冬の海辺
(寒い・・・)
私はぼんやりと目を開けた。窓から差し込む光が目に入る。思わずギュッと目を閉じた。片目を必死で開け、開けた片目で自分の部屋を見回した。
(何で・・・?)
何で私の部屋はこんなに汚いのだろうか。そんな疑問が真っ先に浮かんだ。
そんなにきっちりした性格ではないから、元々片付いている部屋ではなかったが、ここまで散らかしたこともなかった。
ビリビリに破かれたポスター、逆さまのぬいぐるみ、お菓子のカス、エトセトラ・・・。
手当たり次第、目に入るものをめちゃめちゃにしていった感じだ。
そしてテーブルの上のビール。そこまで目に入って私は、昨夜のことをやっと思い出した。
目が覚めるほど寒かったのは、カーテンを開けたまま、蒲団も敷かず、酔いつぶれて寝ていたから。
こんなに部屋が汚いのは、私が手当たり次第、目に入るものをめちゃめちゃにしていったから。
(それで・・・なんで私がこんなことしたか・・・)
私は目を閉じる。
眠い。寒い。頭が痛い。気持ち悪い。寒い・・・
(涙はもう・・・枯れたと思ったのにな・・・)
眠い。眠ろう。ちゃんと暖かい蒲団に入って。
私はのろのろと立ち上がった。お菓子の袋やカスをゴミ箱に捨てて、ぬいぐるみを元の位置に戻す。朝なのにカーテンを閉めて、電気を消して。
眠った。
『お前のそういうところが、最高に、好きだな』
漫画のヒーローみたいなセリフ。あの時は馬鹿にしたけど、本当はすごく嬉しかった。
頬を赤くしながらもちゃんと言ってくれたこと。私のことをちゃんと見ていてくれたこと。
嬉しかったんだよ。
『ごめん・・・』
そんなセリフは聞きたくなかった。永遠なんて信じてなかったけど、きっとどこかで信じてた。あんたとの終わりは想像しなかったし、出来なかったから。
『他に好きな奴ができた・・・』
でもそう思っていたのは私だけ。あんたはあっさり別れのセリフを吐いた。
幸せだった時間が崩れ落ちるのはなんて早いんだろう。海辺に作った砂の城みたい。
私の城は、たった30秒程度で、あとかたもなく消えてしまった。言葉という波にさらわれてしまった。
冷たい冷たい、冬の海の。
私は目を開けた。真っ暗な部屋。暖かい蒲団。
(ほら・・・。いつも通り・・・)
もう少しすればお母さんが起こしにきてくれる。さっきのことは、昨日のことは、全部夢だったことを教えてくれる。
(お母さん・・・早く起こしに来て・・・)
そこで私は、重大なことに気づいて飛び起き、うなだれた。
(お父さんとお母さん、結婚記念日旅行じゃん・・・)
もう夢に沈めなくなってしまった。悲しさを通り越して、むなしさが私の胸に広がった。
(・・・・・・もう・・・!)
私は観念して起き上がる。壁にかかっている時計を見上げた。10時42分。学校は完全に遅刻だ。
行く気はなかったが、いつものくせで私は制服に着替え、1階へ降りていった。
ガラーンとした静かなリビング。いつも母が温かく迎えてくれていたことに、改めて気づく。せつなくなってきた。
(・・・やだなぁ・・・。ここまで追い詰めなくてもいいじゃん・・・)
一番誰かに傍にいて欲しいときに限って誰もいない。なんてドラマチックなのだろうか。
私はテレビをつけた。適当に面白そうな番組を探す。あ、星座占い。占いなんか信じないけど、つい見てしまうのは何故だろう。
『・・・今週のおとめ座は、恋愛運が急上昇! 近々出会いがあるかも! 人気のスポットに出かけてみて!』だって。
ホント、運命ってのは良く出来てる。
私は朝食を適当に済ますと、学校かばんに携帯と財布だけ入れて家を出た。
いつも学校に向かうように、バスに乗り、終点で降りる。
(さぁ、どこへ行こうかな・・・)
やっぱここは、気を紛らわせそうな、人がたくさんいるところだな。
私は切符を買い、電車に乗り込む。席に座り、息をつく。
(疲れた・・・)
世界はこんなに色褪せていたっけ。もう何もかもがどうでもいい。
私は目を閉じて、睡魔に身を任せた。
私は別に優等生って訳じゃないけど、別に不良って訳でもない。普通の女子高校生。学校だって毎日行っていた。サボったことは今のところ1回だけ。今日で二回目だ。
あいつに誘われて、一日中色々なところへ行った。ゲーセンに行ったり、遊園地にも行った。花屋で花を眺めて、適当な花言葉をつけて遊んだり、服を見たり、公園行ってハトと遊んだり。
あの日は最高に楽しかった。幸せだった。
今、思い出すと辛いだけ。なのに私の足はあいつと行ったゲーセンに向かっている。
ウィーンウィーンウィーン
ガシャンガシャンガシャン
うるさい機械音や叫び声や笑い声。平日の午前中なのに、結構な人の量だった。
(あいつと行ったあの日も結構いたな・・・)
中学生ぐらいの子もいて、学校行けよ、ってあいつがぶちぶち言うから、うちらだってそうじゃん、って思わず突っ込んだら、そうだなぁってあいつは笑った。
(やだな・・・・・・)
付き合っているときは、あんまり考えなかった一つ一つの些細な楽しさが、今になって染みてくる。
(何で、こんなとこ一人出来たんだろ・・・)
むなしくなるだけなのに。それがわかっているのに、帰れない。
あの日は何したっけ。あ、そうだ。カーレースで対決して、コテンパンに負けてしまったんだ。プリクラ撮ったりもしたな。
私は千円を両替して、百円玉を握り締めた。
やけっぱちに、傍にあったゲームに百円玉をひとついれた。どうやらこのゲームは、画面に出てくる敵をどんどんピストルで撃っていくやつのようだ。これもあいつとやった気がする。
画面に向かってピストルを構える。馬鹿みたいに真剣に画面をにらんだ。
忘れたくても忘れられない、あの別れのセリフを消し去るように、ピストルを撃った。
どうして私じゃダメなの? どうして私以外の人を好きになるの?
私の何がいけなかったの? あんたの今までの言葉は全部うそ?
『お前のことは、本当に好きだった。・・・でもお前、段々変わったよ。気づいてた?』
そう言って、私のせいにするの? 私は何も変わってない。変わらずあんたが好きだよ。
『お前が俺のことすきなのか、分からなくなった。・・・ごめん』
私じゃなくて、あんたが変わったんだよ。ねぇ、考え直してよ。
『・・・・・・ごめん』
バキューン
最後の敵を倒した。息が切れていた。一人でやると、こんなにハードなゲームだったのか。でも、それでも一人でクリア出来た。
(ちょっとスッキリしたな・・・)
馬鹿みたい。こんなことで失恋の傷が癒えるの?
私がしばらくゲームの前でぼぅっとしていると、パチパチという音が後ろから聞こえた。
私は振り向いた。ちょっと離れた壁に、金髪の少年が寄りかかって、拍手していた。どうやら私に向かってしているようだ。
少年は私に向かってニヤっと笑い、傍に寄ってきた。
丁度視線が合う背の高さ。中学二年生ぐらいだろうか。見事な金髪。
「おねーさん、すごいじゃん。新記録出ちゃったよ」
無邪気な笑顔。私は画面に目を移す。確かに新記録だ。ぼぅっとしていたから気づかなかった。
「すごい迫力だったよ。画面の中の敵じゃなくて、別の何かを倒しているみたいだった。目が」
するどい指摘に、私は思わず少年の顔を見る。少年は「当たった?」と笑った。
「・・・あんた、学校行かなくていいわけ? 中学生でしょ」
「おねーさんこそ、高校生でしょ。いっとくけど高校生も中学生もたいして変わんないからね」
「そうね・・・」
私はかばんを取ると、そのゲームから離れた。少年はついてくる。私は無視して、カーレースの場所へすたすた歩いていった。
(・・・次はこれよ。勝ってやる)
キっと睨んでから、お金を入れた。すると、少年も隣の機械にお金をいれた。思わず睨むと、少年はへろっと笑った。
「付き合うよ」
私は返事をしなかったけど、内心ちょっと嬉しかった。
ゲームが始まる。私が画面を睨んでいると、少年が横から話し掛けてきた。
「おねーさん、失恋したんでしょ」
鋭すぎる一言に、どくん、と胸が高鳴った。こんなうるさいところでも、聞こえるくらい大きく。
「・・・なによ・・・心理作戦?」
私は平静を保とうとした。でも、声が震えているのが自分でもわかった。
少年は黙っていた。画面の中でカウントダウンが始まった。
5秒前。
「負けちゃダメだよ」
4
(・・・え・・・?)
3
「頑張れ」
2
「・・・・・・・・・」
1
「いっくぜぇ!」
少年の言葉に私はハッとなり画面に目を移した。完全に出遅れてしまった。少年の車はどんどん前へ走っていく。私も慌ててアクセルを踏む。
(・・・・・・初対面の中学生に、励まされてしまった・・・)
情けない気もするけど、私はなんだかおかしくて、笑ってしまった。
一番早い車がゴールした。二番三番と、次から次へとゴールしていく。
もうビリだな、とのろのろ走っていたら、道の途中で一台の車が止まっている。少年の車だ。
私が横を見ると、少年が微笑みながら画面を見ていた。
私の車がその車を抜かすと、少年も後ろからついてきた。少しスピードをあげて私の隣に並んだ。レースとは思えないほどゆっくりとしたスピードで、二台の車はゴールへ向かって走っていった。
わずかの差で、私が先にゴールした。最悪な記録。でも何か、楽しかった。
「スッキリしたって顔だね、おねーさん」
少年が椅子にもたれて私の方を見て笑う。私も笑った。
「ありがと、あんたのおかげだよ」
私はそう言って、かばんを持って立ち上がる。
「帰るの?」
「うん。もうゲームはいいや」
「そ、じゃ最後にオレとプリクラ、撮らない?」
私は思わず、少年の顔をまじまじと見てしまった。あいつと行ったあの日、プリクラは最後に撮った。
(・・・こいつ、人の心をよめるの?)
「あんた・・・・・・」
「ごめん。前に一度、おねーさん見たことあるんだ」
少年は舌を出して、少しすまなそうな顔をした。
「彼氏と二人で来てたよね。すっごい、楽しそうだったから、覚えてたんだ」
「・・・そっか」
私は肩を落とした。妙なつながりがあるものだ。
「ごめん・・・。怒った?」
「ううん。これであんたが私に話し掛けたわけがわかったからスッキリしたよ」
「うん・・・。おねーさんがあまりにも寂しそうで、今にもキレそうだったからつい、ね・・・」
キレそう・・・。すごい言われようだな。私は思わず笑ってしまった。
「私がプリクラには思い出すとつらい思い出があるって知ってるのに、誘うんだ?」
私が少し意地悪く言うと、少年はけらけらと笑った。
「そうだよ。オレ、いやな奴だから」
あまりにもあっけらかんと開き直るから、私は力が抜けてしまった。なんか泣きたくなる。
「・・・ホント、いやな奴だよ」
笑おうとしたけどダメだった。目の前がぼやける。ダメだ、泣いてしまう。思わず俯く。すると、少年はぐいっと私の顔を上げた。すぐ近くに少年の顔があった。
「ダメだよおねーさん。下向いたら。歌にもあるじゃん。涙をこぼしたくないなら、上向けって」
真剣な顔でそう言う。私はもう抑えることが出来なかった。
悲しい。悲しい。むなしい。せつない。寂しい。
傍にいて欲しかった。ずっとずっと二人でいたかった。いつから歯車がずれたのだろう。どうしてそれに気づかなかった?
後悔の波が涙となって溢れる。もっともっと二人の時間を大切にすればよかった。よく考えればよかった。どうして終わったのか理由もわからないなんて、情けなさすぎる。
私は彼の何を見ていた? 私は彼の何を解ってあげた?
私は泣きつづけた。少年は何も言わずに、私の背中をずっと叩いてくれた。
何十分経っただろう。私は、少し落ち着いてきた。
恥ずかしくなって、照れ隠しに笑った。
「ごめんね。ずっと一緒にいてもらっちゃって。どっちが年上かわからないね」
少年は笑わなかった。怒ったような顔をしている。
「オレに無理に笑うことないよ」
そう言ってにっこり笑った。少し悲しそうに。
「忘れようとするからつらいんだよ。どうせ、どんなに頑張ったって忘れることなんかできないのに」
少年の言葉に体が熱くなった。
「・・・じゃあ、どうすればいいっていうの。確かに忘れることなんかできない。でも、忘れるしか、ないじゃない・・・!!」
「そういうときはね」
少年は不適な笑みを浮かべて、私の手を取った。無理やりプリクラ台の中へ押し込む。
「とことん思い出すんだよ」
すばやく四百円いれる。機械が起動した。これも運命だろうか。あの日あいつと撮ったのと同じ機械。
私がぎろりと睨むと、少年は笑った。
「思い出して、思い出して泣いて、涙が出なくなる頃、思い出して笑える頃、楽になってるよ、絶対」
「・・・・・・根拠でもあるわけ?」
「ないけどね」
へへっと笑う顔。怒る気力も失せてしまった。
画面に目を移す。変なキャラクターが出てきてゲームの説明をし始めた。このキャラクターを可愛いってあいつは絶賛していた。私はまた馬鹿にしていた気がする。
「ほら。始まるよ、笑って笑って」
少年が腕を引っ張る。私は思いっきり舌を出した。少年が抗議の声をあげる。私は声をあげて笑った。どうせ目は腫れぼったくて、見られる顔じゃないんだから、思いっきりヘンガオしてやる。
「うっわぁー。おねーさんすごい顔・・・」
出てきたプリクラを見て少年は顔をしかめた。少年ははさみにあるところへ走っていった。半分に切った片方を私に渡そうとした。でも私はコートのポケットから手を出そうとしなかった。
「どうしたの?」
少年はきょとんとした。私は笑う。
「またあんたと会えたら頂戴。その頃には私、立ち直ってるから」
私がそういうと、少年は少し目を見開き、じっと私を見つめた。
そして、優しく優しく笑った。
「うん。頑張れ」
「ん。ありがとね」
本当に、ありがとう。
私はゲーセンを出ると、駅へ向かった。迷わず切符を買い、電車に乗り込む。
目的地は海。あいつに別れを告げられた海。
そう言えばふられたのは昨日だったな。どうしてこんなにも気持ちが落ち着いてるんだろう。
(あの子のおかげだな・・・)
あの少年のおかげで随分心が軽くなった。たくさん泣けた。
まだあいつのことを思い出すと、胸が痛むし、泣きたくなる。しばらくはこのままだと思うけど、時間が経てば消える。私一人だったら、ずっと訳もわからず泣いていたかもしれない。新しい恋も出来ない。
まだ終わりになってしまった訳はわからないけど、その訳を知るために、思い出と向き合うことは出来る。そのことに気づけた。
海へ行こう。冬の海へ。あいつの海へ。
ゆっくりでいいから、元気になろう。
☆☆コメント☆☆
ひよこ様、リクエストして頂いて本当にありがとうございます。とても嬉しいです。
ゆっくりと立ち直っていく、というのがリクエストだったのに、何か、急激に立ち直っているようですね・・・。本当に申し訳ありません!!
頑張って書きました。今の私にはこれが精一杯です。感想を頂けたら嬉しいです。もう厳しく厳しく、思ったことを言ってください。
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