私と臨床心理学

自己分析

私は高校に入るまで心理学という学問があることを知らないでいた。
たまたま、心理学に興味を持った友人がいて、そこから心理学の存在を知ったのである。
自分が不安定な精神状態であったとき、それを知って興味が向かない筈もなく、本屋に立ち寄っては心理学本のページをめくったものである。
自分なりに心理学を解釈していく中で、知りたくもない、いらない情報が私の頭に多く流れ込んでいた。行動心理学。ちょっとした手の動きや目の動きからその人の心理行動が読み取れてしまうというもの。
はっきりショックでしかなかった。心理学は人を疑って掛かる手段に過ぎない学問なのではないかとさえ思った事もある。
今でも行動心理学はなるべく見ないようにしている。
人を信じて生きて行きたいと思っている時に人の疑い方なんて知りたくなかったから。
心理学とはそういうものだ。割り切りながら自分が得たい情報のページをめくっていく。
自分の症状、なぜそのような事が起こったのかという自分なりの分析。
自己分析はあまり関心しないと多くの医者も、学者もいうだろう。
自分の都合の良いように処理してしまうから。
けれど、私は自分が錯乱状態、酷く心傷ついた時、Wordを開き、思うがままに心に感じたことを文書と化して行く。主観的にみたり客観的にみたり。

まず、なにが起こったのか。
なぜそのような物事が起こったのか、
その物事に対する相手の見方と自分の見方。
自分はどうしたかったのか。
結論。では、この後どうするべきであるか、などを書き分けていく。
なるべく自分を甘やかさず、どうせ誰にも見せる事がないのだからと
自分の非も認め、具体的に書き綴る。
たとえ心突き刺さる事柄があったとしても決して書き漏らさない。
自分の心の中にあるそれらの出来事を全て、出来るだけ正確に書き綴る。
そして書き終えて自分で納得できたのなら形に残さずに消去してしまう。

それが私にとっての自己分析と、一時的ではあるけれど、自己治療。





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