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永遠

なんてない


解っていながら

それでも

それでもあなたに


逢いたい





職員室に用があるという夏美に日誌の返却を任せ籐矢は一足先に校門に向かうと門の傍らに待ち人を見つけた。
「やぁ。今日は」
籐矢が声を掛けると待ち人は明らさまに顔を歪め
「・・・どうも」
辛うじてそれだけ言うとフイっと顔を背ける。
そんな態度に籐矢は気を悪くする事なくにこやかに続ける。
「橋本さんならもうすぐ来るよ。」
「ご親切にありがとうございます。トウヤさん。」
精一杯にこやかな表情、声を作って返す。
「・・・"トウヤ"でいいよ、クラレット。」
「―では"トウヤ"。さっさとご帰宅願います。わたしはナツミと二人で帰りたいので」
敵意剥き出しで吐き捨てられても籐矢は威に屈せずに
「でも彼女は僕と帰る積もりだよ?」
どこか楽しそうに言う。
籐矢のその余裕たっぷりの態度がクラレットの苛立を益々増長させる。
居ても立ってもいられずにその場にしゃがみ込んで気を落ち着かせる。
「!?クラレット?どうした??」
籐矢はクラレットが具合でも悪くなったのではないかと心配する。
返事は無い。
両膝を抱え顔を両膝に埋めるクラレット。
籐矢もしゃがみ込みクラレットの様子を窺がう。
「クラレット―」
「『永遠』ってなんですか?」
あっけにとられ何も発声出来ないでいると
「教えて下さい。」
そう言ってクラレットは籐矢の顔を見るでもなく力なく塞ぎ込んだ。
籐矢は暫し黙ってクラレットを見守り徐にリュックから紙とペンを取り出し何かを書き始めた。
「クラレット、見て」
クラレットは気だるそうに顔を上げ籐矢の方に視線を移す。
籐矢の持っている紙に何か文字が書いてある。
この世界の文字なのでクラレットには何が書いてあるかは解らなかった。
説明を仰ぐ為に籐矢の顔を見る。
「これがこの世界の『永遠』だよ。」
籐矢は『永』の文字を指し
「この文字は『ながい』を表している。」
次に『遠』の文字を差し
「こっちは『とおい』。」
一度クラレットを見遣り、続ける。
「『永遠』とは『ながくとおい』ってことじゃないかな」
断定するでもない言い回しのお蔭かクラレットは妙に納得出来た気がした。
「『ながくとおい』」
言いながら籐矢の書いた『永遠』の文字を見つめる。
籐矢はペンをしまい
「あげる」
そう言って紙をクラレットに渡し立ち上がる。
「やっぱり先に帰るって彼女に伝えてくれる?」
リュックを背負い直しほがらかに言う籐矢に今度はクラレットが呆気に取られた。
「どうして―」
微かにクラレットの口をついた言葉は籐矢の
「さよなら」
と、いう言葉にかき消され彼は薄暗い道に消えて行った。






それは




わたしが彼女に
言えなかった


言葉



言わなければいけない






言葉





お風呂にも入り夕食も食べ、あとは明日提出の宿題でもやって寝ようかと思った時、訪問者があった。
訪問者は薄く笑みを浮かべているがそれは無理をして作っているものだとすぐに見て取れた。
「辛い。つらいよ」
訪問者がぽつりと洩らす。
「うん」
「何も知らなかったほうが幸せだったな。」
「そうだな」
「でも、知ってよかった、とも思う。」
今度は返事が返ってこない。
訪問者は続ける。
「彼女の幸せは苦悩の上にあるって分ったからね。」
「・・・辛そうなのか?」
「ああ、物凄く。」
訪問者は右手を額に当て目を閉じ長く息を吐く。
「俺には耐えられそうもないな、今のお前の立場。」
「だろうな。」
一瞬の躊躇もなく言われ少々むっとした。
「来たのがカシスだったら僕のほうが耐えられなかっただろうけど」
訪問者は今日初めて本当の笑顔を覗かせた。
「綾は?元気にしてるか?」
「ああ、ほら」
携帯の綾からのメールを呼び出し訪問者に見せる。

「明日提出の宿題忘れないで下さいね。」

彼女らしい。
今の彼女の穏やかな生活が思い浮かばれる。
「じゃあな。突然悪かったな。宿題ちゃんとやってけよ」
そう言い残して訪問者は帰っていった。




「ナツミ、話があります。」
二人での帰途。不意にクラレットが歩みを止めた。
「なに?改まっちゃって」
笑うと瞳がなくなる夏美。
そんな夏美を目に焼きつけるように見つめながら口を開く。
「わたし、リィンバウムに還ります。」
夏美はクラレットの言っている言葉の意味を解するのに少々時間がかかった。
「な、んで?どうしちゃったの!クラレット!!」
「あなたに一言、ただ一言、たった一言が言いたくてこの世界に来たの。それなのにずるずると日が経ってしまって」
クラレットは大事そうに何かを握り締めている。
俯き、ゆっくりと目を閉じそして見開く。
「さよなら。」
二人の視線が交わる。
「これからずっと、一緒にいられると思ったのに」
「わたしも出来る事ならずっと、ナツミと一緒に過ごしたかった。」
そう言って握り締めていたものを夏美に渡す。
「さよなら」
いきなり別れを持ち出されても受け入れられないのは夏美だけではない。
夏美がリィンバウムを去った時クラレットも同じ想いをした。
「ナツミも言って、さよなら」
クラレットに笑顔でそう促されて夏美は双眸から溢れ出しそうな熱いものを目を瞬かせて堪え意を決して言った。
「さよなら」
夏美の口から力強く放たれた言霊はクラレットに力を与えた。
「うん!さよなら、ナツミ―」


一体どのくらいこのベンチに座っているか自分でも分らなくなっていた。
陽が落ちて辺りはすっかり真っ暗になっており空には星が煌いている。
しかし夏美は家に帰る気になれなかった。
マナーモードにしている携帯が何度も鳴っている。
家からの着信だろう。
でる気にはなれない。
数日であったが家族に無理を言ってクラレットを家に泊めていた。
しかし今晩から彼女は居ない。
なんと言って言い訳しようか、などど考えては止めた。
ふと、クラレットから渡された物を見る。
畳まれた白い紙。
開くと其処には二文字
「永遠」
と書いてあった。
夏美は丁重に畳み直し鞄にその紙をしまった。
携帯を取り出し自宅にかける。
「もしもし?お母さん?夏美。うん、今ガッコの近くの公園。もう直ぐ帰るから。・・・お別れしてたら遅くなっちゃって。誰とって―」



今週は週番なので早目に登校しなくてはならない。
と、いっても早過ぎるくらいに夏美は学校に着いた。
職員室に日誌と教室の鍵を取りに行くが夏美のクラスの日誌も鍵も無かった。
昨日夏美自身で返却したのでもう既に誰かか取りに来たということになる。
誰かといっても一人しかいない。
「おはよう、橋本さん」
夏美が教室の戸を開けると開け放たれた窓際に立つ週番の相方籐矢が振り向き様に挨拶してきた。
「おはよう。深崎くんいつもこんなにはやく登校してるの?」
「まさか。たまたまだよ」
「そう。」
夏美は自分の席に鞄を置く。
「あ、橋本さん。クラレットはどう?昨日校門で会った時元気なさそうだったけど、平気そうかい?」
「っ!?憶えてるの?」
「?憶えてるって、勿論昨日の事だし覚えてるよ。」
「クラレットの事憶えてるの!?」
夏美の言わんとする事がいまいち理解できない籐矢だが
「月曜の放課後こうやって二人で教室にいたら現れただろ?四日前の事だし憶えているよ。」
そう言った。
少しの間を取り夏美が口を開く。
「クラレットね、還っちゃった。元いた世界に。」
「・・・そんな、急に?」
驚く籐矢に夏美は説明する。
「うん。あたし達には急でもクラレットの中ではそうでもなかったみたい。ただ、あたしにお別れが言いたかったんだって―さよなら。って言って還っていったよ。」
にっこりと話す夏美。
「橋本さん・・・平気なの?」
恐る恐る問う。
「う〜ん、平気。クラレットと会えなくても、クラレットとの思い出は永遠にあたしの中に在り続けるから。それと、深崎くんの中にも」
「そう、か。」
「そうだよ♪」
この話はこれでお終いと言う様に夏美は席に着き鞄から読みかけの本を取り出し読み始める。
籐矢はHRが始まるまでそんな夏美を眺めていた。



携帯が鳴る。
お客に断って廊下に出て通話ボタンを押す。
「もしもし。僕だけど今家、か?よし。今からお邪魔する。駄目だって言っても行くからな」
「えっ!と、籐矢!!―って切りやがった」
溜息混じりに携帯の液晶を一瞥して部屋に戻る。
「随分用件短い様でしたけど籐矢くん何ですって?」
勉強しているノートから顔を上げずに聞く。
「・・・今から来るって」
チャイムが鳴る。
「本当に"今"ですね。」
そう言いながらお客―綾の笑みが零れた。
勇人は二階の自室から玄関に向かい新たな客を招き入れる。
「お前どっからかけてきたんだよ、携帯。」
「勇人の家の前から。二日連続で突然じゃ悪いと思ってな。」
「意味ねーよ。十分突然だっつーの。」
勇人の突っ込みに微笑みを返す籐矢に勇人は吐息混じりに
「別にいいけどな、今綾来てるぞ。」
今の自分の部屋の状況を知らせる。
籐矢の動きが一瞬止まる。
「丁度いい。綾にも聞いて貰う。」
勇人の部屋に入る。
「籐矢くん。お久し振りです。お先にお邪魔してます。」
「うん。勉強中悪いな。」
籐矢は鞄を下ろし適当な場所に座る。
「いえ、平気です。続きは家に帰ってからします。」
机の上に広げられた勉強道具を鞄に仕舞う。
「それじゃあ」
立ち上がろうとした綾に
「綾、時間があるなら僕の話を聞いていって欲しい。」
そう言って籐矢は彼女を引き止めた。
綾は感情の読み取れない表情で籐矢を見つめながら言う。
「勇人くんに大切なお話じゃないのですか?」
「大切な話には変わらないけど"勇人に"じゃないよ。ただの愚痴。」
自嘲しているかのような笑みを浮かべて綾に視線を返す。
勇人が麦茶を三人分用意して部屋に入ってきた。
「あれ?綾帰っちゃうのか?」
「いや、今引き止めた所。」
「籐矢くんがそう言うのならもう少しお邪魔しますね。」
綾は腰を据え直す。
先程綾の勉強道具が広げられていたスペースにお盆を置き勇人は自分の勉強道具を片付け勉強机に移動させ椅子に座る。
「冷たいうちに飲んでくれよ、麦茶。」
勇人にそう言われて籐矢と綾はコップを取り麦茶を飲む。
水分を口にして自分の喉が渇いていた事に気付く籐矢。
麦茶を一気飲みしてコップをお盆に返し無意識に溜息を吐く。
そんな籐矢の姿を勇人と綾は見つめる事しか出来ないでいた。
少し重たい沈黙が続く。
何処を見るでもなく籐矢は
「行っちゃったよ。と、言うか僕が背中を押したのだけれどね・・・」
そう呟く。
「あ?なんだよ、それ」
「昨日あれから彼女、還って行ったらしい。それで、辛そうだったから」
「だから何か?追いかけろとでも言ったのか?」
勇人の強い口調の問いに籐矢は頷く。
「バカか!?お前はっ!んっとにお人よしにも程があるぞ、いいのかよそれで!!」
「いいわけないだろ!!でもっ!でも、僕はあれから彼女が一人で生きて行くんだって考えると・・・」
籐矢は怒る勇人に怒鳴り返したが語尾に勢いは続かなかった。
籐矢の気持ちを察して勇人は何も言えなくなった。
一息吐いて籐矢は綾の名を呼ぶ。
「はい。」
重くなく軽くもない心地良い返事をする綾。
「綾は今、幸せか?」
にこやかに質問する籐矢が無理をしているのがありありと判る。
綾は微かに表情を緩め
「はい。幸せです。」
はっきりとそう言った。
籐矢はそれを聞いて安心したように微笑み
「僕にもその幸せを分けてくれないか」
自嘲の笑顔を浮かべながら言う。
「なんて今のキミに言ったって仕方のないことだ。」
籐矢はそう自分に言い聞かせ勇人のベッドに頭をもたげ目を瞑り深く息を吐く。
幾らもしないうちに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「籐矢―寝ちゃったのか?」
勇人は立ち上がり籐矢の顔を覗き込む。
「寝てる。」
傍らの綾に微笑みながら報告する。
綾もクスっと笑い返した。
籐矢を起こさない様に勇人のベッドに寝かせ二人は部屋を出る。
「幸せですよね、あんなに想われて。」
綾は籐矢が眠る勇人の部屋の戸に視線を送りながら言った。
「綾、その」
「だいじょうぶですよ。わたし―いえ、彼女はナツミを独り占めなんてしませんから。」
勇人の言葉を遮り満面の笑顔でそう言い、言葉を失っている彼に構わず続ける。
「我慢した甲斐がありました。幸せのお裾分け出来たかしら?」
勇人は我に返り言う。
「じゅうぶん!!」
「って言ってもわたしがしたわけではないのだけれど」
勇人と綾は微笑み合った。



ふっと瞼を開けると見慣れぬ天井が目に入った。
未覚醒のまま上半身を起こす。
薄暗い部屋。
籐矢は学制服のまま寝ていたらしい。
「籐矢?目ぇ覚めたのか??」
籐矢のいるベッドの下から勇人の声が聞こえた。
「わ、悪い。ベッド占領しちゃって」
籐矢は慌ててベッドから下りる。
勇人はベッドの横に敷いた布団から起き出さずに目覚まし時計に手を伸ばし時間を確認する。
「まだ五時じゃねぇか。もう少し寝とけよ」
そう言って布団にもぐり込み直す勇人。
「もう充分寝たから、帰るは。」
籐矢のその言葉を聞いてやっと起き出す勇人。
「いいじゃんか、うちから学校いけばさ。」
「そうはいかないんだ。今日の授業の準備していかなきゃならないからな」
ベッドの乱れを直し鞄を背負う籐矢。
「なら、仕方ないか」
籐矢と勇人は部屋を出て微行で玄関に向かう。
あくびをしながら玄関の鍵を開ける勇人。
「小父さんと小母さんに宜しくな。」
「そうおもってんなら今日夕飯食いに来い。籐矢の事すっげー心配してっから、うちの母さん。」
「うーん、じゃあ、そうしようかな。とても自炊出来る状況じゃないし」
「ん。母さんに伝えとく。明日日曜なんだから今日も泊まりに来いよ。今夜は添い寝してやるから」
勇人は冗談めかしてそう言ったのだか
「そうして貰えると助かるかも。」
籐矢は半分本気でそう返した。
「じゃあな」
籐矢は勇人に背を向け歩き出す。
「―籐矢!!」
勇人に呼び止められ振り向く。
「〜〜〜なんでもない。―今晩必ず俺ん家来いよ!!」
「そんな念押さなくてもお邪魔するよ」
籐矢は軽く手を振り去る。
「ホントに来るかな、アイツ」
小さくなった籐矢の背を眺めながら呟き勇人は部屋に戻った。



今日は週番の最終日。
半日授業なので大した仕事は無い。
一人でも充分こなせる仕事だ。
職員室に日誌と教室の鍵を取りに行き教室に向かう。
教室の鍵を開け戸を開ける。
朝日が目に飛び込んできて目を細める。
光の中に影を見止める。
「今日も早いね!深崎くん!!」
影の主が声を発する。
昨日この世界を去った筈の人物が籐矢の目の前に居た。
「橋本さん?!」
「おはよう、籐矢くん。」
「お、おはよう―ってなんで?どうしたの??」
夏美は腰掛けていた机から飛び降りて籐矢に歩み寄り日誌を受け取る。
「昨日籐矢くんが書いたから今日はあたしの番だね。」
にっこり笑って自分の席に着き日誌を開く。
唖然としている籐矢。
夏美は日誌に今日の日付と授業を書き込みながら
「ついさっき還されちゃったの」
こともなさげに言った。
「還されたって、どういうこと?」
籐矢は夏美の席に突進して問い詰める。
「だから、これからずっとこの世界にいるってこと。」
にっと笑って籐矢の目を見据える夏美。
籐矢の携帯が鳴るが彼は夏美を凝視して動かない。
「籐矢くんの携帯鳴ってるよ?」
そう夏美に言われて初めて昨日勇人に電話をかけた後電源を入れっぱなしで学校へやって来てしまったことを思い出した。
ポケットから携帯を取り出すとメールの着信だった。



「幸せは届きましたか?」



その文章を見て籐矢は脱力した。
今晩勇人に添い寝して貰わなくても平気そうだ。
メールを返信する。



「確かに受け取りました」








END