intermission - mordred -
 
 
 
 

Mordred was born of a brief liaison
between Arthur and his half-sister Morgause.
This dark knight eventually caused the destruction
of the Round Table and the death of Arthur.


 
 
 
 荒々しい波が打ち寄せる崖の先端にある城は、領地の中で最も古く、最も堅固な造りをしていた。
 敵が攻めてきても持ちこたえられる安心がある一方で、潮風が絶え間なく吹き付けるため、体調を崩すことが多く、住み続けるのは容易ではない。
 一年のうち、季節の悪い時期は別の城に移り、なんとか我慢できるようになると戻って敵襲に備える。そんな生活の繰り返しが王の日常だった。
 城に集まる騎士や貴婦人は、遠く離れたアーサー王の宮廷の繁栄を吟遊詩人の詩に伝え聞き、その栄華を羨み、幸運に預かることを夢見ていた。
 一方で、周辺に住む民は皆、迷信深く、疫病と凶事を何よりも恐れていた。
 南の豊かで温暖な地域と比べると、人心も荒く猛々しい。けれど、根は単純で素直。生まれ育った村しか知らぬ、素朴な性質の者達ばかりだった。
 昔から同じような暮らしを続け、働いて子を産んで育てて死んでいく。
 親もそのまた親もそうだった。子供も孫もそうやって生きる。そう信じていたし、確信していた。
 だからこそ、彼らは自分達の知らぬものを訳も無く恐れた。
 ――このところは、特に恐れていた。人々は集まっては恐る恐る口にした。

 『城にいるあの子供。…あれは、何だ?』



***



 城の近くにある森は、海の傍にあるにもかかわらず、吹き付ける潮風にも負けずに、木々が生き生きと茂っている珍しい場所だった。逞しい生命力を宿すものを、人々は敬う。
 その少し奥に入ったところにある大きな樫の木は、その枝葉を数百年に渡って遠慮なく広げていて、森にある樹木の中でも特に丁重に扱われていた。

 穏やかな日差しの午後。…その根元に、寄り添うようにして、じっと動かない子供がいた。
 眠っているのか耳を澄ましているのか、長い時間ぴくりともしない。
 周りの葉がそよそよと囁きかけていると、そのうちに、子供は嬉しそうに笑って樹を見上げた。
 その瞳は澄んだ青緑。光を反射すると淡い色に染まるが、一度翳ると深い沼のように闇を映す、不思議な瞳だった。
 幼いのに驚くほど整った顔は、白金の髪で美しく縁取られ、着ている上着の縫い取りにある古ぼけた金糸よりも余程上品に見えた。
 人形のようなその子供は、しばらくじっと上を見上げていたが、じきに飽きたりなくなったのか、手を精一杯伸ばし、枝に触れようとした。だが、枝はとても届きようのない高さにあって、いくらやってみても葉の先に触れることすらできない。
 もしこの様子を見る者がいたなら、その熱心な、可愛らしい動作を微笑ましく見守ったことだろう。
 …しかし、次の瞬間、あり得ないことが起こった。
 子供の遥か頭上にあったはずの枝が、静かに下がってきて、子供に擦り寄るように近づいた。茂った葉は、そよそよと音を立てた。
 だが、風は少しも吹いていなかった。…その枝だけが、揺れていた。
 『  』
 囁くような声で、枝が鳴った。
 「…誰かが、来るの?」
 木に向かって、子供が問いかけた。まるで、何かを聞いているかのように。
 答えない枝に代わって、誰かが返事をしたのか、子供がいきなり後ろを振り向いた。
 「あ…」
 それは、何もない、ただ光の射す地面。だが彼は、そこを見て驚いた声を上げる。
 「…あなたは、誰なの? いつも答えてくれないね…」
 近寄ろうとして、足が止まった。
 「…。僕が、見えないの…?」
 寂しそうに呟くと、諦めたように伸ばしかけた手を引っ込めた。そして、いつまでもその場所を見つめ続けた。
 すると、まるで泣きそうになった子供を慰めようとでもするかのように、周りの木々が明るくざわめいた。そして、鳥達は歌を囀った。

 『――泣カナイデ。
  …貴方ガ泣クト悲シイ。
  泣カナイデ…』
 
 その合唱に、子供はきょろきょろと辺りを見回し、遠慮がちに笑った。
 
 『笑ッタ…モウ泣イテナイ…』
 
 そんな森のざわめきが方々まで伝わっていったのだろうか。
 しばらくして、遠くから人の近づいてくる気配がした。
 「――どこにいる? 出ておいで」
 馬を引いて、一人の少年が姿を現した。まだ幼い年頃の少年だったが、すぐに生まれの高さが窺えるほどの、凛とした表情をしていた。
 「…やっぱりここにいたね。さあ、行こう。母上が待っているよ。」
 「兄さま。迎えに来てくれたの?」
 「もうすぐ、大切なお客様が来るんだよ。突然お寄りになることになったんだ。」
 少年は興奮を隠し切れない、という感じの熱っぽい口調で云った。
 そんな少年の様子が珍しいのか、子供は驚いた顔でじっと見つめた。すると、少年は照れたようにはにかんだ。
 「お前も僕も、初めてお会いするんだ。ずっと楽しみにしていたけど、こんなに早く願いが叶うなんて、夢みたいだよ! きっと素晴らしい方に違いないんだ。待ち遠しいね…!」
 「…?」
 怪訝な顔の子供を馬に乗せ、少年はその後ろに飛び乗った。
 「誰かが、来るの?」
 「陛下だよ。叔父上が、いらっしゃるんだよ。」


 二人が去った後、森がまたさざめいた。
 『誰ガ、来ルノ?』
 『王ダヨ。王ガ来ルンダヨ…!』



***



 「…少し北に来ただけだというのに、随分と景色が違うものだな。」
 「海が近いですからね。気候もあまり穏やかではありません。まあ、御婦人の悋気のようなものですよ。」
 「なんとも卿らしい例えだな、ガウェイン。だがうまく乗り越えたと思って油断していると失敗するものだぞ?」
 「ご心配はご無用です。失敗するのもまた醍醐味の一つですから。」
 ははは、と笑う周囲に、澄ました顔のガウェインが流し目を送った。
 そんな彼に苦笑して、ケイ卿が肩をすくめ、横にいた王は破顔した。
 「姉上は、お元気かな。」
 「ええ、まだ小さい弟達の世話が大変ですから。」
 「そういえば、ガヘリス卿やアグラヴェインのほかにも、まだ弟がいるのだったな。…なんだかおかしな噂もあるようだが?」
 「なんです?」
 怪訝な顔をするガウェインに、ケイ卿は面白そうに横から口を挟んだ。
 「ガウェイン卿におかれては次々に弟君が増えておられるが、実は隠し子を母君に預けているのではあるまいな――という噂がちらほらと、な。」
 ははあ、と納得し、ガウェインは皮肉な笑顔を向けた。
 「その手がありましたか。今後の参考にさせて頂くとしましょう。」
 何としても懲りない様子の彼に、皆わざとらしく呆れたように笑い合った。
 ケイ卿も説教をしようとして失敗し、大声で笑い出した。
 何と云っても、こうして遠慮なしにざっくばらんな会話ができるのは、ここにいるものが王の内輪である証拠なのだった。


 「母上、父上、只今戻りました。」
 「まあ。ガウェイン、ガウェイン。元気でしたか? 変わりはない?」
 王の一行がオークニーの城に着くと、並び待っていたモルゴース王妃が、まず一番先を来た息子を出迎えた。
 その後を、おもむろにロト王が追う。

 王を迎えるということよりも、ガウェインが帰ってくることのほうが、母にとっては嬉しいことに違いない、とガレスはその姿を見て思った。
 父の前ではいつも怯えたように弱々しく微笑むだけの母が、ガウェインには無邪気に寄り添っていく。心から安心した顔を見せるのは、長兄の傍にいるときだけだった。
 ガレスも、隣で隠れるようにしているモルドレッドも、そのことに一抹の寂しさを覚えつつ、ただ見守るしかなかった。
 いつになっても、母にとってガウェインは誰よりも特別なのだ。
 まるで恋人のように、父親のように、息子を頼りにしていて、誰も代わりにはなり得ない。それは、ガウェインが子供の頃から母を守ってきた勇者だからだった。
 そのことを、兄弟達はちゃんと分かっていたので、子供っぽい焼きもちは焼けなかった。当然、少し悔しくはあったけれど。
 だが、いつもと違って、今日は母のことは気にならなかった。

 「お久しぶりですね、姉上。お元気そうで何よりです。」
 立派な葦毛の馬から降り立った王は、ゆっくりと穏やかな表情で近づいてきた。
 (この方が、アーサー王。叔父上でいらっしゃる…。)
 ガレスは、思い描いていたよりもずっと若くて優しそうな容貌をしている王に自然と目を引き寄せられた。
 父のような厳めしさもなければ、小狡そうなところもない。
 ただ、微笑を崩さない割に、気弱には見えなかった。きっと怒ったら、恐ろしさは父の比ではない――そんな予感も感じさせるような、威風を備えていたから。
 「これはこれは、《上王》陛下。このような辺鄙な小城によくぞお越し下された。」
 慇懃無礼なほどもったいぶった態度で、父であるロト王がそう呼びかけた。
 そのいかにも小者な対応に、ガレスは耳まで赤くなるような羞恥を感じた。何も、あれほど卑屈な態度を取らずともいいのに。…
 だが、王はそれにも手馴れた様子で、父を軽くあしらっていた。
 そして、いよいよガレス達のほうに目を向けた。
 「…やあ、君達がガウェイン自慢の弟だね。会えるのを楽しみにしていたよ。」
 そう云って、鷹揚に手を差し出した。――なんとも、魅力的な笑顔で!
 珍しく緊張して、碌に話すこともできなかったけれど、なんとか声はみっともなく震えることもなく、ガレスはほっとした。
 また、間近で見ると、どことなく…自分は、王に似ていることにも気付いた。
 王と母は異父姉弟だけれど、よく似ている。そして、ガレスは母似だった。髪も目も、そんなわけで、同じ色彩を持っていた。
 それは、思ってもいなかった光栄なことで、ガレスは母似の女顔を、初めて有難いと思った。
 「ガレスは陛下に似ておりますでしょう。最近はますます似てきたような気がしますな。」
 ロト王は媚びるようにそう云ったが、二人を見比べてかすかに不機嫌になったのを隠しきれていなかった。
 (本当に良かった、母上に似て。…あんな父に似るなんて冗談じゃない…)
 ガレスは少年らしい潔癖さで、自分の脇に立つ父にそっぽを向いた。
 「…その子は?」
 そのとき、自分の袖に隠れるようにしていたモルドレッドに、王の視線が注がれた。
 「あ…ええと、」
 母の養い子である、と説明しようとしたガレスを、無理やりにロト王が遮った。
 「王にご紹介などするような者ではありません。妃が哀れに思って拾ってやった下賎の子供ですからな。いやはや、あれの気まぐれにも困ったもので。お目汚しで申し訳ない。」
 そう云って、ロト王はアーサー王を促し、宴会の用意が整っていることを告げた。ただし急なお越しでしたので、大したものはありませんが、と厭味にも取れるような言い回しをしながら。

 「…モルドレッド…?」
 残されたガレスは、袖に縋って震える子供を、黙って抱き上げた。
 「…っく」
 モルドレッドは、かろうじて泣いてはいなかったけれど、瞳は潤んでいた。そのまま黙って口を堅く引き結んで、ガレスの首に縋りついた。
 子供でも、プライドはある。
 あんな言い方をされては傷つくのだ。例え、どんな理由であっても。
 「悔しくても、卑屈になってはいけないよ。お前は母上の養い子なんだから。」
 こくん、と頷く弟を、ガレスはぎゅっと抱きしめた。
 「大丈夫。お前は気高い人になるよ。だって、母上の子で、僕等の弟なんだからね。」
 「…」
 堪えきれなくなって泣き出した弟を、ガレスは慰めるように頭を撫でた。

 モルドレッドは、普段は大人しい子だが、しっかりと我は持っている。
 それに、時々はっとするほど高貴な表情をする子供だった。
 ガレスは常に疑いを持っていた。
 父は、はたして気付いていないのだろうか。
 それとも、もしかして本当は素性を知っていて、わざと隠しているのだろうか?
 容貌でも、仕草でも、少し見ていればすぐに気が付くはずだ。
 この子が下賎の生まれではあり得ないだろう、ということに。――



 アーサー王の逗留は、そう長くはなかった。
 三日もすると、一群は慌しく別れを告げた。モルゴース王妃はなんとか引きとめようとしたが、ガウェインに優しくおし止められた。
 また今度、キャメロットにご招待いたします、とアーサー王に言われ、王妃は嬉しそうに抱擁を返した。

 この短い間に、ガレスが王と話したのはたった二度ほどだった。
 将来は、どんな騎士になりたい?だとか、ここの暮らしはどうなのか?といった当たり前のことを聞かれただけだった。
 けれど、王の言葉はどんな一言であっても、何故か忘れられない記憶になった。
 
 『王に尽くすのが騎士の勤めではないよ、そういう者もいるけれどね。』
 『では、騎士とは何をする者なのですか?』
 『…そうだな。人それぞれではあるが、私にとっては、自分を捨てても何かを守ろうとすること――かな。もっとも、それは騎士というよりも王の役目かもしれないが。』
 
 そう云って、王は少し照れたように笑った。
 自分が甥だという気安さもあっただろうけれど、それにしても。
 ただの子供に、あんな顔を見せる王が他にいるだろうか?
 
 ガレスは、王の全てを忘れなかった。
 そして、いつか宮廷に行くことは夢ではなく、叶えるべき目標になった。
 彼はまた王に会ったときに、こう告げたいと心に決めた。
 『私は、私の目指す騎士になります。それには、陛下のために働くことが一番の近道です。』――と。
 


***
 

 
 熱に浮かされたように、そこら中が興奮した三日が過ぎ、アーサー王が去った後には、皆、一様に気が抜けたようになった。
 そしてしばらくすると、ようやく城はいつもの平静を取り戻した。
 
 モルドレッドは結局、公の場に出ることを許されず、王をよく見ることもないままに終わった。
 けれどそのこと自体は、彼にとっては大した意味はなかった。ただ「偉い人」がいたらしい、というぐらいにしか思っていなかったのだ。
 彼にとって重要だったのは、ガレスがいつになく生き生きとしていたこと、そして、母のモルゴース王妃がようやく自分のほうを見てくれるようになったということ、それだけだった。
 
 そのためモルドレッドは、王が帰ってからというもの、おざなりにしか相手をしてくれなかった母の関心を引きたくて、勇気を振り絞ろうとしていた。
 ずっと云いたくて、隠しておくのが堪えきれなくなっていた、森の秘密。
 もし教えたら、母はどんな風に驚くだろう?
 自分にしか見えない不思議を話すと、いつも母は笑って、まともに取り合ってくれない。
 でも、彼は実際に見たことしか話したことはなかった。
 泉に住む妖精や、吹き抜けていく風の流れ、時々声をかけてくる大樹、耳を澄ますと聴こえる大地の響き――
 
 『子供のときは、誰でも夢との区別がつかないの。夜に一人で寝るのが怖くて、余計に変な幻像を見てしまったりするものよ。』
 
 普段は、言ってみたところでそう諭されてしまう。そうすると、殊更に子供扱いされているようで、なんだか悔しくなったりした。
 (でも、この『秘密』は幻じゃない。だって同じ人が見えるんだもの。)
 母がびっくりして、話をちゃんと聞いて自分のほうを向いてくれたら、と想像すると、それだけで嬉しくなった。
 それで、夜におやすみの挨拶をするときに、とうとうモルドレッドは打ち明けてみた。
 彼にとって一番の秘密、『森の貴婦人』のことを。…


 「…どんな、女の人ですって?」
 「だからね、とっても綺麗な人。お日様の光みたいな髪の毛が広がってて、目は若葉の緑色なの。上の兄上と同じくらいの年で…」
 小さな腕を広げて、モルドレッドは必死になって説明しようとした。
 どうすれば分かってもらえるだろう。天使さまのような、あの神秘的な女の人のことを。
 自分の表現ではとても語り尽くせないことをもどかしく思いながら、モルドレッドは尚も話を続けようとした。
 だがそのとき、微笑みながら聞いていた母の様子がいきなり変わったことに気付いて、彼は凍りついた。そして、徐々に声を落し、しまいには口をつぐんだ。 
 「…母さま?」
 「…二度と、そのことを云っては駄目よ。母様以外の人に言っても駄目。その人は貴方にしか見えないのだし、おかしいと思われてしまうわ。…そんな人は見えないの。そう思えば見えなくなるわ。いいわね? 母様の言いつけは守れるでしょう?」
 「どうして? だって、本当に森にいるのに…。僕じゃなくても、見えると思うのに…。そうだ。一緒に行きましょう? きっと、母さまも…」
 「母様の云う事がきけないの!?」
 生まれて初めて、母が彼に対して声を荒げた。それを見て、モルドレッドはあまりの驚きに目を見開いた。
 怖いというよりも、ただ呆然とした。
 そして、見えるのに見ないフリをしろ、という言いつけに、子供ながら理不尽な思いを感じた。
 (どうして? …僕には見えるのに。嘘なんかついてないのに――)
 自分を信じてくれない――そんな怒りが、不満と相まって、自然と顔に表れた。
 普段の彼とは全く違った、射るような視線で、母を見つめる。
 すると、モルドレッドには今度こそ思いも寄らなかったことが起こった。
 ――母が、怯えていたのだ。一瞬だけれど、確かに。
 …まるで、養父に睨まれて震えるときのように。
 「え…」
 (どうして。どうして、『僕』を怖がるの――?)
 モルドレッドは、兄と同様に、母をとても愛していた。
 だから、母を泣かせる養父…ロト王のことが嫌いだったし、王から母を守ってあげたいと子供ながらに思っていた。
 それなのに、母が自分に怯えたのだ。無力な子供の、自分に。
 (どうして…?)
 まるで大嫌いな王と同じものになってしまったような錯覚に陥って、彼は混乱した。
 何故母が怯えたのか、皆目見当もつかなかった。
 嫌われたらどうしよう――そんな恐怖だけが瞬時に頭を駆け巡った。
 母に嫌われたら、自分はまた捨てられてしまうのかもしれない。
 兄達だって、もう弟としては扱ってくれなくなるだろう。
 今ですら、養父はいつもうんざりしたように自分を嫌がっているのだから。
 想像しただけで、あまりに大きな絶望が彼を襲った。
 (絶対に、嫌われちゃいけない…! 怖がらないで――嫌わないで…!)
 
 
 彼は知らなかった。自分がどれほど母から愛されているのか、――そして、何が恐れられているのか――を。
 周りが向ける目にも、まだ気付いていなかった。
 何か強い感情を宿したとき、彼の青緑の瞳が禍々しいほどの光を放つこと。それが人々にとって、どれほどの脅威となるのかを。

 それでも彼は鋭敏な子供だったので、徐々に、自分に対する周囲の感情に反応して行動するようになっていった。
 少し引っ込み思案で、兄達の後ろに隠れる臆病者。…それぐらいが丁度いい、と彼は自然に思い始めたのかもしれなかった。
 実際、そうすると母は彼を恐れなくなった。兄達に大人しく追従していると、あからさまではないけれど、確かに安心していた。かすかだけれど、喜んですらいた。養父も、当然そうあるべきだという態度だった。
 
 ――ただ、このまま嫌われないでいたい。
 子供らしくない、ささやかな欲求だけが、彼の本心だった。
 そのために、立ち居振舞いに心がけ、年長者への気遣いを怠らず、貴公子に相応しい態度を取ろうと努力を惜しまなかった。
 後に彼の何よりの財産になる処世術は、つまり、始めはただの副産物に過ぎなかった。
 
 
 

 ・・
to be continued.
 

back】 【next