すっかり陽も暮れ暗くなった道を先程急いでいたことが嘘のようにトボトボ歩く。
自宅に足を向けていることに気付いて頭を切り替える。
籐矢の家の前に着くと深呼吸を一つ。
呼び鈴を押す。
インターフォン越しに籐矢と言葉を交わして扉が開くのを待つ。
「おかえり、ハヤト。」
開いた扉からキールにそう言われるとフラットに帰ってきたのではないのかと一瞬錯覚する。
玄関に入ると食べ物のいい匂いが漂ってきた。
「メシ出来てんのか?」
「ああ、大量に。」
"大量"の単語に疑問を感じたが考える暇もなくダイニングの扉を開ける。
「遅かったじゃん、何処ほっつき歩いてたわけ!?」
そこには先程別れた夏美と綾が大量の料理を囲んで座っていた。
頭の中が真っ白になった勇人は数秒固まってしまったが
「勇人、早く手を洗え。」
キッチンから籐矢に催促されて条件反射で水道に向かい蛇口を捻る。
手を洗いながらダイニングに目をやると仲よさそうにキールは夏美と綾二人と談笑していた。
「―籐矢。」
炊きたてと思われるご飯をお茶碗に盛っている籐矢に小声で話しかける。
「これ運んでな」
「・・・オイ」
「そんなに怖い顔するなよ、勇人の親友としか紹介してないから話たければ自分で話せばいい。」
籐矢は炊飯器の蓋を閉め電気ポットを持ってダイニングへ行ってしまった。
勇人は籐矢に言われた通り茶碗が乗ったお盆を持って後に続いた。


時刻は22時を回っていた。
夏美と綾を自宅に送る為、今日一日籐矢の家に籠りっきりだったキールも散歩がてら連れ出し五人で道を歩く。
「籐矢、今日部活休んだのか?」
前を歩く夏美と綾に聞こえないように隣を歩く籐矢に話しかける勇人。
「ああ、橋本に帰れって言われて。」
「お前らマジで付き合ってんのか?」
「大マジです。」
キールは静かに勇人の隣を歩いている。
「・・・俺籐矢は樋口と付き合ってんだとおもってた。」
「昨日僕の家に居たから?」
「うん」
「綾個人に合鍵渡してるわけじゃないんだぞ?母の実家に預けてあるのを使ってるんだ。」
バツが悪そうに俯き気味で歩く勇人を一瞥して続ける。
「まぁ、昔から他人に深く干渉しないのがお前の美点だけどな。って言うとキールは意外に思うかもしれないね。」
急に話を振られキールが我に返る前に籐矢は前を歩く二人に合流していた。
チラリと勇人に視線を転じると彼は感情の読み取れない表情をしていた。

暫らくして綾が前列から抜け出て無言で勇人とキールの袖を引っ張り籐矢と夏美とは違う道へ誘った。
「わたしの家こっちなので。」
「黙っていっちまっていいのか??」
「もう少ししたらメール送るので平気です。」
にっこり微笑みながらあっけらかんと言い放つ綾に勇人は言葉を失った。
それから幾らも経たないうちに綾の家に到着した。
「籐矢君が来るまでお茶でもどうぞ。」
そう言って門扉を開け玄関へ誘う。
キールはどうするのかと勇人を見る。
キールの視線を無視するかのように勇人は綾に
「俺はこのまま帰るは。キールの事宜しくって籐矢に言っておいてくれ」
と、言い去そうとするが綾にリュックを掴まれ阻まれる。
「両親に誤解されてしまうかもしれないから男の方を一人家に招きいれることはできません。」

二人は二階の一室に案内された。
子供部屋なのだろう。本棚には高さの違う本が並んでいる。
「籐矢君が使っていた部屋です。今では絵本図書室になってしまっていますが。」
にこっと笑って説明し、自由に見てて下さいと言い残して綾は部屋を出ていった。
勇人は絨毯の上に腰を下ろし崩した体育座りで本棚を眺め
「これ全部絵本か?すっげー数だなぁ」
そう感心した。
キールは一冊手に取ってみる。
「そおいや、キールこっちの文字読めるのか?」
絵本から勇人に目線を移し再び絵本に戻し一言。
「読めない。」
絵本を開きページを捲る。
「リィンバウムの絵本と同じ感じだね。」
「俺もラミちゃんに読んでやってる時そうおもった。」
勇人は立ち上がりキールの見ている絵本を覗き込む。
「"人魚姫"か。有名な話だけど俺読んだ事ないな。」
本棚に視線を移し読んだ事のある本を手に取る。
「俺はこういう男の主人公のしか読んだ事ないは。」
そう言って一冊取り出しその場に座り込み声に出して読み始める。
キールは勇人の隣に座り絵本を覗き込み勇人の声に耳を傾ける。
読んでいる最中に綾がお茶を乗せたお盆を持って部屋に入って来た。
勇人は一度綾を見上げてにこっと笑い絵本の朗読に戻った。
綾も微笑みながら邪魔にならないよう静かに二人に向かい合うかたちで座る。
「―めでたし、めでたし。」
勇人は朗読し終わった絵本を棚に戻す。
綾はお茶を勇人に勧める。
「サンキュ。」
勇人は湯のみを取りお茶を飲む。
綾はキールが手にしたままの人魚姫の絵本を見止め
「読みますね。」
と、短く言いキールの手から絵本を受け取り床に勇人とキールに向かって絵本を広げ読み始めた。
キールは綾の朗読する"人魚姫"の挿絵を必死に見ていた。
勇人は生まれて初めて聞かされる"人魚姫"を聞きつつたまに綾を見たりキールを見たりした。
「―おわり。」
綾が一息吐き二人を見ると二人とも呆然としていた。
「―どうしました?面白くなかったですか??」
苦笑しつつ絵本を閉じる。
キールは絵本を拾い上げ開く。
「ハッピーエンドじゃないんだな。」
勇人がポツリと言った。
「まぁ、そうですね。」
綾はお茶を一口飲んだ。
「だからわたし"人魚姫"って苦手でした。読んで貰ったり自分で読んだ時必ず物悲しくなってしまって。」
「だ、よなー・・・。」
「でも、籐矢君は好きだったみたいですよ?人魚姫。キールさんみたいに一生懸命見てましたもの。」
綾と勇人はキールを見る。
二人の視線を浴びてもキールは絵本を眺めいる。
勇人と綾は微笑み合う。







つづく・・・