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Faith and Truth 【2】
リネットは、ボーマンの策を聞くやいなや、怒り狂って抗議した。 「わたくしを身代わりにするつもり?」 彼は、リネットを姉ライオネスと入れ替え、彼女の身の安全を確保した後に戦いを挑むと言ったのだ。 確かに身代わりになるかと提案をしたのは自分だ。しかしそれは頭の中でふと浮かんだことに過ぎず、よもや本気で彼がそんなことを強いるとは思ってもいなかった。 「身代わりというよりも、交代です」 非難に答える彼の声は、何の感情も感じさせない穏やかなものだった。 「それでも、わたくしを敵の只中に一人で置こうというのでしょう。なんてこと。信じられないわ」 気の強い彼女でも、さすがにこれには恐怖を覚えた。リネットは震えながら彼に言い募った。 「よくもそんな…!」 「貴女が言うように、姉上という方がか弱いご婦人でいらっしゃるなら、まっすぐに戦いを挑むのは危険すぎる。私が勝っても、貴女がたを保護できなければ意味がない。しかし貴女なら、混乱の中でもうまく切り抜けられるだろう。もしここの連中が非道な振る舞いに及ぶようなら、ドレスなど脱ぎ捨てて、裏から逃げ出しなさい」 「な…!」 礼儀も遠慮もかなぐり捨てたかのような彼の言葉に、彼女は大きく目を見開いて絶句した。 ボーマンはさらに容赦なく続ける。 「貴女に出来ないと思ったら、始めから提案などしない。出来ると思ったから言っている」 「…なぜそう言いきれるの」 リネットは思わず彼を睨みつけた。いざとなったら勝手に逃げて来いと言わんばかりの彼のやり方は、いくらなんでも酷すぎる。 すると彼は、またあの皮肉な微笑を浮かべた。 「貴女なら大丈夫だ。そういう女性でなければ、お一人で宮廷への嘆願になど来られるはずがないでしょう」 「…。分かったわ」 リネットは仕方なしにしぶしぶ頷いた。ボーマンは彼女を横目に見遣ると、視線を外してそっと呟いた。 「絶対にお守りします。貴女を危険な目に遭わせはしない。これまでそうであったように」 リネットも彼にそっぽを向いて、苛立ったように答えた。 「――わたくしは、何も言えなくてよ。もう侮辱はしないと約束したのですもの」 ボーマンはその誇り高い答えに、わずかに目を細めた。 *** 翌日、リネットとボーマンは城の裏手から、野菜の行商人を装ってうまく入り込んだ。 『こういうところは、案外無防備なものだ』 彼の言うとおり、城の裏方はのんびりとしたものだった。適度に質素な身なりをし、無口な態度でいれば、警戒されることもない。適当なことを言って中に入ってしまえば、あとは内輪の扱いになった。 ボーマンが荷運びを手伝いながら周囲を偵察し始めた一方、リネットは塔の中に入ることのできる賄い女を買収して、配膳の役目を代わった。 あとは勝手を知った自分の城だ。彼女は迷うことなく塔へ向かい、はやる気持ちを抑えて階段を登った。 そして、最上階にたどり着いたリネットが見たのは、間違いなく、見知った顔の少女だった。 彼女はリネットの顔を見た途端、声を押し殺して泣き始めた。これまで敵地に捕らわれていた恐怖がようやく解けたのか、なかなか泣き止むことができない。 リネットは彼女を抱きしめて背中を撫でた。 「大丈夫、もう大丈夫よ…」 しばらく後、彼女はまだ泣いたままの少女に、持ってきたマントを羽織って、着替えるよう促した。 「あの、これはいったい…」 「いいから、わたくしの言う通りにして。もう心配はいらないわ。大丈夫よ。よくって?」 「はい…」 一方のボーマンは、油断なく周囲を眺め、城のだいたいの構造を頭に入れた。 「おい、そこの坊主」 「…」 目立たないように荷車を引いていた彼に、突然、後ろから声がかかった。黙って振り向くと、汚い身なりの大男が彼を見て笑っていた。 「初めて見る顔だが、本当に坊主だな。若いくせに良い体をしている。ちょっと手を貸せ」 「…」 ボーマンは無言のまま、指し示された丸太を担ぎ始めた。数人の男で持ち上げようとしていたものを、彼は一人で引っ張り上げるような勢いだった。 その様子を興味深げに眺め、男はふむ、と髭を撫でた。 「無駄口は一切利かず、よく動く。力もある。…見所がある奴だ」 男はそういうと、ボーマンの背中を乱暴に叩き、ニヤリと微笑んだ。 「お前、誰の下にいる? どうだ、俺のところで働かんか」 「…」 「俺は気前はいいぞ。どうだ」 「…すまない。俺にはやることがある」 ボーマンはまっすぐに男を見て言った。その瞳に、男がまた、ふむ、と頷く。 「なるほど。日雇いの顔には見えん」 「…っ」 「まあ、気が向いたらいつでも来い。俺が面倒を見てやる」 男はさばさばとそう言うと、手を振って去っていった。 (…妙に人好きのする男だ) ボーマンは男の後姿をしばらく見送ったあと、塔を見上げて足を向けた。 塔の入り口には、薄汚れたマントを着た下働きの娘が、所在なさげに佇んでいた。 「…ライオネス?」 ボーマンがそう呼びかけると、少女はびくっと体を震わせ、おずおずと頷いた。 「行きましょう。こちらです」 *** 入れ替わった姫君を城の外に保護したボーマンは、夜が明ける直前に城に向かって突進した。 彼は王から賜った見事な正装を身に纏い、堂々たる疾走で城に向かうと、跳ね橋の前で立ち止まり、高々とその名を告げた。 しばらくして中から現れたのは、数十人の戦士たちと、その頭領と思われる騎士だった。 見事な体躯の男は、目にも鮮やかな赤い豪奢な鎧に身を固めている。 「お前が姫君を捕らえた悪党か。見かけは派手だな。だが、中身は果たしてどうか?」 ボーマンのあからさまな挑発に、男は面白そうに笑った。 「フン、小僧がよく言う」 「笑っていられるのは今だけだ。お前に私と戦う気概があるか?」 「なんだと?」 「無抵抗の姫君を捕らえるような非道の輩だ。お前に騎士の精神があるとは思えんが、どうか?」 すると男は憮然とした顔をして、苦々しげに言った。 「俺はライオネス姫に想いを寄せ、堂々と求婚したのだ。だが拒否された。その後にこの城は正当な戦いでもって勝ち取ったものだ。しかし、ようやく手に入れた姫君は、求める姫とは違っていた。預かっている姫のほうは丁重に扱っているが?」 「…」 「どうした、言いたいのはそれだけか」 「いや、…そうだったか。しかしいずれにしろ、この城はお前のものではない。法の下にあって正当な持ち主に返してもらおう」 「何をほざくか! 俺は、俺を慕ってくれる奴らのために戦わねばならん!」 男はボーマンをにらみつけると、手にしていた槍を掲げ上げた。大きく槍を回し、軽々と片手で構えると、周囲に歓声が挙がる。 「来い、小僧! 俺の名はイロンシードだ」 「…参る」 ボーマンは薄く笑い、身構えると一気に突進した。 「くっ…」 男は見かけ通りに、否、それ以上の怪力で、ボーマンに襲い掛かった。 打ち合った槍が砕けるかというほど、二人は一瞬の睨み合いに殺気を漲らせる。 「貴様の、その目! 俺は見覚えがあるぞ!」 「…」 ボーマンは赤い騎士――イロンシードの槍を跳ね返し、黙って息を荒げる。 「まったく、…小僧のくせになんて力だ…」 数度の打ち合いにも決着がつかず、正午を回ろうかとする時刻になった。 長時間の戦いに、ようやく双方とも根が尽き果て、動きも鈍ってきた。 「…はあっ、…このっ、坊主が…っ」 「…っ…」 巨大な体躯のイロンシードは、力も強いが動きも無駄が多かった。 一方のボーマンは、口数の少ないが、動きも極力消耗を抑えた戦い方をしていた。 時間が経つにつれ、徐々に二人のその差が出始める。 「憎たらしい坊主だな…っ。手馴れた騎士のような戦い方をする…!」 赤騎士は吐き捨てるように言い放つと、最後の力を振り絞って懇親の一撃を打ちつけた。 「はああっ!」 「…私は、坊主でも小僧でもない! 口の利き方に気をつけろ!」 ボーマンはそう叫ぶと、男の破壊的な一撃を受け止めた。ギリギリと槍が軋む。 そのまま彼はイロンシードに体そのものを叩きつけ、二人は馬から転げ落ちた。ボーマンは最後に腰の剣をすばやく抜き、赤騎士の首に据える。 「…終わりだ」 *** 倒されたイロンシードは、武装を解くと、やれやれという顔でボーマンを見遣った。 「お前、昨日こそこそ嗅ぎまわっていた小僧だろう。フン、こそ泥のような真似をしておいて、騎士の精神とはよくもほざいたものだ」 「…ご婦人の命を守るためだ。」 ボーマンは憮然として答える。答えながら、この男は卑怯な手など使わない者だという確信を覚えていた。 「俺はご婦人を盾にするような輩と思われたのか?」 イロンシードはそこで初めて、語調を変えた。子供のようなボーマンに負けても余裕のあった彼が、憤然とその場に座り込む。 「…どうやら、私は無礼な振る舞いをしたようだ。お詫びする」 ボーマンはしばらく男と睨み合うと、深々と陳謝の姿勢を取った。 その突然の成り行きに、赤騎士は一瞬あっけに取られた。が、目の前の若い騎士の様子をじろじろ見定めると、大声で遠慮なく笑い出した。 「思ったより素直な騎士殿だ。育ちは悪くなさそうだな。その性格は生まれつきか?」 「どういう意味かは知らぬが、用心深いのは生まれつきだ」 ボーマンは相手のからかいにも動じることなく、いつもの端然とした表情を浮かべる。 「そう、それだ。若いくせに、やけに訳知りな顔をする。戦い方にも隙がない。普通は苦労して老成した奴がそういう態度を取るもんだ」 赤騎士は面白そうに首を捻ったが、ふいに真面目な顔にして言った。 「だがな、騎士殿。そうやって他人を疑ってばかりいては、貴様は所詮そこまでの人間だ。いくら強くても人の上には立てん。信用されることもない。真に友誼を結ぶ気があるのなら、自分がそうであるように、他人にも誇りを認めてやることだ」 「…」 「――と、説教をしても始まらんな。とにかく、勝ったのは貴様だ。俺とこいつらの処分は、好きにするがいい」 ふてぶてしい赤騎士の様子に、ボーマンは気を悪くするでもなく、無言で頷いてこう言った。 「…。貴方には騎士の心がある。強さも、潔さも。ここで盗賊のように燻っている器とも思えない。ならば、貴方はアーサー王の宮廷に仕えるべきだ。私からそのように進言しよう」 当然といった口調で、事も無げに言うボーマンに、イロンシードは怪訝な顔をした。 「こう言っては何だが、お前に何の権限がある? 見たところ、まだ若い。新参の騎士だろう?」 ボーマンはこの言葉を聞くと、かすかに表情を改めた。 瞳に宿っていた険のある光が消え、代わって、品格を感じさせるような、穏やかな微笑を優しく浮かべる。 「…貴方は信頼に値する方のようだ。私も信頼して欲しくなった。そのためには、まずこれまでの偽りを謝罪し、真の名と身分を名乗らねばなるまい」 「?」 「私の名はガレスだ。ボーマンとは仮の呼び名に過ぎぬ。父はオークニーのロト王、母はアーサー王の異父姉モルゴース」 「…では…」 呆然とする赤騎士に、ボーマン――ならぬ、騎士ガレスは、胸を張って宣言した。 「私は王の子だ。そして、アーサー王は我が叔父上であられる」 *** 翌日になって、城は赤騎士の軍勢から明け渡された。 多くのならず者が引き上げると、城は元通りの穏やかさを取り戻し始めた。 ガレス卿は彼らと共にアーサー王の宮廷に戻る予定だったか、その前に挨拶にと、姉妹の姫君の元を訪れた。 「…ガレスさま。お助け頂き、ありがとうございました…」 助け出された姫君は、可憐に頬を染めながら、小声で言った。 「いえ、お気になさらず。求められれば力をお貸しするのが騎士の務めですから」 ライオネスのたおやかな姿に好意を持ったのか、ガレスは彼女を優しく見つめ、ゆっくりと答えた。 「ガレスさま、でしたわね」 そんな友好的な二人の雰囲気に割ってはいるかのように、リネットは相変わらずの高慢な口調で話しかけた。 「わたくし、お詫びしなくてはなりませんわ。数々の暴言、ご容赦下さりませ?」 彼女はそう言って丁重に腰を下げる。 しかし、その声音と表情からは、本気の怒りが滲み出ていた。騙された、と彼女が感じているのは間違いようもない。 「…身分を偽っていたことは、お詫びします。私はずっと考えていたのです。本当の騎士とはどのようなものかと。それにはまず、自分自身の力だけでどこまでやれるものか、試してみなければならなかった」 「…。答えは見つかりまして?」 「さあ、どうですか」 内心の窺い知れぬ様子で、ガレスは曖昧に返事をかわした。瞬間、二人は視線を鋭く噛み合わせる。 それから彼は、ライオネスとリネットの両方を交互に見ると、かすかに微笑んで言った。 「またご機嫌を伺いに参ります。よろしいですか?」 ライオネスはまた頬を染めて微笑んだ。リネットは肩をすくめ、皮肉たっぷりに答えた。 「今度は二度と勘違いせぬよう、整った身なりでおいで下さいませ」
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