introduction
- sword -
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…letters there were
written in gold about the sword that saiden thus:
"Whoso pulleth
out this sword of this stone and
anvil is rightwise
born the King of England"
(Morte d'Arthur,
Malory)
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――夢見るのはいつも、霞のような雲の掛かったくすんだ青空と、視界を埋め尽くすたくさんの林檎の木だ。
そこで自分は、いつも天上の青い空と舞い散る白い花びらを見ながら、迎えに来てくれる誰かを待っている。
(きれいなはなびら。しろい、りんごのはな)
風は暖かく、日だまりは心地よく、こうして空を見上げているだけで幸せな気分になる。
自分でも起きているのか眠っているのかわからない、まどろみの時間。
それでもしばらくすると、不意に一人きりなのが不安になって、誰かの名を必死に呼び始める。
「まー。…ねー…まあー」
うまく言葉にならない叫びは、次第に泣き声と変わらなくなっていく。
泣いているのは赤ん坊の声。そして、それは多分自分の声。
だがいつも、こうして夢の中の泣いている自分がいるのと同時に、違うことを考えているもう一つの意識もまた、確かに存在した。
(なぜ泣いているんだろう。…何を待っているんだろう?)
「…なかないで、ここにいるよ」
透んだ幼い少女の声が聞こえた。その鈴を振るような心地よい響きの声を聞いただけで、夢の中の自分の意識が喜んでいるのがわかる。
「ひとりでこわかったの? ごめんね、だいじょうぶだよ」
(うん、こわかった…。そばにいてね・・・)
これはどちらの意識だろう?
寂しくて、哀しくて、でも少女が来た途端に嬉しくなって、泣きたくなるような気持ち。
…一体誰なんだろう。…会いたいな…
会いたい…
………
***
「…サー、アーサー、いいかげんに起きろ、こらっ!」
耳元で響くのは、先程の少女の声とは似ても似つかぬ、馬のいななきのような大声だった。
その罵声を、起きぬけの頭が聞きたくないと猛烈に拒否している。
(ああ…せっかくいつもの夢を見てたのに)
目を擦りながら、アーサーはしぶしぶ体を起こした。
目覚めた途端に夢の記憶は曖昧になり、いつもただ泣きたくなるような感情が残る。
それでも、おぼろげにいつも同じ場面なのは覚えている。
もの哀しいけれど、本当に美しい夢。
「おい、起きたのか。もう出かけるぞ」
そう云いつつ、のしのしと階下から上がってきたのは、六つ違いの兄であるケイだった。
今年の万聖節に騎士の叙勲を受けた兄は、周囲の大人たちにも引けを取らない程の堂々たる体躯の持ち主で、彼が入ってくるとただでさえ狭い角部屋がますます窮屈に感じられる程だった。
自分の悩みの種である、子供っぽいひょろひょろした体型とはまるで違う丈と幅。
(僕も六年したらあのぐらい育つのかなあ…)
兄を見るたびに無意識に出てしまうため息を、全く違う意味に取ったのか、ケイはのしのしと壁に作られた寝台に近づいてきて、アーサーの顔をのぞき込んだ。
「…なんだ、おまえ行きたくないのか? それなら置いていくぞ」
「違うよ! すぐ支度するから待ってて」
そのいかにも慌てた様子を見て、ケイは弟の頭をくしゃりとかき回すと、片手を振って下に降りて行った。
アーサーはいよいよ目が覚めて、兄に本気で置いて行かれては堪らないとばかりに、寝台から急いで跳び起きた。
何しろ今日は、兄たちとロンドンに一緒に連れて行ってもらえる大事な日なのだ。
三月も前から心待ちにしていたというのに、ここに一人置いて行かれでもしたら、泣くに泣けない。
アーサーは寝着を脱ぎ捨て、昨夜から準備していた旅用の上着に袖を通し、革紐で留めた。
仕上げに、万聖節に父からもらったばかりの少し長めの小剣を腰に差す。
最後に少しばかりの食料と薬草を入れる革袋を持って、彼は部屋を飛び出した。
(あーあ、こんな日に寝坊するなんて)
心の中で自分の頭をごつきながら、普段よりも一層騒々しい広間を抜けて外に出た。
晴れ晴れとした青空の下で、館の前の広場には既に人と馬の集団があふれかえっていた。
集まっている者達は、彼にも見覚えのある一族の者ばかりだった。
その中に父と母の後ろ姿を見つけると、アーサーは急いでその側に駆けよった。
「おお、来たかアーサー。さて、皆集まったかな。そろそろ行こうか」
父はアーサーの姿を認めるとそう云い、幼い息子の寝癖頭をポンポン叩いて、一瞬めっ、としかめ面をして見せた。
父のエクター卿は名誉と礼節の行いについてはやたら厳しいが、それ以外は動作の端々にまで優しさが滲むような人柄だ。
そんな温和な父の掛け声で、皆は振り向き列を整えた。
父のエクター卿と母の夫人、兄のケイ卿、アーサー、そして一族郎党の十数騎は、こうして新年の馬上槍試合の催しに出向くため、ロンドンへと向かったのだった。
***
エクター卿の領地はロンドンに程近く、旅というまでもない短い日程で、一行は目的地にたどり着いた。
館を出て、わずか三日。街道沿いを行けばすぐの距離にあるといっていいのだが、都市と田舎の差は日数では計りきれない違いがある。
ロンドンの大市が開かれる広場に程近い宿所に馬を止めて荷を下ろし、しばし休息をして落ち着いたが、それでもまだ日は高く、夕暮れ時には程遠かった。
宿の外からは集まった大勢の人の声が響く。
あちこちの訛りのきつい言い回しで賑わう音が聞こえて、久々に都市に来たアーサーは、とても落ち着いてなどいられなくなった。
「母さま、外を見てきてもいい?」
「駄目よ、アーサー。自分の格好を見てご覧なさい、埃だらけではないの」
綺麗好きな上に躾に厳しい母は、ロンドンに来たらそれなりの格好をしなければ、と顔をしかめた。
アーサーは元々活発な子供だったが、このところは一層動き回る範囲が拡大し、一晩森に行って帰らないぐらいのことはしばしばだった。
母の夫人にとって、アーサーにそれなりの格好と行動をさせることはもはや日常の欠くべからざる使命となっていた。
だいたい、薄汚れた無地の質素な単衣という彼の服装では、確かに温厚篤実の騎士とその名を知られたエクター卿の次男坊として、とてもふさわしいとは言いかねた。
そのまま外を歩いたりしたら乞食の子供とも間違われような粗末な身なりだ。
(別に僕のことなんか誰も見やしないのに…)
生来身なりに無頓着な彼は、いつも心の中でこうぼやく。
貴族の若様などといっても、普段はきらびやかな服など縁がない。
かえって身分にこだわって立派な服でも着ようものなら、ロンドンに山といる追い剥ぎに、さあいらっしゃいと手招きするようなものだ、と彼は思っていた。
そのうち旅荷の整理に気を取られ始めた母を尻目に、身軽な格好のアーサーは隙を見つけて宿所を抜け出した。
少し堅くなったパンのかけらを食べながら、街をきょろきょろとうろつきまわる。
「すっごい人だなあ…。これは絶対にいつもの年より多い」
普段は領地の中にしかいないとはいえ、アーサーもこれまでに街や定期市に連れてきてもらったことは(兄とこっそり遊びに来たことも)ある。
だが、今日の人出は今まで見たことのないような混み方だった。
年が明けたばかりの真冬だというのに食べ物の物売りも大勢いるし、父のような騎士らしき人も多い。
(…サー、アーサー…)
滅多に見られない果物に目が惹かれ、屋台を覗き込んでいた時、アーサーは空耳なのか、雑踏の中から自分の名を呼ぶ声を聞いた。
声のした方向にとっさに振り向いたが、見知っている人はいない。
(聞き間違いかな、アーサーなんて珍しい名前でもないし…)
そう思って歩きだした瞬間、今度は頭の中に直接、どうやら老人のものらしい低い男の声が響いた。
(・・・アーサー、剣を持つのだ。其方のために用意した剣を。《王の剣》を。早く…。)
「一体誰だ? 剣って…何を云ってるんだ」
左右に振り返って問いかけるが相手はいない。
周りの人々はきょろきょろとあたりを見回して声を上げる少年を見て、迷子か、と首を竦めて通り過ぎていく。
アーサーは声がしたと思われる方に向かって駆け出した。
老人の声は不吉なトーンで彼の耳に響いたが、何故か懐かしい…どこかで聞いたことのあるような気もしないではない。
「? ここかな…」
老人の気配を辿って行き着いた大きな建物は、凝った装飾に飾られた荘厳な教会だった。
本来なら人が大勢いるはずの、中心部にある教会だというのに、何故か今は人気がない。
不審に思いつつも、彼は入り口に近付いた。
だが、傍に行くにつれて、黒衣を纏った老人がまるで幻のように、現れては消えるのを繰り返していた。
(悪霊か…? でもここは聖なる教会なのに)
あまりに異様な光景に立ち止まったアーサーに、黒衣の老人は付いてくるよう目配せをし、そのまま墓地の方へと向かっていった。
その誘いに恐怖と好奇心が争いながらも、結局アーサーは彼の後を追った。
教会の脇にある墓地は人気もなく、寒々としていた。
さっきまで明るかった周囲は、ここに来て見る間に薄暗くなっていくように思われた。
その中を老人は実体の無い霊の如く、滑るように進んで行く。
しばらく行くと、奥の方に明かりらしきものが見え始めた。
恐る恐る近づいて行った彼が見たのは、薄暗い中にほのかな光を放つ燭台のようなものと、その傍らに立つ老人だった。
「来たか…。さあここに、竜の子よ」
「おまえ、一体誰だ? なぜ僕を呼ぶ?」
『そなた』を知っているからだ、と老人は答えた。
だからそなたを待っていた。そしてここへ呼んだ、と。
「僕はお前なんか知らない! さっき…さっき、何か妖しげな術を使っていただろう? お前は妖術使いなの? それとも魔物か、亡霊か…それとも…そうだ。もしかして」
「もしかして?」
「墓泥棒か!?」
実は、アーサーは墓の死体から万能楽を作るという話を旅回りの行商人から聞いたばかりだった。
夜に墓地に忍び込み、安置されている乾燥した遺体から金目のものを奪い、肉や骨をこそぎ取るという。闇に紛れるよう、暗い夜の衣装を纏って。
こんな与太話を嘘だと決め付けるほど、アーサーは世の中を知らなかった。
知っているのは、領地の中の森や村、そしてそこに住む素朴な人々だけ。
こうなると、こうと決めつけた思い込みが先に立つ。
アーサーは目の前の怪しい人物をにらみつけ、罪人とばかりに指さした。
老人はこの反応が間違いなく予想外だったのだろう。
元々細い目を更に細め、むうう、と唸った。
これは彼にとって笑いの婉曲的表現なのだが、もちろん初対面のアーサーには知る由もない。
「自分では人間のつもりだが…魔物とも云われるな。しかし墓泥棒とは初めて云われた」
そう言って、ふむ、と長い白髭を宥めた。
そうしてしばらく面白そうにアーサーを観察していたが、それはさておき、というように老人は首を振り、自らの傍らにアーサーを招いた。
最初燭台かと思われたそれは、剣、正確には、大理石の原石に抜き身で刺さったままの剣だった。
刀身の白い部分がほのかに光り、辺りを照らしている。
そしてよく見ればその部分に金文字で何かが彫られていた。
古い綴りでアーサーはすぐには読めなかったけれど。
「さあ取りなさい。これは其方の剣、其方の血の証」
「取りなさいって…」
剣は台に隙間なくくっついていて、しかも長い年月を経たとわかる苔や埃が降り積もっていた。
どう考えても、そうやすやすと抜ける代物とは思えない。
それに教会にあるような神聖な剣に触るのは気が引けたし(聖遺物とかの有難い宝物のように見える)、それより何より、第一にこの老人が信用できなかった。風体が怪しすぎる。
(もしかしてこれは魔物を封印してる聖なる剣で、こいつが触れられないから僕にやらせようとしてるんじゃ…)
そんなことを考えてアーサーがためらっていると、老人はそんな少年の心を読み取ったのか、くっくっと喉を鳴らし、剣の柄に触れて云った。
「別に我は昔語りに出てくるような悪い魔物ではないぞ? ただこれはそなたでなければ抜けないのだ。そのように創ったのだから」
「僕だけ…?」
老人に対する警戒心は残るものの、その言葉の甘い誘惑には心を動かされた。
自分だけが抜ける、自分だけの剣!
騎士志望の少年にとって、これほどの誘惑はない。
再度勧められて、アーサーは恐る恐る剣の柄に手を掛けた。
冷たいだろう、と予想した柄は、しかし以外にも手になじむ感触がする。
一旦触れてしまうと大胆になり、両足を台に載せ、思いっきり剣を引き抜こうと力を入れた。
(剣が…光る・・・!)
力を入れるまでもなく、まるで慣れ親しんだ鞘から取り出したように、剣は光を強めながらすっと抜けた。
「抜けた…」
剣は彼の手に在ることを喜ぶように刀身を白く輝かせ、そこにある金色の彫刻文字を浮き彫りにした。
「読めるかね、アーサー? そこにはこう書いてあるのだ。
『この石より剣を引き抜きたる者、其はこの王国の正当なる王として生まれし者』と」
黒衣の老人はその言葉と共に、一瞬だけ会心の笑みを浮かべた。
「?」
言っている意味もわからないまま、アーサーは振り返った。
そこにいる老人の微笑み。
…それはまるで、おやつをもらった子供のような、この上もなく無邪気なものに見えた。
***
王の剣を引き抜いた者がいる、と大騒ぎになったのは彼が剣を抜いた、その次の日のことだった。
ここロンドンにこれほど多くの人が集まっていたのは、馬上槍試合のためというのももちろんだが、実はこの剣を抜くことを目当てに訪れた騎士も大勢いたのだ。
今年の正月に、この試合の結果によって長年空位であった王の座を決定しようという合意が、有力諸侯の間でなされていたのである。
だからこそ、王を決める前に剣を抜くものが出たというのは大事であり、諸侯の目論見を台無しにするとんでもない事件だった。
そしてこの騒ぎの中で誰よりも驚き、困惑したのは当のアーサーであり、また彼の父と母、そして兄だった。
「アーサー、本当におまえが抜いたのかね? まさかこんなことで嘘を云いはすまいが…」
エクター卿は、皆に請われて再度剣を抜くため教会に向かう途中、それこそ息子に向かって何度も確認した。
「僕にも良く分からなくて…。でも簡単に抜けたんです。信じてください。あの、変な老人がやったのかもしれないんだけど・・・」
教会では多くの民衆と騎士、更には高位の貴族、大司教までもが顔を揃え、彼の登場を待っていた。
居並ぶ人々の顔は様々だった。
高貴な人々は一様に胡散臭げにちっぽけな少年をねめつけ、貴族達は驚きの表情を浮かべるものがいれば、面白そうに髭を摘まむ者もいる。
民衆は期待にみなぎった瞳を向けるもの、おどおどと見上げるものなど様々だったが、大半は興奮した様子で見守っていた。
そして老人の中にはアーサーを見て拝み始める者さえいた。
アーサーは一旦大司教に昨日抜いた剣を預けた。
大司教は剣を両手で捧げ持つと、神妙に元の台座の石に差し戻した。
「まず我こそはと思う者は抜いてみよ」
その大司教の呼びかけに、腕力には自信のある剛の者が数人、名乗りを上げて挑戦した。
兄のケイよりも逞しいようなその者たちは、刺さった剣など片手で抜いてしまいそうな迫力の者ばかり。
…しかしいずれも、如何に力を振り絞っても、剣を引き抜くことはできなかった。
「…ではアーサー、やってみなさい」
挑戦する者がいなくなった時点で、父に付き添われ、アーサーは剣の前に立った。
隣に立つ父が安心しなさい、というように、ゆっくりうなづいてくれる。
(もし、抜けなかったら・・・)
しかし、そんな気持ちがよぎった瞬間、アーサーの頭の中で、昨日聞いた老人の声がこだました。
『これは其方の剣、其方の血の証』
…血の証…?
昨日聞いたときには何とも思わなかった一言に、心臓が激しく鼓動する。
(血って、なに――)
意識の集中は途切れていたが、体は無意識に動いていたらしい。
今度も昨日のように、剣はあっさりとアーサーの手に収まった。
「抜いた!抜いたぞ!」
「剣が・・・王の剣が・・・なんということだ」」
ざわめく周囲の民衆の声に加え、貴族や騎士たちも、がやがやと口論をし始める。
「なんと…。本当にあの少年が剣を抜いたのか」
「何故他の者に抜けんのだ」
あまりにあっさりと抜けた剣に、先程挑戦した剛の者たちが信じられない様子で、再度挑戦しようと集まってきた。
それを見て、ずっとしり込みしていた者達も、俄然やる気を出して腕まくりし始める。
そんなこんなで、教会周辺の大騒ぎに収拾のつかなくなったその時。
突然輪になった人びとの中心に現れる者がいた。
白く長い髭をたくわえた、黒い長衣の男。
(昨日の老人!)
「静まられよ、方々。我はマーリン、亡きユーサー・ペンドラゴンの側に在った者だ。この少年は、アーサーこそは、ユーサー王の正当な嫡子に他ならない。剣を抜いたことがその証明」
老人は杖を振るい、大きくはないが妙に響く声で、そう言い放った。黒衣を纏い、古びた樫の木の杖を持つ、あからさまな異端の姿。
その、彼の纏う雰囲気の不吉さに、周りは一段と騒がしくなった。
「なんだと! マーリンだと。昔、王に張り付いていたあの胡散臭いエセ坊主か?」
「ユーサー王の嫡子だと? …王には息子などいなかったはずだぞ!?」
「なんという! 騙りに違いない。神をも恐れぬ所業じゃ。騙されてはいかんぞ!」
そんな周囲の人々の声は、しかし当のアーサーの耳には届いてはいなかった。
彼は、自分の肩に置かれた父の手が小刻みに震えるのを、ただじっと見ていた。
「父さま…何かの間違いです、きっと。あの老人が魔法を使ったんですよ! だって人によって剣が抜けたり抜けなかったりするなんておかしいし…」
アーサーは焦って早口になりつつも、父に説明をしようと懸命だった。
なんだか、とんでもなく自分が悪いことをしでかしたような、そんな気がして堪らなかった。
自分が剣を抜いたことがこんな大事になるなんて、実際には思ってもみなかった。
ただ父に迷惑をかけたような気がして、彼は居たたまれなかった。
しかし、息子の云うことが耳に入っているのかいないのか、父の表情は固まったままだった。
いつも優しげに目尻の下がった、血色のいい父の顔が、今はまったく蝋のように白く、血の気がない。
…が、アーサーがそんな父の顔から目を移そうとしたとき、不意に肩から手を放したかと思うと、マーリンと名乗った老人に向かって、唐突に叫んだ。
「マーリン、そういうことだったのか! 私の死んだ息子の代わりに、この子を預けると云うのは、こうなると見越して――」
「そうです、エクター卿。卿ならば、王子の理想の養い親になるとわかっていました。あなたはアーサーを我が子同然に育て上げてくれた。甘やかしもせず、しかし、しっかりと愛情を持って」
「何故、何故言ってくれなかったのだ、何故!私は我が子として、私の、息子として・・・・・・」
その父の言葉に、母も兄もはっきりと驚愕していた。
誰も真実を知らされていなかったことがその表情でわかった。
マーリンから自分を預かった父ですら、何も真実を知らされていなかったのだと。
――つまり、彼の云うことが真実なのだ。
自分は、父の息子ではなかったのだ、と。
***
「つまり、私は用意された偽りの家族の中で育ったんだ。まるで、本当の家族みたいにね。…でも幸せだったよ。ずっとあそこで暮らしたかった。私はエクタ−卿と夫人の息子で、ケイ卿の弟で在りたかった。」
今でもね。
そう、馬の上で目を閉じて呟くアーサーは、実際、王というよりも外見通りの傷つきやすい少年に見えた。
実際、自分がいきなり違う存在になってしまったこと自体が、悪い夢なのではないかと今でも思う時がある。
あの日を境に父は父でなくなり、兄は一番近い『臣下』になった。
臣下。…誰より憧れていた、年上の兄が。
「私も養い子です。ただ貴方と違ってそれを幼い頃から知っていましたし、ずっと養母に反発していて、結局こうして飛び出してしまいましたけどね」
アーサーと馬を並べてそう云うのは、まるで背に羽が生えているかのように軽やかで、少女のように華やかな容姿を持つ少年だった。
色の薄い金の髪に白銀の甲冑が光を弾いて鮮やかに映えている。
今まで誰にも言えなかったことを彼にだけ打ち明けたのは、その人間離れした美しさのせいだったかもしれない。まるで夢のような。
彼は見ている人を思わず微笑ませるような、不思議な魅力に満ちていた。
「…行こうか、ランス。そろそろ皆と合流しないとね」
「はい、アーサー」
少し雲行きの怪しくなって来た空から逃げるように、二人は共に馬を走らせた。
・・to be continued.
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