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穏やかなとき1 |
いくつかの通りを横断し、角を曲がって、いつの間にか二人は閑静な住宅街にたどり着いていた。 ちょうど平日ということもあってか、午前中の住宅街はとても静かだった。 一応道案内である涼子は、時折立ち止まり、周囲を見回しては、 思い出したかのようにまた歩き出す。
その様子からするに、どうやら古い記憶をたどりながら歩いているようだった。
「あ、そうそう、こっちです」
道を思い出しては嬉しそうに微笑む彼女につられて、ついつい光の顔も穏やかな表情を作る。
そういえば、こんな風に誰かに連れられて歩くなんて、久しぶりだな・・・
職業上、常に女性のエスコート役に徹してしまう彼としては、誰かに連れられて歩くということがひどく新鮮に思われた。
小さいころは、いつも手を引かれて歩いていたのに・・・
一瞬、遠くに置き去ったはずの記憶が脳裏を掠める。 けれど、すぐさままたその記憶は遠くへと退き去ってしまった。 涼子の明るい声が、光を穏やかな今に引き戻したのだった。 「光さん、ありました。あそこ・・・」 そういいつつ、涼子の指差す先には大きな木があって、その枝葉の向こう側に、小さな十字架がちらりと見えていた。
「教会?」
光はポツリと言葉をもらした。
決して古いわけではないが、やや、歳月を経た感のある教会の扉は、 押してみると、思ったよりも軽く開いてしまった。
「はいっても、大丈夫かな?」
ぐるりと周囲を見渡しながら呟く光に、涼子がくすくすと笑いながら言う。 「見つかったら、謝ればいいじゃないですか」 そのまま、彼女はゆっくりとした足取りで扉をくぐり、淡いステンドグラスの様子にうっとりと目を細める。
誰もいないのと、鍵がかかっていないのをいいことに、 光と涼子は教会の中をものめずらしげに見て回った。
古めかしい外見とは違い、実際に踏み込んでみると、 その内装はどこもかしこも磨き上げられており、 板の間の床にはステンドグラスの薄黄色の色身がはっきりと反射していた。 通常、教会のステンドグラスというと、鮮烈な赤や青色を想像しがちだが、 この教会は薄黄色や薄紅色などのやわらかい色味が使用されている。 そのためか、室内は厳粛というよりは、親しみやすい温かな雰囲気で満たされていた。
「ここ、私の両親が結婚式を挙げた教会なんです」
ポツリと涼子が言葉を漏らした。
「え、そうなの?」 「だから、一度来て見たくて、高校生のときとか、一人で近くまで来たことあったんです。でも、流石に中には入れなくて」 気恥ずかしいのか、少しばかり肩をすくめて告白する涼子に、思わず光も微笑み返していた。
「結婚式か。・・・・似合うだろうね、うん。」 「えっ?」 「ウエディングドレス。・・・女の子の夢でしょ?」 涼子は隣で顔を真っ赤にしている。 「どんなドレスが着たいの?」 「・・・・光さん、笑うから。」 「何で?笑わないよ。」 「もう、笑ってるじゃないですか!!」 下を向いて照れている涼子が可愛くて思わず笑ってしまたのだ。 「ごめんごめん、で、どんなの?」 「・・・母のドレスが着たいんです。母が着ていたドレスが昔からの憧れで。」 「・・・そっか。素敵だと思うよ。」
こんなに素直な夢持っている子を俺は守ってやることができるんだろうか。 俺といたら、また危険な目に遭わせてしまうんじゃないか・・・。 いや、今そんなことを考えるのはよそう。
こんな穏やかな時間がずっと続けばいい・・・。
神様どうか、彼女をお守り下さい。
柄にもなく神に祈る。
キィ、と小さな音をたてて、扉が開かれたのだった。
「あ、すみません。人がいるなんて思わなくて・・・」
「あ、いえ、こちらこそ」
思わず振り返りながら、光は答えた。 するとそこにたっていたのは、黒い独特の衣装に身を包んだ、小柄なシスターだった。 彼女は珍しい客に少しばかり驚いたようだったが、すぐに穏やかな微笑でこう聞いてきた。
「結婚式の下見ですか?」
その言葉に、先ほどまでの会話を思い出し、涼子は懸命に首を振り、「違うんです」と訴える。 その耳が恥ずかしさで赤く染まっていた。 「両親が、ここで結婚式を挙げたので、一度見てみたかったから・・・」 「まあ、そうなんですね〜」 あくまでおっとりとシスターは答える。 そしてそのまま、彼女は聖堂から横の部屋へと続く扉を少し開けたのだった。 「もしよかったら、ここで挙式をしたカップルの写真がとってあるんです。見ていかれませんか?」 陽はいくらか南よりに近づいたらしいが、まだ正午には時間が会った。
少しくらいなら。
そんな軽い気持ちで、光も涼子もその小柄なシスターの後姿を、 すこしわくわくしながらついていった。 |
教会デート story by 仁々 |