ロニキス提督随想録
ロニキス・J・ケニー准将とイリア・シルベストリ大尉の生命は六時間で終焉をつげた。
惑星ファーゲットにおける作戦終了後彼等は惑星ロークの戦友達に別れを告げ、地球
に帰還した。彼等を待っていたのは、軍首脳部のこれでもかという程の賞賛の嵐であった。
大げさで華美な戦勝パーティの後、彼等はそれぞれ大佐から准将へ、中尉から大尉へと
昇進した。その六時間後に二人は更に一階級昇進することとなったのである。
とにかく功績の大きさがこのような妙な事態を起こさせた。
「…ロニキス・J・ケニー准将を少将に、イリア・シルベストリ大尉を少佐に任命する」
連邦防衛省大臣の声が、朗々と大臣室に響いた。ロニキスは、あまり現実感がなさそうな
顔をしていて、隣で見ていたイリアはその内彼が「はあ、そうですか」とでも言い出すん
じゃないかと実ははらはらしていた。
次の任務は追って通達するのでしばらくは休暇を楽しむといい、というありがたい
言葉を賜ったので二人は大臣室を出て、同僚達の待つ行きつけの酒場へと向かったので
ある。しかし…
「…なあ、イリア…なんだい、あの人だかりは。ウチの行きつけの酒場は最近じゃ
あんなに客が来るようになったのか?私たちが出征する前は『ロニキスさん達がいないと
ウチの店危ないよ』とかマスター言ってたのに…」
それは彼等と親しい同僚達がよく行っていた町外れの小さな酒場『ヴィーナス』だった。
今まで、自分達の知り合い以外の客を見た回数が二十年通っていて五本の指で数えられる
という程だったのだ。二人は人だかりからは見えない所に隠れながら囁き合った。
「不思議ですね」
イリアは、淡々と応じた。ロニキスは、ぽんっと手をつくと
「あ、ひょっとして潰れたのかな。人気のラーメン屋のチェーン店でも来たんだろ」
「…名前変わってませんよ」
「…はあ。誰が店のことばらしたんだ?」
「何だかんだで私達があの店に出入りしてること知ってる人は知ってましたからねー…
ちょっと軍の人間に取材すればすぐ分かるんじゃないですか?」
「で、それがワイドショーで流れたっと…草野さんも紹介してくれたのかな」
「いや、誰ですかそれ」
まあ、何にせよ。二人の若き英雄(特に美女のイリア)の行きつけの店、と聞いて
大量に人が押し寄せたのだろう。
「今日はどうします?っていうか皆中にいるんですかね?」
と、その時ロニキスの携帯電話が震えた(マナーモード)。
「はい…ああ、ラック?え?『ジャック&フリスビー』に変更?…ああ、分かった。
イリアと向かうよ…それじゃ、後でな」
「ラック中佐からですか?」
それはロニキスと同期の男の名である。
「ああ、店を変更したんだってさ。これからそっちに行こう。あそこならラック個人の
行きつけだから大丈夫だろ。歩いて行っても二十分とかからない」
「…じゃあ、歩いていきましょうか」
「ああ」
イリアは何となく嬉しかった。何故だかはよく分からないが。
「お!英雄達の凱旋だ!!」
ぱん!ぱんぱんぱん!
『ジャックアンドフリスビー』に入った二人を迎えたのは友達のクラッカーと歓声だった。
「イリアー!あんたすごいじゃない!」
イリアの同期生がそう言いながら抱きついてきた。
「ちょっとお、フレンシャス!久し振りー!」
「ロニキス!来るのが遅いぞ!お前が遅いのはいいがイリアちゃんが来ないと華が一つ
減ることになるんだからな!」
その中の一人、肌の黒い偉丈夫のラックが近寄ってきてロニキスの肩をバン!と叩きながら
言った。
「随分なお出迎えだ…なんだ、貸し切りにしたのか?」
彼等以外の客は一人もいなかった。ラックは朗らかに白い歯を見せながら答えた。
「おう!お前の名で貸し切りにしといたぞ!感謝しろ!」
「何!?こういう場合はおごられるのは私達だろ!?」
「いやぁ、お前と価値観が合わないなんて悲しいな親友よ!でもまあお前が出すことに
きまっちまったから潔く財布のひも緩めろや!」
「気前がいいなあ!我らが英雄はやはり器量が違うな!」
「さすが!いよっファーゲットの英雄!」
彼の同期生達がどんどん押してくる。その上立ち上がってロニキスの肩なり頭なりを
ばしばし叩いてくるのだからやれやれ始末に負えない。
「…やれやれ。分かった、私が出してあげよう」
「おおおおおおお!いいぞ!ロニキス!今夜は好き放題飲めるぞ!」
しまった、とロニキスは後悔した。こいつらの酒量は半端ではない。まして、イリアまで
加わっている…と、イリアが、そっと耳打ちしてきた。
「大丈夫ですよ、艦長、私も半分出してあげますから」
「…すまないね」
いやいや、一度言った以上私が全額出す、といったような見栄を張れるような懐の余裕は
彼にはなかった。第一君が半分出したって君の酒量を考えるとまだ足りないんじゃないの
かな?とは流石に言わなかったがふと頭に浮かんだこともまあ忘れよう…
気がつくと、大阪だった…は確かトライガンネタか。まあともかくロニキスが、ふと
気づくとそこは酒場だった。自分は机に突っ伏していた。
……確か自分は…ええと…
曖昧な記憶をたどってみる。やはりよく思い出せない…というか意識自体今でも曖昧だ。
「艦長」
横から声がかかる。そちらを向くと、金髪の美女がロニキスに微笑みかけていた。
「…イリア……?」
そうだ、この女性はイリア=シルベストリ…彼の副官であり…
「!イリア!皆はどうした!?」
唐突に立ち上がる。ようやく記憶が戻ってきた。そう。彼は自分の同僚達にこれでもか
と強い酒を飲まされまくったのだ。彼等が普通のワインを一口飲むまでにロニキスは
ウイスキーを一杯飲まされた。(イリアはその間にウイスキーより強い酒を二、三杯
飲んでいたが…)とにかく奴らの無理矢理さといったら…。
「皆さん明日も仕事とか言って先に帰ってしまいましたよ…この程度で酔いつぶれる
とは情けない、とか言ってました」
「…あいつら〜(怒)」
「…大丈夫ですか?艦長。頭とか痛くありません?」
「…今は痛くないよ…明日はどうかしらんが…くそっしかしこんな風にされときながら
あいつらの酒代出さなければならないのか」
本当に悔しそうにロニキスがグチるとグラスを磨いていた店のマスターが話しかけてきた。
「それだったらねえ、兄さん、もうラックさん達が全部払っていっちまったよ」
「え?」
聞けば「こんな情けない奴におごってもらうなんてなぁ」とか言いながら皆で全額出した
そうである…と、マスターが懐から胃薬を出しロニキスに差し出した。後二日酔いの薬も。
ロニキスが怪訝な顔をしていると酒代プラスで薬代までおいていったのである。
やれやれなんとも素晴らしい友情だろう!ひょっとしたら彼等は最初からこのように
するつもりだったのではないだろうか?明日にでもなったら「今度こそ皆で飲み直そう」
とでも言いだしやがるつもりではなかったのか?
本当だとしたらなんとも悪趣味な冗談だが…どうにもロニキスは皆を恨む気にはなれな
かった…もっとも仕返しの一つぐらいは考えてしまうが。
「帰りましょうか?艦長」
「ん?ああそうだな…マスター、ごちそうさま」
「はい。ラックさんによろしくね」
「…というか今度マスターが奴に会ったら私からの伝言、ということで一発殴っておいて
もらえます?」
マスターは、「はあ分かりました、今度殴っときます」と答えた。って承諾するなよ!
翌日。ロニキスは昨日の仕返しをするためラックの務めている連邦防衛省のビルに
向かったがラックは自分がファーゲットに行っている間に内勤から変わって、
連邦外宇宙探索戦艦『ミョルニル』の副官として今日乗り込むそうである。帰って
くるまでは会うことは出来ないので電報で昨日の礼をしてやるからまた飲もう、と
送ってもらった。
他の友人達もその後数度会ったがそのほとんどが宇宙へと旅立っていった。
やはり宇宙に身を捧げた男達は地球の地べたでペンを走らせるには向いていないらしく
生き生きとした表情で宇宙へと旅立っていった。その後ロニキスも少将として
連邦宇宙艦隊の一部隊を率いるようになった。イリアはその副官としてやはり彼の隣にいた。
……思えばあの時が一番いい時代であったのかもしれない。
ロニキス・J・ケニー提督は戦艦『カルナス』の自室でふと二十年近く前のことを思い
出していた。あの後、戦艦『ミョルニル』が十隻程の宇宙海賊に出会って撃沈されたとの
報が入ったのである。もちろん、生還者は…ゼロ。ラックとの約束は守れずじまいと
なってしまった。
他の友人達もその後のレゾニア再侵攻の際に駆り出されたが…そのほとんどは戦死した。
そして自分は…階級が幸いしたのか…それとも能力なのだろうか…?いや、それは
自惚れだと思う。結局は運なのだろう。自分は生き残った。レゾニアとの戦争で武勲を
あげ、少将から中将へと…第二次レゾニア戦争終結後、彼は外宇宙探索任務を自ら
志願して宇宙へと旅立った。その時イリアにこうも言ったか。
「この際だから宇宙の果てまで行ってみようか」
その時イリアは「どこまでもついていきますよ」と言ってくれた。今彼女と共に宇宙を
旅することは出来ない…が、心はつながっているものと信じている。
彼女の友人達はすでに結婚して主婦となっていたり内勤になっていたりする。
もちろん戦死してしまったものも幾人かいるが…
今自分は大将にまでなった。だがなんとも身に余る職である。本音はさっさと軍を辞めて
家族とのんびりと暮らしたかった。息子のクロードとたくさん遊んでやりたかった。
第二次レゾニア戦争の際に守れなかった約束を…果たしてやりたかった。
もうクロードの方が忘れているかもしれない約束。
それでも…なのに彼は軍を辞められなかった。部下に対する義務感?…いや、違う。
怖いのだ。唐突に軍を辞めた時の皆の反応が。家族と暮らしたい…そんな理由だと
知ったら自分が勇敢なる人間だと信じている部下達は私をどんな目で見るのだろう?
軍の上層部はどんな風に見るのだろう?連邦の一部の政治家…利権やら権力欲ばかり
強い政治屋どもは自分が政治家に転身するかもなどと思うかもしれない。
マスコミは自分が自宅にいると知ればここぞとばかりにプライバシーに踏み込んで
くることだろう。その時のイリアとクロードの気持ちはどんなものだろう?
そして軍を辞めたと聞いて一時は喜んでくれるだろうがその後二人はどう思うのだろう。
イリアは今でも紋章学の研究をしている。何も持たなくなった自分をどう思うのだろう。
クロードは成長した時自分をどう見るのだろう。結局は逃げ出しただけの敗北者として
見るのだろうか…そう。その通りだとロニキスは思う。
怖いのだ。…若い時のあのエネルギーはどこへいったのか。
ファーゲット戦の時の人を食った性格のくせにお人好しの一番分相応の自分は一体どこへ
いったのだろう。ただただ皆の目が怖い。優等生を演じ続ける子供。
それが今の自分…
「ロニキス提督!五分後にカルナス、ワープに入ります。ブリッジへおいで下さい」
自室の扉が叩かれ士官のひとりの声がかかる。
「ああ、今行く」と答え、彼は将官用のマントを羽織り軍服の襟を正すと部屋を出た。
「待たせたな」
「いえ。それよりブリッジへ向かいましょう」
士官の一人…まだ若い、確かリューネリューゼ少尉とかいう名前だったか。彼が歩き
ながら話しかけてきた。
「しかし提督、やはり軍服がお似合いですね!」
「…そうかね?」
「はい!」
お世辞かとも思ったが彼の目を見る限りどうも本音らしい。やはり若い者にはそう
映るのだろうか…?
「そう見えるのか…じゃあ君はまだまだ甘いぞ」
「…!?はっ!?申し訳ありません!何か余計なことを申しましたでしょうか?」
畏縮する若い士官にロニキスは微笑みかけながら、
「いや、そうではないよ…ただ若い、と言っただけさ…羨ましいよ」
「はっ」
生真面目に返事をする。しかしこれ以上気の利いた科白は思いつかなかったので
あろうかまたは遠慮しているのか。返事だけで終わってしまった。
「何も気にしなくていいぞ。すまないな…似合っているといってくれて有り難う」
「あ、いえ恐縮です」
その反応にロニキスは苦笑した。
やはり自分は部下達にとっては『英雄』なのだろう。
私はただ運がいいだけの臆病者なのにな…
クロード…お前には私のような人間にはなって欲しくないな…
ロニキスは心の中でそう思う。もう帰ってこない良き友と友たちとの日々に思いを
はせながら『英雄』を演じ続ける自分。こんな道を…息子に歩ませたくはない。
ブリッジの自動扉が開く。士官全員が敬礼する。そして数分後にワープに入ると
報告する。
…結局、自分はこうやって流されていくのだろう。人々の目を恐れる弱い自分に。
その後ロニキス提督は勇将として人望を集め外宇宙探査に、他星との戦争にと
功績を挙げていった。そして五十代に入ってから元帥となった。
…それが彼の望んだ事であるか、それが誰を幸せにしたのか。
第三者なら答える事ができたのかもしれないが彼自身は永遠に苦悩し続けた。
まるで少年のように。
英雄は必ずしも幸福にならない。彼の生涯の後半はまるでそんな言葉を象徴
したかのような人生だった。そのように記す歴史家は後世、後を絶たなかった。
星々の英雄の物語は永遠に続く。必然的に、偶然的に。
誰が止める事もできないのならば
せめてその英雄達に幸福が訪れん事を私は願っている
(宇宙歴元年一月一日 地球連邦初代大統領の外宇宙探査船への激励演説より)