「列車旅行」


     



ドイツに留学してほんの数週間後に、一人でドイツ国内の都市を旅
行する事を思い立った。
留学して間もないにしては、東京で数年必死に勉強したドイツ語に
は自信があったので、ドイツ語圏なら言葉の問題もなく気軽に移動
できる、と確信していた。

行く先はハンブルク、ベルリンなど、住んでいたケルンからそう遠
くない北ドイツの大都市を選んだ。
ハンブルク行きの切符を買い、ホームに入って急行が来るのを待っ
た。

駅のベンチに座ってみてから、ふと異国にいるということを実感。
駅は各国の人が体につけている各人の体臭、各国の香水のせいで、
異様に臭く感じたからだ。
駅のアナウンスも、駅の高いドームのような天井にむちゃくちゃ木
霊(こだま)するので、何を言っているのか定かではない。
これは一体何語だ!?という感じである。
何か大事なアナウンスかもしれないが、私には言葉というよりも、
不思議な音楽のように聞こえてくる。
外国語ができても、異国の建造物、音響に慣れていないので、ドイ
ツ語を理解する、という次元にすら到達できないのだ。

しかし、外国で細かいことにこだわりたくても、それが出来なけれ
ば、ひとまずその状態でいるしかない。
何をいっているのか分からないモノを無視するのは、東京でもやっ
ていたことじゃないか、という気がした。
(どうにかなるだろう。電車に乗ってしまえば先方の駅に着くんだ
し、着いたら降りれば良いだけの話。降りたら駅前にとったホテル
に入ればいいんだ)と気楽に構えていた。
外国で細かいことに動じず、堂々と一人旅をしようとしている日本
女性の私は、もしかして結構「粋な存在」なのではないか?と楽し
い気分になった。

しかし数分後・・・。列車が入ってきた時に、そのあまりの轟音と
物々しい無機質な銀色の外見に、すっかり度肝を抜かれてしまった。
そういえば、私は気が弱いたちだ。
騒々しいもの、大きなモノ、特に巨大な金属のかたまり、列車や飛
行機の姿などを近くで見た日には、理由なく恐怖を感じる。
旅行は好きだが、ドイツ製の無愛想でデカい急行の車体と、その驚
くべき騒音は、どうも頂けない。
普段無口で静かな印象のあるドイツ人たちが、こんな轟音をたてる
列車を平気で容認していることに不思議な気がしたが、さらに、が
っちゃり開いた列車の扉から大柄なドイツ人やオランダ人達が、い
とも簡単に段差の高い出入り口のステップを踏み潰すようにして降
りてくるのをみると、またまた何となく気が弱くなった。
なんだって列車の入り口を、こんなにいかついステップにしておく
必要があるのだろう・・・?

ほとんどがんばって入り口のステップを這い上がるようにしてのぼ
り、社内で席を探すと、6人入る個室の席だった。
(個室かあ・・・。変な人たちと一緒だったらイヤだなあ。)
典型的な考えが、私の頭を支配した。
その「変な人たち」は次々にやってきて、部屋は大柄なドイツ人ビ
ジネスマンやら、お高く澄ました金髪女性、アラブ系の妙な匂いの
する衣服をまとった性格の暗そうな婦人などでいっぱいになった。
一番変な人、は彼らにとっての私だったかもしれないのに、私は見
知らぬ人に囲まれた居心地の悪さからすっかり無愛想にしていて、
不機嫌そうに周りを見まわしていた。

車内の私の席は、進行方向に背を向ける形で、三人掛けの座席の真
ん中だった。
列車が走り出すと、窓際に座っていた金髪婦人が「窓際に座りたい
ですか?窓際だと景色が見えますけど」と聞いてきた。
20代のアジア人は10代の子供のように見えるのかもしれない、
と思いながら、どうしようかな、と迷っていたところ、反対側に座
っていた太った中年のおじさんが、「まもなく景色なんか見えなく
なるだろう。」と図太い声で言った。
(まもなく景色が見えないとは?)おじさんの無愛想な態度と、不
気味な発言に怖気づいた私は、「結構です」とご婦人に言ったが、
ご婦人とそのおじさんはどうやら夫婦らしい。
御主人と隣同士に座りたくて、私と席を替える気でモーションをか
けてきたご婦人に、「絶対に席を替わらなきゃいけないわけではな
いんだよ」といった意味も込めて、おじさんが親切に発言したのか
もしれないが、私には何か恐ろしい会話に聞こえた。

まもなく景色が見えなくなる、という発言の意味は、20分ほど経
って理解できた。
夕方とはいえ、日本よりもずっと早い時間帯に、ぼっくり日が暮れ
て真っ暗になった「ドイツの冬の夕方」の風景に、景色も何もない
ことが分かった。
東京で見慣れた、列車から見たネオンの光る夜の町の風景と違い、
だだっ広く、人も住んでいない平地が大都市を出てすぐに広がって
いるドイツでは、電線も電気もない荒野を、列車は猛烈なスピード
で爆走しているばかりで、窓の外は文字通り真っ黒である。

景色も見えず、知り合いもなく、無口なまま席に座っていると、急
に空腹を感じたが、車内で新聞を静かに読んでいる男性陣や、黙っ
て物思いにふけている婦人の顔をみていると、カバンの中に用意し
てきた軽いスナックを持ちだして、バリボリ音をたてながら、スナ
ックの臭い匂いを室内に充満させることは、何かしてはいけない行
動のように感じて、気弱な私は軽い空腹を抱えたまま、静かに座っ
ていた。
ドイツ特有の静かで重々しい雰囲気が室内を支配していて、隣の人
に話しかける人もいなければ、とりたてて物音を立てる人もなく、
部屋はし〜んとしていた。

日本〜ドイツ間を飛行機で飛んでいる間、機内で私に声をかけてき
て楽しい会話をしようとしていたイタリア人の明るいご婦人や、ひ
ょうきんなオランダ人のおじいさんなんかに比べると、ドイツの車
内にいる人達は、真剣で怖そうな雰囲気を漂わせていた。
気軽な楽しい一人旅のはずが、旅の始まりがこんな風に真剣で無口
な雰囲気であることに奇妙な印象をもったが、一人で車内でひょう
きんな会話を始めるわけにもいかない。
ごうごうとした列車の騒音の他に室内に存在する音は、時々誰かが
する咳払いや衣服のすれる音、雑誌や新聞のページをめくる音のみ
で構成されていた。

突然ガラガラと扉が開いて、制服を着た車掌が入ってくると、それ
までし〜んとしていた雰囲気に全くそぐわない馬鹿でかい声で「乗
車券をお見せ下さい!」と叫んだ。
「恐れ入ります!」「はい、どうぞ!」などと車掌が叫びまくって
も、室内の乗客はほとんど一言も言葉を発することなく、切符を差
し出すばかりである。
ドイツ語が出来るにも関わらず、無口な他の乗客に習って切符を無
言で差し出した私に、にこりともせず車掌は英語で「サンキュー!」
と怒鳴りつけると、またガラガラと扉を閉めて立ち去っていった。

延々と続く窓の外の暗い風景と室内の雰囲気に圧倒されてか、私の
空腹はすっかり鳴りをひそめてしまい、ただただ座席に座ってぼう
っとしていた。
1時間ほどして、隣の婦人ががさがさとカバンの中から袋を取り出
し、銀紙で包んである何かをむしゃむしゃと食べ出した。
(失礼な!寝ている人もいるというのに。もう少し静かに食べたら
いいじゃないか!)と私は憤りを感じた。
ところが、寝ていたおじさんもその「騒音」に起こされてしばらく
すると、カバンから買ってあったらしいサンドイッチを取り出し、
気軽に食べ始めたのである。

ついに物を食べても良い好機がきたらしいので、私も自分で作って
あったお握りを取り出して銀紙をめくったところ、よこに座ってい
たおじさんが、ぬうっと私の手元を覗きこんだ。
気のせいか、他の乗客も何となく私のほうを見ているような気がし
たけれど、すでに計画外な重々しい旅の雰囲気に疲れ始めていた私
は、周りの視線に気づかないふりをして、ばくばくとお握りを食べ
はじめた。

簡単な食事はすぐに終わってしまい、再び各人が居眠りをはじめた
り、新聞を読む時間が訪れた。
時折窓の外に明かりらしきものが見えるとすれば、それは通過する
だけの小さな駅で、オレンジ色の薄いランプに照らされた駅のホー
ムには、まばらな人影があるだけか、全くの無人だった。

そのころの私には、ドイツが中央集権国家ではなく、また人口のひ
ろがりも日本とは違ってまばらな国であるということが、実感でき
ていなかった。
出発から2時間半以上がすぎて、私の頭には変な疑問が浮かんだ。
もともと妄想癖のある私に一度ある疑問が浮かぶと、頭はそれでい
っぱいになってしまう。
疑問が浮かぶと、早速無邪気に所構わず人に尋ねざるを得ないのは
私の生まれつき。

延々と暗い風景がつづく窓を背に、隣のビジネスマンに声をかけた。

「すみません。ハンブルクに着いたら、町は明るいのでしょうか?
駅に夜の照明はありますか?」

車内のビジネスマン連中は読んでいた新聞を放りだし、婦人はいか
つい表情を思いきり柔らかくして、みんな一斉に私の顔を覗きこん
だ。その凄い勢いに、一瞬私はびっくりしたが、びっくりしたのは
車内の連中の方だろう。
年端もいかない(と彼らには見える)外人の女の子が、バックひと
つで乗り込んできて、気弱でおかしな質問をしてきたのだから。

それまでの無口で重苦しい車内が一気に活気づき、いきなり方々か
ら私の質問への答えとともに、色々な発言が飛び交った。
「もちろんハンブルクは明るい!ハンブルクは大都市ですよ!」
「お嬢さん。ご両親は君がここにいるのを知っているのかな?」
「ハンブルクに着いたら夜の10時近いが、あなたの滞在はすでに
お決まりでしょうかな?」
「どこからいらしたの?ハンブルクにはこんな夜更けに到着しなく
てはいけないの?知り合いの出迎えはありますの?」

ドイツ語を活用できる機会に恵まれて?ほっとした私が語りだすと、
連中はたちまち明るくなって、車内は大声で語る声や爆笑で賑やか
になった。
「ホテルは駅のすぐ近くですから大丈夫です」といった私に、ご婦
人と彼女の御主人は地図を広げてそれを確認するし、お向かいのア
ラブ系の衣服をまとった女性はにこにこしながら、「日本人ですか
?さっき食べていたのはお寿司じゃなかったようだけど」などと言
ってきた。
結局車内にいた連中のうちの何人かは、みんなで気軽に私を駅前の
ホテルまで案内してくれ、ホテルからそう遠くない日本人の経営す
るすし屋を教えてくれる人までいた。

今ではドイツの列車に乗る時には、列車の入り口の高めのステップ
には無意識のうちに気軽に飛び乗り、見送りのドイツ人の友人から
「足元に気をつけなさい!」と叫ばれ、パリ行きの列車のなかで、
フランス語が話せない気弱そうな女性を見かけたら、「パリへは始
めてですか?」と気軽に声をかける私の、なつかしい北ドイツへの
冬の列車旅行の思い出である。

ちなみに、ハンブルクは想像以上にエレガントで美しい北ドイツの
町で、私の住んでいたケルンのドイツ人に比べるとハンブルクの人
達からは無口な印象を受けたが、どこで何を聞いても、静かな話振
りで正確にモノを教えてくれる人が多く、私のハンブルク初滞在は、
なかなかの好印象であった。
2日間のハンブルク滞在、ハンブルクからベルリンへの旅、ベルリ
ン東西の観光など、落ち着いたドイツ人の助言や振る舞いに支えら
れながら、私の北ドイツの旅は快調に続いた。
 




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