思ひ出生成法のレシピを御覧
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2003/02/25 6:06:42
プリンターが止まった。
出てきた印刷を見た。
はぁぁぁあぁあぁあぁぁ・・・・・・
インクが切れてやんの。
畜生。
卒論が印刷できない。どうして・・・。
明日、大学のOPIT開いてるかなぁ。
またこのパターンかよ。折角今回は早めに出来てたのに。
まだ荷造りせにゃならんのに・・・。
チクショー!!!
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2003/02/22 23:15:07
(>0<)ひぃいいぃいいぃいぃい
凹むわぁ。また車ぶつけた・・・。
なんか乗るたびにぶつけているような気がする。
今回は、ガリリといきました。
ああ、もう最悪だよ。
しかも、ガリガリって音がしてから気付くし。
さらにそのすぐ後、今度はゴンって音がしてさ、またぶつけてんの。
車幅、わかんね―よ。チクショー!!!!!!!!!
ああ、運転上手くなりたいよ。
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2003/02/22 1:10:58
ふと気付きました。
高校の頃の私は、やさぐれてました。
中学の頃の私は、いじけてました。
小学校の頃の私は、すでに猫を五匹ほど被ってました。
大学が一番「素」に近かったなぁ。
なんでこんなことを考えたかというと、最近、死にたくなくなってる自分に気付いたからです。
高校のときなんて、もう、自転車に乗ったら最後、
「いつ飛び込もうか」
と車線をにらんでみたり。
(どうせ意気地がなくてできないんですけど)
中学のときなんて、もう、死ぬときの恐怖ってどんなのかしら?
とか、変な幻想抱いていたり。
小学校のときなんて、腹かっさばこうかと、包丁を手にしてみたり、
何階から飛び降りたら死ねるかしら?って考えて、2階からは無理かなぁ、と
助走をつけて2階から飛び降りることばかり考えていたり。
いけない子供ですね。
でもね、最初に自殺を考えたのは、たしか五歳。
あてつけに死んでやろうかと、幼稚園児の私は考えていたり。
危険な子供ですね。
でも。最近は違うみたい。幸せなんでしょうね。本当に。
よかったよかった。これでこそ、一般の人間に一歩近付いたってもんだわ。
・・・けど、会社に入って、またぶり返したら、どうしようねぇ。
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2003/02/17 5:20:35
古い資料を紐解いて、その人が何を考えていたのか、知りたくなったりしてしまいます。
レポートのために祖父の持っていた岡山についての資料に目を通してみました。
膨大な量、詳細な資料、つくづく勉強家だったんだなということを窺わせる資料を見て、
あらためてため息が零れます。
祖母が話していました。
なくなる際まで、祖父は色んなことをよく知っていたのだそうです。
本をだそうと言う話もきていたそうですが、結局、時間がなかったそうで。
祖父は古文書を生涯の研究対象としていました。
岡山の歴史に詳しく、今日見た資料の中には、
岡山の町の歴史についてTVで説明をしている祖父をうつしたビデオもありました。
ほんの少し、時間が交錯していれば。
最近、ふと思います。
もっと話が聞きたかったよ。
先日、弟が祖父から聞いたという戦時中の話を、ちらりと耳にしました。
初めて聞く話で、母もびっくりしていました。
特攻隊の話でした。
知らない話がたくさん、たくさん、祖父と一緒に眠ってしまったんですね。
それを残念に思いながら、それでも残してくれた多くの資料に感謝して、
私は本を読んでいます。
非売品の雑誌論文みたいなのもあったりするから、なかなか楽しいんですよ。
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2003/02/15 21:38:07
続きいきます。
<5日目>の続き
場所は花のパリ。シャンゼリゼ通りの一角のカフェの奥にて、メニューとにらに会う怪しい日本人4人。
一人がいった。
「タルタルステーキって、タルタルソースのステーキ?」
「きっとそうよね?おいしそう・・・。頼む?」
「うん、頼もう」
・・・という具合にメニューを注文。(因みに私一人は造反してハンバーグを注文しました)
数分後・・・
絶句する一同。テーブルの上に鎮座する三つの皿に乗ったものは・・・、生肉。
紅いのよ、肉汁が染み出てるの。
幸いハンバーグは火が通ってましたので、美味しく頂きました。
しかし、目の前の生肉は相変わらず鎮座したまま。
思わず皆叫びましたともさ。
「クッキング・プリーズ!!」
いやあ、びびったさ。まさかの生肉。紅い紅い。
侮りがたし、タルタルステーキ。
皆様フランスに旅行の際は、タルタルステーキにご用心。
しかし、この日はまだ終わらない。
食後ホテルに帰ろうと言うとき、タクシーに乗ることになりました。
ブランド品のバッグを持ってる人は地下鉄に乗ると危ないと言われたからね。
で、タクシーに乗ったはいいんだけど、運転手の人が道わからない人らしく、
こっちに聞いてくるのね。
無線で確認もしているの。終いには通行人のおじさんに尋ねる始末。
侮りがたし、パリのタクシー運転手。
パリの運転手は、道を良く知っているって、ガイドさんは言ったのに――――!!
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<6日目>いよいよ最終目的地・ローマへ
その日の朝は早かった。4時30分くらいには目が覚めた。
空港に行くために。
天気はそこそこの晴れ模様。
「美しい夜明けだ・・・」
と思っていたのに・・・。
飛行機に乗り、あとは離陸、そしてローマへ、と夢膨らんでいたフライト直前、突如降り出したのは大粒の雪!!
どんどんどんどん・・・、積もり始める雪のためフライトが10分遅れるとのアナウンスが響いた。
「またかよ」
どうも私達は移動の際のお天気運に、ついてない。
しかし、本当の悲劇はまだ始まってはいなかった。
やがて数十分後、私達が搭乗している飛行機のエンジンが唸りを上げる。
・・・嫌な予感・・・
まさかいきなり発進なんて、シャトルの打ち上げのようなことはあるまいな、と勘ぐったそのとき!
飛行機はいきなり滑走、離陸。ああ、予測どうりかよ。とGのかかる脳みそで私は思う。
それでも何とかフライトは順調。ちなみにこのとき私がいた座席は、通路側の、あまり私にとって喜ばしくない席だった。
そして2時間後。飛行機はすでにイタリア上空にいた。
下にあるは大きな雪雲。当然その中を降りていかなくては行けないので、揺れます。と、アナウンスが入る。
はっきりいってこのとき、すでに私は余り調子の良い状況ではなかった。
口を突いて、良く意味のわからない英語の歌が出ていただろう。
だが、緩やかに飛行機がくだっていくなら、まだ良かった。
胃が浮いた・・・・。
急降下かよっっ!!?
一瞬の出来事ではなかった。ずっと、ずーっと、急降下は続く。
はっきりいって、叫びたかった。友達は叫んでいた。怖いから叫んでいたらしい。
でも違う、私は怖くて叫びたかったんじゃない。
私が叫びたかったのは・・・。
とめてってば!気持ち悪いから。死んでもいいから、今すぐとめて!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・限界・・・・・・・・・。
ちらりと横目で見た友人の姿。彼女も通路側の席で、つっぷしていた。
ああ、気持ち悪いんだ・・・・。やはりな。このゆれだものな、うう。
ふう、結局、私の我慢は臨界を超えたよ。もう。
最後のほうは、益々意味のわからないドイツ語の歌を歌っていたね。
その日、バスはローマを観光すべく市内をまわった。
バスの中で、私はずうっと、よくわからないドイツ語の歌を歌っていたような気がするよ。
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とはいっても、観光はしっかり楽しんだんだってば。
ホテルの場所は、大きな大きなテルミニ駅のすぐ裏手。
そこからバスでコロッセウムやら、バチカン市国やら、それはもうあっちこっち行きました。
トレビの泉でコインを投げて、横のジェラート屋さんでジェラートかいました。
食べました。美味です。
そして夕食、この日はカンツォーネを聞きながら、パスタ食べて、ワインも飲んでって感じでした。
ワイン・・・、美味しかったわ。
この日はぐったり疲れ果て、もう、さっさと寝ましたよ。
<7日目>Let's go ポンペイ in ナポリ
朝食はパンにジャムに、フルーツって感じで。
この日はバスで3時間、ポンペイ遺跡に行きました。
なんでも前日に大雨だったとかで、大きな水溜りができてました。
遺跡は、もう、なんだか現代のローマに通じるものがあるなって思えることがいっぱいで、フレスコ画も見えたし、楽しかったですよ。大好きだ。遺跡って。
いつかペルセポリスもいってみたい。
そして昼食。
パスタです。パスタ。
やはり美味しい。堪能・・・。
因みにこの日、ポンペイにつく以前に、カメオ工場ってのに寄ってます。
カメオ、ほら貝殻をけずってつくる浮彫りのアクセ。
そこで店員さんが
「お・嬢さん、オジョサン。これなんてカワイイよ」
と片言の日本語で接客してくれるので、いつの間にやら、ひとつ購入してしまいました。
この時点で私の所持金、もはや食費を残すのみでした。
でも可愛かったので。日本にかえってチェーンを購入しようっと、と思いつつ、現在まだ捜してもいません。
さて、ホテルに帰った後、夕飯は自分たちで行くことになってました。
添乗員サンにお勧めの店を聞いていたので、それではと、そこに向かうことに・・・。
そうそう、添乗員サンはこんなことをいってましたっけ。
「かっこいいお兄さんがたくさんいるのよ。手にキスとかされるかもね」
ほほ〜う、それはいって見ねば、と行きました所、確かに店の前に立っている店員らしきお兄さんはカッコ良かった。しかし、電話をしていて構ってくれず、店内に進む。
スパゲッティ・ナポリタンを頼み(メニューになかったんだけどね)、
デザートを頼んで、店員のお兄さんを見ていた。
ん?どの人がかっこいいのかな。ん?濃いい人が多いなあ・・・。
すると、一人のボ―イさんが私の隣の友人を見て、何やら同僚と話をしている。
んん?何事だろう。
そしたら兄さん、日本語のできる店員サンに教えられつつ、こう言った。
「オジョウサン、オ名前ハ?」
どうやら、アプローチらしい。さすがイタリア。店員と客という立場は一切関係ない。
それ以降、兄さんはテーブルに来るたびに、彼女に話しかけていた。
(どうやら、私達のテーブル担当の人らしいので。)
そして店を出る際、兄さんはこんなことをいっていた・・・っぽい。
(言葉はわからないので)
「今夜、私と一緒はいかがです?」
(あくまで推測。でもそれっぽい)
流石に友人は断っていたけど、手にchuuされてましたね。
さすがはイタリア人。なんだかとっても面白かったよ。
ちなみにホテルへの帰り際、私達はピザを買いました。量り売りで。
それがおいしいこと、美味しいこと。カリカリでもう。
このピザが、旅で一番美味しかった気がする・・・。
どなたかローマへ行かれる方は、量り売りのピザを、お持ち帰りで買ってみてください。
本当に美味しいから。ちゃんと暖めてくれるから。
お勧めです。
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<8日目>さようならローマ
朝、歩いて30分かけて、スペイン広場にいきました。
バスじゃ行けないので、観光のルートに入ってなかったんですけど、お願いして連れていってもらいました。すると、あの映画「ローマの休日」の舞台が目の前に・・・、ああ、いい!
でも飲食は禁止されてるんで、写真を撮るばかりでしたが。
んで、広場の近くのカフェ・グレコって老舗珈琲やサンで一杯、立ち飲みをして、ホテルに帰りました。
そうそう、ローマでは立ち飲みと席につくのとでは随分金額に差があります。
行くという方、ご注意を。
さて、いよいよローマともお別れのとき。空港へ行き、荷物を預け、一路私達は英国・ヒースロー空港へと戻りました。ここからまた日本へ向けて乗りかえるんですよ。
そしてそのまま、12時間のフライトの後、私達は日本に帰ってきたわけなんですが、ここで
「ん?まだ8日だぞ??9日間の旅じゃないのか?」
と思う方。時差ってもんがあるんですよ。
日本とイギリスが約9時間、フランス・イタリアが焼く8時間、ずれている訳です。
なもんで、帰ってみるともうすでに9日目の午後3時なわけなんですよ。
さてさて、仁々の旅日記はだいたいこんな所ですかね。
また時間があれば旅の写真なんかもアップしたいですね。
とにかくは珍道中であったと、まあそんな所でしょうか。
チャンチャン。
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2003/02/13 2:59:36
いっきに行きます。
題して「仁々が巡った欧州三カ国、どたばた喜劇の旅」
<1日目> 飛行機の中で12時間。
映画見て、食べて、寝て、食べて、寝て、映画を見る生活。
フォアグラ用のガチョウの飼育小屋にいるような心境になる。
ようやく目的地は英国・ヒースロー空港に到着。
しかし雪のため、到着時刻がきても空港に降りれない。
結局1時間ほど上空を旋回しつづけ、ようやく着陸。
着陸後の客室乗務員のお姉さん曰く、
「1度で降りられるとは思いませんでした。普段は何度も着陸を試みては上昇するんです」
・・・・・まじかよ・・・・・と思う。
嫌な感覚が頭をよぎる。
その感覚があたったのか、あたっていないのか、手続きがすんでも、トランクがいっこうに出てこない。
場内アナウンスが響く。
「雪のため、貨物室の扉が凍結し、貨物の運び出しに時間がかかっております。今しばらくお待ちください・・・云々」
・・・・・そんなばかな。天気予報は小雪じゃなかったのか!?
結局、さらに1時間荷物を待つ。
しかし、まだ終わらない。
現地で添乗員さんと会ったのち、ホテルに移動するも、雪のため、ロンドン市内は大変な渋滞。
「通常ならホテルまで30分ですが・・・」
添乗員さんが言葉を濁した通り、ホテルにつくまでにおよそ1時間30分弱かかったような気がする。
バスの窓から見た、隣の車線を走る車の上に20センチほどの厚みで積もった雪の塊が、そこが日本よりも緯度の高い場所であることを、なんだか物語っていた気がする。
ところで、この日、夕飯は自分たちでとることになっていたので、現地時間の8時ごろ、飲食店をもとめて徘徊する。ホテルの近くにレストランを見つけ、入ってオーダー。頼んだのは、三人がピザ、私がパスタ。ふと、以前の記憶が頭をよぎる。ん?このパターンはどこかで・・・。
料理が出てきて、ああ、やっぱりと思う。
美味しいんだよ。とてもね。ただ・・・・、量が素晴らしく多い。多い。多いってば。
はっきりいって、ピザ一枚で4人の胃袋は十分満たされる量。
結局、団結してもパスタを食べきるだけで精一杯。ピザはお持ち帰りにしてもらうが、いや、持って帰っても食べらんないし。
飢餓に苦しむ人々よ、ごめんなさい。と思いつつ、無常にもピザはホテルのごみ箱へとダイブしたのでした。
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<2日目>市内観光
朝御飯はパンとジャム。それからドリンク。
ロンドン塔やバッキンガム宮殿、などの市内の名所を観光。
昼御飯は中華街。前菜の飲茶を勢い良く食べすぎ、それだけで満腹。しかし、メインはラーメンなどなど盛りだくさんだったため、またも食べきれず。もったいない・・・。
免税店にてお土産を買い、自由行動。地下鉄に乗ってデパートに行く。
その後、免税店の場所から国会議事堂などが意外に近いことに気付き、大急ぎでいってみる。
歩く、走る、歩く、走る。
現地時間7時前?ビッグベンに到着。夜景が大変綺麗だった。
が、流石に国会議事堂。銃を構えたガードマンも、戦争反対を訴える講義の人もいました。
そして夕食。またもイタリアン。でも今回は量が多いことを見越して、4人でピザとパスタの2皿を分け合う。
「4アップルジュース、プリーズ」
っていったら、いやに笑われた。おこちゃましか、頼まないんだろう。
ええ、どうせ金持った子供ですよ。向こうの人の視界に入ってませんよ。
そうそう、欧州はトイレに行くにも、チップがいるんだよ。
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<3日目>大英博物館と、ユーロスターで仏蘭西へ
2階だてバスに乗ってみた。ほんの10分ほど。
快適なんてもんじゃない、2階ははっきり言って、立てないほど揺れる、揺れる、揺れる。
さらに雨のため、そとの様子がイマイチ見えない。
気付けば、大英博物館のすぐ傍だった。
大英博物館、中にはミイラも彫刻も、それは大量に納められていた。
楽しいあまりに、写真をとりまくる。
昼食は博物館内のカフェ?でケーキ。美味しい。タルトもスコーンも。
ただ、一つ、アフタヌーンティができないのが心残りだった。
そして私達は次なる目的地・フランスに行くため、ユーロスターに乗りこむ・・・予定だった。
サクッと予定が消化されるはずだったのだが、パリが雪のため運転状況が芳しくない。お蔭で構内は大変な混雑。どうも前の便が運行停止したいたらしく、座席も予定通りには行かないらしい。
幸い、私達の便はほぼ定刻通りに発車し、予定通りにフランスにつく。
因みにこの日の夕食は、車内での幕の内弁当でした。
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<4日目>市内観光、ベルサイユ観光
朝食。フランスパンにカフェオレ?パンは1メートル以上あったきがする。
長い。6人で食べても残るくらいに、長い。さすがは本場。びっくりものだった。
エッフェル塔、ノートルダム寺院、市内をバスから眺めてみる。
パリ人はシンメトリーが好きらしい。
昼食はエスカルゴで始まるコース料理。
というわけで、食べました、カタツムリ。意外に美味しく、私は食べきりました。ぺろりと。
しかし、他3名は無理といってました。添乗員さんまでも。
私って、変なんだろうか。美味しいとさえ、思ってしまったよ。
さて午後は、ベルサイユへ。
パリを離れ、山を越えて少しすると、唐突に現われる巨大な宮殿。
私の脳裏を「ベルサイユのばら」が駆け巡る。
読んでて良かった。ものすごくガイドさんの説明がわかるぞ!!
オスカ〜ル。アンドレ〜。フランス語発音とアクセントはどんなんなんだろう?とか思いつつ、 目の前にはルイ14世の像が。
綺麗でした。でかかったです。そしてなにより、観光客が多かった。
ところでこのベルサイユで、ガイドさんがしきりに言ってました。
「スリが多いんですよ」
確かに怖い人がいくらかいました。装飾も調度品も見ないで、人ばかり見ている人が、なんだかこちらの後をつけて来ていた。追い抜かれても、その人が次の部屋で待っていたり。
ありゃ、ぜったいスリだ。ほかにも、グループ全員黒い上着の若い男・四人組みたいなのも怖かった。
ノートルダム寺院にも怖い人はいたが、ベルサイユ一番。
その日の夕飯。ベルサイユでのスリが怖かったあまりに、ホテルのレストランでコース料理。
またしても、量が多い。そして甘い。デザートがね。
おいしく頂きましたが。
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<5日目>
待ちに待ったルーブル美術館。
ミロのビーナス、サモトラケのニケ、モナリザ、ナポレオンの戴冠式にグランド・オダリスクなど。
ああ、すてき。1週間くらいかけて回ってみたい。
しかし、時間は少なく、早々にオペラ座裏のデパート・ギャラリィ・ラファイエットに。
そこで、昼食の代わりにモンブランの老舗でお茶をする。
ときに前日、ガイドさんがこんなことを言っていた。
「モンブランとショコラを両方頼むと、もう半年は甘いものいらないってくらい、甘いですよ」
それは是非やってみよう、と、二人ほどが注文。そして、案の定。甘いため完食できず。
そうそう。このとき、ショコラの飲み方が判らずにいると、親切なお客さんがジェスチャーで教えてくれた。
いいね、旅の良き思い出だよ。
そしてパリ市内を散々に歩き回り、シャンゼリゼ通りのカフェにて夕食。
ところがっ!!
ここで驚くべきことが・・・。
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というわけで、まて次回。
VER.2に続く。
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2003/02/08 2:19:51
ただいま。
おかえりなさい。
なんて綺麗な言葉でしょう。
といわけで、国外逃亡より帰ってまいりました。
逃亡先は英吉利・仏蘭西・伊太利亜という欧州きっての三国でした。
気候は日本よりちょいちょい寒いくらいで、思ったよりも快適な感じでした。
がっ、しかしね。
移動の際の天候運に恵まれないこと、恵まれないこと。
最初に到着した英国・ヒースロー空港。
天気は小雪と聞いていたのに、着いて見たら、
雪、積もってんじゃん!!そして吹雪いてるじゃんっ!?!?
しかも、雪で飛行機のトランクを格納している扉が凍ったとかで、荷物でてこないし。
そもそも、空港になかなか降りられなくて、上空を1時間くらいずうっと旋回してたり。
とまあ、こんなぐあいにスタートした、仁々国外逃亡の旅。
多々のトラブル(?)をかいくぐり、やっぱり面白い旅路になりましたので、ぼちぼち報告致します。
とりあえず、今日は眠い。寝る。
おやすみなさぁい。
ZZZZZ・・ZZ・・・・・ZZ・・・Z・・Z・・Z・・・