あれは、何時の事だったでしょうか。確か今日のように雨がシトシト降る晩でした。

いつものように、食事をし終ってお皿を洗っていました。

ママレモンをきらしてしまい、洗濯石鹸で洗っていました。

お肌が荒ないか、とっても心配な夜でした。くもりガラスからは、時折車のライトがあたりそれは寂しい夜でした。

その時私はフト思いだしました。それは何時の日だったでしょうか、、

あの晩も、このように雨が降り続いていました。

いつものように、風呂に水を入れながら考え事をしていました。

どうせ雨が降っているから、表に石鹸をもって外で洗ったほうが経済的ではないだろうかト言う人生に対する疑問を感じました。

何時の雨でしたでしょうか、あの晩はとっても寒い夜でした。

いつものように足温器を抱き締めて雨垂れの音を子守歌がわりに聞いていました。

サ−−という音は、ステレオの雑音と同じような音であるにかかわらず。暗く静な心地好い音でした。

その晩も、同じような雨の日でした。

暑くて寝ぐるしく、蒲団は腹の上だけにして寝ていました。時々うるさい蚊が耳元で飛び回わり寝つかれないよるでした。

あの時も雨が降っていました。ゲタを履いて傘をささずに海岸を歩いていました。

夕暮の海岸は、泳ぐ人も少なく。ただ名残を惜しむ人が帰り仕度をしていました。

何時の晩だったでしょうか、道路のデコボコに雨水がたまり歩道を歩いていた人に水を引っ掛けてしまいました。私の責任じゃないさ、、みんな雨がワルイのさと非情のドライバ−だったのは。

確かあの時も雨でした、一時停止せずに走ってダンプと接吻したのは。

雨の日は見晴らしが悪いものです。あの時も霧の雨でとても視界がわるうございました。いったい何時だったのでしょうか?

 次の日に遠足に行ったのは・・・

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読書感想文

 私は、この本を読み終えて作者は一体何を訴えたいのだろうと考えました。

今まで、私は朝起きたら朝食をすまして学校へ行き。昼食を食べて授業を終え、そして何時ものように家へと帰る。晩御飯が終ると風呂に入り寝床につき朝を迎える。

その繰り返しでした。

日常の出来事が、こうも単調に続いて良いものだろうかという不安をだかえながら。

日々の出来事は、何時ものように何時もの時間、何時もの場所で起り続けて、そして明日もその出来事は、続いていた。

しかし、その出来事というものはどうも自分だけが、勝手に決め付けていたのではないだろうかと感じました。

一歩進んで、または一歩後退してその出来事を観察、思考すれば今までの単調な暮しは一変してくるのではないだろうか。

道路に水たまりがある時、私は何時もはそれを避けて通るのが常でした。しかしその水たまりを飛びこえるとか、踏み付けるなんて事は今まで私の生活から思考から外れた考えでした。 ましてや、その水を飲むとか行水をするなんて事は考えた事もありません。

今までのわたしの行動は、これで正しかったのでしょうか。

正しかったとすれば、これからも単調な生活が続くでしょう。

別に単調なことが、悪いのではないのですが。もう一度自分というものを見直す為にも一歩違った場所から私を観察してみなければと感じました。

主人公である彼の苦しみ、努力は大変なものだったと思います。

どうして彼は、あの時「・・する」ト決意したのでしょうか。私には理解できません、自分から進んで火の中に飛び込むような事は、、

しかし、彼の行動は後になって正しかったと感じました。

それは最後から5ページ目ぐらいだったでしょうか。。

最初の13ページ程までは、つまらないからモウ止めようか。。そんな思いが脳裏をかすめていました。

だが次のページをめくった瞬間

私は今までの登場人物を総て忘れてしまいました。コレハ遺憾と思い読み直そうと決意して最初のページに戻りました。

するとなんてことでしょうか、時間が逆行して元に戻り同じ事を繰り返し始めたのです。私は恐る恐る再度読み直してみました。

読み直す程に、時間は逆行しまた主人公達はくどいほど同じ事をするのです。

あまりもの驚きに私はよだれを垂らしていました。

心を落ち着け私は仮説をたてました、最後のページにいけば時間は相対的未来になっているだろと、、

しかし読んでみるとなかなか日付が書いてありませんでしたが、この仮説は正しかったのでした。

よって後ろから本を読めば、私は逆行する時間を体験できることに気がつきました。

「太閤記」などは、可愛そうでした。どんどん位が下がってしまいました。

そんなわけで、途中から最後へワープしたので一体作者は何を訴えたいのかわかるはずもありません。

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霊感写真

此の頃、また霊感写真というものが女性誌にはやっているようである。

女性誌と言って馬鹿にしてはイケナイ!!

たとえ、痩せる薬・方法の宣伝ばかりの本であっても、今や時代の風潮・主流は完全に女性上位時代に突入している。

車でも女性が、ダサイ!ト言えばその車の売上は激減するだろうし、ホカホカ弁当・パ−ト時代・行列主義・日本語の変化・等など

そんな事は、どうでもよいが前に述べた「霊感写真」についてである。

私が、考えるにはあれは霊では無い!! とかように思うわけであります。

では、一体なにが写っているのか? それは過去・未来の象限がカメラ或いは人の目に写るのです。

みなさんも、お気付きになった事はありませんか? 仕事をしている時にふと下のほうにゴキブリが・・・ 「アッ!! ゴキブリ」と思った瞬間目をむけると何もいない・・。

あの時は、実は本当にゴキブリが存在していたのです。但し違う時間帯に・・

それは、過去かもしれないし未来かもしれません。

もちろんその時、ゴキブリも「アッ!! 人間」だと思った筈であります。

つまり同一空間における、時間というものはやはり同一空間に存在しているのです。

今から10億年前は、この場所が海であったか山であったかは、知りませんが今もあるのです。ここで今もという表現はおかしいので、その空間を総称してイマモ空間と名付けます。

しかし霊感写真には、そんな古いのや未来なんかは聞いた事がないって?

チミ−−。。いいとこに気付きましたね。そうなんですどうやら、イマモ空間を現在イヤ、この世界からは、過去10年位が最も感知しやすいと思われます。

それ以上、または未来となると対数的に感知しにくくなるようです。

この仮説が、正しければ勿論地球は宇宙の膨張によって、または収縮によって同一空間に存在してはいないから、イマモ空間は慣性の法則によって、または空間の移動によって一緒に移動しているという事になります。

もう一度、人とゴキブリの接近遭遇を説明しましょう。。

人は86年9月26日3時25分15秒「アッ・・・ゴキブリ」と感じました。

ゴキブリは82年8月21日23時49分36秒「アッ・・・人間」と感じました。

人とゴキブリは、この瞬間イマモ空間の同一レベルつまり同一波長か、同一力量となり時間が交差したのです。

別にゴキブリでなくても、自分自身との接近遭遇も考えられます。

これをイマモ交差といいます。

しかし、その後何事もなかったようにその事件は終了してしまいました。。

これより、わかる事はイマモ空間が同一になってもエナジ−の増減はないように思えます。。また、その交差時間は0秒から0.01秒程ではないかとも考えられます。

その為、1/250の写真でも写るのです。

また、空気と空気だけのイマモ交差を起すのが殆どである為、人類には感知出来ないとも言えます。

動物なんかは、イマモ空間を見る能力が大きい為、地震予知等ができるのではないかとも

また、UFOもイマモ交差による未来をみたのではないかとも考えられます。

空間と一緒に移動すると述べましたが、少しズレても問題はないでしょう、、エナジ−が変化しないからです。その場合は、宇宙空間との交差もあるでしょうから、かまいたちで怪我をするかもしれません。

つまり私が言いたいのは、過去も現在も未来もイマモ空間では、総て存在しているということです。

その為、昔自分が「アッ!! 今のはなんだったのだろう」と思ったときの場所に行ってみて下さい。

もしイマモ空間が、そこで交差すればそれは今のあなたの影に自分が驚いていたのです。

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わたホコリの一生

 

そろそろ、太陽の日差しが強くなり薄暗い私の部屋にも締切った、湿きった窓の隙間から、光のカ−テンが差しこんできます。

明るい光は、暗い性格の私にとってナメクジに塩のような関係かもしれません。

そう、、まるで光によって私の心が溶けていくように・・・

私は何時生まれたのか、記憶にありません、、気がついた時には植木ばちの中にいましたそんなある日、私がろくに水がない乾燥しかけている土壌の中で木の屑をなめまわしていました。

「ホッホッホッ、、 ナメクジさん、、大変ネ、オナカが減っているノ?」

それは、綿ボコリのお姉さんでした。 綿ボコリさんは、暗い部屋に光が差しこんでいる時に現われてきます、ト言うより見えにくいのです。

「私なんか、別に食べなくても生きていけるのヨ、、それにホーーラ 空を飛べるのよ

ユーラ、ユーーーラ 風に乗って色々な所に行けるのよ。。

サッキマデ、お風呂にいたのよ、、あそこにはナメクジさんの好きなお水や湯垢がイッパイあったわよ」

「ネェー ネェー、、 綿ボコリさん、そのお風呂にはどうやって行けばイイノ?」

「そうね、ナメクジさんなら1日かかるかもしれないわね・・・、大冒険になるかも」

ト綿ボコリさんがシャベッテいるうちに、床のほうにゆっくりと下りていきました。

「ごめんね、、ナメクジさん、、私の命もこれまでなの、、床に付くとなかなか飛ぶ事が出来ないの、また飛ぶようになれたらお知えてあげるわ・・」

そう言うなり綿ボコリさんは、深い眠りにつきました。。

それからいくら綿ボコリさんを呼んでも返事がありませんでした。。

命と言うものは、はかないものだナァーー。。 ト、私は植木ばちから旅だちの決意をしました。。

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