もうひとつのE'S(仮)
 これは貴方が知っている世界とほんの少しずれたお話。
 これは貴方が知っている人たちと、わずかながら違う人たち。
 これはE'Sの最も近くて、遠いお話。
 E'Sであって、E'Sでないお話。
 すべてを取り巻く環境が、貴方と鏡一枚、隔てたそこにいる・・・。


 漆黒の暗闇の中、じっと息を潜める陰がある。
 ライフル銃を構えて、スコープをのぞき込む。
 暗視ゴーグルがついたスコープ。ひどく不明瞭な映像ではあるが、真っ暗闇の中でも輪郭だけははっきりと見える。
 ドア、ドアのぶ、壁、テラス、テラスにある鉢植え、チューリップらしい。そしてガラスの窓。
 200メートルの距離からゆっくりと標的を探していく。
「・・勇基・・見えているか?窓の中に配電盤があるだろう」
 インカムから陸生の声が聞こえてくる。
 配電盤、配電盤・・。それらしいものを探して銃身を動かす。
 乾ききっていない洗濯物の山、男のモノのトランクス、靴下、ワイシャツ。その横に机があって、警備服を着た男が椅子にもたれかかるようにして眠っている。その奥に、恐らく配電盤と思われる金属の箱がある。
「見えたぞ・・・」
「よし、その配電盤に繋がっているコードだ。それを正確にぶち抜け・・・」
「コード?一本、二本・・、おい。どれだよ?」
「あん?複数あるのか?そうだなぁ、たぶん、一番太いヤツだ」
「ふざけたことを抜かすな!どれも同じ太さだぞ」
「う〜ん、そうか?ちょっと待て。今、設計図を見てやるからな・・・。
 ・・・・。
 ああ、わかった。一番、左端だ。それがベックの野郎の金庫のセキュリティに電源を供給しているコードだな。それから・・、いくつかブービートラップがあるらしい。間違ったコードを切断すると、警報が鳴り響く。くれぐれも、注意してくれよ・・」
 あまりにもズサンな陸生のナビに嫌気がさして、トラップの方を打ち抜こうかと考える。だが、すぐに気を取り直して精神を集中させはじめる。
 いくら命中率のいいライフルだからといって、この距離から直径1センチのコードを打ち抜くのは容易ではない。勇基は息を止め、狙いを定めてから、一気に引き金を引いた。
“パン”
「陸生、成功したぞ」
 コードに大きすぎる穴があいたのを確かめて、インカムで陸生に報告する。硝煙をあげるライフルをゴルフバッグの中にしまって、勇基は踵を返した。


 ちゅん、ちゅんと煩くわめき立てるスズメたち。朝日はカーテンの隙間から漏れ、運悪く、勇基の顔に差しかかる。眠くても、寝かせてくれないすべての不満に抗議してゆっくりと目を開けた。
「夜の仕事って、ツライよなぁ・・・」
 ぐっと背伸びをすると、節々が悲鳴をあげた。たいしたことを昨晩したわけではないのだが、規則正しくない生活をすると、どうも体によくない。
「俺ってほら、育ちがいいから」
 などと冗談を言ってみても始まらない。大きく欠伸をして枕元にある目覚まし時計を手に取る。
 10時28分。
 早起きとはとてもじゃないが、寝坊したわけでもない。いつも夜勤明けはこんなものだ。というか、草木も眠る時間に仕事をしておきながら、6時だとか7時だとかに目が覚めるヤツの気が知れない。
 朝日・・だと思ったが、朝日なんて時間じゃないな。
 だが、スズメは陽が高くなってからも楽しそうにさえずっていた。
 まさかまた二度寝をするわけにもいかない。そろそろ胃の方も溶かすものを求めて氾濫する頃でもあろう。頭の方はいっこうにスッキリとはしないが、とりあえずメシメシ・・とシャツだけを羽織って、勇基はダイニングの方へ歩いていった。
 勇基=篤川。
 職業は盗賊の代行業なんかをやっている。依頼人の求めるものを盗みだし、そして代わりに報酬を得る。泥棒に毛が生えたようなものだが、けっこう需要はあるものだ。もちろん、どんな依頼人だって構わないとかいう節操のないことはしない。その人にとって本当に大切なものはどんな大金を積まれたって盗まない。などとカッコつけたことを言ってたりもするが、こっちだってボランティアじゃない。リスクだって大きいし、けっこう資本もいるものだ。とりあえず汚い依頼でなければ、条件次第で請け負うことにしている。
 そう。昨晩も、“仕事”だったのだが・・・。
 ダイニングには昨日の戦利品が運び込まれていた。簡単に言えば、どっかの古い画家の絵なのだが、陸生が入口から丸見えの位置に飾って、その絵をにやにやした表情で眺めていた。
 金髪で、目鼻立ちがくっきりとしたちょっと太めな美人。肌の色は数百年を経ても質感などは変わりもなく、美しい。胸も現代でも豊満といえるサイズの上に、ちょこんと乳首が乗っている。まぁ、定番の裸婦像といえる。
「朝から発情なんかしてんなよ。って、よく考えりゃお前って年中発情男だっけか・・」
 呆れた様子で椅子のところにかけられていた新聞を取り、代わりに自分が座る。テーブルの上には陸生が作った朝食が並べられている。食パンに、バターにジャム。野菜を適当にぶち込んだだけのスープに、ジャガイモのサラダ、それにハムが少し。いつも定番で、そしていつもげんなりさせられる食事だった。
「はっ、勇基。芸術ってモノがわからないのか?これはだな、何世紀も昔の画家がだぞ、美しい女性の姿を永遠に残そうとした証拠なんだぞ。裸婦っていうのも、大賛成だ。やっぱり、女は裸にしてみないと価値っていうのははかれないからな」
 そりゃ違うだろ。と心の中でだけ突っ込んで、勇基はとりあえずバターとジャムを塗ったパンをかじる。
「はいはい、勝手にほざいておいてくれ。っつーかよ、あんたのメシってなんでこんなにマズいんだ?」
 塩が足りない料理もあれば、キツすぎる料理もあったりする。サラダは塩が多すぎるし、スープには塩が足りない。いつものことながら、ため息をつかざるをえない。
 陸生は、勇基の相棒だった。一緒に仕事をするようになって何年になったか。とりあえずは、うまくいっているパートナーだといえる。
「ああ?ふざけたことぬかすなよ。メシは交互に作るって決めたの、お前だろ?男が作るメシはマズくてあたりまえ。うまいメシが食いたきゃ、料理が上手な嫁さんをかっさらってくるか、自分で作るんだな」
 そこらへんの女性よりもさらさらで綺麗な黒髪。まるで平安美人のように長い髪と、切れ長の瞳、やはりほっそりとした体の造りはまるで女性と見間違えてもおかしくないが、それも黙っている時だけだった。男性ホルモンがどこに入っているのかわからない容姿なのだが、口からはき出される言葉は、総じて下品なことばかりだ。
「300百万ドルの美女・・・か」
 絵の末端価格がそれくらいらしい。高いとも、安いとも評価しにくい。陸生に言わせれば年代物のポルノにしちゃ高すぎで、こんなの買うくらいなら無修正のヤツを買うとかなんとか。こんなヤツに朝っぱらからジロジロと鑑賞させられるのはまったく、もったいないものだ。
 そして、これがたったの100ドルの仕事だとしたら・・。これはもう嘆かざるをえない。
 実際に、勇基が直接受けてくる仕事は300万ドルの絵だったら、必要経費などを除いて、最低ラインでも1割はもらうだろう。もちろん、成功報酬ではあるのだが、リスクが大きいだけ、金額もつり上がる。だが、今回は勇基が所属している盗賊ギルド経由の仕事だった。ほとんど子供に小遣いをあげるかのような額の報酬は、それがギルドから受けた仕事だからではない。確かに、ギルドでも斡旋はしているのだが、それだってもうちょっと、いや、はてしなく多い。あくまでもマージンを取られるというだけなのだから。
「くそっ、あのババァ。はした金でいつもいつもヒトをこき使いやがって」
 このまま、絵だけ持って逃げてしまおうかと思わないでもない。だが、100ドルである理由は実は他にもある。
 つまり、その、美女の隣に鎮座するケースの山だったりするわけで。
「おい、また余計なものまで盗ってきたのかよ・・・」
 呆れざるをえない。おそらく、中身は300万ドルの美女と一緒の金庫にしまってあったカネなのだろう。陸生は、いつもいつも、勝手に金を稼いでくる。
「あん?別にいーじゃん、お金だって金庫にしまわれているより、オレに使われた方が本望だろうし。
 そうだ、知っているか?今回の収穫はなかなかすごいぞ。超優良企業の株券、100万株分だろ、アメリカの債権がざっと500万ドル、それに現金、50万ドルってトコだ。これでもまだ金庫にあった100分の1くらいなんだぜ。金塊だって山ほどあったしな。カネって言うのはあるところにあるもんだよなぁ」
 これなのだ。言われもしないのに勝手に陸生が副収入を得てこようとすることが無数。100ドルは街角で募金するような感覚なのだ。どうせ、絵と一緒に大量の金目のモノを盗ってくるのでしょう?と。
「お前がそんなことばかりしているから、いいようにあの婆に使われるんじゃねーかよ。なんだかどんどん、リスクばかり高くなっているし。次はお前一人でやってくれよな」
 陸生に抗議しても無駄なのはよくわかっている。修正されるわけではないのだから。そして、たいがい、こういったときにまたイヤなことを言ってくるのも、陸生なのだ。
「ばーさんに絵を届けるのよろしくな。さっきメールが来ていたんだが、この絵のこと以外で何か重要な話があるらしいぞ。ま、ご苦労だけど、よろしく頼むな。オレはあぶく銭でぱーっと女の子と酒飲んでくるからよ」
 後半の問題発言はあえて無視しても、また厄介ごとではないだろうなぁと思う。少なくとも、あの盗賊ギルドの元締めの婆さんから厄介ごと以外は聞いたことがない。
ぶちっとフォークでトマトをぶっさして、頭痛を抑えながら、勇基は口の中にトマトを放り込んだ。



続く
あとがき
続きます。とりあえず、当シリーズはネタ不足より発展したというか。好き勝手やるにはちょっと制約が多かったので、TSRPGのように自由にできたら書き手としてもストレスが溜まらないかも・・。なんて考えまして、一度、全ての人間関係をリセットして勝手に私なりのE’Sの世界なんかを作ってみました。いかがだったでしょうか?って、まだ今回は序の口ですし、勇基ちゃんと明日香ちゃんが会ってもいませんし、たぶんヒロインのマリアさんもこれっぽっちも出てませんし、その部下の戒君も影も形もありません。これからちょっとずつお話が進むにつれて、面白くなっていくと思います。そういった意味ではTSRPGとは正反対ですね・・。
何はともあれ、これから末長くよろしくお願いいたします。

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