〜一人の男とさんた〜
少年はどこか不思議な感じがあった。
冬の凍える空気の中でひと時のぬくもりを感じる昼過ぎ、県立高校のさみしい屋上で安全ようの柵を越え少年は一人立っていた。
風が吹けばなびく半そでのシャツと黒い学生ズボン。今の時期にはかなりおかしな服装である。
そんな彼の視線は、L字型になるようにして立つ校舎のもう一つの屋上を向いていた。
同じ屋上であるはずなのに、そこでは無数の人間がクリスマスパーティーにむけて、いそがしそうに働いている。
だが、少年は寂しそうにその光景を見ることしかできなかった。なぜなら、津久見 幸也(つくみ ゆきや)は、今年の夏に死んでいたからだ。
「そこの君、何、不景気な顔してるのよ」
声は、唐突に後から聞こえてきた。だが、すぐに振り返ってみてもそこには誰もいなかった。
幸也は、しばらく屋上を見回し気のせいかと視線を戻そうとした。
「どこ見てるのよ」
するとまた声が聞こえてきたのだ。
「上よ、上」
「え」
上を向くとそこには、赤い帽子に赤い服、サンタクロース姿の人影がゆっくりと降りてくるところだった。
「やっと気付いたんだ、とり合えずこんにちは」
「え……あ、あのこんにちは」
つられるように挨拶を返す幸也。
それにあわせるかのように、サンタクロース姿の人影は地面に足をつけた。
人影は、幸也と二、三歳ぐらいしか年の変わらない女性だった。端正な顔立ちに丸みのある輪郭、帽子からもれる髪は、帽子を嫌っているかのように外にはねている。かなりの美人だ。
「よしよし、基本はできているみたいね、最近は基本のできていない…」
「……あなたは誰ですか?」
女性が言葉を続ける前に、幸也は問いかけた。
「そうだった、そうだった、危うく基本を忘れるところだった、はじめて会う人には自己紹介しないと、私はね、さんた、カタカナじゃないからね、平仮名でさんた、わかった、君の名前は」
「ゆきや、津久見 幸也(つくみ ゆきや)」
「幸也かいい名前ね、それで何で不景気な顔をしてたの」
その言葉に幸也は視線を落とした。
「………」
「初めての人には言えないんだ、まーいいけど」
「すいません」
「謝ることなんてないよ、それよりアルバイトしてみない」
「アルバイトですか」
「何、そんな驚いた顔して、もしかしてアルバイトやったことなかった」
アルバイトをやったことはあった、だが、幸也は死んでまでこの言葉を聞くとは思ってもいなかったのだ。
「やったことはありますよ、それでどんな」
「宅配よ、バイト料もはずむし」
「やります、ここにいてもしょうがないですし」
そう言って、幸也はクリスマスパーティーの準備をしている屋上を見た。
つらい思いも少しは和みそうですからと心の中で付け加えた。
「そうそれはよかった、さあいくわよ」
そう言って、さんたが幸也の肩を軽くたたくと、一瞬にして幸也の姿が変わる。
「何ですかこれ、着ぐるみかな……サンタじゃなくてトナカイだったんですね」
幸也はトナカイの着ぐるみを着ていた、ちなみに顔は、トナカイの首もとにポツリと出ている。
「それでそりを引いてもらうの」
「でも、そりなんてどこに?」
あたりにはそれらしいかものはない。
そんな幸也の姿に、さんたは笑顔をうかべた。
「そりは上空にあるの、幽霊なんだから重力にも縛られてないし、飛べるでしょう」
「飛べるんですか?」
「知らなかったの、基本よ基本、さてそれじゃあ、そりまで行きましょうか」
「はい」
そう言って二人は空を登って言った。
「一つ聞きたいんですけど」
幸也がそういったのは、そりを引き出してすぐのことだった。
「なに?」
「こんな時間からプレゼント配っていいんですか?」
サンタといったら寝静まった深夜にプレゼントをおいていくものであるのだが、今はまだ日も暮れていない。こんな時間からプレゼントを配っていいものか、フライングすらも通り越しているように幸也には思えた。
「幸也、勘違いしているみたいだから言うけど、私はさんたなの」
「だからプレゼントを配るサンタだろ」
さんたはやれやれという顔をしながら。
「違うよ、勘違いしてるみたいね、もう一度言うからよく聞いてね、私はさんた、平仮名でさんたなの」
「それは聞いたよ」
幸也もバカではないので先ほどの話は覚えていた。
「それでプレゼントを配るのはサンタの仕事で、私の仕事は奇跡を配ること」
「……奇跡」
その言葉に幸也の表情が曇る。
「聖夜に起こる奇跡を信じる人に、奇跡の可能性を配るのが私の仕事、幸也は奇跡を信じる?」
「やめてください、俺は奇跡なんて信じてないですから」
さんたの言葉に心の奥で思い出されていく嫌な思い出、それを吹き飛ばすために強い口調で幸也は答えた。
だが、驚くさんたの顔を見たら八つ当たりしている自分に気付き幸也はすぐに謝った。
「すいません」
「気にしないで、それが幸也が屋上にいた理由なんでしょ?」
「そうです、でも、まだ話す気にはなれないんです」
幸也は、静かな口調で答えた。
それから、しばらく二人の間に交わされる言葉はなかった。