…!

ねこっちゃに逢いたいー。

 

 

サガワ論

 


 

2003.11.4(火)

 

 

うーん、サガワ論が本当に提出できるか心配です。

せっかく用意してるんだから提出だけでもしたいなぁ。いざとなったらてきとーに書いて提出してしまえ

ルジャンドルと絡めて書くのもいいけど、講演とか聞いたばっかりだからいまいち消化し切れてない感が漂ってます。

なもんだからちょっと心配。

とりあえず当面は明日の発表ですな。ベイトソン先生のダブルバインドについて。

まぁこれは大丈夫でしょう。

ともあれ、マジで11月は出席率が激減しそうです。

うーん、読みたい本がいっぱいあるんだけどサガワ論のせいで手がつけられぬ。畜生。

宅間論にすればもっと楽だっただろうな。そして琢磨論だったら筆が進んで進んでしょうがないだろうな。

ていうか、昨日アップした”『龍騎』の成功〜”は、「正義とは盲目である」とか「論理階型との兼ね合いは?」とか言われると自信なくすのでそーゆーつっこみはしないでください。マジで。

ていうか、仮面コーナーはすでにコケとかが生えてそうで訪問するのが自分でも怖いです。放置しすぎ。ヒィー、ごめんなさいー。

寝ます。

 

 

サガワ論

 


 

2003.11.3(月)

 

 

ああん、何てこったい。

ルジャンドル、今日だと思ってたら昨日だったのね……。茜姐さん、すんません。次回は絶対間違えないようにします。

ということで忘れないようにメモを。

11/6(木)、16:00〜18:00、日仏会館5F会議室。

………ってあれ? こっちには11/3、つまり今日って書いてあるんだけど(俺はこっちを信じてた)、こっちは11/2になってるなぁ。でも第1回講演でもらった資料には2日って書いてあるから後者が正しいんだろうな。

まぁ終わっちまったことはしょうがないですね。

で、この事実を知ったのが実は電車の中でして、しょうがなかったんで神保町に行ってきました。

そしたら古本祭りみたいなのやってました。

で、ヘーゲル『精神現象学』を探したんだけどなかったです。

ていうか、河出の「世界の大思想シリーズ」のやつ(おそらく抄訳)を探してたんです。

だって全訳のやつって高いんだもん。

というわけでレヴィを読むに当たってヘーゲルぐらいはしっかりおさえとく必要があるなと。ていうか、ハイデガーもおさえなきゃいけないんだけど、そこまで手がまわるかどうか…。

ということでハイデガーは誰かに任せた。元祖さんは仕事が忙しいだろうし、茜さんは哲学が苦手だというし、捏造屋さんは他に進行形で読んでるのがたくさんあるし、アブは無視するし……………って誰もいないじゃないですか!

誰か我こそはという猛者はいないのか!?

で、自宅に帰るとひょんなことから『タイムレンジャー』の最終回が入ったビデオを発見。ついつい見てしまう。

やっぱ面白いですな、タイムレンジャー。

タイムレンジャーまでは戦隊もまともだったんだけどねぇ(失礼!)

あー、たくさんの人がルジャンドルのレポートを待ってるのにまだ書いてません。ヒィー、ごめんなさいー。

うん、頑張ります。

 

 


 

2003.11.2(日)

 

 

レヴィ会の足取りはゆるりとしているわけです。それはそれでよきかな。

でもまぁ、元祖さんが言ってたよーにオールナイトでレヴィと格闘するのも一興。

で、昨日のレヴィ会でのキーワードというのは↓の通り。

「道化師は哀しい」

「ペロリ」

かな、確か。

うーん、すでにどのようにしてレヴィと関係していたかを忘れてしまったのだけど、「ペロリ」は関連してたっけ?? あれー??

あー、あとアレだ、O倉U子は白痴だって断じたんだった。

うむむ、こんな関係ないことを書いててもしょうがないんで、まともに書きます。

昨日読んだ箇所は、実は哲学の限界というか、論じることの限界にぶつかった時のレヴィナスの態度(あるいは『全体性と無限』のスタンス)が示されていたわけだと思われます。

哲学的明証性がいかにして主観性に取って代わられるか?

端的に言うなら「客観性よりも客観的な無限とぶつかって砕け散る」という仕方で。

しかもそのときの主観というのは「存在から切り離された無力な主観主義」ではない。

すなわち、そこへ至る道程には自己(の感覚)にのみ依拠するような独善的主観ではないというわけだ。(そういった主観というのは実は自己という一つの閉じた「全体性」においてのみありうるのだから)

そんな感じで、確か結論としては「万国プロレタリア団結せよ!」だった気がします。

で、ここからはあぺさんへの私信という意味合いが色濃いです。

実はマルクスとエンゲルスとレーニンというのはスタンスが微妙に異なるわけです。

つまり、マルクスはいわゆる理念を追うような社会主義であると。

エンゲルスは「今苦しんでいる人々をすぐに救いたい」という思いに裏打ちされた議会制社会民主主義を唱えていると。

で、レーニンは社会的矛盾や問題が現に存在する(例えば資本主義が発展することで社会的富の総量は増えるように見えるにもかかわらず、その一方で労働者たちはどんどん貧しくなってゆく、というような)。それは暴力革命によってでしか解決し得ない(民主主義によって民主主義を打ち倒すことができないのと同じように?)、という立場だった。

とまぁこんな感じでレーニンだけが長いとかそういう突っ込みはしないように。好みの問題ですから。

で、研究員のF本さんによると、日本におけるマルクス主義の祖とされる幸徳秋水は実は厳密には完全なマルクス主義ではなく、むしろ国粋主義的ですらあったという。

彼の「幸徳秋水における国家把握の素描」によれば、「明治期の思想が、市民社会の媒介を抜きにした国家=有機体という核に基づいているとき、そこでは国家が常に個人より論理的にも道徳的にも先行している。それに対抗して個人という位置から国家を問うことがすでに異常な事態だったのである。端的に言えば、国家のための個人から、個人のための国家という思想像の展開を、自由民権思想のような自然権からではなく、社会進化論的な見地から国家の誤謬を突くことでなしえたところに、幸徳の新しさがあった」が、実は幸徳は「社会主義と国体」で、社会主義というものを国家の経営の問題として把握している(つまりは国体を肯定している)という。

実はこれはレーニンが「帝国主義論」でカウツキーの金融資本把握を批判した箇所が、「止まることのできない帝国」の性質という観点から当てはまってゆくという。

この発表を聞いて個人的にはめちゃ面白かった(感動すらした)んだけど。

それはさておき、何故デカルトの無限の観念がコギトと表裏であるかということをしっかり書いときます。

この観念による神というのは、自己以外の一切を知っている。裏を返せば、自己(とその成り立ち)を知らない。

自己を知らないということは、全てを知っているはずの自己が本当にそれら全てのことを知っているのかということを知ることができない。(自分の知覚が正しいと信じることができないと言い換えてもいい? 現象学的に考えればすぐ分かってくれるよね)

しかし、分からない自己がいるということは疑い得ない。以下コギトへ、という感じ。大丈夫かな。自分で言ってて不安になってみた。

ちゅうか今日は疲れたんで、白倉Pの「二元論の崩壊」を読んだ感想はまたあとで。

そうそう、元祖さん。捏造屋さんがショックを受けてたよ。トランス誘導をしてもらえなかったって。

あ、エリクソンの本、発見しました。

あー、今日は仮面ライダー555がやらなかったからストレスたまるぅ!

葦原さんの恋人が彼を拒否するのは、まぁ合理的といえば合理的なんですよね。

ニーチェが『道徳の系譜』で言ったように、負債や負い目が発端であるとするなら真理たち(自分を犠牲にしてでも、という人たち)は犠牲を捧げられる側にとっては返済不可能な負い目を負う可能性がある(「犠牲を捧げた側に非があるはずがない」、となる)わけですね。

どっちがいいとは言わないけど。どっちでもいいんじゃないでしょうか。平和という言葉と同様に愛や正義も手垢にまみれた言葉であるような気がするので。

アバレンジャーが最近、輪をかけてやりたい放題になってる気がするのは俺だけでしょうか?

 

 

『爆竜戦隊アバレンジャー』

     「初恋アバレミラクル」

レジュメ完成

 


 

2003.11.1(土)

 

 

はい、今日はレヴィ会だったわけです。

が、まぁ諸事情あって自己否定してたんで今日はまともなことは書けそうにありません。

原因は自分がヘーゲル的人間ということにあるのかもしれないですが。論理的なものの中にしか救いを見出せないということなんだな。

『ファイトクラブ』には「人は傷つけるものを愛し、愛するものを傷つける」みたいな言葉があったけど、「否定的なもの」ってのはそれに近いのかな、と。

ていうか、そう考えないとやってられないです。

この辺は精神を病んだヘーゲルが論理に縋るというその足掻きというか惨めさというか、そういうのにつながっていくんじゃないかな。

だから否定的なものやヘーゲルにシンパシーを感じるのかもしれない。

レヴィ会のこととかについては明日にでもつらつらと書いてみますね。

あーそうそう。

茜さん、3日のルジャンドルについては明日にでもメールか何かで連絡を入れますんで。多分、13時ぐらいにお茶の水ということになりそうな予感。

ついでにルジャの木曜の講演にいける人はいるのかな? 捏造屋さんはどうなんでしょうかね。そんで他の人たちも同行しません?

白倉Pの文章、電車の中で読んだんだけど面白いですな。それについても明日かけたら書いてみたいっス。

ちなみに、「ファンコレ」を「ファン・コレクション」だと思ってたというのは秘密中の秘密。ファンタスティック・コレクションなのね……。

 

 

レヴィ会

 


 

水面へ