HEVENLY MOON
第0話 〜始まりの時〜
二学期の中間試験が一週間後に迫り今日から部活動停止期間。
まっすぐ家に帰る者、部活が無い事をいい事に寄り道して帰る者、様々だが学校に残っている者もいる。
生徒会副会長の深崎籐矢。彼もその一人。
テスト明け早々に発行する生徒会会報に載せるアンケートの整理をしている。
別に急ぎの仕事ではないのだが、剣道部の部長も務め、少しでも部活に顔を出したい籐矢にとっては部活停止期間の今が絶好のチャンスなのだ。
三学年全クラスから提出されたアンケート用紙の枚数を確認した結果、籐矢のクラスだけ一枚足りなかった。
―今日うちのクラス欠席者いなかったのにな。
先ほどのHRで集めたものなので誰かが故意に提出しなかった事になる。
大して問題無いので気にせず集計作業に入った。
三分の一程度の集計が終わった時ノックの音かした。
生徒会の先生ならノックなどしないでズカズカ入ってくるのでどうやら違う。
作業を中断して入り口に向い、ドアを開けた。
するとそこには籐矢のクラスメイト橋本夏美が立っていた。
「あれ?てっきり会長が居残ってるんだとおもってたら、深崎くんが残ってたんだ。」
「橋本さん。こんな時間まで何してたんだい?・・・何か用かな?」
「これ書いてたらこんな時間になっちゃったの。」
そう言ってアンケート用紙を籐矢に渡した。
見掛けによらず律義だな。などど失礼な感想を思い浮かべながら用紙を受け取る。
「わざわざありがとう。」
「深崎君まだ帰んないの?」
夏美から渡された用紙を差し
「うん、この集計終わらせてから帰るよ。」
―ふーん、じゃ頑張ってね。
とでも言い、籐矢は夏美が去るのを予想していたが、彼女は思い掛けない事を言ってきた。
「あたし手伝う。」
そう言って生徒会室に入ってきた。一瞬呆気に取られた籐矢だったが
「何言ってるんだい?生徒会の仕事なんだからいいよ。」
「あたしこう見えて中学の時生徒会役員だったんだぁ。だから任せなさいって。」
籐矢には理解不能な理由を述べて先程彼が座っていた机に至り
「どれ手伝えばいっかなぁ?」
などといっていたかとおもうと籐矢の遣り掛けの仕事に目を通し隣の席に座り続きを始める。
呆然と夏美を見遣る籐矢。
「何突っ立ってんの?さっさとやる!!」
「!!は、はい!」
籐矢は夏美に言われるまま席に戻り作業を再開した。
彼―新堂勇人は今、十七年間生きてきて最大に緊張している。
高校に入学してから一年半密かに想いを寄せているクラスメイト樋口綾と一緒に並んで下校しているのだ。
ことの始まりは先程のHR後。
勇人が一ヶ月借りっぱなしの図書室の本を綾が借りたいということで話しかけてきた。
すっかり舞い上がってしまった勇人は半ば強引に自分の家まで取りに来ることを薦め今に至る。
いつも口数の多い勇人だが何をじゃべっていいか判らない。
無言で歩く二人。
色々な事が頭の中で回っている。
ふと、ある事に気付いた勇人。
「・・・ここまで来といてなんだけど・・・俺が図書室に本返してからじゃないと又貸しに、なっちまう、よな?」
「そうですねぇ。」
沈黙。
「それってまじぃ、よな?」
「はい。」
更に沈黙。
「ごめん!!」
と、言いながら歩みを止め
「明日朝一で返しておくからそれから図書室で借りてくれ!」
一生懸命に言葉を連ねる勇人に振り返り彼を見詰ると自分でも知らず顔が綻びクスクス笑い出す綾。
「新堂君たら、解かっていて言ってるのだとおもってました。」
勇人はバツが悪そうに頭を掻いている。
「フフフ、あまりにも強引だったし。」
「面目無い・・・」
綾の笑いは止まらない。
始めは声を抑えていたが抑え切れないらしく品の良い笑い声が響く。
「・・・樋口、ちょっと笑い過ぎ・・・だぞ?」
「―だって、フフ。ごめんなさい」
謝りながらも小さく肩を揺らして笑いを堪える。
一頻り笑って落ち着きを取り戻し
「笑ってしまったお詫びに飲み物でもご馳走させて下さい。」
そう言って自動販売機に歩を進める綾。
「何がいいですか?」
そう言いながら財布を取り出す綾に勇人は
「お詫びなら俺がするべきだって!!」
と、叫んで自販機に向って走り小銭を入れ
「なんにする?」
と言いながら振り返ると綾はまたも笑みを湛えている。
綾も小走りで自販機に辿り着き
「じゃあ、これにします。」
赤く光るボタンを押す。缶がガコンと取り出し口に落ちお釣りがチャリンチャリンと戻ってくる。
勇人が缶を取り出しているうちに綾が自分のお金を投入し
「何にします?」
笑顔で勇人の顔を覗き込む。
綾の笑顔に見惚れ一瞬遅れて
「いや、自分で出すよ!!」
と、立ち上がり抗議する勇人。
「早くしないとお金戻ってきちゃいます!!」
そう勇人を急かして先程のお釣りを取り出す綾。
「え?あ、うん!」
思わずボタンを押してしまう勇人。
「あ」
ガコンという音を呆然と聞いている勇人に
「はい。新堂君お釣りです。」
と、言う綾の声とお釣りが落ちてくる音が勇人には重なって聞こえた。
夏美が手伝ったお蔭で集計はすぐ終わり二人して下校することになった。
「なんか懐かしかったなぁ生徒会の仕事」
「テストが近いのに付き合わせちゃってごめん。」
「やだな〜もう、あたしが勝手に手伝ったんだから深崎君が気に病むことないの!!」
そう言われても気にしない訳にはいかないがどう恩返ししていいか思い浮かばす苦笑している籐矢に夏美は無意識に上目使いでにっこりと笑いかけながら
「ラーメンでいいよ?」
と、言った。
籐矢は一瞬夏美のセリフが理解出来なかった。
「え?」
思わず洩れた籐矢の声に覆い被さる様に
「お・れ・いv」
夏美の大きな目がなくなるほどの満面の笑顔。
彼女の言わんとする事を理解した籐矢は呆れ気味な笑顔を返した。
学校の近くの公園に差し掛かった時
「あ、れ??」
「どうしたの、あ」
ほぼ同時にベンチで楽しそうにおじゃべりしているカップルに目が行った。
無意識に夏美と籐矢は身を隠した。
「ヤダ、綾ってば勇人となんか付き合ってたの!?聞いてない!!」
「勇人の好きな相手綾だったのかぁ」
お互いの台詞に動きが止まる。
「深崎君が女の子の名前呼び捨てにするなんて」
夏美は恐ろしい物でも見るように目を剥いて籐矢を見つめている。
「・・・何をそんなに驚いているんだい?僕ら幼馴染だし」
「そうなの?」
「そうだよ?」
二人して言葉を失っていると
「奇遇ですね、夏美ちゃん籐矢君今お帰りですか?」
いつの間にか綾が目の前まで歩み寄り二人を覗き込んでいる。
「何やってんだよっお前等」
照れているのがありありと判る勇人も合流した。
その時。
―助けて
一、二秒の差はあったがほぼ同時に四人の頭の中にそれぞれ声が流れる。
次の瞬間
公園は無人と化していた。