intermission 2- Launcelot-
 
 
 
 

"Elain of Corbenic was a fair lady and thereto lusty and young,
and wise as any that was at that living."
"As soon as her time came,she was delievered of a fair child
and they christened him Galahad."
(Morte d'Arthur, Malory)


 
 
 
 ランスロットがアーサー王の宮廷に暇を告げ、当ても無い旅に出てから数ヶ月が経った。
 まず彼が向かったのは、海のかなたの故郷――聞いた限りで、ではあるが――ベンウィックだった。
 アヴァロンで育てられる以前の記憶は、彼にはない。
 生まれてすぐにかの地に迎えられ、ずっとそこで育てられたからだ。
 それだけに、本当の母国に対して、常に複雑な思いを抱いていた。
 ――自分の居場所は、実はそこにあるのではないか、と。
 かつて島を飛び出した五年前にも、一度はベンウィックに向かおうとした。
 そのときには途中でアーサーの軍に遭遇し、すぐに行動を共にするようになったので、行かずじまいになっていたのだった。
 この旅を機会に、自分の拠り所が果たして何処にあるのか、一度確かめてみたい。ランスロットはそう考えていた。
 
 …しかし、そんな淡い期待とは裏腹に、彼がようやく行き着いた祖国で感じたものは、希望とは程遠いものだった。
 それは、かつての疎外感とどこか似た……何かしっくりと来ない、微妙な違和感だったのだ。
 バン王の宮廷には、アーサー王の盟友として活躍した王の姿は既に無く、辛うじて威信を保った体裁が取り繕われていたが、活気は欠けていた。
 そして、そこに自分の居場所を見出すことはできなかった。
 アーサー王の宮廷で重んじられていることが伝わっていたのか、身分以上に丁重にもてなしてはくれたけれど、そこに親愛の素振りは感じられなかった。
 彼らは親族ではなく、あくまで『ランスロット卿』として自分を見ているのだ。
 …それをひしひしと感じた。
 それほど過大な期待をしていたつもりもなかったのに、こうなると、やはり辛かった。
 異母兄弟とおぼしき少年達が、かすかに自分に対する憧憬の視線を向けていて、それがわずかな慰めになったけれど。…
 
 (結局、どこにも安易な救いを見出してはいけないということかな。)
 そこで、ランスロットはやっとのことでわだかまりを振り切り、決心を固めた。
 思い切れなかった生まれ故郷への決別。そして、これまでの自分への決別を。
 
 その後、ベンウィックを離れ、未知の土地へ探求に出かけようと旅立った彼の顔からは、以前の無邪気さが薄れ、少年期を脱した厳しい表情が浮かぶようになっていた。



 これまで関わる事も無かった異国の地に足を踏み入れたのは、それからしばらくしてのことだった。
 驚いたことに、ランスロット自身も知らぬうちに、彼の名はアーサー王の名声と共に、騎士の花形として有名になっていた。
 赴いた様々な地で非常な歓待を受け、また、人々を苦しめる猛獣や化物を退治するよう懇願されることもしばしばだった。そしてこれを成し遂げる度に、彼の名はますます広がっていくのだった。

 あるとき、囚われの姫がいると聞いて救出に向かった彼は、見事に姫君を救い出し、と同時に、その地に潜んでいた竜を苦闘の末に倒した。
 竜が住みついていた巨大な柩は、遥か彼方の時代から存在していたと思われる程の古いものだった。

 「これは…何とも見事な。このような化け物を一人で倒してしまわれるとは…。」
 人々は感謝の宴を開き、町は総出でその武勇を称えた。その祝宴の最中、ランスロットに、そう云って賛辞を送ってきた初老の男がいた。
 威厳のある風体のその男は、実はこの地の王であり、名をペレスといった。
 彼はランスロットに感謝を述べ、自分の城へと招待した。是非に、という強い招きに、ランスロットも喜んでその誘いを受けた。
 こうして、彼はペレス王の元でしばしの休息を取ることになった。
 
 …その滞在が予想だにせず長くなろうとは、始めは思いもしなかった。
 


***



 「これは私の娘で、エレインと申します。」
 ペレス王は城へ着くとすぐに、彼に唯一の家族とおぼしき一人の娘を紹介した。
 ようこそ、と優雅な会釈を返したその姫は、目を見張るような気品を備えた、可憐な姫だった。まだ幼いが、年に似合わぬ落ちつきがあって、少し大人びて見える。

 ランスロットは、最近あちこちでこうした姫君を見る機会が増えていた。囚われていた、かの姫君も、至極容貌に優れていた。
 だが、どの姫君を見ても、彼の感想はいつも同じだった。
 すなわち、「お目にかかれて光栄です。とてもお美しくていらっしゃいますね。」…これだけ。
 彼は審美眼に欠けていたわけではなく、美醜の区別はついていたし、好ましい女性とそうでない女性もしっかり見極めることができた。
 それでも、容貌で好意を抱いたことはなく、これまで女性に強く惹きつけられた例が無かった。
 例えばアーサーに初めて会ったときのように、しばらく言葉を交わしただけで傍にいたくなるような、そんな女性には巡りあったことがなかったのだ。
 …唯一、彼が忘れないほどの好感を抱いたことがあるとすれば、それは、アーサーの妃となったグウィネヴィア姫に会ったとき。
 彼女の清楚な可愛らしさと、愛らしさを、妹のように微笑ましく感じた。
 だがそれも、王妃となる姫だからだろうと、彼はずっと考えていた。
 アーサーと同様に、この剣と忠誠を捧げる姫君。だからこそ、無条件に好意を持つのだろう、と。

 ――そんなわけで、いつもの如く礼儀正しく会釈を返したランスロットを見て、ペレス王とエレイン姫は少し驚いたように顔を見合わせた。
 おそらくこれまで、こんなにもそっけなく彼女に挨拶を返す男はいなかったのだろう。
 彼らは一瞬、意外な表情を隠し通せずにいた。
 豊かな領地と見事な城を持った王女。この条件だけでも、云い寄る男は数知れない。
 その上、エレインは美女と云って憚らない、類稀な容貌を持っているのだ。

 普通ならば、冒険の旅に出る騎士の目当ては、ほぼ間違いなく城付きの姫君を手に入れることに決まっている。
 親から譲られる遺産を当てにできない場合、次男以下の騎士達は自らの力量で生きていかねばならない。兄弟での分割相続を許すには、それなりの規模の領地がなければ無理だからだ。
 ランスロットもおそらくは自らの領地を手に入れるための旅を続けているのだろう、――そうペレス王は思っていたし、それは常識的な判断でもあった。
 それなのに彼の目は、エレインを見ても、まるで綺麗な置物を鑑賞するような気の無い視線だった。
 その関心の無さが、武勇よりも姿の凛々しさよりも、より彼を高貴に見せてしまう。
 いつも、こうしてランスロットに恋焦がれる姫君が増えていくのが常だった。
 …そしてそれは、勿論、エレイン姫も例外ではなかった。



 「どうなさいました、姫様?」
 「…ああ、ブリーセン。あの方こそ、お前の云っていた御方かもしれないわ。」
 自室に戻るなり、エレイン姫はそわそわと落ちつかない様子で窓際を歩き回っていた。
 そして、後ろから遠慮がちに声を掛けられると、待っていたとばかりに手を堅く組み合わせ、傍に控えていた侍女のブリーセンをさっと振り向いた。
 「聞いて頂戴。わたくし、とても興奮しているの。あの方は今まで見たことも無い程の素晴らしい方だわ。いつもわたくしを値踏みするような者達とは違う。わたくしなどちっとも興味がない、という顔をしてご覧になるのよ?」
 「…今日お越しになった、ランスロット卿のことですね。」
 「そうよ。知っていたの?」
 「ええ、まあ。武勇の優れた方と有名ですから。」
 頬を染め、興奮したエレイン姫を宥めるように、ブリーセンはゆっくりと噛みしめるようにランスロットの名を口にした。
 「彼に、何か良い予兆は見えて? お前の占いは外れたことがないわ。何でもいいから教えて。」
 罠にかかってもがく兎のように、エレイン姫は必死になって尋ねた。
 そんな彼女を見て、ブリーセンはわずかに唇を歪めた。姫には気付かれぬ程度に。
 「彼は、非常に優れた騎士です。おそらく力量では他の誰も敵わぬほどの勇士でしょう。もし、姫様がこの世に並びなき騎士を夫に迎えたいとお望みならば――」
 「それは、勿論だわ。」
 「ならば、卿はとてもふさわしいお方と云えましょう。そして、あのお方を夫となされた暁には、おそらく姫様はこの世界で最も優れた騎士をお産みなさることができましょう。」
 その言葉に、姫は百万の味方を得たか如くに、喜びを露わにした。
 「わたくしが、優れた御子を産むことができるの? マリア様のように?」
 キリストの信仰は、この地にも徐々に根付いて来ていた。
 エレイン姫の家系は以前からこの新しい信仰を信奉しており、司祭達の間でも高貴な家系であるとして尊重されていた。
 彼らの説法によれば、キリストの母マリアは、神の恵みによって尊い御子をその身に宿したという。
 自分がそんな気高い母親になる――それだけでも、エレイン姫にとっては驚喜する予言だった。
 (あの方は間違いなく、わたくしにとって運命の方だわ。ブリーセンの云った通り!)
 姫は心の中で快哉を叫んだ。
 ブリーセンの占いは外れない。そしてそれは、常に彼女の望みと一致するものなのだ。

 …かつてブリーセンは、エレインに一つの占いを示した。
 『貴方様はいずれこの世で最も高貴な騎士と関わり、余人の羨む栄光を手にされることでしょう』と。

 「間違いなく、そうなりましょう。姫様は悩むことなく、ただランスロット卿をお慕いすればよろしいのですよ。」
 ブリーセンは気も漫ろになったエレイン姫に、言い聞かせるように繰り返した。

 望みが、もうすぐ叶うときが来たのだ。ここで失敗してはならない。
 …彼女は心の中でそう呟いていた。
 この姫君を通じて、ランスロット卿に関わることこそが、ブリーセンの秘めた野望だった。
 (かの騎士様は、優れた方に決まっている。アヴァロンがわざわざ迎え入れた者。それだけの能力を持った騎士など、他にはいなかったのだから…)
 この計画を成就させるには、慎重に事を運ばなくてはならない。
 ブリーセンは表に出ないよう気を配り、時を待った。
 そして、ようやく機会を得たのだ。ペレス王にそれとなく優れた騎士の噂を伝え、エレインにふさわしい高貴の者であるという認識を植え付けた。
 王はわざわざ彼を迎えに行き、ランスロットに惚れこんで連れ帰ってきた。
 全ては、予定通り。あとは、時を選んで少し後押しすれば良いだけのこと。
 麗しく可憐なエレインに男を惑わせることは、そう難しくないだろう。

 そして、…そうすれば、長年の夢が叶う。ブリーセンは狂おしい思いに身を震わせた。
 人知れず望み続けたことが、ようやく現実になるのだ。あと少しで――
 


***



 それから程なくして、ランスロットはペレス王に度重なる懇願を受けた。
 「ランスロット卿、ここに留まっては下さいませんか。私は貴方ほど立派な騎士を見たことがない。特別の理由がないのなら、是非ここに留まり、この宮廷に誉れを与えて欲しいのです。」
 この申し出に、ランスロットは正直言って困惑した。
 
 アーサー王の宮廷にすぐに戻らなくてはならないわけではない。
 寧ろ、しばらくの間は離れていようと決めていた。
 けれど、ずっとここに、となると話は別だ。
 彼にはアーサーへの忠誠が確固として根付いていた。
 例え一時は傍にいられないとしても、王として仰ぐべき対象はアーサーより他にない。
 それは彼にとって信仰にも等しい絶対のものだった。
 
 「…私は、アーサー王に生涯の忠誠を誓っています。王に何かあれば、そうでなくとも時が来れば、私は王の宮廷に戻ります。ですから、ここにずっと留まる事は出来ません。それほど私の事を買って下さるのは、とても光栄なことですが…。」
 「いいえ、それでもかまいません。」
 間髪入れずに答えた王に、ランスロットは目を丸くした。
 他の王の元にいつ行ってもかまわない、そんな都合のいい申し出があるだろうか?
 だが、ペレス王は真剣な面持ちを崩さなかった。
 「アーサー王の元に戻られるときが来たなら、卿をお引き留めしないと誓います。私達が望んでいるのは、騎士として奉仕していただくことではなく、もっと違うことなのです。」
 王はそう云うと、後ろに控えていたエレイン姫を隣に呼び寄せ、おずおずと切り出した。
 「私と娘は、貴方様を我が家族の一員としてお迎えしたいと願っているのです。私の息子として、そして、…娘の夫として。」
 「……ペレス王。それは…」
 あまりにも唐突な、そして真摯な申し出に、ランスロットは呆気に取られた。
 ――彼にとっては、初めての経験だった。家族になって欲しい、と望まれるなど。
 「…何故、私などを?」
 困ったように言葉を濁したランスに、王はそれこそ意外であると身振りで示した。
 「貴方ほど優れた騎士が、他にいるでしょうか? それに、わずかな間でも共に過ごした中で、貴方の心根の素晴らしさははっきりと分かりました。私は、貴方に我が領地の全てをお預けしてもいいと思ったのですよ。そして、娘もその心を捧げるに値する方であると確信したのです。」
 「…私はバン王の子ではありますが、それほどベンウィックとの関わりはないのです。別の…何処とも知れぬ異界で育てられたのです。ですから、このような古い由緒ある地に迎えられるような者では――」
 自分でも云うのが辛かったが、ランスロットは淡々と真実を告げた。
 
 王の血筋といっても、その身分は様々だ。
 もしアーサーの元で重用されなかったら、自分など、それこそ騎士にも列せられないであろう庶子に過ぎない――それが現実だった。
 
 だが、ペレス王は、その告白にも一向に動じる気配がなかった。それどころか、笑って答えた。
 「何をおっしゃいますやら。私は云ったはずですよ、『貴方ほど優れた騎士が他にいるだろうか』と。貴方の高貴な人為にあっては、生まれや身分など何程のこともありますまい。」
 「……っ」
 ランスロットは、その王の応えに胸を詰まらせた。王は、ただひたすら自分の中身だけを評価すると、そう云っているのだ。
 「この家の一員に――と、そうおっしゃるのですか…。」
 「そうです。何かあれば、ここから旅立っていかれるといい。そして、またここに帰って来ていただければいいのです。ここを、貴方の家として。」
 
 ――これほどの好意が他にあるだろうか。
 
 ランスロットはベンウィックで受けた深い切り傷が、たちどころに癒されたような気がした。
 ここにいてもいいという、王はその証をくれたのだ。
 『帰ってくる場所ができた』――その事実に、ランスロットは泣きたくなるほどの喜びを覚えた。
 アヴァロンでもなく、ベンウィックでもなく、別の場所に、自分には帰るところがある。それだけで、今までの不安も恐怖も薄れていく。
 「…王。それほどの好意を頂いてもいいのでしょうか。私などに…」
 「是非受け取っていただきたい。そして、できる事なら娘をその隣に置いて頂けませんか?」
 王の隣で、エレイン姫がその言葉に反応するように、遠慮がちに微笑んだ。
 その笑顔を見て、彼女を妻として愛せるかどうか確信の持てないランスロットは少し良心が咎めた。しかし、ふと感じた不安は、あえて無視することにした。
 (これほどの姫君なのだから。いずれ愛情を持てるようになるはずだ。きっと…)

 彼は、数日考えた後、申し出を受けることにした。
 自分を偽ったとは思わなかった。理性で考えて、そう結論を下したのだ。
 ここでなら、きっと幸せになることができる。
 美しい妻と、信頼のできる養父と、生まれて初めての普通の暮らしを味わうことができるだろう――。
 彼は、それが欺瞞だとは思わなかった。
 与えられたものだけで幸せにはなれないと気付くには、まだ若過ぎたのかもしれない。

 こうして始まった穏やかな生活は、あるとき、それこそ突然に破れた。
 自分が何者であるか、彼はそこに到って、ようやく思い知ることになった。…



***



 「アーサー王の軍が、ローマの皇帝を打ち破ったとのことですよ。」
 
 その知らせが入ったのは、ちょうどエレイン姫の出産が差し迫っていた頃だった。
 ランスロットがペレス王の宮廷に入っておよそ三年ほどが経っていた。
 「ローマの皇帝に…? では、大陸にまで軍を差し向けられたのですか?」
 ショックを受けてそう叫んだ彼に、王は穏やかに、しかし熱っぽく答えた。
 「いえいえ、王自ら海を越え、指揮を取られたとのこと。陛下は戦場でも先陣に立って勇猛に戦われたとか。皆がその雄姿に恐れ慄いたそうです。…全く素晴らしい。いかにローマの力が衰えたとはいえ…」
 「そうですか、陛下が…。」
 彼には、アーサーが戦場で戦う様子が、ありありと目に浮かんだ。
 きっと王はいつものように、エクスカリバーを腰に挿し、槍を振るって猛々しく突進していったことだろう。
 そして、その傍にはガウェイン卿やケイ卿が控え、多くの騎士がアーサーの号令の元に駆け出していく。
 …その興奮と、熱狂。あたかも昨日のことのように、喚声が耳に木霊する。

 (……っ! 私は…。私は、何をしているんだ?)
 突然、今この時に、自分がアーサーの傍にいないことが、ランスロットにはまるで罪であるかのように重苦しく感じられた。
 彼の身体中で血が逆流し、頭がガンガン鳴り始める。
 何故こんなに動揺するのか。理由は、分かりすぎるほど分かっていた。
 彼は戦いに、仲間に飢えていたのだ。
 
 本当のことを云えば、これは今に始まった症状ではなかった。
 このところ、何かに鬱屈をぶつけるようにして、わざと自らに厳しい鍛錬を課すことが増えていた。
 一日中でも身体を鍛えていないと、無性に落ちつかない。
 (…こんなことが、前にもあった。)
 この焦燥感と苛立ちには、懐かしささえ覚える。記憶をたどると、昔の穏やかな風景が鮮やかに浮かび上がった。
 そう、アヴァロンにいたときと、同じなのだ。この感情は。
 押し込めていた鬱憤は、完全に利己的なものだった。
 穏やかな暮らしを望んだのは自分なのに、こうしてしばらくしてみると彼の戦士としての本質が首をもたげてくる。

 戦いたい。縛られたくない。何よりも、自由でいたい――!

 そんな叫びが、身を破って出ていきそうな気がした。
 だが、身重の妻を置いて、自分を受け入れてくれたこの地を捨てていくことなど、許されるはずもない。
 ランスロットは、その欲求と重荷に引き裂かれそうになっていた。
 
 しかし、その後すぐに、欺瞞は暴かれたのだった。
 ――他でもない、彼自身の心の中で。



 エレイン姫の子が無事産まれたのち、彼に決心をつけさせるその出来事が起こった。
 無事に産まれた玉のような男の子を見て、王と姫は口々に云った。
 「この子は、世に優れた騎士になります。貴方様の血を受け継いで、最も高貴で勇敢な、誉れ高き騎士に…!」
 始めは、赤子を誉める際の常套句なのかと微笑ましく思った。
 けれど、その言い方があまりにも確信に満ちているので、彼はどことなくそれを不気味に感じた。
 「それは、私もそうなって欲しいと願っていますが…。」
 苦笑して云うランスロットに、彼らは熱に浮かされたような口調で断言した。
 「いいえ、御心配には及びません。この子が優れた騎士になることは、始めから定められていたことなのです。聖なる血を受けた、気高い御子なのですから。」
 「……どういう、ことですか?」
 怯えるように、ランスロットは問いただした。静かに、ゆっくりと。
 彼の問いに、彼らは戸惑うことも無く、嬉々として答えた。

 曰く、ブリーセンの占いで、ランスロットは姫の夫として最も相応しいと定められていたこと。
 そして、二人の間にもたらされる御子は、聖なる血を双方の血筋から受け継ぎ、最も高貴な騎士となることが予言されている、ということ。――

 ブリーセンというのは、エレイン姫の侍女で、魔術に長けているとの専らの噂だった。
 一度だけ、ランスロットも話したことがある。彼にとっては苦手な人種だったので、一言二言会話を交わしただけだったが。
 話したのは他愛も無いことだ。
 ――異界で育たれたそうですが、さぞや神秘的な所なのでしょうね、ランスロット様?
 確か、それだけだった。
 あの女は、一体何を知っているというのだろう。
 …年齢の推し量れない妖艶な女の容貌が脳裏に浮かび、咄嗟に寒気が襲ってきた。

 一方の王と姫は、ランスロットの様子の変化に気付くことも無く、無邪気なままだった。
 彼らは、年月を経るにつれ、わずかな思い違いをしていたのだが、それに気付くこともなかった。
 始めは確かに、ランスロットの技量と人柄を気に入って迎えたはずだった。
 その際に、ブリーセンの占いは決め手の一つに過ぎなかったはずなのに、いつの間にか全てが前もって決められていた事実であるかのように思い込んでしまっていた。
 全てが順調であるからこそ、そう信じ込んでしまったのだ。
 王と姫にとっては、定めであったかどうかなど、今や幸せを維持するための道具に過ぎなかった。
 
 だが。…ランスロットにとっては、その違いは見過ごすことのできないほどの、大きな問題だった。

 
 ――彼は、運命に全てを支配されることを厭うあまりに、かつてアヴァロンを飛び出した。
 そして、自らの手で未来を切り開こうとする彼は、考えを同じくするアーサーに出会い、その力強い姿勢に惹かれて終生の誓いをした。

 『何者にも左右されることなく、自らの手で自らの運命を切り開いていくこと』

 それは、盟友と彼が共に持っていた譲れない決意。
 ランスロットにとっては唯一にして絶対の、誤魔化すことの出来ない命題だった。
 それを、――ここで否定されるのだとしたら。
 それでは、自分は何のために戦う術を磨き、閉じ込められた箱庭を抜け出てきたのか?
 
 「…私は…。」
 ランスロットが呆然としながらも見出した結論は、単純なものだった。
 
 安楽で、穏やかな暮らしを、自分は望まない。
 望むのは、かの王の傍で、自らの力だけを頼みにして戦っていくこと。
 
 旅に出る前、アーサーに感じたかすかな恐れは、今もある。
 だが、それは自分の中でも気持ちの整理がついていた。
 アーサーは、王としてあまりにも強烈な意志を持っている。
 それ故に、ランスロットは友としての彼を恐れるようになってしまった。
 …だが、今ではその強さをこそ、彼は崇敬して止まないのだ。
 結局、己の信念は曲げられない――そのことを、彼は今やはっきりと思い知った。
 
 そして、同時に悟っていた。
 ペレス王やエレイン姫とは、この思いを決して分かち合うことはできないだろう、と。
 エレイン姫には、人並みの愛情は抱いていたはずだった。恋愛感情ではないとしても、大切にしたい、と思う。
 そもそも、好きでもない女性と生活を共にするなど、彼には堪えられないのだから。
 けれど、そうは云っても、他の全てを振り切って彼女を選べるような熱意はなかった。
 姫に与えてもらった安らぎには感謝していたけれど、実を云えば本心では、心ならずも種馬となった屈辱を感じてもいた。
 (私がいなくても、この子がいれば、貴方がたはそれで満足なのではないのですか。私はこの子を産みだすために必要だっただけなのではないですか。――)
 …自分でも情けないと思いながら、そんな非難が自然に浮かんで、頭から離れなくなった。
 生じた溝は、もはや埋められるものではなかった。



 ランスロットは、産まれた我が子に自らの幼名を与えた。
 ガラハッドと名付けられたその子が物心つく前に、彼はペレス王の元を辞し、アーサー王の宮廷に帰参した。
 ペレス王は、当初の約束通り、彼の帰参を拒まなかった。エレイン姫も。
 そのあっさりとした諦めに、ランスロットは理不尽と知りつつも、哀しみを覚えずにはいられなかった。
 ――私の存在は、やはりその程度のものだったのですね、と。…
 
 彼らの好意を素直に受け取れなかったことを、いずれ後悔するかもしれないと思った。
 自分が分かり合おうと努力しなかったことを、傲慢ではないかと恥じた。
 しかし、もう後ろを振り返ることはしたくなかった。

 全ては、彼の生き方を表わす行動だった。
 
 
 
 

 ・・
to be continued.
 

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