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麗しの姫君【2】
「…ということなのだ。」
かいつまんで事情を説明した王は、女性達を宥めるように精一杯にこやかに微笑んだ。
すなわち、先週の馬上槍試合で、最後の勝者がどうしても決定できなかったこと、それでこの宴を利用して、その決着をつけようと決めたこと。
…つまり、同伴した貴婦人の麗しさの如何によって。
「まあ、要は仲裁のためのゲームのようなものだ。そう本気になるものでもない。この二人をあまり争わせるのも益になるまい?」
言い訳を正当化しようとする王に、王妃はため息をついて首を振った。
「だからといって、このような…。まあ感心できませんけれど、仕方がありませんわね。かなり悪趣味ですけれど、実際、事が起こっては大変ですし。」
王妃はそう云うと、不問に付す、という身振りで、椅子に腰を下ろした。
それで一件落着になるかと、皆は胸を撫で下ろした。
――が、その横で。
「…あの。それで、結局どなたがお勝ちになりましたの?」
静かな、しかしはっきりとした口調でエレイン姫が問いを発した。
「「「………」」」
誰もが凍りつく。
ここで男達の内心を暴露するのは、誰にとっても、極悪な竜を退治するよりも尚恐ろしい。
(…あああ、聞いてはいけないことを…!)
アーサー王を始めとして、皆がそう思い、恐怖に打ち震えた。
大抵の者が同伴しているのは自分の夫人達である。
誰が一番美しかったか、などということを、酒宴の与太話ならともなく、このような公然の場ではっきりさせることは出来るはずがない。
一度は穏やかになったはずの王妃の表情も、今や氷のように冷ややかなものになっている。
「ええと、それはだね、元々先週の試合でガウェイン卿が勝っていたのではないかということになって…。」
これはいかん、と思ったランスロットが、姫を宥めすかすように必死に答えた。
「で、ガウェイン卿がお勝ちになりましたのね?」
「いや、だから、それは…今日のことは関係なく…」
「…でも、皆が集まってからお話をされていましたでしょう?」
「あ、う…」
エレイン姫が無邪気に急所を突く。それを見ていた王妃も、固い声音で口を挟んだ。
「…では、総合的に、ガウェイン卿の勝ちでしたのね。わたくしは参加していなかったのですかしら、陛下?」
「あ、ああ。私は裁定する側だからね…。勿論、貴女のお美しさは並ぶ者無きものだと皆が認めているよ。」
「あら、そうですかしら。…ちらと聞いた部分では、ガウェイン卿の勝利がすぐに決まったようでしたけれど? どうですの、ガウェイン卿。」
王妃の問いかけに、冷汗をかいてガウェインが弁明する。
「そういうことでは…。あ、その、つまり、陛下は我が母上に敬意を表して、ということで…。」
「まあそう。確かモルゴース姫とおっしゃるのでしたものね。本当にお綺麗な姫君ですわ。…本当、に。」
やたらと強調された言い回しに怯えながらも、王の親族への愛着を盾に、どうにか切り抜けようとするガウェイン。
しかしそこに、エレイン姫がまたも割り込んできた。
「わたくしもあまりにお美しくて驚きましたわ。…それに、何だかランスロット様に似ておられるみたい…」
その一言に、王妃とその他の一同の視線が、後方にいた白いベールの乙女に集中する。
(う…)
どんどんと悪い方に進んでいく状況に追い込まれながら、モルドレッドは救いを求めるように左右を見渡した。
…そして、右隣に元凶である兄を見出したものの、左にたまたまランスロットがいたことに気付き、思わず天を呪った。
(よりによって、この配置か…!)
彼の苦悩など知る由もなく、エレイン姫の言葉に王妃も頷く。
「本当に、よく似ておいでね。まるで御兄妹のよう…」
偶然寄り添う形になったランスロットとモルドレッドは、髪と目の薄い色彩と端正な顔立ち、そしてすらりとした立ち姿がおかしなほど似通っていた。
ある者は嫉妬で、ある者は純粋に賞賛の眼差しで彼らの美貌を拝する。
(…何故誰も気付かないんだっ!)
ここまで見られながら、誰にも男だと見破られない情けなさに、正直モルドレッドは泣きそうになっていた。
自分の体型が子供じみているのは知っている。顔が女顔なのも。
けれど、いくらなんでも大人の仲間入りをする年齢で、この扱いとは…。
悔しさに落ち込むモルドレッドをよそに、周りの空気は変な方向に曲がっていく。
「…何だか、悔しいほどお似合いですのね。少し妬けますわ…」
エレイン姫がそう云うのに加えて、王妃までがおかしなことを言い始めた。
「本当に、エレイン姫には失礼ですけれど、似合いの一対ですこと。…わたくし、モルゴース姫とは仲良くなれるような気が致しますわ。この後じっくりとお話がしたいのですけれど。」
女性達のにこやかな話し振りは、奥にある殺気が見え隠れする分、余計に恐ろしい。
「あ、あの。私は、ですね…。」
これ以上、兄の遊びに付き合って入られない、と思い、モルドレッドが真実を打ち明けようとした途端、横のガウェインからまさに絶妙のタイミングで横槍が入った。
「いや、彼女も疲れているようですし、これで失礼させて頂こうかと。――ん、どうした? 何、具合が悪い? これはいかん。すぐに下がってもよろしいでしょうか、陛下っ!」
ガウェインの必死の形相に、王もすぐさま許可を出した。
半ば抱きかかえられるようにして、ガウェインとモルドレッドは退出していく。
「またお会いしましょう」
名残惜しそうに言う人々の声が、苛立ちを通り越して殺意を呼び起こさせた。
***
急いで駆け出し、ガウェイン用の個室に行き着いた二人は、肩で息をしながら重々しい正装を解き始めた。
モルドレッドも、早いところこの歩きにくいドレスを脱ごうと悪戦苦闘する。
「…いやあ、何だかいい眺めだな。」
その様を見ていたガウェインが、のん気にもニヤニヤしながらそんな感想を漏らした。
「なん、ですって…?」
いいかげん、我慢も限界にきていたモルドレッドは、このあまりに能天気な兄の言い草に忍耐力が切れる。
(この…バカ兄…!!)
「そもそも何故私がこんな格好をしなければならないんですか、兄上! 私の力を貸せだなどと嘘をついて、こんな…っ!」
「いやいや、大変有り難かったぞ、弟よ。何しろ、同伴してくれるはずだったご婦人の機嫌をつい損ねてしまってな。ほんっとうに参っていたんだ。言ってはなんだが、ああいう場に下手な御婦人は連れて行けないだろう。助かったよ。私は良い弟を持って幸せだ。うむ。…ま、あそこまで美しくなるとは、私も思わなかったんだがなあ…。」
嬉しそうに云う兄を、モルドレッドは今度こそ問答無用で張り倒した。
みぞおちに一発、足にひっかけ。
床に落ち込んだガウェインを残し、衣装を無理矢理ひっぺがすと自分の服を着込み、怒りも収まらないまま部屋を飛び出した。
(まったく、どうかしている! この宮廷は腐った奴ばかりなのか!)
怒りのあまり、日頃の彼に似合わずどしどしと音を立てて廊下を踏みしめていく。
本来なら妻を同伴すればいいものを、ガウェインがそうしないのは、実を云うと他の者に夫人をあまり見せたくないから、という至極自分勝手な理由によるのだ。
おそらく、逃げられたというのは恋人の一人だろう。
そうしたことを知っているからこそ、余計に腹が立つ。
(だいたい兄上も冗談が過ぎるが、誰も彼も私を見抜けないとはどういうことなんだっ!)
騎士たちはともかく、御婦人たちならば気がつきそうなものを、彼女達の中でも誰一人見抜いた者はいなかった。
あまつさえ、自分に熱っぽい視線を向けた王や他の騎士までいる。
これには、怒りを通り越して怖気すら感じた。
「…くそっ!」
激情を抑えきれずに壁を蹴りつけたそのとき、聞き覚えのある声が突然、傍近くで響いた。
「――何をそんなに荒れているんだ?」
モルドレッドが振り向くと、そこには兄達のうち最も近しい兄、ガレスの姿があった。
「兄上…。」
今朝会ったばかりなのに、懐かしささえ覚える兄の顔を見て、モルドレッドは救いを求めるように駆け寄った。
「…いえ、何でもないんです。ただ、少し頭にくることがあったので…」
「そうか。」
相変わらず朴訥に言葉を紡ぐガレス。先ほどの狂乱に疲れたモルドレッドには、それだけのことが何よりの慰めになった。
一言二言話したところで、すっかり気持ちの落ち着いたモルドレッドは、ガレスに感謝を告げて逆の方向へ別れて行こうと足を踏み出した。
「ああ、モルドレッド。」
「はい?」
声をかけられ、後ろを振り向く。
すると、背を向けたまま、ガレスはかすかに唇を歪めて、最後にこう云った。
「…なかなか似合っていたぞ。」
モルドレッドは颯爽と去っていく兄の姿を呆然と眺め、しばらくしてからようやく正気を取り戻した。
――見られていたのか、ガレスにまで……!
誰に見られていたとしても、この兄にだけは、見られたくなかったのに…。
そして、はっとする。…一目で見抜いたのだ、ガレスは。
がくんと首を垂れて暗く俯き、長い間を置いて、彼はぼそっと口の中で呟いた。
「……許せない…。……絶対、殺す…!」
end.
ベルさんのリクで、王子絡みの笑いネタ、でした。
言い訳です。おバカな話ですみません。
しかも皆うちの設定で書いてまして、例外なくニセモノです。すみません。
何故こんなネタになったかといいますと、
『モルドレッドといえば、悲運の王子。悲運の王子、といえばヤマトタケル。…といえば女装。』
ということです。>どういうことだ
ちゃんとお笑いになってるのかどうか非常に不安ですが、もらってやってください〜…(>_<;)
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