月影
真っ青な空。雲ひとつない澄み切った空が、どこまでも広がっている。
私は目を細めた。夏の日差しが眩しい。今日も暑くなりそうだな、と一人思った。
蝉が鳴いている。短い命を精一杯使おうと鳴いている。それとも泣いているのだろうか。自分の儚さを知っていて、泣いているのだろうか。
「どうした?」
声をかけられて、私は我に返る。
「ぼーっとしてたぜ。日射病か?」
「ううん。大丈夫」
まただ。またやってしまった。
最近、変なことばかり考えるようになってしまった。今までは気にならなかった小さなことが気になるようになってしまった。
一人の時に考えているのなら、まだいいけれど、時と場所などお構いなしに空想してしまう。一体どうしたのだろう。
「あちぃな…」
隣で唸ったのは、私の幼馴染の真。家が隣だから、一緒に帰っている。
「そういえば今日、亜矢の誕生日じゃん」
亜矢とは私のこと。真の言葉に私は、あぁ、と呟いた。
「そういえば、そうだねぇ」
「自分の誕生日わすれんなよ」
真は苦笑した。私も苦笑する。
「プレゼント欲しい?」
真が笑い混じりにそう聞いてきた。私は嘲笑する。
「なにいってんの。毎年なにもしない奴が。あーあ。私は毎年あげてるのになー」
「ごめんごめん。じゃあ、俺自身でもプレゼントしちゃおうかな?」
「げー、最悪―。一番いらないー」
「あ、ひっでー」
二人、けらけらと笑いながら、家に向かって帰っていった。
今日の夜は涼しかった。クーラーをつけないで眠れそうだ。
私は窓の外に目をやった。真の部屋の明かりがまだついていることに気が付いた。もう二時なのに、と私は少し驚いた。真は普段、九時になると寝てしまう。
付けたまま寝たのかな。真が小さい頃、よくやっていた行為を思い出した。
昔のことを思い出して、ふっと私は小さく笑った。
暗い空を見上げた。今日は満月だったらしい。やけに月が大きく見える。
太陽がなくては輝けない月。それでも月は夜を照らす。人が眠る夜の闇を、静かに見守っている。いや、それとも見下ろしているのか。月が冷たい感じがするのは、見下ろしているように見えるからかもしれない。
「…亜矢?」
いつのまにか真がカーテンを開けてこちらを見ていた。不思議そうな顔をしている。
「真。まだ起きてたんだ」
「電気ついてんじゃん」
「つけたまま寝てるのかと思ってた」
私が小さく笑うと真は眉をしかめた。
「もうガキじゃねんだから。それよりお前、どうした?」
「え?」
「最近、おかしくない?」
ドキ、と胸がなった。
「よくぼーっとしてるよな。どうした?悩みでもあんのか?」
「別に…」
意識が飛んでしまうの。そんなこと言っても、どうにもならない。私だって、何がなんだかわからないんだから。
私がそのまま黙っていると、真はじっと見つめてきた。私はごまかすように笑った。
「ありがとね。心配してくれて。でも大丈夫。ちょっと疲れてるのかな?」
「こんな遅くまで起きてるからだよ」
「君に言われたくないなー」
「俺は今日だけだからいーの」
「今日だけって…。なんで今日なの?」
「満月だから、かな」
私は真がふざけていっているのだと思った。だからぷっと吹き出してしまった。
「なにらしくないこと言ってんの。お前は狼男か」
真は何も言わなかった。不思議に思って私は真の顔を見た。真はいつになく真剣な顔をしてこっちを見ていた。
「…真…?」
「…月って、人を変な気分にさせない?」
真はにやっと笑う。
「月の魔力かな」
真はそう言って、月を見上げた。私もつられて、空を見た。月は変わらず輝いていた。
「亜矢ぁ」
真はからかうような、ふざけた声を出した。
「なによ」
「好きだよ」
私は驚いて、真の顔を見た。いつものふざけた笑顔じゃなくて、とても優しく微笑んでいた。
「…どうしたの」
「どうしたって言われてもねぇ」
真はおかしそうに笑う。私は顔が火照ってきた。
「ふざけないでよね」
「月の魔力かな」
真は呟いた。
「つい本音が出ちゃったよ」
私は真の顔を見た。目が真剣だった。思わず目を反らす。
「もう、寝よ…」
しばらくしてからそれだけ言って背を向けた。
「亜矢ぁ」
真の声に、私は振り向く。いつもの真の笑顔がそこにはあった。
「また、明日な」
私はしばらくしてから、小さく笑った。
「うん」
真の告白は、本気だったのかもしれない。私には本当のことはわからない。
夜の月は人を惑わすから。
もし真剣ならもう一度言って。
明るい太陽の下で。