隣人マリー登場

その時、ゲイバーオーナーのマリーが


「こんばんわぁ。」

と、色っぽい声で挨拶をしながら店を訪れた。

マリーはstar-voiceの隣でゲイバーを経営している。
付き合いも長いため、こうして時々店に遊びに来る。

「あらぁ、光ちゃん、久しぶりぃ。」

少し低く、ハスキーな甘い声で光に声をかけ、妖艶な笑みを浮べる。

マリーは妖しい美しさを持つゲイ…である。
彼…いや、彼女の持つ雰囲気は独特で、深い。
そんな彼女は美しいモノを好む。
とりわけ、美しい男性を。

もちろん、光も彼女のお気に入り。

しかし、今日はもう一人、マリーの知らない男性が光の隣に。

「まぁぁ、オーナー、その子新入りぃ?ぜひ紹介して欲しいわぁ。」

 

細身の体を僅かに曲げて軽く頭を下げた由宇は、柔らかな微笑をマリーに向けた。

「はじめまして、由宇です。素敵なお嬢さん」

「あらぁ、いい子じゃなぁい」

マリーは上機嫌に声をあげた。彼女のその様子を、由宇はにこやかな表情の奥の冷めた瞳で静かに見つめていた。

 パシャリ・・・

彼の心の中でシャッター音がかすかに響いた。

 はい、早速一人つかまえた。

そのまま由宇はおもむろに薄暗い明かりの店内を、ゆっくりと見回した。

 思った以上にいい店だ。悪くない。

 ホストたちの教育も行き届いているし、客の数もレベルもそうそう低くもなさそうだ。

 後は、そう要らないものを削除するだけ・・・。

柔らかい微笑を浮かべたままに、彼はゆっくりと傍らに立つ哀の瞳の青年に視線を落とした。

 

「ねえ、君」

客の合間を悠々と通り抜ける輝は、そのとき唐突に呼び止めたれた。「はい」と礼儀正しく振り返った彼の眼に留まったのは、まだ見慣れない青年の姿だった。

「ええっと、貴方は新しくいらした・・・」

「そう、由宇だよ。今日からよろしく。」

由宇は人のよい微笑を輝に向けると、光の時と同様に軽く片腕を差し出した。その仕草を見て、輝もすかさず彼の手をとり握手を交わした。

「由宇さんは、他の店から引き抜きでこの店にいらしたんですよね?輝です。こちらこそよろしく」

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ、あの光さんて、どんな人?あんな若さでこんなレベルの高い店の主任なんて、凄いからさ」

尊敬と驚きを含んだような由宇の言葉に、輝は思わず誇らしさを覚えた。自分の尊敬する光を新顔とはいえ、他店で主任経験のある由宇が認めたことが嬉しかったのだ。

「そうなんです!光さん、あんなに若いのに凄く気が利いて、後輩にも優しくて。ボクも光さんが教育係として色々と教えてくれたから、この店でやってこれたんですよ。でも・・・」

そのまま輝は言葉を止めた。最近の光の変わりようがとても信じがたかったからだ。3週間ぶりに店に姿を見せた光は、以前の自信に満ち溢れていたときの輝きを酷く欠いているようにも見え、胸が痛んだ。

「最近は光さん、あんまり店に来ないんで・・・」

「ふうん。そうなんだ」

店内の薄明かりに消え入りそうにも見える光の姿を追いながらそうつぶやく輝の横で、由宇がそんなあいずちをうった。

 

 

削除の芸術、

それがもっとも有効で良質だ。

由宇は思う。

そしてそのまま、彼の心のファインダーは、あの哀の瞳の青年を追いかけた。

 

 要らないものは削除する。

 

由宇の中のシャッターはまだ降りない。今はまだ貪欲に、被写体を追いかける。

 

 要らないものは削除する。邪魔なものは、排除する。

 

 


久々に来たstar−voice・・・。

なんだか全てのことが水中での出来事のようだ。

客の笑い声も、グラスの音も、・・・そして自分の声さえはっきりしない。

 

ひどく冷たい手だったな・・・。

ふと左手に目を落とす。

「ユウ」といったかな・・・。

 

「ねぇ、光。」

そう言いながら摩夕が指を絡めるように左手を握ってきた。

摩夕の手はあたたかい。

暖かさを感じる事の出来る、幸せ。

あの日からずっと、摩夕子は自分の近くにいてくれる。

きっと摩夕子は自分を裏切ることはないだろう。

このままがきっと幸せなんだ。

光は、ふと涼子の事を思い出した。

 

・・・出会うべきではなかったのかもしれない。

・・・涼子には。

涼子の暖かさが感じれる日は、来ないのかもしれない・・・・。

 

 

自分の手のひらを見つめる光は、由宇の視線に気づくことはなかった。

 

摩夕子は、数時間前、あんなに光を責めたものの、

やっぱり、好きな人のそばに一秒でも長く居たいという女の恋心を

無視できる程大人ではなかった。

「光♪・・・こっち向いて」

今日も光の隣を陣取れたうれしさで、摩夕子はごきげんだった。

酔った勢いで光にしなだれかかり、右腕を絡める。

 

どうしてだろう。

上手く笑えない。

この俺が、star−voiceで?なぜ?

・・・理由はわかっている。

 


・・・・涼子。

 


横で無邪気に笑う摩夕。

化粧や酒で隠しても・・・・わかるよ。

 

 

・ ・本当に・・・ごめんな。

「んまぁ、摩夕子ったら。光ちゃんは私のモノよぉ。」

上機嫌で光に絡んでいる摩夕子に、マリーは冗談とも本気ともつかないような語気を含んだ言葉をかける。

マリーは確かに光を気に入っている。

しかし、彼女が光に抱く感情は、摩夕子が光に抱くそれとも、輝や翼が光に抱くそれとも違う。

マリーは光を独占したいわけでもなく、光に憧れているわけでもない。

そんな彼女の性格…いや、性質を知ってか、摩夕子はマリーの言葉を気にする様子もなく、
さらに光の身体に腕をまわそうとする。

 

だが、光はどうしてもそんな気分にはなれなかった。

涼子のことが頭から離れない。

摩夕子のぬくもりを少し心地よく感じながらも、やはり、今彼の心を占めているのは涼子だった。

一瞬、薄暗い部屋でまゆを腕に抱いている自分が目に浮かぶ。

しかし、次の瞬間、光の頭の中には涼子と陽のあたる明るい所を笑ながら歩いている自分がいる。

 

「まゆ…、ごめん…!」

苦しげに声を絞り出し、光は摩夕子をぐいと引き離した。

今までなら、一度に何人もの女に好意を抱くこともできた。

どんな女と夜を過ごしても、その女といる時には他の女のことなんか考えたことも無かった。

しかし、今、光の中には二人の女が同時に存在する。

どうしようもない思いで葛藤を繰り返す光は、

無邪気であたたかい摩夕子の抱擁がたまらなく切なく、絶えられなかったのだ。

そんな光を、マリーは意味ありげな瞳でじっと見つめていた。

そして、光のただならぬ様子を敏感に感じ取り、助け舟を出す。

「ちょっとぉ、光ちゃん、久しぶりに会ったんだからぁ、私の相手もして欲しいわぁ。」

そう言って、光の右側から自分の両腕を絡める。

「マリー。元気にしてたか?」

光は、重い内心を振り切って仕事モードに切り替えた。

「最近店の方に顔出せなくてごめんな。」

「そぉよぉ!なかなか来てくれないから、あたしからきちゃったじゃないの〜。

・・・摩夕子ちゃんも。たまにはうちにも寄ってってよ?」

摩夕子は、先ほどの光の仕打ちに一瞬動きを止めてしまったが、

マリーの巧みなフォローに、また瞳に輝きを取り戻した。

「うふふ。わかりました♪・・・ね、光もね。一緒に行こうね?」

「あ・・・あぁ。」

光は、一度決心した行動を、また引っ込めてしまった。

・・・・やはり、できるわけがない。

摩夕子を突き放すなんて。

元々、光は摩夕子に恋愛感情はない。例えるなら、「妹」。

それはきっと摩夕子も分かっている。

しかし摩夕子は・・・10年前のあの時から、自分の支えになってくれている。

両親に反対されていても、

どんなに近所からあらぬ噂をたてられていても、

・・・気持ちが自分にないことが分かっていても、自分の側にいてくれている。

光の愛した姉、理沙(りさ)は、・・・摩夕子の兄を死に追いやった、

元凶であるというのに。

 

 

「大丈夫。光は、悪くないんだよ・・・」

 

 

そう言って微笑む、涙でぐしゃぐしゃになった摩夕子の笑顔を、

光は忘れることはできない。

深海に居る気分だ。

辺りの景色は歪み、他人の声がひどく遠い。

光はマリーに勧められるままピンクのドンペリを飲み込んだ。

あぁ。今日は驚くほどアルコールのまわりが速い。

 

光はグラスを持つ自分の腕を見つめた。

グラスの中のピンクの液体は店内の照明を受けて手を動かすたびにチラチラと揺れる。

その光りが目につらい。

風に揺れる彼女のスカートはもっとやわらかくて、あたたかい色をしていた。

 

光はその腕に寄生しているように張り付いた重々しい時計を見た。

間もなく明日が来ようとしている。

その時、光はある重大な事を忘れていたのに気付いた。

あわてて、側を通り掛かった輝を呼び寄せる。

「今日は何曜日だ?」

「月曜日です。」

そう言った後、輝はにっこり笑って落胆の色の光にそっと耳うちした。

「大丈夫です。子連れ狼なら、ちゃんと録画してます。」

「あぁ。良かった。ありがとう。」

光は輝の気遣いと笑顔に救われる思いがした。

こんなにも自分を慕ってくれる輝を俺は裏切ることになるのだろうか。

そう思いながら光は輝に淋しい笑顔を返した。

珍しく仕事をしている光。趣味、「子連れ●」鑑賞。

story by 仁々+ 美詩夜 + 光

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