織姫星と彦星
 大きな、大きな一つ星。
 東の空に浮かぶ一番星。
 明く、輝ける小さな光。
 薄い哀色に空が染まって、そして深い碧になる。
 星が一つ、二つと輝いていく。
 初めて、自己主張するように。
 赤い太陽が沈んでからが、ささやかな彼らの饗宴。
 淡い光と光が点を結び、線になる。
 線と線が合わさって、一つの図形を創る。
 それらを分かつように、大きな星の集団が、一筋の河を創っていた。

 もう暦は8月になろうとしていたのに、今さらならが、篤川家では七夕なんかの準備をしていた。
 本来の7月7日あたりが無茶苦茶忙しかった、というか、またまた厄介ごとに巻き込まれていたために、このようややや時期はずれとも思える頃にずれ込んでしまった。旧暦ならまだまだ先だとか、そういう考え方もアリだが、勇基としては思い切って今年は中止にしてもいいと考えていた。だが、篤川家のたった一人の強権者の決定によって、全てが覆されてしまう。
「だめっ。毎年毎年、きちっとお願いしてるでしょ?こういうのは毎年しっかりとやらないと叶わないものなんだから」
 関係ないんじゃ・・・と思わないでもないが、承諾せざるをえなかったのは、明日香には一人前の生活というものを極力、させてやりたかったからだった。クリスマスに誕生日にひな祭りにバレンタイン。だいたい、幸せな家庭では必ず行われているイベントだろう。
「それに今年は戒君やマリアさんだっているんだし。戒君もマリアさんもね、短冊に願い事を書いたことないんだって」
 だから是が非でもしなければならない。そう言外に、明日香は言っていた。
 しょうがないので、知り合いに頼んでとびっきりの竹を用意してもらった。ちょうど時期はずれということもあって、良い竹が安く手に入ったのは幸運だった。ほとんど学校行事で使うような巨大な竹は、家の前の敷地に立ててある。その竹が手に入ったのは3日ほど前のことなのだが、今では6割ほど飾り付けができている。
 明日香とマリアが作った飾り。折り紙やらなにやらを大量に買い込んで、暇さえあれば飾りを作っている。それを付けるのは戒の仕事だった。こういう時に能力者は便利だと思う。不安定な竹に立て掛けた梯子に登って、明日香の指示通り飾り付けをする。頂上の方はかなりの高さになるのだが、能力者の戒なら、万が一、梯子が傾いて倒れても、怪我一つさえしないですむだろう。これが明日香なら、梯子が風で揺れなくても、勝手に足を滑らして大怪我をするところだ。
 去年までは自分が付けていたのだから、無駄飯喰らいがいるのも、悪くはない。
 たまたま、急な仕事もなく、珍しく、家計には余裕があった。七夕の方は明日香や戒に任せておけば問題ないし、料理もマリアが作ることになった。俗に言えば、暇だということだ。別に暇で困るわけじゃないが、いつもが異常なほど忙しかったり騒がしかったりする日常だけに、ぽっかりと空いたスケジュールの間は、なんとはなしに奇妙に思える。
 暇つぶしにネットサーフィンやら、何かめぼしい依頼がないかどうか探しながら、コーヒーでもすする。パソコンの置いてある机の横には、明日香から手渡された白紙の短冊が置いてある。
 願い事・・・ね。
 子供だましだとか、そういうのとは関係なく、勇基は書くことについてすぐには思い当たらなかった。明日香は山ほどの短冊を用意していたし、マリアや戒も一枚ずつ渡されている。彼らがどんな願いをするのかはわからないが、短冊を物珍しそうに、そして楽しそうに観察していた。
 戒やマリアなら、願い事なんてすぐに思いつくのだろうか。
 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるなと言わんばかりに枚数を書く明日香ほどじゃないだろうが。
 たとえば、お金持ちになりたいです。とか。それはあまりにも即物的過ぎる。
 じゃあ、商売繁盛なんてどうだろうか。それじゃまるで書き初めか。
 大型のプラズマテレビをくださいじゃサンタだし。
 駅前のお好み焼き屋のありとあらゆるメニューを混ぜたジャンボスペシャルお好み焼き、1時間で食べられたら1万円贈呈をクリアできますようにというのもまた違う。
 明日香の料理が上手くなりますようにじゃ絵馬か何かか?
 こう、一年に一度のロマンチックな日に捧げる願いじゃない気がする。
 だからといって、恋だの愛だのの願いというのも・・・生憎、ない。
 周りにロクな女がいないというのが問題なんだな。
 じゃあ、素晴らしい出会いを・・・とかいうのか。いやいや、今のところ女なんていらないし、めんどくさいだけか。
 ガサツだったり、口うるさかったり、態度がでかかったり、塩が足りなかったり、すぐに怒ったり、殴ったり、睨んだり。ちょっとだけ美人だからって、男ならみんな許すなんて大間違いだ。
 ・・・・・・。
 まったく、何を言いたかったのやら。
 まぁ、向こうから好きですって言ってくれりゃ、好きになってやらないでもないけれど、それと短冊とは一切、関係ない。
 元々、オレって幸せなんかね。
 誰よりも不幸のホシノモトに生まれているんじゃないかと思うことが多かったのは棚に上げて、幸せそうに呟く。
 まぁ、そのうち見つかるでしょ。
 とりあえず仕事探しやら短冊の文面を考えたりするのはやめて、席を立つ。明日香や戒の様子なんかを見つつ、もしかしたら何か参考になるかもしれないと、リビングへ向かった。

「あっ、勇基ちゃん!ねぇ、お願い書いた?」
「いんや、もうちょいな」
 そういう明日香は山になるくらいたくさんの願い事を書いたらしい。過剰なまでに幸せそうな笑顔でハキハキと言ってくる。
「ぶー。もう、早くお願いを書かないと叶う願いも叶わなくなっちゃうんだから」
 まるで、先着10名様という札が付いているかのような物言いだった。バーゲンセールであるまいし、と心の中でだけ思う。
「そういうお前はいったいいくつの願い後をを書いているんだ?って、おい、なんでフィアットやらメルカバやらの願い事まであるんだよ」
 ご丁寧に明日香は犬たちの分の願い事まで書いてあったりする。好き嫌いがなくなりますように、とか、可愛い彼女ができますように、とか、シャワー嫌いが治りますように、とか内容は千差万別なのだが、これらは明日香が犬たちに事情聴取して書いたのだろうか。
「みんなお願いできないとかわいそうだよ。付けるところはいっぱいあるんだし、いいでしょ?」
 いいというか、悪いというか。別に依存はないが、それでいいのかとも思わないでもない。
「それにしては、ちょっと短冊が多いんじゃないか?いったい、何をそんなにお願いしているんだよ」
 ぱっとのぞき見たところ、「お料理が上手になれますように」とか、「戒君とマリアさんが仲良しになれますように」とか、「勇基ちゃん、いっぱいカルシウムとってね」とか、ちょっと引っかかるところもあるものの、だいたい、そんな感じだった。ただ、たった一枚、テーブルのスミにあった短冊を見ようとしたら、明日香が大慌てで短冊をひっくり返して、見えないようにした。
「だめっ!見ちゃだめなんだからっ」
 顔を赤らめながら、必死にその短冊から興味を逸らすようにしてくる。だが、その反応があまりにもわかりやすすぎたために、勇基はすぐにピンとくる。
(ふ〜ん、想いを寄せているヤツでもいるのか?)
 好きな人。片思いなのかすれ違いなだけなのかは知らないが、明日香もそんな年頃なのだと思う。
 思う。思った瞬間に、さすがにちょっとムッとくる。明日香をたぶらかしたのはどこのドイツだ?手塩にかけて育てた明日香を、どこの馬の骨かわからんようなヤツにくれてやる気はさらさらない。
 まさか戒じゃねーだろうな。
 この二人を見ていれば、疑わしくもなってくる。二人に限って間違いはないだろうが、早めに戒をガルドの海に沈めておいた方がいいのだろうか。
「ねっ?きっと、誰にも見られない方が叶いそうな気がするでしょ?」
 それならメルカバとかの願いはどうでもいいのかと思わないでもないが、とりあえず、この場はそれで引き下がることにする。
 まぁ、なんにせよ、書く願い事に困らないヤツは幸せだよな・・・。
 まだ、勇基は書くべき願いを思い浮かべずにいた。
 そのまま、竹のある庭先まで行ってみる。
 外は夜になって、昼間のうだるような暑さは影を潜め、夜風が心地よく通り過ぎていく。
 竹は、もう9割ほど飾られていた。いくつかの短冊がもう既に付いている。中にはよくいくパン屋のオバサンから頼まれたものだとか、顔なじみのものもある。場所が余っているからといって、明日香が集めて来たのだ。そして頂上に、大きな星がついている。って、クリスマスツリーか?
 空を見上げる。
 空には、満天の星があった。
 いくらガルドの空が汚れているからといって、一年の一度の日には、星々は輝きをしっかりと地上まで届けている。さすがに山奥の空気が澄み切ったような、絶景と言える美しさではなかったが、精一杯の主張はしていた。
 どれが天の川なのだろう。
 星座に詳しくない以上、想像でもするしかない。川というくらいなのだから、星が密集しているのだろうと思うのだが、生憎、その星が密集しているのさえ見えない。
 曇り空じゃないだけマシか。
 とりあえず、星があるのなら、どれかに向けて願をかければ十分だろう。
 そういうものだと思って、願でもかけてみる。
 ・・・・・・・。
 そういえば、戒やマリアはどんな願いをしたのだろう。
 もしかしたら、もう既に取り付けているかもしれないと、短冊を探してみる。
 アレも違う、コレも違う。
 テストで100点取れますように、とか、彼女が欲しい、とかを読み飛ばしながら探す。探していると、まずは戒のものが見つかった。
「光流の病気がよくなりますように」
 戒らしい気がする。と、すぐにマリアのものまで見つかる。もし、オレに対する愛の告白とかだったら見たら悪いのではないかと思ったが、どうやら自意識過剰だったらしい。内容は、やはりマリアらしく、「おじいさまのご冥福をお祈りします」だった。
「新教皇猊下万歳・・・?」
 レオニードが何を思ったのか、そんなことを書いていやがった。さらにオマケに坊主頭になったオレのイラストが端っこに書いてあったりする。
 殺す。今度会ったら、お礼参りくらいはしてやるべきだろう。
 なんて願い事を書くべきなのだろうか。
 織姫と彦星のいる星を見上げれば、何か思いつくかもなんて思ったのだったが、まだこうピンとくるものはなかった。
 ただ、ヒントくらいはわかったような気がする。
 とっておきというか、ありきたりというべきか。
 もし織姫や彦星が短冊に願いを託すことができるとしたら、何を願うだろう。
 恐らく、お互いがお互いのために願いをするのではないだろうか。
 たった一人の最愛の人に。
 元々、自分のために願うものではないのかもしれない。織姫も彦星も、364日は不本意な時間を過ごしているのだから。自分のワガママを通そうなんて、甘いのだろう。
 結局、次の日に書いたことは、「明日香に幸せな日々を・・・」だった。
 後日談になるのだが、明日香の隠していた願いも、ひょんなことから見ることができた。
 そこに書いてあったのは、「勇基ちゃんといつまでも一緒に暮らせますように」だった。  




あとがき
なんだか兄妹愛みたいな感じになってしまいました。まぁ、たまにはそういうのもいいですよね。しかし、もうちょっと上手に書けないものかと思ってしまいます。レベルアップしたいものですけど・・・。

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