もうひとつのE'S(仮)
 なかなかと豪勢な屋敷だと、いつも勇基は思う。
 無駄に広い玄関、無駄に広いロビー、無駄に広い廊下、無駄に飾られている装飾品、無駄に広い庭・・・。
 まるで旧家の邸宅かと思いたくなるが、実際にそれは大はずれではない。
 ここは国中でかなりのハバを利かせている盗賊ギルドの大元締めの屋敷だった。まったく、カネというものが有るところには有るものだといつもいつも思い知らされる。この高そうな彫像だって、別に盗品ってわけじゃない。この邸宅からしてそうなのだが、元々、とある財閥の会長というだけあって、別に盗みなんてしなくても捨てるほど金はあったりする。
 なんで盗賊ギルドなんてやっているんだ?
 などと思ったこともあるが、まぁ、先祖代々の家業というらしい。なんとなく続いていたから続けているだけというに過ぎない。それに、生活に困っているわけじゃないので、というか、満ち足りまくっているので仕事を選ぶこともできる。義賊ってわけじゃないが、ターゲットにとって本当に大切なものだけはどこから依頼が来ようがけっして受けることはない。そんなことをしても、盗まれる側からすれば気持ちがいいわけじゃけっしてないのだが・・・。
 とりあえずいくつかある応接室の一つに通されて、そこでしばらく待たされた。こっちは呼び出された身だというのに、待たせるのは何事かと思うが、盗賊ギルドの元締めに財閥の会長となればそれ相応のハードスケジュールになる。けっこう大物の政治家も、献金やら政策やらを頼りに訪れることも頻繁だったりする。
 待たされていても、退屈かと言われれば実はそうでもない。応接間の壁には絵画やら壺やら、けっこうな値打ちものがいくつもある。たった一つをちょろまかしてその辺で捨て値で売るだけでも、裕に2,3年は遊んで暮らせるのではないだろうか。さる有名な抽象画家やら、人間国宝と讃えられた男が作った信楽の壺やら、見ているだけでもけっこう楽しい。盗賊の血が騒ぐというか、そういうことである。しかも、いつも来る度にかかっている美術品が違う。地下の倉庫から週ごとに入れ替えているらしいが、1巡したのもまだ見たことがない。いったい、どれだけの美術品が眠っているのだろう。
「勇基様。おまたせしました。元締めが執務室でお待ちです」
 執事の女性が現れて告げた。よく考えれば、応接室なんか使ったことがないようにさえ思える。
 やっと2階にある執務室で盗賊ギルドの元締めに会うことができた。
 それは、見た目が感じのいい70代の老婆だった。それ以上でも、それ以下でもない。服装もかなり高そうな品の良いもので、この女性がこの国で有数の盗賊ギルドの元締めだと言われても、誰も俄には信じがたいだろう。
「ようそこ、いらっしゃい、勇基。この前に会ったのは3ヶ月くらい前だったかしら。しばらく見ない間に、また少しいい男になったわね」
 そう言って、元締めは優しく微笑んだ。
 それがお世辞なのかどうか、ちょっと勇基にはまだわからない。さすがにこの歳になれば下心なんてないんだろうが、若い頃は絶世の美人怪盗として新聞を賑わせていたらしい。その当時の写真を見たことがあったが、お世辞抜きでいい女に見えたものだ。
「呼びつけて、1時間も待たしておいて第一声がそれかよ」
 とりあえず、愚痴でも言わなければやっていられない、と言わんばかりに言う。しかし、口の悪さにも慣れているのだろう、元締めはいっこうに気にせず、言葉を続ける。
「ごめんなさいね、財閥のお仕事の方で大事な方がお見えになっていたものだから。それに、前々から頼んでおいた仕事の報告も聞かなければならなかったから。ほら、これよ。ストイチェフスキーの風景画、17番。中世のヨーロッパの下町の様子が実によく表現されているの。元の持ち主の管理がかなりひどいと聞いて、盗んで来てもらったのよ。本当はこんなことしたくなかったのだけれど・・・。歴史的な画家の絵とは引き替えにできなかったから」
 そう言って絵画にかかっていた白い布を取る。現れたのは中世の名画ではあったが、どこかくたびれていた。元締めが言ったように、確かにがっかりさせられるような保存状態だった。元の絵が素晴らしいだけに、悔しくも思える。これから補修作業にとりかかり、まるで完品かのように生まれ変わるのだろうが、補修せざるをえないということには少し残念に思う。
「で、世間話をさせるためにオレを呼んだのか?そういうことはその辺のじーさんを茶飲み友達にでもしてやってくれ」
 だが、相変わらず勇基は口が辛かった。それには理由もあって、この年長の女性が勇基はとても苦手だった。いつもいつも、彼女にかかわるとロクでもない、面倒なことを押しつけられている。恐らく今回もまたとんでもないことを押しつけようとしているのではないかと、本能的に悟っているからだった。
 そして、その危惧はけっしてはずれではなかったのだった。
「そうね、私もそんな暇人じゃないの。というわけで、貴方には快諾してくれると嬉しいのだけれど・・・。明日香、お入りなさい」
 やっぱり?まるで本題を承諾してしまったかのように事を進められる。おい、ちょっと待て、面倒ごとはごめんだぜ、と言おうとしたが、その前に明日香と呼ばれた女性が勇基が入ってきたドアから現れた。
「あの・・・はじめまして。おばあちゃんの孫の明日香=篤川です。よろしくね」
 もじもじと人見知りするかのように明日香は入って来た。年の頃は15,6くらいだろうか。いや、もっと幼くも見える。まるっきり箱入り娘と言った感じだが、本当にあのばあさんの孫だろうかといおとなしい印象を受ける。
 上目遣いで、まるで子犬のような瞳でじーっと勇基を見つめてくる。さすがにその視線は耐えづらくて、思わず頬を赤く染めて視線を逸らす。
「貴方のおじいさんの姉の孫よ。顔を合わせるのは初めてでしょうけれど。とっても素直で良い子なの」
 よい子だからどうだと言うのだ。と勇基は心の中でつぶやく。可愛い孫を自慢するために呼んだわけではあるまい。これからばあさんが言う言葉も、勇基はある程度想像できた。
「この子は将来、私の跡継になる予定なの。第26代目の盗賊ギルドの組長。明日香自身もその気みたいだし、そろそろ修行を積ませようと思ってね。それで、貴方にしばらく明日香の面倒を見てもらおうと思うのよ」
 ほらきた。いかにも円満のような笑顔で老婆が言う。いったい全体、オレとこの気が弱そうな女にどんな関係があるっていうんだ?確かに遠縁のようだが、オレじゃなくてももっと適任者・・というか、血縁の濃いヤツはいっぱいいるはずだ。
「ああっ?オレの耳がおかしくなったか?それとも、あんたの口がおかしくなったのかよ!?」
「生憎様、どちらも正常よ。勇基、これは盗賊ギルドの総帥たる私からの直々の命令です。それに一族の決定でもあります。断ることは許されないわよ」
 明日香とかいう女がニコニコとしているのが全てを物語っていた。一族と言ったってばあさんと明日香、それにオレを除いたら叔父くらいしかいないじゃないか、なんて抗議したくなる。いつもいつもオレばっかり、面倒ごとを押しつけやがって。だいたい、この女をどうしろって言うんだよ。なんだかトロそうだし、まさか、この女を一緒に仕事へ連れて行けなんて言わないだろうな?そんなのお断りだぞ。いかにも致命的な失敗をしそうな顔をしている。オレが失敗するのは自分自身のせいだが、こんな女に足を引っ張られて警察なんかに捕まったりしたら、誰を恨めばいいっていうんだ?
「じゃあ、お願いね。私はそろそろ大事な取引先との契約があるの。明日香、しっかりするのよ」
 可愛らしくバイバイをして、ばあさんはいそいそと去っていった。無駄に広すぎる執務室で、オレと明日香だけが取り残される。
 とりあえずこの怒りを率直に明日香なんかに向けてみる。ギロッと睨んでやるが、明日香はちょっとびくっとしただけで、「帰る」とか「やっぱりやめる」とか、泣いて詫びるとかそんなどんでん返しはさすがに起らない。
 しょうがないので高そうな絨毯に唾でも吐いてやった気分のなって、ぷいっと執務室を出る。ずんずんと廊下を歩いて帰ることにする。
 ちらっと後ろを見ると、勇基の態度の意味をまるっきり理解せずに、少し距離を置いて明日香がちょこちょことついてくる。歩幅がさすがに違うので小走りするように追ってくるのだが、勇基に歩みを遅くするつもりはなかった。
 子猫に勝手に付いてこられるような、そんな気分になりながら、勇基は黙々と道を歩き続ける。
 なんでオレっていつも貧乏くじを引かされるんだろうなぁ。
 実際には、これからが本当の不幸が訪れたりするわけだが、勇基はそんなことをつゆほども知らず、不幸の星の元に生まれてしまった不運を嘆いていたのだった。




あとがき
ちょっと間があきすぎました。なんだかもうちょっと面白くしたかった気もしますけど、とりあえず出会いなんてこんなものでしょうかね。次の勇基編ではきっと面白いやりとりができたらいいな〜と。なんとなく、新鮮な勇基と明日香(それに陸生も)のやりとりができそうで私も楽しみです。次はまた戒編です。

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