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崩壊の足音3

 

 

 

日常というものは、気づかないうちに徐々に壊れていくものだ。

たとえその瞬間が、突然訪れたように感じても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光は瞼を開いた。

 

 

横になっている躯の節々が酷く痛む。

 

 

辺りは薄暗く、眼はすぐに慣れなかったので自分がどこにいるのか把握できなかったが、肌の感触から硬質な場所に入るということは分かった。

 

いったい自分が何故こんな薄寒いところにいるのか、彼には理解できなかった。

 

 

(ともかくここから出なければ、)

 

 

 そう思って躯を動かそうとしたが、うまく動かせない。腕を何か荒い紐のようなもので括られているのだ。瞬間、彼はハッとして、不審な男に不覚にも拉致されてしまったことを思い出した。

 

「涼子!」

 

 光は掠れた鋭い叫び声を小さく挙げ、少しずつ慣れてきた眼で辺りを必死に探った

 

 

 

 

カッツカッツカッツ・・・・カッ。

 

 

 

 

 

目を開けると、真紅のヒールが目に入った。

 

何だ?

 

 

見上げると、そこには女が立っていた。

俺を見下げて、口元に笑みを浮かべている。

女はつま先で俺の顎をあげて嘲るように言った。

「へぇ・・・・。やっぱ綺麗な顔してんのね。
そーんなに怖い顔しないでよ、あんたホストでしょ?
そんな顔でショーバイできんの?」

「彼女は?涼子はどこだ。」

「フフッ。心配なのねぇ。頼りない騎士(ナイト)さん。
 女一人守れないのに、よくもまぁ甘い言葉で毎晩人を騙せるわね。」

「だまれ。彼女はどこにいる?」

「さぁ。・・なんなら私と一度寝てみる?
 ベットの上なら喋っちゃうかもよ?」

「ふざけるな。」

「フッ、かわいいわね。」

 

 

 

女は冷笑すると、片膝をついた。

強い香水の香りに咽そうだ。

 

 

「・・・・いい眼してる。
好きよ、あんたみたいな眼する人。
まぁ、もうちょっと眠ってなさいな。」

 

そう言うと、すっと唇を重ねてきた。

 

「!!!。」

 

 

 

 

 

 

クソッ。意識が遠のいてゆく・・・・。

 

 

 

 

 

 

「おやすみなさい。かわいい子猫ちゃん。フフッ。」

 

 

 

 

 

 

・・・・涼子!・・涼子。りょう・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他愛もないこと。こんな男を、あの人ったら何を気にしているのかしら」

女はふに落ちないといった様子で、冷たい床に横たわる光を見下ろした。しかし、すぐさま彼女は何かを思い出したように、真紅のヒールを響かせてその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜はどちらへ?」

黒いスーツの男が、彼女を後部座席に誘いながら低い声で尋ねた。

「そうねぇ・・・、とりあえず、海かしら」

女は無感情な声で答える。

「海ですか。・・・その娘はどうなさるおつもりですか?」

「そんなの決まってるじゃない」

女はふと左横の座席に視線を走らせ、厭味げに視線を外す。

「沈めちゃうのよ。日本からはほどよく離れた辺りにね。
いつもの通りでしょ。足がつくんじゃないわよ」

薄暗い車の後部座席には、昏々と眠り続ける涼子の姿があった。

 

 

「あの男はほおっておいてもいいんですか?」

黒いスーツの男は運転席に乗り込みつつ、再び尋ねる。

「さあ、どうしようかしら。可愛い子だもの、もったいないじゃない。まあ、消すかどうかは、このお姫様を消した後にでも決めようかしら」

 

 

 

 

突然、女の携帯電話がけたたましく鳴る。女は電話に出る。が、喋らない。

 

電話の向こうから、聞いたことのある声が響く。

『先走りはいけないなぁ、ユウコさん』

「どうしてあんたから電話がかかってくるのかしら。教えた覚えはないのだけれど」

『さあ、どうしてだろうね。それよりも、まだあの人からの指示はでてないでショ。俺が動いてからってことになっていたはずだけど?二人を拉致って何してるのかな?』

 

 

「お見通しね。目の利くこと。でも、何故って質問はこちらのほうよ。二人が邪魔なんでしょう?だったらどうして手を下さないの。仕事は早いにこしたことはないでしょう?」

 

 

『それはあの人にきいてくれるかな。まあ、涼子を消すのはまだ早いよ。もう少し時間をかけようよ。じゃないと、君、あの人に切り捨てられちゃうよ』

ブツッ

 

 

 

 

電話は唐突に切られる。ユウコと呼ばれた女は血相を変えて車から飛び出す。

 

「どこよ、あいつ・・・」

女は辺りを見まわした。どうしたのかと尋ねる黒スーツの男に、彼女は視線を向けず、ひたすら辺りを見まわす。

 

 

「見てるのよ、あいつ。どこからか」

 

 

と、そのとき、携帯電話の着信音が再び鳴った。

 

 

 

 ユウコは電話の液晶画面に表示された人物の名を見て、驚愕する。

10回ほど鳴らした後、おそるおそる左手の人差し指を左端上のボタンに向かわせた。

 

「・・・・・はい」

『・・・・ああ。ユウコさん。僕だけど。』

 

 

 

予想通りの聞き慣れた、澄んだ男の声がユウコの耳に届く。

 

 

『君・・・・僕の好みの女は、知ってるよね?』

「・・・・」

『先走る女性は・・・』

「で、ですが!!不要なものは、早々に始末をと・・・!!」

『僕が、いつ彼らを不要と言ったのかな?』

 じんわりと手のひらが汗ばんでくる。

「し、しかしあのことの関係者を生かしておくわけには・・・!!」

『・・・全く君は激しい人だ。そういう女性も魅力的ではあるけどね・・・
まだ時期が早いんだよ。それに光は真相を知るかどうかもわからないのに。』

「では、あの娘だけでも!」

『裁判を起こしているわけではないのだから、もう少し落ち着いたらどうだい』

 ユウコのこめかみに冷たい雫が流れた。

「・・・すみません」

『とにかく、彼らを一度帰してあげて』

「・・・はい」

『光を閉じこめている場所へ、すぐ戻るんだ。その後のことは優希がやる』

「わかりました」

『ありがとう。聞き分けのいい娘は好きだよ』

電話はそこで、ブツリと切れた。

額に貼り付いた前髪を乱暴に払い、ユウコは低い声で男に告げた。

 

 

 

 

「戻るわよ」

 

 

 

 

 

ユウコさん、がんばれ。管理人はアナタが嫌いじゃないよ。

story by 光 + 仁々 + さし美

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