即興的にノートにすべるそれらの文字は、私自身の心そのもの。
考えながら書いたら、かけなくなる詩。
それは、一つのカウンセリングとも考える。
本当は自分はどう感じていて、どう思っていて、どうしたいのか。
それは、いちいち言葉に出さなくていいことなのかもしれいない。
ある人に自分が心に感じた事柄を日記をつけたらどうかといわれ、
それを実行したのだけれども、
日記に書かれる言葉は次第に自虐的になり、自分を追い詰めるだけのものと
なっていて、日記が途切れた次のページは鉛筆で黒く塗りつぶされ
カッターナイフで切りつけられていた。
日記を書くこと、私にとっては逆効果だった。
それなのに、詩は書ける。
不思議なものだった。
どんなに落ち込んでいても、どんなに心迷い波長が乱れていても、
紙とえんぴつがあったら、絵でもない、即興小説でもない、
詩を書いていた。
パソコンが目の前にあったのならWordを開いて即興詩を打ち込んでいた。
それが、私自信を振り向かせ、私自信を理解させていたのかもしれない。
詩は私にとって、
自分自身を知る手段の一つであると思う。
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