降りしきる、梅雨空の下
私の傘は、とうとう首の部分が折れてしまいました。
以前から、骨の部分が2ヶ所骨折して痛い痛いと泣いていましたが、私はまだ大丈夫と言って働かせていました。
思いおこせばこの傘との出会はもう10年以上前になります。
私が学生であった頃のことです・・・。
どんよりとした、湿った空気が私の体のまわりを取り囲み、いつまでたっても降りやまない雨の日の午後の事です。
私は、学生食堂で傘を入口に置いておきB定食を食べていました。
B定食とはお汁とコロッケとほうれん草の定食で、コロッケは箸でつつくとすぐにお皿に衝き抜けてしまうような、そんな愛らしいスリムな体をしていました。
それはさておき,生温いお茶を飲んだ後、出ようとして傘置き場に行ったら、
なんと!! 私の傘がなかったのです、私は誰かが間違えて持ち帰っていったのだなと思いとっさに似ている傘をさらいました。
それから この傘との出会がはじまったわけです。
山など草深い所に入っては 傘で蹴ちらして酷使したり、ひどい事に雨よけに使ってしまいました。
おかげで、私の傘は6日間風邪をひき肺炎になりかかりました、そのとき私も傘子の脇でびっしょりと濡れながらも看病していたものです。
あの楽しかった傘子と旅した雨の御堂筋・雨の西麻布が脳裏を走馬燈のようにかけめぐり泡のように現われては消え、現われては消えていきました。
そんな傘子の思い出に襲われ、何時しか、カビた蒲団を被り泣いていたものでした。
傘子が、哀れであればあるほど私は傘子に思いを寄せ始めていました。
ある日私がレインコ−トを着て出かけようとすると、傘子はよく焼餅を焼いていたものです。
そうこうするうち、 私と傘子との間には 愛・・・・・・?と言ってよいものかどうか、ある種の思いが芽ばえてきました。
傘子から伝わる雨だれの音は、外からの雑音を総て消し去り心地好い響きに安堵を覚えていました。
そして何度も役場に婚姻届を出そうとしましたが、絶望的な事に気がつきました、、、
傘子の前夫の行方がわからないのです。
学内食堂の掲示板に、"スイマセン、私はこの傘の前持主を捜しています"と張ろうとした矢先に傘子は他界しました。
私は1人で傘子のお通夜をして目は真赤になってしまいました。
雨の日に傘をさしていない男、それはきっと傘子の前夫だと思います。
もし、見かけましたら私に御一報を下さい。
エ!!なんで首が折れたかって? それは私が傘を杖にして私の体重がのしかかったのでポキリと折れたのです。傘を杖の変りにして歩くのはやめませう。
そして過日、私の食糧貯蔵庫であるス−パ−マ−ケットで透明の¥580の傘美とお見合して現在つきあっています。
私は目玉焼が食べたくなりました。そして卵を割ると・・・・
黄身子と白美はいつも仲好しです。黄身子と白美は何時も一緒にいます。
ラ−メン風呂に入る時も、フラダンスに行くときもいつも白美と一緒です。
でも、黄身子は神経質なので一緒にお風呂に入るのは好きではありません。
白美は悪気はないのです、いつも黄身子と一緒にいたいのです。
黄身子のようにあんなに丸くて奇麗で皆に好かれるのが羨ましくてたまりません。
白美は、黄身子から離され黄身子だけかわいがられる時もありますが、白美はじっと耐えています。白美を邪魔にする村人達がいっぱいいるのです。
時々、箸雄が黄身子と白美の間を引っかき回します。すると黄身子と白美はいよいよ離れられません。この状態でお風呂に入ると一生離れられません。
このように何故黄身子だけが好かれるのでしょうか、白美も大好きと言われ方も多いのですが、何しろ白美ははにかみやなので熱い場所に連れていかないとどこに白美がいるのか解らない時が多いのです。
また黄身子と白美のお家は、なんであんなに白くて脆くてゴロゴロ転がってしまうのでしょう、あの殻子の頭はどっちがお尻でしょう。また私はなやんでしまいます。
そのようなことで、冷蔵子さんちの玄関に1年前から黄身子と白美の家があります。
もうあの家は古いからやめなさいと人々は口をそろえます。
私は、目玉焼にして黄身子と白美を離してやろうと思いますが、村の人々はもう遅いから新しい黄身子と白美さんにそうしなさいと言います。
こんなに黄身子と白美がかわいそうと思うのは私だけでしょうか・・・?
夏もまっ盛り、高校野球は今やたけなわ。。
そんな中で、私は空腹を懲らえきれずにある食堂に飛込みました。
食堂の中には、お暇そうなオジサン達約5名が熱心にTVに見いっていました。
「ア−−−−ァァ、、」もう、オジサン達の目は 童心に帰り生き生きとしていました。
オジサン達の心も体も甲子園の中です。
「ラ−メン1つ・・」そんな中で、私は麺とお汁を2回食べたという感触を味わう事の出来るラ−メンを、頼みました。
冷し中華は、お汁が少ないので私としては好きではありません
応援団が、画面に出ると私はハットしてTVの方に振りかえります。
大事なものを見逃のがすことは、許されません。。
私の経験によりますと、TVより下方11度付近から見上げるのが最も良いのではないかと思います。
そんな中で、焼豚を後で食べるように箸で岸のほうに上げた頃でしょうか、、
「フ−−−暑い、暑い」40、50代のオバチャンが、ハンケチを振りながら片手に弁当を持って、TVの前の椅子にすわりました。
ガチャ、、ガチャ、、突然そのオバチャマはチャンネルを変えてしまいました。そのオバチャマは、何をかくそう その食堂の店員さんなのれす。
横にいたオジサンは「ア−−−、、と歓声を上げていた所なので、口を閉じる事が出来ません。
オジチャマ達は、唖然としたようすで箸が宙にとまってしまい、心が甲子園に行ったママ、帰る事ができなくなってしまいました。
別に、オジチャマ達はその食堂に迷惑をかけているようでもなし、長居をしているようすにも見えません。
どんな心臓をしているのだろう・・私だけでなく、オジチャマ達もそう思ったに違いありません。
オバチャマは、まるで気にもせず黙々と食べていました。
私は最初に食べ終り、帰ろうかと見回すと、オジチャマ達は、まだ何事が起ったのかわからないような目をして、寂しく食べていました。。
このオバチャマは、きっと凄い人だろうな・・ト思いながら食堂を出ていきました。
やはり、まだ冬、木枯しが私の体を衝き抜ける、そんな寒いころ、
あれは確か3日前です、私が夜空を見上げながら歩いていたところ後ろから声をかけられたのです。
それは、風邪子。。
彼女は風邪子といい町の嫌われ者という噂を何度も耳にしたことがありました。
でも私は女性に声をかけられたことがなかったので、彼女とセイジについて暫く話していました。。。。
時間もたち、私は帰ろうとすると一緒についていくと言うのです。
私は世間の手前拒みましたが、女性には縁がまことに薄いので・・・・・・
連れてかえりました。
風邪子は、私の家に入ると朝が明けても出ていきませんでした。私もそのことについて何も言わず風邪子の気のすむようにしていました
それから、風邪子との生活が始まりました。
始めの頃は、気にも止めなかったのですが、風邪子はよく悪戯をするようになりました。私の鼻に水をながしたり、紙撚りを入れたり、頭が痛くなる事ばかりするようになりました。腰もフラフラでひえひえになってしまいました。
私は、風邪子の悪戯に我慢が出来なくなり、頼む!!別れてくれ! ト 頼みました。
でも彼女は、別れない!あなたが好きヨ!! ト 言いました。私は感激してしまいました、今まで振られてばかりいたのに・・・・・
風邪子は私を愛し、私も風邪子を愛しはじめました。
彼女は小悪魔的な女でした。私は彼女にとりつかれ、体は何故かボロボロになり・・・
どうしたらあの彼女の、うつろな瞳・妖精のような黒い髪・XXから逃れることができるのでしょうか?
こんな私を、惨めで悲惨でそれはもうかわいそうな病人だと思います
| また風邪 |
風邪子との愛の生活は、もう一週間たちました。その間色々な事が起りました。
たばこを吸うのを忘れるくらい風邪子が好きになり、食事も喉を通りません。
風邪子との生活は、朝から晩まで一時も離れたことはありませんでした、が!!しかしこの頃、風邪子との間がシックリしません。私は何故だろう? と考えました。
そういえば、数日前私は体温計子に好意トいうものを感じました。計子は、私の枕もとで時折声をかけてくれました。音頭をとって歌ってくれた事もありました。
そして時々彼女とつきあい始めました。最初は腕を組むくらいでしたが、そのうち計子と接吻してしまったのです。あれは確か38度しました。
ある日、計子と一緒にいたところ、いきなり風邪子が入ってきました。風邪子は、また気が変ったら呼んで・・・ト、それはアッケラカンとした感じで・・・
そう言い残し去りました。
風邪子はきっとまた戻って来ると思います。それまでに・・・風邪子に気にいられるようにモット体力をつけようと、私はフト思いました。
風邪子だけが私の最愛の人だから・・・・・。
| ゴキブリ |
実に暑くなりましたネ、、冷房をかけないと蒸風呂です。
理科年表によると、名古屋の最高気温は1942年8月2日に39.9度だそうです
昨日、台所の横で、ゴキゴキが考え事をしていました。
私は電撃的ショックを受けてスリッパで叩き潰しました。
蝿も1匹、電気の回りを元気に飛んでいましたので、新聞紙をまるめて叩きました
夏になると、殺虫が多くなります。 そのうち反乱虫に復讐されるかもしれません
私が虫だったら、ネバネバの刑や、煎ぶりだし、水攻めは受けたくありません。
一撃で苦しまずに世を去りたいと思います。
以前、私が流しの隅に置いてある生ゴミをあさっていたら、「オ−−イ オ−−イ!」ト声が聞えました。
行ってみると、仲間のゴキ太郎がホイホイ館の中でもがいていました。
私は、「今、助けにいくからな!!」と声をかけましたが心の中では、どうやってこの場を去ろうか、かけ声とは裏腹に考えていました。
ゴキ太郎は、次第に力尽きて私に細々と語りかけました
「俺達ッテ、ドウシテ嫌われるノダロウ。玉虫なんかは好カレルノニナ−、、
体の光沢ナンカ、自慢デキルノニナ−。、 チカラダッテ、かぶと虫ナンカニ負ケナイゼ」
そう言って、ゴキ太郎はホイホイのベットリに顔を埋めたままになりました。。
ゴキ太郎は、昔人間にスリッパ攻撃をされ 遂に壁の端まで追い詰められた事がありました。
その時、ゴキ太郎は「もう 終りだ・・」ト思って飛び立ちました。
すると人間は、もの凄い悲鳴をあげて逃げていき。ゴキ太郎は、一命を取り止めました
それ以来、私達に「危なくなったら、飛べ!!!」と教えてくれたものでした
私は、ゴキ太郎の冥福を祈り 「運命って、こんなものか・・・」とつぶやきながら、ホイホイ館に「危険! 近づくな」と張紙をして去りました。
もし皆さんもゴキゴキに生れ変ったら、羽を広げて人間を驚かせてあげましょう
寒い寒い冬の夜・・・
午前0時30分、私が寝床に入る時間です。
電気を消し眠っていたところ、突然!!「ゴックン」と音がしました。
私は驚いて電気をつけました、その音は灯油温風機が悲しみをこらえて泣いて灯油を飲み込んだ音だったのです。
私はなんでそんなに悲しいのか聞くと、、
温夫(アツオ)はヒトリボッチで辛いのです。彼女が欲しいと私に言うのです。
私も彼女がいないのだよ、と言うと二人でオイオイ泣きました。
温夫は、冷蔵子が好きだと打ち明けました。その時また彼は「ゴックン」しました。
私は冷蔵子はお前より10歳年上だよと言うと、彼は愛に年なんて関係ないさ、と静に語りました。
しかし、私は温夫と冷蔵子が一緒になるのは反対しました。それで私は、DON子を紹介しました。しばらくは温夫はDON子をモミモミしてつきあっていました。
そして数日後、温夫はまた泣いていました、DON子は数日たつと人が変ったように冷たくなると言うのです。
私は困りはてました。
温夫は電熱温風子、風子を紹介してくれと頼みました。私は彼女は高貴な人だからとまた反対しました。
温夫は怒りました、じゃ傘美を紹介しろと迫りました。
私は考えた末、湯沸子を紹介しました。温夫は喜びました。
数日後、温夫は私にお礼の手紙をくれました。
そして数日後・・・・・温夫は、彼女にふられてしまったと言いました。
なんでも、寝ている間に「ゴックン」するからだそうです。湯子は気になって眠れないと怒ったそうです。
私は灯油を抜いたら、と言うと温夫はそれでは扇風機になってしまうし、冬のお仕事がなくなり失業保険も入っていないと沈んでしまいました。
こんな温夫が、とってもかわいそうだと思います。
不思議なものですね、私は今まで(1年程前)電話というものがとても嫌いでした。
特に電話が、鳴っただけで電気ショックを感じるほどのショック症状が、ありました何故かと言うと、、、暗い思い出があるからです。
昔は、電気ショックに馴れるため9Vのとらんじすた−電池を、舌の先につけて馴れようと努力したものです。
あの感触がたまらなく好きだったのは私だけではないでしょう。。
私は病み付きになってしまい、筆箱に入れて授業中にナメテいたものです
そうこうするうち、私と電子の間に愛ト言っていいものでしょうか? そんな温もりが伝わりはじめました。 私の舌先は電子(デンコ)の愛による快い刺激(これを電気性味覚というそうな)をいつまでも続け舌先がマヒしだしました。。特に甘いチヨコに対して何も感じなくなってしまいました。
でも電子は御構なしに私に愛の伝導を続けます。
困り果てた私はマスクをつけて「今日は、風邪をひいているから・・」ト
ごまかしていました、、そんなある日。。
玩具売場に「健康的 電気ショックガム」が目に入りました。
私がそれに飛びついたのは言うまでもありません。。
しばらくは、つきあっていましたが 何故か電子のことが忘れられません。。。
舌先が、なおってきたからでしょう・・。そうして電子との生活が再び始ましたが、ある日、突然(トワエモアが歌っていた頃)急に電子が衰えてきました。
私は泣きじゃくりながら、天気のよい日公園に連れていったりしましたが、、衰弱するばかりでした。。
そして最後に電子は「さようなら、楽しかったは、、アナタダケヨワタシヲ最後マデ、 ツカッテクレタ人ハ・・・」と言うなり息をひきとりました・・
皆さんも、近くに電子を見かれたら、最後の最後まで看病してやって下さい
現在私は100Vの交流子と過ごしていますが、あまりにもはげしすぎて私は心臓マヒを起しそうです・・・・・・
雑踏の中で、フト私は一人になりたいと考えこむ。
どんなに待っていても、私に声をかけてくれる人はいない。いつの日か、私は一人だけで閉じ篭る性格に安堵を感じるようになる。
始めまして、私の趣味は壁のシミや天井のシミを 数える事です。
あまりにも面白いので今度デパ−トでフズリナの数でもかぞえようかト思っています。
でも時々 幾つまでかぞえたのか忘れてしまいます。その時は「もう やめようか・・・・」 と諦めようとしますが、とっても面白いのでなかなか止められません。
今度カウンタ−を買って かぞえようかとも思いますが、それでは数える楽しみがなくなるのでやめます。
特に楽しいのは凸凹になった壁がよく、もし自分が小さくなって虫さんのようになったら、この凹は洞穴や池で あの凸は山になるだろうな−−−−ト、一人ほくそえむのがなんとも言えず楽しいです。
何時もブツブツ独言を言っていながらかぞえているようですが、かぞえ終った時には自分が何を言っていたのか思いだせません。
そんな訳で小さくなった私は、大きな山を登って旅に出るわけでが やはり一番の苦しみは 行っても行っても山ばかりがあってオアシスがみつからないわけです。
時々地震でできたのかわかりませんが 旅を続けていると断層が発見されます。
小さい断層はイイのですが おおきいのは角度が90度になっているのでチョット高い断層は登れませんので このときには少々面倒ではありますが回り道をします。
でもナガ−イ断層の場合はズ−−ット続くのでとても大変だし、壁が異次元の世界にぶつかっている時もあります。
また地割れなんかも時々あり その中を恐々と覗くとイロンナ大きい岩や 大蛇のようなロ−プのような・・とにかく何か怪物が現われそうな雰囲気がします。
ロ−プが手の届くところにあれば 私はそれを掴み地割れや断層を越えるのに使います
でも かなり太いのでなかなかちぎることができません
時々、 もの凄い太くて大きい鉄の塔がそびえています
私は、「コレハ 昔 文明ガ アッタノダ」とメモしておきます。
そうこうするうち食糧がないので餓死した時もなんどかあります
幸運にも誰かが触ってくれたのでしょうか? ジャムや手垢がついている時がありますその時は、そこで一時飢えをしのぎ数日はそこで体力を回復するためキャンプします
時々モノ凄い大きなハエが近くに止り、私はビックリします
その時は岩場の影に息を殺して身を潜め はやく飛び立たないかト願うばかりです
なかなか水にもありつけません 梅雨の時期や、冬は暖房等で水分がわりと豊富なのでいいのですが特に秋や天気のいい日はみつかりません
そのトキは、私自身 芽胞 と言う化石みたいなものになり生命維持を暫く低下させて水分が見付かるまでジ−−ット待っているわけです
所どころにカビという 森林地帯があり その時にはウ−−−ントくつろげます
でもあまり大きな森林地帯だと道に迷ってしまいこれも困りますが・・・
かなり旅をするとビニ−ルで覆われた電線という大きな大木が横たわっています
その時私はおもわず歌を歌ってしまいます
「静けさヤ− 不知に ヨコトウ デンワセン」
長く終りのない旅であり、何も目的ナゾはありはしません
タダ 私は歩くだけです
今から思い起せば あまりオオカゼやオオアメはなかったようです。 道路でやればモットモット厳しい環境だと思いますが 車が通るので少し危ないと思いますし 時ドキ 邪魔をする人がきて病院に連れていかれそうなので なかなか出来ません
なにしろ1cm進むのに1時間は かかってしまいますから・・・
今度車に乗って出かけようかとも思いますが 車では大きな岩や地割れがあると結局歩くしかしょうがないですね。
私は旅に疲れて外にでもでようかと思いますがお庭に虫さんがイッパイいてたべられてしまいますのでとても恐いです
もし自分が大きくなったらヤハリ背の高いビルに登って外の景色を見なければ実感がわかないでしょう。。
モットモット大きくなったら、、地球からはみだしてしまったらどうでしょうか?
その時自分を何処においたらいいのでしょう。。
マゼラン星雲でしょうか、かみのけ座星雲群にオシリをのせるのでしょうか?
でもそんなに大きくなったら困ることがあります。 あまり自分の腕をブンブンと振り回すと手の先は光速より速くなってしまい 相対性一般論に反してしまいます
特殊論としてわたしのロ−レンツ収縮に対するエ−テルの風は感ずる事ができるのでしょうか。
またこの時私の手は、はたして動いているのかわからなくなってしまいます。 よってコ−ヒ−を飲もうとしてもどこに口があるのかわからなくなってしまい一度唇を火傷しそうになりました。。
そんなある日 何時ものように星雲を綿がしにできないかと思って何か棒を捜していたのですがなかなか見つかりません
またビックバンが始まった最初のかけらが私の手許付近なので それ以上いっても何もなくもう少し向うに行くと300億年前のビックバンという花火が見れます。
この前あやまって動いたら20コ程の星雲群を潰してしまいました。
怒られるから直そうとして握ったらブラックホ−ルになってしまい、 時々スタ−トレックがそれによって迷惑していると小耳にはさんだことがあります
恒星や惑星等はちいさすぎて触ることが出来ません
あんな小さい所に何かいるようなのですが、見ることが出来なくて残念です
顕微鏡を使えば見れるかとも思いましたが、分解能がひくすぎて結局見れませんでした
だから私は一人ぼっちで寂しいです。
こんな私がとってもいじらしくって、それはもうかわいそうです。。。
| 餅子 |
今は11月
マタ 寂しい正月がまた来るな−−ト、破れたパンツとシャツを繕っていたところ。
戸棚から「どうしてくれるの?」と聞えました。見ると今年の鏡餅がプンプン怒っていました。
餅子は餅肌で大変人気がありました、でも私は餅子を一人占めしたかったので11ヶ月もの間、閉じ込めていたことを忘れていました。餅子はそのままにされ青白くゲッソリしていました。
でも元気に言いました「今度、餅美と浮気するのじゃないでしょうね!!」
餅子の感は当っていました、私はあるス−パ−で餅美に一目惚れしてX'masが過ぎたらドライブをして、その帰りに餅美を家に招待しようと考えていたところで、言訳ができませんでした。
「どうせそうだと思っていたわ、でも餅美さんが来るとき一体私はどこにいればいいの・・?」。
餅子は御美箱へトそんな恐ろしいことは言えません。
餅子は、既に華美男という恐いお兄さんと付き合っていたのです。
華美男は「聞けばコイツは、胡麻塩ばかり食っているそうじゃないか!!。餅美にもすぐに振られるヨ!! 餅子一緒に出ようぜ!!」ト、言い残し深夜の収集列車に乗り何処へ消えていきました。私は、重大な誤ちを犯しまた甲斐性がないのに嘆き、その晩はシクシク泣き続けました。
そして数日後、餅子から手紙がきました。
「前略 貴方と別れて本当によかったです、それではサヨウナラ」
・・・こんな私がかわいそうで・・・・ヤッパシだと思います
| 敷布 |
寒い冬・・・
拝啓
風雪寒朝冷水の砌、皆々様いかんともしがたく温熱暖の助けをかり蒲団の中に芋虫の如く伸びたり縮んだり折れまがったりで朝を迎える事と存じ上げます。
しかるに、努力の介なく私は腹に手をばあてて華美ブトンにうずくまっている次第であります。
特に寒い朝は、足温器を抱き抱えふとんをカマクラにして或いは防空頭巾にして世をはかなんでをります。
コ−ヒを飲みに台所へ行くのにも、毛布を全身に巻、まるで蓑虫です。
毛布と言っても、実はこれ コタツの敷毛布なのです。だから正方形でなかなか使いごこちが悪いのです。
ナンドも変えようとしましたが敷子がイトシイのです。
敷子は、貴方も御存じの通りおおらかな子であります。
でも布美と比べて何か冷たいのです。 敷子は何時も朝私の足下・横・脇にいます。
「オハヨウ!」 何時も私と一緒です。
以前、私はタバコを吸っていた時 敷子に火傷をさせてしまいました。
でも敷子はジット我慢して、私が気がつくまで何も言いませんでした。
おかげで敷子の首筋には今でも痛痛しい火傷の跡が残っています。
敷子はお風呂に入りたいと言います。でも私は敷子がお風呂に入るとその晩、とっても寒いのです。
私は「そのうち、入れてあげる」ト ごまかしています。
さて、そこでお願ひがあるのですが 敷子が風呂に入る間 布美さんとお付き合いしたいと思います。
またのオ便り マッテマス。
寒さ厳しき節、 皆々様御自愛の程を・・・・・
敬具
最も美しい死にかた、、それはミイラになることでしょう。。
最も美しい生きかた、、やはり死に急ぐべきでしょう。。
ト、、言う訳で 私の生活環境は依然として変わらぬ毎日が続いてオマス。。
そんな昼下がりの地下街で、、私はコーヒーを注文しました、、
そこには、前の客の食べ物の残骸が倒れていました。。
私は、、可愛そうに・・救ってあげよう、、、ト思った瞬間。。
どこから現れたのか、、無愛想なウエイレス嬢は私の右横前に立ちはだかりました。。
ビックリした私は、「ゴメンナサイ!!もうしませんから」というアピールを全身で表現しました。。
ウエイトレス嬢は、、そんなことにはかまわずに、、私と愛を語り合った食器達をさらっていきました
お客さんの手でもみくちゃにされたオシボリは、、挙げ句の果てにテーブルの上をふく
雑巾がわりにされるのは、、チト可愛そうだとは思われませんか、、
オシボリにもプライドがあるのです、、あの白い純真無垢な肌にソースや醤油の跡を付けるなんて事は、、許せまヘン!!
オシボリの運命、、それは人生に疲れ、汚い大人の社会にモミクチャにされた虚しい運命を象徴しているのかもしれません。。
私は、、大人なんかになりたくない、ト、、かたくなに心を閉ざしてしまいました。。
本日は、よいお天気すがすがしい五月ではない睦月晴れ
青い空に、真白な雲、焼け付くような日差しが私を囲む。もうすぐ入道雲です
そんな下で私は一人・・ クク・・シクシク
明日の食糧であるパンと牛乳を買いにス−パ−へ行くのは、私の日曜日の日課です。
他には・・何も有りません・・
自動車は快いツインカムサウンドの雄叫びを上げ一路ス−パ−に行くのである
バス停にはミニのオゼウサンがいる、、ウ−−ムもったいないト気を取られていると前方30mに雀が道路の真中で昼寝していました。 危ない!! 現在時速35Km
3.1秒後に雀と車の相対位置が同一空間となり、かつ自動車は圧倒的に雀の質量を上回っている。このままでは3.1秒後に雀は生命維持装置が破壊されてしまう。
どうしよう、、私はおもむろにバックミラ−を見た。
いかん!後方10mに赤のアベックの車が後に続いている。
もし私がここで急ブレ−キをかけたら、モシ後続の運転手が下手糞で私の車の後ろにへっついたら、、そしてその時には既に雀はビックリして飛び立つであろう。。
証拠は何も残らない、しかもアベックの男は助手席の女となにやら喋っているようだ。
「真面目に運転しろ!」私は憤りと嫉妬でいよいよ判断がつきにくくなりました。
その場合私の立場はどうなるであろう、無意味な急ブレ−キとして怒られるに決っている私は前方の雀の目を見た。
雀は、実は昼寝ではなかったのです。彼女雀とまちあわせていたのです・・
「オソイナ−チュン、オット! 車ガクルチュン アト3.0秒デ ツンツンスル!」
彼の判断は正確でした、私は私自身の空間で雀と接触するという想定で計算していました彼は、自動車の前部バンパからの距離を計って計算したのです。
「アノ 馬鹿ナニヲ、 モタモタ運転シテルノダ!」
私は第二次計画に移りました、車を右に左に傾ける計画です。
しかし右には所々に路面駐車の車があります、これは非常に高度な運転テクニックが必要とされるようです。
すなわち私の車の左側面は、駐車している車の右側面に対し最短距離は122cm有りました、よって車の速度から急ハンドルだとsin/cosの方程式により車と車が摩擦現象を起します。
また緩やかにハンドルをきっても、雀から遠のくのは知れています。
そこで第二次計画第二項の、右に車を傾ける事にしました。幸い対抗車線にはこれより35秒間は対抗車がこないようでした。
そしておもむろに右にハンドルをきると、ナント!雀は同じ方向の上空 路面より10cmに飛び立ちました。危ない!!
「アノ パ−は、俺ヲヒキコロス ツモリカ!」彼女ハ今頃オイシイ虫デモ 見ツケタノダロウカ・・
ソレニヒキカエ 俺ハ アンナ ポ−に・・ナンテ 私ハかわいそうナンダロウ。
後2.5秒私ハ、アト140cm上空ニ飛ベバ助カル。
ソウスレバ彼女ニ 会エル。私ハ翼ガモギトレルホド バタバタシマシタ。前方カラハ黒イばんぱ−ガ、私ヲ追イカケテクル。
モウ少シ頑張ロウ。コンナ所デ待チ合セ スルンジャナカッタ・・
私は、雀が怒っている顔を見ました、というより必死に飛び立とうとしていました。
後1.5秒、私は第三次計画に移りました。
ほんの少しのブレ−キとアクセルから足を離し、クラッチをロ−ギヤに
しかしこの計画は無理でした、私の左手はそんなに速く動きません。
そこで第四次計画、、、、このままにしよう・・・
インパクトまで0.5秒、雀の必死の顔が目の前に迫ってきました。
フ−ヤットばんぱ−ヨリ20cm上がった、後残ルハさいどみら−カ・・
イカン計算ヲ間違エタ! 今度翼ヲオロスト車ニ接触シテシマウ。
少シデモ触ルト確実ニ私ハ、マキコマレルダロウ。
私ハ、必死ニ動カシテイタ翼ヲ急停止シマシタ。シカシ車ノ窓ニ激突スルノモ時間ノ問題私ハスデニチカラツキタ・・
フロントガラスまでのインパクトは、0.1秒。その時雀は、私を見ていました。
「コンナ男ニ・・・」私は一瞬目を反らしました。「私がドジでのろまな亀なのよ」
インパクト!!
ト思ったら雀は車の天井の上に逃れ飛び去りました。どうやら風圧の計算を両者共計算に入れていませんでした。
神よありがとう!自然の法則は如何なる時にも存在していたのです。
ヤレヤレ命ビロイシタゼ・・コレカラハ気負ツケヨウ
雀は空たかく舞上がったようです。私はパンと牛乳を手に入れる為ひたすらハンドルを握り一路ス−パ−に向かいました。
過日雀から手紙がきました
「バ−−−−−カ。。」私は、これでよい・・・これでよいのだと、胸を痛めました。
| バレン タイン |
2月14日より少し前のことです
私が、ス−パ−で買物をしていると私の貧相な顔・服装を見てカワイソウだと、思われたのでしょう。 エプロンを付けたおばさんが、「これでも、食べていきなさい・」
ト、私に焼たてのウインナ−を2個くれました。そしてコ−ヒを1杯くれました。
「有難う!」これで今日の食事はタスカッタ!
おもむろに歩いて行くと菓子を置いてある所に ナント!! あの憎きバレンタ・チョコがありました。
関係ナイと行こうとすると、、、、、
「アラ? 私達今まで男の人で知らない人はいなかったけど、初めて見るわ」
私は心臓がドキ!っとしました。見るとチヨコ達が、私に向かってボソボソ喋っているのです。
「イヤ、私は甘いものが嫌いです」ト言訳するとチヨコは、「何言ってるノ! 好き嫌いの問題じゃないわ」 とガヤガヤと騒ぎ始めました。
「ウルサイ!俺はアメを買いに来ただけだ」と約5m離れました。
チヨコに気づかれないように、私は横目で彼女達を見ました。。。。
何て奇麗なお家に住んでいるんだろう。。。。
誰の手にチヨコが入るンだろう? と思うと何故か私の目頭は熱く・熱くなりました。
「チョイト チョイト」 後ろから声がしました。それはの−まる千代子でした。
「嘘ついちゃダメヨ、わかってるんだから」私は千代子さんとは、時々デ−トしていました。 するとそれを聞いたチヨコ達は、又ワイ ワイと騒ぎたてました。
「おかしいわね−、会ったことが無い人がいたんだって」「デモ、見て!」「それもそうね、あれじゃ−」「どうして 生ているのカシラ?」
私は、恥しさのあまりそのス−パを逃げだしました。「何でアノ日がアルンダ! バッキャロ−」・・・・
外は、雪がただ何も言わず シンシンと降り注いでいるだけでした。
私は、しばらくス−パ・百貨店に行かない事をカタク決意いたしました。
内臓破裂−−−1
頭部挫傷−−−2
腹部骨折−−−2
よって、即死 5
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私は、卵子達と楽しいドライブをしていました。
卵子達は、後ろの座席でにぎやかにはしゃいでいました、、
「ネエーーこのまえの宇宙人失礼しチャウワヨ、、」
「ソウソウ、、わたし達の事を鳥類の うんち ダト報告シタノダッテ」
「エーー、、ヤッダーーー、、ウッソーーー」
「科学が進歩しているわりに、頭ヨワイノネ。。」
「デモ、間違っていたことに気付いて 赤くナルノ、、カワイイーー」
「今度の土曜日、、デートにサソッチャオウかな、、」
「エーー、、ヤッダーーー、、ウッソーーー」
「ネエ、、運転手サン、、もっと静かに運転シテヨ!!」
「すんまへん、、早く帰ってスクランブル・エッグを食べたいサカイニ、、」
そんな、楽しいドライブの途中、前方にある信号が黄色に変わりました。
何時もなら構わずに、走るのですが、左にミニパトが昼寝していたのでブレーキを踏んでしまいました。。
すると、、
「ギャァーーーーー!!!」
それは、、恐怖の叫び声でした。。そう、、みなさんの中にも聞いた方がおられると思いますが
あの恐怖の「割箸の股裂き」です、、
最も痛そうなのは、やはり割箸の先をおもむろに掴み、
ゆっくりでも無く、速めでもなく。。
調度いい速さで、ピシピシと裂くと非常にいい、 痛そうな叫びをしますので一度試してみて下さい。。
そんな事はさておいて、、卵子達は後ろの座席から滑り落ちてしまいました。。
「オーーイ、、大丈夫か!!」・・・・・
私は、透明パックの中に地獄を見ました。。内臓破裂、骨折、陥没、、、
その晩、、私は2個の卵焼きの予定をしていましたが、、ぜいたくに5個の卵焼きに変更しました。。
無事事故からまぬがれた、5個の卵子達は現在 冷安室で仲間の冥福を祈っています。。