「おはよう!」
元気良く教室の戸を開け中に入る。
クラスメイト達に一通りの朝の挨拶をすませ席に着き持ち帰った教科書類を机の引き出しに入れる。
ふぅ〜と、一息吐くと予想外の人物が登校していた事に気付き話し掛けようと席を立つ。
座っている籐矢に目線を合わせる為に上半身と首を傾けて彼の顔を覗き込む夏美。
反応が無い。
「おはよ、籐矢君」
話し掛けられて我に返った籐矢は至近距離に夏美の顔が在ったので驚く。
「お、おはよう橋本さん」
「今回は早いんだね。何かあったの?」
「何もないよ?」
にっこりと笑顔を夏美に向ける籐矢。
籐矢と親しくなる前の夏美だったなら完璧に騙されていただろうが今の彼女には彼のこの笑顔が本当の感情を内に隠した作り物だと理解ってしまう。
夏美はそんな自分を呪った。
騙されている振りをして話題を変える。
「そ。はい、これ金曜の授業のノートの写し」
授業毎に分けられたルーズリーフを渡す。
「有難う」
と、言ってルーズリーフを受け取った籐矢の顔から笑みが消え呟く。
「僕はこれを後何回貰う事ができるだろう?」
あの後すぐ担任が教室にやってきたので夏美は籐矢のあの言葉の意味を聞く事が出来なかった。
考えれば考えるほど夏美にとって不吉な結末を示しているようで彼女は籐矢の言葉を深く考えるのを止めた。
が、時既に遅し。
ドコ!!!!!
鈍い音を発てて夏美の横っ面にアタッカーのスパイクがものの見事に決まる。
衝撃でその場に倒れる夏美。
「や、やだぁ!!ナツミ先輩ー」
夏美にスパイクを決めた後輩―絵美が青い顔で夏美を助け起こす。
他の部員も駆け寄る。
助け起こされた夏美は笑顔で
「絵美ちゃん、ナイススパイク!!」
右手拳の親指をビッっと立ててウィンクを絵美に送る。
「バカ!!練習中に何呆けっとしてんのよ!?」
バレー部の副部長がそう叫び、夏美を引きずって更衣室に向う。
「あ、あの―」
彼女の名前を呼ぼうと口を開いたが
「夏美、朝から何か変だよ?」
先にそう言われて言葉を失う。
「・・・深崎君に何か言われたの?―ってごめん、なんでもない。とにかく今日はもう帰んな。」
「なっ!なんで―」
籐矢君がでてくるの!?
と、言い掛けた夏美の頬に触れない様にそっと手を翳して
「ちゃんと保健室で氷貰って冷やしながら帰んなよ?」
それだけ言い残して彼女はコートに返って行った。
一人更衣室にのこされた夏美は
「あたし部長失格だ」
そう言いながら頬に痛みの所為か悔し涙か自分でも何か解からない涙を零した。
着替えを済ませ更衣室を出ると絵美が駆け寄って来た。
「平気ですか!?センパイ!!」
そういいながら保健室から借りて来たらしいアイスノンを渡す。
「有難う、わざわざ借りて来てくれたの?」
「ごめんなさい!!」
腰を九十度に曲げて頭を下げながら謝る絵美をみて夏美は恐縮してしまった。
「ううん、呆けっとしてたあたしが悪いんだよ。」
「で、でも―」
「ほら、早く練習に戻んないと副部長に怒られるよ!?」
制服に着替えた夏美をみつけて
「気を付けて帰んなよー!!」
副部長がコートの中から声を掛ける。
「うん!皆ごめんね!!今日は先に上がらせて貰います!!」
「お疲れ様でしたー!!」
部員の皆に送られて体育館を出る。
下駄箱で靴を履き替え家路に着こうと校門に向ったのだが来客用の駐車場に見覚えのある真っ赤な改造スポーツカーが停まっているのを見つけると
「え゛っ!ま、まさか!??」
夏美は踵を返し校内に駆け戻った。
(なんとか、勝てたケド―)
試合後の礼をしながら籐矢は感心していた。
(流石に全国高校三連覇の人だ。手加減なんかしてたらやられてたな。)
リィンバウムでの戦闘経験がある籐矢にとってこっちの世界での剣道は物足りない物になりつつあった矢先に凄腕の人物と剣を交える事が出来良い経験になった。
面を外し挨拶の為に近寄る。
礼を言おうとした瞬間。
「一次試験合格。」
ぶっきらぼうにそれだけ言って面を着けたまま籐矢を睨み下す。
籐矢はその声に聞き憶えがあった。
「―っバ―」
「お兄ちゃん!?」
夏美が剣道場に駆け込んできた。
「な、夏美・・・」
思い掛けない人物が現れて籐矢は状況が呑み込めない。
「てぇんめぇ、何呼び捨てにしてんだ!?」
そう言われておもいっきり耳を引っ張られる。
「あたタタタタ―」
「ちょ、止めてよ!なにしてるのよ!?そんな格好までしてっ」
夏美に矢継ぎ早に詰め寄られても慌てる様子もなくマイペースに
「俺の義弟に相応しいが試してやった。」
夏美の顔が一瞬で真っ赤になる。
「なによ、それ―っあ!!あたしの携帯の着歴勝手に見たなぁ!?」
「証拠を残しておくお前が悪い。」
「そういう問題じゃないでしょー!!」
俗に言う兄妹喧嘩が始まった。
「橋本!兄妹喧嘩は家帰ってからにしろな。」
剣道部の顧問でもあり、籐矢と夏美のクラス担任の先生が二人の間に割って入った。
が、夏美の怒りは治まらず先生に及ぶ。
「大体、部外者のこの人を剣道場に入れるなんてどうかしてますよっ先生!!」
夏美の剣幕に少しタジろきながら反論する。
「部外者ってな、橋本の兄ちゃんこの学校のOBだぞ?」
「そんなの五年も前の事でしょぉ!?」
怒りで我を忘れている様子の夏美。
「は、橋本さん何年経ってもOBはOBだよ?」
「!!籐矢君までこの人でなしを庇うの!?」
籐矢をキッと睨みながら兄を指差す夏美。
「庇うも何も―」
夏美の顔を見つめて言葉を止める籐矢。
「ほっぺ腫れてるじゃないか。何があったの?」
「え?あ、ああ、さっき後輩のスパイク喰らっちゃって―」
「冷やす物持ってるんならきちんと冷やしとかないと駄目だよ」
右手の小手を素早く外してアイスノンを持つ夏美の手首を掴み彼女の頬にあてさせる。
「う゛っは、はい。」
夏美はそう言って大人しく籐矢の言う事に従った。
そんな二人のやり取りを見つめる橋本兄。
「おい。まだ怒ってんのか?」
運転しながら助手席に座る夏美に問い掛ける。
シートにもたげていた頭を起こし
「怒ってないよ。」
と、言ったものの機嫌は直っていないらしい夏美。
「お兄ちゃん早とちりなんだよ。あたしと籐矢君なんでもないのにさっ!」
「あ?そうなのか?」
「そうだよ!!」
フイっとソッポを向く夏美。
「あの学校でそう思ってんのお前等二人だけじゃねえの?」
「は!?」
夏美には兄の言いたい事が解からない。
「俺だってなぁ、裏付けナシに深崎に喧嘩売ったりしねえよ。きちんとな、いろんな生徒や先生に聞き込みしたんだぜ?」
「聞き込みって、まさか手帳ちらつかせたんじゃ―」
「バッチリ中身まで見せてやったぜ!」
「威張るな!!それって職権乱用じゃない、いいの!?」
「こんな時じゃねえと使い道ねんだもん」
日本の将来に不安を感じる夏美。
「で?聞き込みの結果どうだったの?」
「お前と深崎はできている。」
赤信号で停止する。
「嘘だぁ〜〜!!まだそんなんじゃないもん!!!!!」
大声で否定する夏美を他所に至って冷静に
「深崎本人に確認しなかったのは俺の落ち度だな。でもよ、ホント聞く奴聞く奴できてるとか言いやがるからよ、信じまった訳よ」
と、彼女に言い聞かせる。
「なんで?なんでぇ??」
自分の知らない所で話しが予想外に膨らんでいて狼狽する夏美。
「いいじゃねえか―まだちがうって事は近い将来そうなる希望がお前にはあるんだろ!?」
そういいながら車を急発進させる。