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歓楽街の聖母2 |
じゃれてとびついてきたマリーは、光の顔の数センチ先でピタと止まる。
「・・・・」 「私からの電話、無視できるとこを取ったってことは、そういうことよね。 「それは・・・・」 「断ることも出来たのに、来てくれたのよね。ありがと。」 「マリー・・・」 「何?」 「俺・・・・」
再び口篭もった光が次の言葉を発するまで、マリーは何も言わずじっと待ってくれている。
この人なら、どんな馬鹿げた悩みでも、真剣に聞いてくれる。
そう思った。
「涼子って娘がいるんだけど。・・・・・好きなんだ。」 「そう。いいことじゃない?あなた、今まで本気で女の子好きになったことないんでしょ?」 「俺、今の職業アレだから・・・」 「それはそうだけどぉ。・・・まぁ、客は減るわねぇ。きっと」 「・・・・」 「・・・・・それだけじゃないでしょ?悩み。」
光は視線を足元に落とした。
「・・・俺は、本気で人を好きになっちゃいけないんだよ・・・・」 「ホストだから?・・・じゃないわよね。」 「・・・・」 光は唇をかみ締めた。 「・・・光ちゃん?」 「もう、俺の、せいで、死・・・・」 続きの言葉を発しようとしたが、口の中は乾き、言葉が止まる。 寒気が襲って、その後急に汗が噴出す。 「光ちゃん?・・・・無理しないで。」 光は震える両腕で頭を抱え込んだ。 「ごめん・・・・ごめん・・・マリー・・・俺、」 「・・・・うん」 「・・・どうしたらいいのかわかんないんだよ。」 「うん・・・・」
「好きなんだよ・・・・好きなんだよ・・・・もう、もう、・・・嘘つけないよ・・・
人を好きになっちゃいけない。そのせいで、どんなことが起こるのか。
もう過去のことだと思っていた。 あのころのことは、過去のことだと。 忘れていたことだったのに、また蘇るとは。 記憶も、事件も。
何もかもがわからない。 自分がどうしたいのか、どうするべきなのか。 それでも、彼女への気持ちだけは走り出している。 だから怖い。彼女の身に危険なことが降りかかるのではないかと。
また、大切な人を失うのではないかと。
怖くて、どうしていいのかわからないんだ。 震えの収まらない手で、顔を覆いながら、光は深く息を吐いた。
「そんなに苦しいのなら、やめてしまえばいいじゃない」 唐突にマリーが言った。 驚いて光が顔を上げると、ひどく真剣なマリーの顔が見えた。 「失うのが怖いから、正直にもなれないでいるんでしょぉ?そんな程度なら、やめてしまえばいいじゃない」 いつもの飄々とした雰囲気などとは違い、ひどく真剣にマリーは言う。その声も、いつもの艶っぽい声とは違い、落ち着いた、低い声だった。
「自分を守ることに必死なうちは、相手を傷つけるだけよ」
「それでも・・・・」
それでも気持ちを止められない、と光は知っている。 いまさら、この気持ちから目をそむけて生きていくなど到底不可能なことに思われた。
「それなら、不安なんてなくなるくらい懸命に、彼女を守ればいいじゃない」 長い沈黙を置いて、マリーが口を開いた。その言葉に、また光は驚いて顔を向ける。するとそこには穏やかな母親のような笑みを浮かべるマリーの顔があった。
ドアを開けると、朝の冷たい空気が鼻を突く。 夜が白々と明け始めていた。
「んふふぅ。光ちゃんったらかわいかったわ〜♪ 「勘弁してくれよ〜。 「な〜に言ってんのよぅ。最後は結構満更でもなかったくせにぃ〜。 「おいお〜い。あ、店の連中にベラベラしゃべんなよ〜。」 「どうしようかしらん?」 「頼むよ〜。」
「さて、そろそろ帰らなきゃ。睡眠不足はお肌の大敵ですものぅ。」 「そうだな。じゃ、送るよ。秘密を握ったお・姫・様。」 「・・・・・あなたは行くところがあるでしょ?」 「・・・・。」 「あなたの本当のお姫様のところへ早く行きなさいな。」 「マリー・・・・。」 「んふふっ♪」
遠くなるマリーの背中に呟いた。 「マリー・・・・ありがとな。」
タバコに火をつけ、空を仰ぐ。 ザマァねえな・・・・。 なーにやってんだろ、俺。
気が付けば、涼子と話をしたあの公園の前にいた。
あの日と同じベンチに一人座る。 タバコの煙が青白い空に溶けていく。 なんとなく、コートのポケットから、涼子に貰ったお守りを出す。
あ・・・・今の空と同じ色だ。 俺はあの子に、心のどこかで、
・・・・「明けてく空」を期待していたのかもしれない・・・。
それから暫く、明けて行く空を見ていた。 |