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「独りか?」

「独りだ。」

ムツっとした様子で氷室零一はアルコールで喉を潤す。
真向かいには零一と大親友のマスター。行きつけの店でもある彼の店は今日はいつにも増して繁盛中。
今日の零一はフォーマルなスーツを着こなしていた。

「せっかくのクリスマスイヴに独り?
あ〜?!おまえ煙草やめてなかったっけ???」

「今夜は吸いたい。火、くれ。」

零一の様子で彼がどういう気分か手に取るようにわかる。
マスターは黙って彼の煙草に火をつけるが。

「今夜はちゃんとは会わないのか?」

「会わない。明日、ゆっくり会う事にしている。」

相変わらずそっけなくムッツリと答える零一に対して興味本位にツッコミを入れずにいられない。
マスターは慣れた手つきで飲むピッチの早い彼にお代わりの差し出す。

「イヴだよ、おまえ。毎年、理事長さんのパーティーあるのは知ってるけどさ、
せっかくあんなに可愛らしい彼女できたからには誘わないのは酷じゃないか?」

零一は煙草をくゆらせながら悪友の言葉を聞き入っているが。

「夜の9時以降に誘い出せるか?
彼女はまだ未成年でご両親に心配をかけるような付き合いはできない。
無理して会ってもどこか繕ってる気がする。なら明日、ゆっくり会った方がいいだろう?」

(とか何とか言って。)

マスターは零一がいつにも増して寡黙で不機嫌そうで止めていた煙草をくゆらせて
何かしらイライラを発散させようとしているのが手に取るように判った。

「な、電話くらいしたか?『メリークリスマス〜♪!』とかさ。」

「うるさい。」

零一はジロッとマスターを睨むと2本目の煙草に手を伸ばす。
今度はマスターの手を借りず自ら火を点す。

「彼女は彼女の過し方がある。明日には会えるんだしな。」

「…わかってないね〜。」

「何か言ったか?」

「別に〜。」

マスターの呟きにも絡んでくる零一。
呆れ顔で処置なしの親友を見てマスターは恐る恐るいつものお願いを試みる事に。

「なあ、零一。」

「弾かないぞ。」

開口1番、釘を刺された気分。やはり見え透いていたようだ。

「おまえのピアノ、お客さんにウケるんだよな〜。な!1曲だけでもさ。」

「俺は客だ。」

「零一ィィィ〜〜〜〜。」

「ダメだ。」

「あ、そ!じゃ、ちゃんに電話してお願いしてもらおう。
ついでに聞きに来ないか誘ってみるか。」

「何でそうなる!第一、おまえがの電話番号を…。」

「知ってるんだよな〜、これが。この前、来た時におまえの隙を見て教えてもらった。」

「おまえは…。」

すっかり呆れ顔で悪友を睨む零一。マスターは携帯をチラつかせながら零一をニヤニヤ見やる。

「わかった、弾く。」

渋々ながらもピアノに向かう零一。マスターの合図に合わせて店内の音楽がフェードアウトする。
客の視線は自然と長身の彼の動向を目で追っていた。

「1年ぶり…だな。」

思えば店でピアノを弾いたのは折りしも1年前のイヴ。
それを思い出しふと視線をやれば今年はカップルが談笑している。
去年は…生徒だった『』がそこに居て彼の演奏を目を輝かせて心待ちにしていた。

(今年は聞かせられなかったか。)

零一のピアノはいつになく激しい出だしで店中に激しく響き渡りだした。



「今年はちょっと荒れ気味なスタートだったかな。」

マスターの評論。彼の演奏にはチトうるさい。零一の心の表れをさしてるのか。

「マスター、あの方は何をされてるんです?」

バイトの青年が零一の演奏にすっかり聞き惚れた様子で問い掛ける。
一旦は荒れ気味でスタートした演奏も徐々に本来の零一のものになってきていて。

「高校教師。吹奏学部の顧問しててね。ピアノが専門なんだ、ヤツは。」

「へ〜、先生か。それは惜しいですね。
ここの専属だったら演奏目当てでお客さんが増えそうなものだけど。」

「こらこら…ここは俺の店。」

マスターはそう言いながら零一を横目に手早く「レモネード」を作る。
ある人にしか作らない特別なメニュー。

「ほい。これを奥のお客さんにお出ししてな。」

「はーい。」

零一の演奏が店内に響くのを聞き入ってるのは店の中の客だけではない。
ピアノのある場所と壁一枚越しに息を潜めるように彼の演奏を聞き入る少女がそこにいる。

「あの〜これマスターからです。」

「…ありがとうございます。」

はレモネードを受け取るとその温かさにホッとする。
すぐ側で恋人のピアノ演奏。自分がこんな所にいるなんて知ったらどんな顔するだろう。
本当は去年のように店内で聞きたかった。。
二人で店を訪れて…マスターが零一を促してピアノの演奏をして。
はそれを見つめて…そんな想像を今年のイヴも夢見ていたのに。
今年は身を潜めるように店の通路に独り陣取っている。
マスターの計らいで電気ストーブを据えてもらった寒い通路。もともと押しかけたのはの方で

『25日に迎えに行く。ゆっくり会おう。』

なんて…聞き入れられなくて珍しくは抗議とも取れる視線を彼に送った。
もう生徒ではない彼女は理事長邸のパーティーには出れない。
零一と会う時間は短くなっても夜なら会える。なのに。。。
彼の口から出たのはとても正論で…の返す言葉は全て説き伏せられ頷くしかなかった。

(演奏が…終わった???)

拍手喝采の中でどうやら演奏は終えたようだ。しばらく耳を済ませていたがどうやら2曲目はない様子。
もう少し…彼の息吹を感じたかったにとっては至極残念。
と、数分たったその時。

(電話!!!)

突然、の電話が鳴り出した。
店内はまだ音楽が流れてなくていつもより着信音を大きくしていたは焦り気味に鞄を探る。

(音量大のままだ〜!)

と、急に店内にジャズが流れ出す。まるでの着メロを多い被せる様に。
は少しホッとした様子で落ち着いて携帯を取り出す。折りたたみの携帯をパッと開けると。。。

(零一さん?!)

ギョッとしてそのまま出ずに鞄にしまう。こんな所で出たらバレバレだ。
しかしいつまでも鳴り続ける携帯にの心中は穏やかではない。

「どうしよう…。」

(諦めてくれないかな〜。)

「なぜ出ない?」

「は?」

血の気が引く…という感覚をは身をもって感じる。
好きな人の声が頭に響き渡る。幻聴でも何でもなくて…背中に物凄く気配を感じる。

「まさかとは思ったが…ここで何をしている?。」

「零一さん…。」

ビックリして言葉も出ない。手元のレモネードを見て零一は大きな溜め息をつく。

「それを飲んだら家まで送ろう。表で待っている。」

零一はそれだけ言うとその場を後にする。怒鳴られても呆れられても仕方のない場面。
は携帯とレモネードを持ったまま呆然と彼を見送るだけだった。



「マスターさんは怒らないであげて。」

沈黙のままの二人の空気を破ったのはの方だった。
店を出るとコートに身を包んだ零一が待っていて彼女を見ると何も言わずに歩き出す。
自然ともそれについて行くだけで。居心地の悪い空気が彼女を包んでいた。

「あんな所で…風邪でも引いたらどうする。」

「ごめんなさい。。。」

シュンとなってとぼとぼ歩くであったが突然、目の前の零一の背中が障害となってドンとぶつかる。

「零一さん?」

「私は…別に怒っているわけではない。」

「わ…!」

突然の零一の抱擁。シ…ンと静まり返った路地裏に二人の白い吐息だけが吐き出されては消え。

「ご両親に何て言って出てきたんだ?心配されるだろうに。」

言葉と行動が裏腹で。はドキドキしながらも抱きしめられるままで。

「両親も弟もそれぞれのイヴを過ごしてて今夜は家にはいないから怒られはしないの。
私も昼から友達と会ってて遅くなるって言ってあるし店に入る前に電話も入れたし…。」

の言葉にも表情を変えずに聞き入りながら彼女を見下ろす零一。
長いまつ毛を震わせて彼と目を合わせられないでいる彼女。
普段より背伸びしたお洒落は去年のクリスマス…それ以上にキレイになっている。

「友達?女の子?大学の…か?」

「女の子、、、と………男の子も…いた。……けど。」

の言葉が語尾になるほどフェードアウトしていく。
それでも彼が一語一句聞き逃す事もなく気がつけば彼女の顎をに手を回しキスしていた。

「…ん…。」

いつもより深くて長い口付けはに立つ力を失わせていく。
それでも恋人の腕の力に支えられてようやく立っている感じで。

…すまないがこのまま帰せそうにない。」

「え?」

「私の部屋に来るか?」

零一の腕の中でまだキスの余韻も残っているのに…。
はどう答えていいかわからないようで戸惑っている。

「ツリーも何にもない味気ない部屋だが…君と過ごしたい。」

「あの…あの〜〜〜。」

真っ赤な顔をしてうつむいて…でも拒否されてるわけでもなくて。
零一はそんな彼女の頬に軽くキスを落とす。

「わ…わ〜!」

「イヴに会ったら帰せそうにないから自分の勝手で言い訳つけて会うのを自制してたんだが…
君の方から私の目の前に飛び込んできた。
電話で声が聞ければいいと思ったら君が…あんなところにいたから。」

思い悩んだままのが可愛くて手放したくなくてありのままの言葉をぶつける。

「無理にとは言わない。決めるのは君だから。」

はうつむいたままで…でも零一の腕を離せないままで。

「ズルイ、零一さん。断れないのわかってて聞くのはズルイ!」

「ああ、私はズルイ男だ。君にそんなにキレイな姿を見せられたら誘わずにはいられない。
だから断られたくない。」

そう言うとうつむく彼女と同じ目線にかがんで軽く口づけする。
は頬を更に赤く染めながら彼を見上げる。

「…一緒にいたい。」

「ありがとう。」

は彼の腕を取りそのまま寄り添う。零一は彼女を促すように再び歩き出す。
と、その時。

「電話?!」

携帯の無機質な呼び出し音が響く。今度は零一の方。
彼は画面を見ただけで電話に出ることもなくそのまま切ってしまった。

「出なくて良かったの???」

「見知らぬ電話番号には出ない。」

そのままポケットに携帯をしまい彼女を見下ろす。

「零一さん?」

「メリークリスマス、。」

「…メリークリスマス。」

「君と一緒にいられて私は幸せだ。」

「私も。」

二人は再び口付けて…と、同時に零一の時計が0時を過ぎた。
時間の制約から解き放たれた恋人達の時間はゆっくりと流れ出していた。