ターニング・ポイント
新しい服を買った。私にしては珍しい、明るい紫色のTシャツ。
帰ってきたら私は早速着てみた。買った店では試着は駄目だったのだ。
「ね、払ってくれる?」
服を見せながら、母におねだりする。
「そうねぇ」母は首をかしげながら、私をじっと見つめた。
「なかなか良い色だし。ま、いいわよ」
「やた!」
私が小さくガッツポーズを作ると、母は呆れたように笑った。
鏡に向かってポーズをとってみる。腰に手を当てたりなんかして、気分はモデルだ。
「あんたがそんなに服、気に入るの、ひさしぶりねぇ。いつもうるさいのに」
「ひとめぼれしたんだー」
にっこり鏡に笑いかけてみる。
細いとはいえない体。整ってるとはいえない顔。鏡を見るのは好きな方じゃないけど、コンプレックスも今は忘れられる。
「よく似合ってるぞ」
自分を誉めてあげるのは、久しぶりだな。
夢の中で不愉快な音が聞こえ出した。同じ調子のうるさい音。目覚ましだ。
布団から右手だけ伸ばして、音の元を切った。
「がっこうだー…」
重いまぶたをむりやりあけ、のそのそと起きた。
市内の中学校の中でも、一番ダサいと噂される制服を着る。
(もうちょっと可愛ければいいのになー)
私は中学生だから、私服は土日以外着ない。今日は月曜日だから、昨日買った紫色の服を着るのは、五日後になる。
(長いなぁ。一週間…)
最近学校がつまらない。夢中になれない。学校だけじゃない。習い事も、部活も。
(どうしたんだろ…、私…)
なんとなく、紫の服を手にとってみた。胸のところに英語で何か書いてある。
ターニング…ポイント…?
(ターニングポイントってどういう意味だっけ?まだ習ってないなぁ)
「朝ご飯できたわよー!起きてるー?」
一階から母の声が聞こえる。慌てて階段を下りていった。
ターニングポイント…ターニングポイント…
その言葉はなぜか、頭を離れなかった。
「ね。お母さん、ターニングポイントってどういう意味?」
ご飯を片手に、私は聞いてみた。
「えぇ?何、突然。辞書でも引きなさい」
「すぐ引いちゃつまらないよ。ね、お母さんはどういう意味だと思う?」
「そうねぇ…。なんとなくわかるけど、ピッタリくる日本語がないわ」
母は真剣な顔をしてきた。
「大体でいいよ」
「そうねぇ…。『人生の分岐点』かしらね」
「…難しいね。分かれ道ってこと?」
「上手くいえないわ。なんていうか…大きく変わるところ、って感じがするわ。お母さんは」
(大きく変わる…)
「ふぅん…」
「ほら、はやく食べちゃいなさい」
「あ、うん」
止まっていた手を動かしながら、私は頭の中にメモした。
ターニングポイント=人生の分岐点、大きく変化するところ
ターニングポイント…ターニングポイント…
「おっはよっ。なに難しそうな顔してんの?」
私が教室に入るなり、友達の恵美が駆け寄ってきた。
「恵美、おはよー」
「何か考えごと?」
恵美は首を傾けながら、私を見上げる。私の背が高いわけじゃなくて、恵美が小さいのだ。
「そうなんだー。ね、恵美、『ターニングポイント』ってどういう意味だと思う?」
「え、英語…。苦手だって知ってるでしょぉ」
「でもターニングポイントってのは聞いたことあるでしょ?」
「うん…まぁね、結構」
「言葉の感じからでいいからさ、どう思う?」
「うーん…」
恵美は腕を組んで考える。口をとんがらせている恵美は可愛かった。
「なんか、なんだろぉ、重要な出来事って感じ、かな」
「重要な出来事…」
「出来事っていうかね、うまくいえないんだけど…」
恵美はがんばって、伝えようとしてくれていた。
「漠然としたイメージはあるんだよね。重要な出来事…ううん、重要なとき、かな?」
「なるほどね。ありがと、恵美」
「うぅん。でも、何で?」
「え?」
恵美に聞かれて、私も思った。
(何でだろ…。何か気になるんだよね)
「なんとなく、かな?」
ごまかすように、歯を見せて笑った。そうしたら、なぜか嬉しい気持ちになった。こんな風に笑うのは、久しぶりかもしれない。
ターニングポイント=重要な時
部活の友達や、仲の良い先生。色々な人に聞いてみたけど、はっきりと自信をもって答える人はいなかった。
共通するみんなの意見。
漠然としたイメージはあるんだよ。でもそれを言葉に出来ないんだ。
それは私も同じだった。言葉にするのは難しい。辞書を引けばすむのに、なぜかそれをしたくなかった。
「ただいまー」
一週間の一日目が終わった。今日、なんか楽しかったな。
「おかえり。結構早いわね」
「部活が短かったの」
そろそろ寒くなってきて、暗くなってきた。前は六時半までだったけど、今は六時までになった。
「あ、そうそう。あんたが朝言ってたこと、調べといてあげたわよ」
「え?」
「ターニングポイントの意味よぉ。辞書引いてみたのよ。妙に気になっちゃってね。意味は…」
「ダメ!!!」
私は母に飛びついて口をふさぐ。
「な、なんなのよ」
聞きたくなかった。何でかわからないけど、『答え』を聞きたくない。
「簡単にわかっちゃ、つまんないよ」
そう、だって…。
「だって、『ターニングポイント』なんだもん」
私はにっこり笑った。
「はぁ?」
母は、すごく不思議そうな顔をした。私は何か、楽しくなってにーっと笑う。
「変な子ね」
母も呆れるように笑った。
そう。だってターニングポイントなんだから。簡単にわかったらつまらない。
階段を上がり、自分の部屋へ行く。紫の服を手に取った。
(ターニングポイント…)
何で、この服を気に入ったのか、ちょっとわかった気がした。
この服は、私の『ターニングポイント』
きっと何か、私が変わるきっかけを、作ってくれそうな気がする。
『漠然とした、イメージ』
答えはまだ、つかめなくてもいい。人生は、長いんだもん。
★あとがき★
たどたどしいですね。これ、四分の一くらい実話かなぁ。紫色の服にターニングポイントの文字があったのは実話です(笑)
主人公の女の子の気持ちは、そのころはそういう時期だったかもしれません。
読んでくださって、ありがとうございました!ぜひぜひ感想を!