風の歌う処
When the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine until tomorrow let it be
[Let It Be / Lennnon/McCartney]
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暗雲たちこめる夜も
僕の上に射す一条の光が
夜明けまで 僕を守ってくれる
[レット・イット・ビー/レノン/マッカートニー]
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8
ノヴァーリスの機関系操作室で、クレアはあちこちのデータを引っ張り出しては唸りこみ、頭を抱えていた。
(どうして航路チャートがこうも無計画なのかしら。行ったり来たり、燃料の無駄ばっかり)
この船を動かすこと自体は、彼女にとって始めからそれほど困難ではなかった。
ノヴァーリスを網羅する中枢機能は、エリジオンの原型である恒星間宇宙船の頭脳をコピーしたもので、かつてリンクしていたマザーとほぼ同系統のもの。
都市全体を扱っていた頃に比べれば、今のほうがはるかに範囲は狭い。
だが、脳波に直接リンクしていない分、昔よりは操作を面倒に感じることも多かった。
それも今では慣れてきて、反応の遅れにもイライラしないようにはなってきたのだが。
むしろ、彼女を悩ませる問題はいつもフィルにあった。
あちこちで安易に厄介ごとを引き受けては、彼女に断りも無く次の行動を決める。
このヘリオスでの面倒もそうだ。今も呼び出しをくらって、お説教でも受けているのだろう、だいぶ時間が経っても帰ってこない。
(余計なことばっかりするからよ。…まあ、ヘリオスの役に立つから、今回はいいけど)
彼の気まぐれは、時に彼女をひどく苛立たせる。
それでもいつも最後に許してしまうのは、彼の願いがいつの間にか彼女にも伝染してしまうからだ。
そのとき、船の内部に警戒音が鳴り、侵入者が近づいたことを彼女に告げた。
(ロウ? …違う、それなら警戒音なんて鳴らない。誰かしら)
船の外部に取り付けられた望遠モニターには、見覚えのある子供たちが映っていた。
(彼らなら、セキュリティの捜査外にしておいたはずなのに――)
不審に思った彼女だったが、すぐにその原因を悟った。
その後ろに見えるのは、もしかするとヘリオスの『番犬』ではないだろうか。
(…あの子達、今度は何かやらかしたの?)
わずかなため息をつきながら、彼女は船の入り口を瞬間だけ開放した。
――なんだかんだ言いつつも子供に甘いのは、彼女の生まれ持った特質だった。
***
入ってきたアルファは、見るからに申し訳なさそうな様子で、おずおずとクレアに事情を説明し、助けを求めた。
「ごめんなさい、クレア。…その、迷惑なのは分かってるの。でも、…」
「いいわ、だいたい話は分かったから。でも、ティアン。あなたはどういう目的でここに来たわけ?」
アルファには優しく答えたクレアだったが、一方の逃亡者であるティアンには、やたらと冷たい視線を向けてこう訊ねた。
「どういうって…。えーと、」
とっさに言葉につまり、彼はクレアのきつい視線を避ける。
「つまり、何も考えずに来たってこと。…まったく、彼といいあなたといい、男ってどうして考えなしの行動ばかりするのかしらね!」
少々八つ当たり気味な彼女の怒りに、二人は顔を見合わせて、ひたすら大人しく頭を下げた。
どうもタイミングの悪いときに来たらしい。それだけははっきりしていた。
「逃げてきたって言うけど、あなたたちはヘリオスを出るわけじゃないんでしょ? 最終的には何をしたいの」
「…だから、…とりあえず、今は矯正を受けたくないんだ。でも委員会から正式に命令が出てるらしいから、逃げるしかなくて…」
「でも逃げ続けるなんて無理だって分かってるの。少しだけ考える時間をくれればいいから、」
二人が必死で自分たちの考えをまとめようとしていたとき、船の内部で鳴り響いていた警戒音が、違う音に変わった。
「…まさか…」
クレアが焦った様子で端末に向かう。彼女が見つめるディスプレイの先にあるのは、おそらくは緊急時用の連絡暗号だろう。
「やっぱり…。まったくもう! 人の言うこと聞かないからよ!」
彼女はそう叫ぶと、苛立たしげに机を叩き、しばらく怒りをあらわに黙り込んだ。
そして、落ち着いてからようやく二人のほうを振り向いた。
「あの、クレア。フィルがどうかしたの?」
恐る恐る訊ねたアルファに、クレアは憮然とした表情で答えた。
「どうかしたわね。拘束されてるかもしれない。…いい薬だから、しばらく放っておこうかしら」
「ちょ……クレアっ!」
二人は焦ってそう言ったが、彼女はもはや彼らの言うことなど少しも聞いていなかった。
憤然と立ち上がり、さっさと奥の部屋に入っていく。
呆然としたままの二人を後から振り返って、ついでのように「ついて来て」と促した。
彼らはクレアの様子に驚きっぱなしだったが、これで、彼女が始めから怒っていた原因も分かったような気がした。
「ずっと心配してたのね、フィルのこと。クレアってやっぱり苦労性」
「…うん」
「さてと。私が仲介するから、あなたたちはちゃんと自分で話しなさい」
クレアは奥の操作室に入ると、中央に置かれた巨大な筒状のマシンを動かし始めた。
それからおもむろに、傍の直結した端末に近づき、その中に置かれていた不思議な形のヘッドセットを頭につけた。
「仲介って、誰と話すの?」
ティアンが不思議に思って問い返すと、彼女は馬鹿にしたように目を見開いた。
「CCよ。ヘリオスに決まってるでしょう。他に誰と話せば解決するって言うの」
分かりきってることを言うな、と言わんばかりの彼女のセリフに、ティアンは唖然として答えた。
「はあ? 直接CCと話だなんて、そんなことできるわけないじゃないか。しかもここで?」
「私は無理なことをしろなんて言わないわ。アルファもいい?」
「クレア、何言ってるの? どういうこと? CCは市民と話なんてしないわ。評議会のメンバーなら特別にそういうこともあるだろうけど…」
混乱する彼らを無視して、クレアは長いケーブルを何本もつけた格好のまま、ものすごい速度で手元の端末を操作し始めた。
『…ティアン、アルファ。つながったわ』
突然、クレアの声が、彼女のいるところとはまったく別の方向から聞こえた。
「クレアなの?」
『今から中継するから。いいわね?』
「な…」
『良き友ヘリオス、邪魔をしてごめんなさい。私の応答に答えてくれるかしら?…』
四方から反響する彼女の声をよく聞くと、それは微妙に違和感のある合成音だった。
その柔らかな響きに呼応するかのように、一瞬の間を置いて、深いバリトンの声が答える。
『我が古き友、そして我が親愛なる娘。…何か私に用かね?』
彼らのやり取りを伺っていたティアンとアルファは、その男性の声を信じられない思いで聞いた。
「まさか、…CC? CCの声?」
『あなたに聞いて欲しいことがあるの。まずはお願いもあるのだけど…、いいかしら』
『君の頼みが不合理だったことはない。いつなりと、耳を傾けよう』
『ありがとう、ヘリオス』
呆然としたまま、二人はその場に凍りついた。
***
『君のパートナーの件は、うまく計らおう。彼らはとても優秀だが、やはり長期的な視野を養うのは困難なことだな。間違ったことを言う者たちではないのだが…。』
『正しいことは必ずしもベストではないものね。…でも、とにかくありがとう。これでなんとかあなたの望んだ役目を果たせそうよ。私はこれからも、あなたの友情をいつも信じています。そしてあなたもそうであることを願っているわ』
『君の判断を、私も信じているよ。良き友、クレア』
二人――というか、一人と一台のやり取りは、まるで台本に書いてある芝居のように淀みなく進む。
彼らの思考は滑らかで、どこまでも機械的だった。
(これって、本当にクレアが話してるんだよな…?)
最初のショックがさめてから、ティアンは目の前のクレアをまじまじと観察し始めた。
彼女に取り付けられている装置は、おおよその状況から言って、おそらくは脳波を直接リンクさせる働きがあるのだろう。
しかし、生身の人間が巨大な都市コンピュータを相手に果たして対等に話ができるものなのか、彼にはどう考えても不思議でならなかった。
向こうから跳ね返ってくるフィードバックで、普通ならば一瞬のうちに脳が破壊されてしまう。
扱う情報量が桁違いなのだから、直接の交感などまともに出来るわけがないのだ。
それなのに、彼女はこのやり取りで特に苦しんでいる様子もない。
「…そうか。だから彼らはここにいられるのね」
アルファが納得したように、横で呟いた。
彼が理解できないという顔で見返すと、彼女は説明するようにゆっくりと話し始めた。
「この船は外船登録に記載されてなかったのよ。調べたけど、元々存在しないことになっていたの。たぶん、ヘリオスから直に滞在許可をもらったのね」
「それって、…違法じゃないのか」
「そうね。でも私たちはCCが認めたら疑いなんて持たないもの。そうでしょ?」
「…」
「クレアがこんなことできるなんて…。でも、これって本当にすごいわよね。そう思わない? 彼らは関税なしに通行できる唯一の船なんだわ。移動するだけでも、かなりの利益を上げられる。…やろうと思えば、違法行為だって」
『ところで、ヘリオス。あなたの子供たちも話があるらしいの。聞いてあげて欲しいんだけど、いいかしら?』
突然クレアから話を振られて、ティアンとアルファはびくっと飛び上がった。
ちょうどクレアとノヴァーリスのことをこそこそ話していた最中だったので、もしかしたら聞こえていたのかと、背中に冷や汗が走る。
『…子供たち? 誰だね?』
「あ、あの、クレア。何を話せばいいの? 私たち、…」
『思ってることをそのまま話せばいいのよ。さっき言ってたことでいいの。彼はちゃんと聞いてくれるから、大丈夫』
「…」
クレアと言い合う声が聞こえたのか、それとも姿まで中継されているのか、CCは彼らを瞬時に判別し、まっすぐに呼びかけた。
『ユスティアン。それから、…アルファ。確認した。私に何の用だね?』
「…っ。僕たちの名前、知ってるんですか」
CCから名を呼ばれて、ティアンは反射的にそう叫んでいた。考えてみれば当たり前なのかもしれないけれど、それでも驚いた。
(こんな子供のことまで、やっぱり知ってるんだ…)
『当然だ。私の子供たちの名を、私が知らぬはずがない。さあ、言いなさい』
ヘリオスの言葉は簡潔で、ひょっとしたら怒っているのかと思えるほどだったが、その声音はあくまで事務的だった。
「あの。…僕たちはついさっき、矯正を受けるように言われました。でも、嫌なんです。今はどうしても。だから、少しだけ待って欲しくて…」
ティアンは、これがいかにも子供っぽい言い草だと思って、自分でも情けなくなった。
(嫌なんです、なんて。もっとまともな言い方をしたいのに!)
『矯正か。委員会がそのように判断したのなら、私は極力それに立ち入ることはしたくない。なんとなれば、彼らの判断もまた、議論を重ねた正当なものと推定されるからだ』
「それは、そうかもしれません。でも…」
CCの無機的な声に圧倒されるように、ティアンの言葉は徐々に力を失っていった。
なにをいえばいいのか分からなかった。
間髪を置かず返答を返してくるCCと話していると、自分が間違ったことで駄々をこねている子供に思えてくる。
「私は矯正を受けても構いません。でも、…。それではたぶん、また思い出してしまうと思います」
ティアンの声を引き継ぐように、横のアルファが口を挟んだ。
いったん話し始めると、彼女からは堰を切ったように言葉が溢れてくる。
「私は、あなたの保護の下で守られてきました。嬉しいことや楽しいことがたくさんあって。たぶん、昔の私にはこんな幸せなんてなかったんだと思います。そうですよね?」
『アルファ。…お前はセレネの娘だが、私の子供になると願ったはず。矯正はそのためのものだ。幼い子供が辛い記憶など持つものではない。お前が望まぬことを私は強いたりはしない。違うか?』
「そうです。私は忘れたかったし、市民になりたかった。だから、あなたは全然悪くないんです。だけど…」
アルファはそこで声にならないほどの大きさで、ぽつりと呟いた。
「ここで重ねた全ての記憶より、私にとっては一つの記憶のほうが大きかったみたいなんです。忘れたいけど、忘れられなかった。だからきっと、それは大事なものなの。絶対忘れちゃいけないって、昔の私が決めたことだと思う…」
『…そのようなことを思い出すのは、辛くはないのか。お前が泣くのを、私は望まない。私は、私の子供たちがいつも幸せであることを願う。それが私の存在意義であり、なすべきことの全てであるからだ』
「…辛いことは、忘れなくちゃいけませんか。私が覚えていたいと望んでも?」
『なぜそのような哀れな望みを持つのだ。心を痛めることなどない。私はお前を守りたい。――幸せにしたいのだ』
二人のやり取りを聞いているうちに、ティアンはCCに対する偏見をあっさりと改めた。
今までずっと抱いていた印象が、瞬時にして崩れていく。フィルを見ていて、そうだったように。
だけどそれは自分が知らなかったからだ。今は会って話をしたんだから、少しは分かる。
この機械は、…『彼』は、厳格で真面目で堅苦しい。それは確かだった。
だけど彼はトールとは違う。自分の規律の下に置きたいのではなく、保護したいのだ。市民をその手で優しく包み込んで、守りたいと願っている。
――それがプログラムのなせる業であろうと、デジタルな反応であろうと、確かにそうなのだから。
そう思ったとき、ティアンには、どちらが正しいのか分からなくなった。
アルファの願いとCCの願い。
どちらが正しくて、どちかが間違っているかなんて、誰に判断できるだろう。
そのとき彼はもう一度、二人で泣いたことを思い出した。
辛くて恥ずかしくて、とても情けなかった。どう考えても、あれが良い思い出とは言えない。
でも今、自分はあのときの涙を忘れたいだろうか…?
「ヘリオスを守っているのは、セレネやエイオースから避難してきた人たちなんでしょう? 私やこの都市を守ってくれているのは、あなたや他の都市の市民なのに、それを知らずに、心も痛めずにいていいんですか」
アルファが突然、反抗的とも取れる口調で言った。ずっと我慢していたのを爆発させたかのように。
彼女がこんな声で話すのを、ティアンは初めて聞いた。
そして、その言っている内容も初めて聞いた。戦ってるのは、ヘリオスの市民じゃない?
「私は守られるのに慣れてしまって、それがおかしいってことにすら気がつかなかった。でもそれは知らなきゃいけない――忘れちゃいけないことでしょう?」
『知る必要はない。戦いはお前たちの罪ではなく、そのためにお前たちを犠牲にすることなど認められない。そして、その災厄からお前たちを守るのは私の役目なのだから』
「でも。戦っているのは、私にとって大切な人かもしれない。思い出せないけど…」
『お前が全てを忘れるように、彼ら自身が望んだ。新たな生を歩んで欲しいと私に願った。お前の名が全ての始まりを意味するのは、そのためだ』
「…私の名前…。じゃあ、その人たちが、私に、忘れて欲しいと望んだの?」
『そうだ。お前が思い出して苦しむことなど、彼らは望んでいない』
アルファは目を伏せて俯いた。辛い沈黙が降りる。
「そんなの、勝手だ」
ティアンは彼女の消沈した姿に苛立って、思わず叫んだ。
『何がだね?』
「…そんな風に、勝手に守って、勝手に幸せになって欲しいなんて。こっちの気持ちはどうなるんだよ。感謝もさせてくれなかったら、どうしたらいいんだよ」
『感謝など望んでいない』
「だからっ…! 僕だって、いろいろ考えられるんだ。悩んだり、人を思いやったりできるはずなんだ。それなのに、そうやって囲い込まれたら、何も考えられなくなるじゃないか!」
CCは何も答えなかった。きっと呆れている。そして、ミクロン単位のため息をついているのかも。
――でも、たぶん、それでも僕のことを投げ出したりはしないんだ…。
そう思ったら、なんだか勇気がわいた。こんなワガママな文句だって、思い切り言える。
アルファには甘えだって言われるだろうけど、それでも言いたいんだ。
実際、CCと話をしていたら、機械かどうかなんてどうでもよくなった。
自分にとってただ必要なのは、気持ちをぶつける相手だったんだ。
「僕は、僕自身のことだけ考えているときは、命がとても軽かった。記憶も命も、別になくしたって構わないと思うぐらい」
『命が軽い? お前の命はとても重い。私にとって市民一人一人の命はかけがえのないものだ』
衝撃を受けたように、CCは言った。人間だったら、おそらく『傷付いた』のだろう。
だからティアンは、彼を慰めるように付け足した。
「でも、今は少しだけ重くなった。アルファやフロラや、フィルやクレアのことを考えたら、僕以外の命も僕の中に重なって、重くなったような気がする。それから、泣いたら少し強くなったかもしれない。二ヶ月前の僕より、ほんの少しだけど」
『…そうか』
CCは幾分ほっとしたように呟いた。市民の生命を守るというのは、おそらく彼に課せられた義務でも最重要課題なのだ。
「だけどフロラみたいに忘れたら、あいつはいつか泣くよ。一度リセットしたって、絶対思い出す。それで、一人でいることに耐えられなくなるかもしれないんだ。そんなのダメだ。あんなに寂しがってるのに、何度も同じ思いをするなんて…」
フロラは昔の自分と同じだ。だからこそ彼女の痛みが手に取るように分かる。
…ティアンはそれを思い出して、また胸の奥が詰まるような感じがした。
黙っていたアルファも、彼の言うことに賛成するように、俯いていた顔を上げた。
「私もそう思う。もしかしたらあの人が、私を守るために戦っているのかもしれないって考えたら悲しくなったけど、でも、…嬉しかった。私のことをそんなに考えてくれる人がいたら、悲しくなっても大丈夫だって思うの。その人のことを考えた分だけ強くなれる」
『だとしても、お前はそれで、苦しむだろう。私はお前が苦しみ悲しむ姿など見たくはない――』
本当に、この機械はどこまでも優しかった。そしてクレアの言うように誠実だった。
だけど今なら、僕たちだってCCのことを考えてあげられる。
「僕らに自分で考える時間を下さい。あなたのことや、外界のことや、僕たち自身のこと。いろんなことを自分で考えたい。答えを始めから出されると、僕たちは大切なことも考えられなくなるから。…そうじゃないと、ただ息をするだけの人形になってしまうんだ」
『それでは、私はどこまでお前たちを守ればいいのだろう。私の市民に、どうしたら幸福を与えてやれるのだ?』
CCは心底困ったように問いかけた。彼に与えられた任務は、あまりにも抽象的で、どこまでも限度のないものだったのだ。
『ヘリオス、見守ってあげて。あなたが必要だと判断できないことなら、やらないでいいのよ。彼らは自分でも考えられる。そうでしょう?』
『クレア。…それでは、私には存在する意味がない。私は出来る限りのことをしなければならない。それが私の作られた意義であり、目的ではないかね?』
あくまで生真面目なCCに、クレアは優しく笑った。
『…そうね。それなら、あなたは出来る限りのことをすればいいわ。もっとたくさんの子供を受け入れてあげればいい。アルファみたいな子を』
『それについては考察の途中だ。他の都市の子供を哀れには思う。だが、無条件で受け入れることはできない。なぜなら、私の市民を害する恐れがあるからだ。彼らがここにうまく適応できるかどうか――彼女はそのための試金石だった』
「…だから、私の名前はアルファなんだと思ってました。一番初めの実験だから」
表情のない声でアルファが言う。それを聞いたCCは冷静に、しかし不思議に温かさの滲んだ口調で否定した。
『それは先ほども言ったように違う。・・・しかし、その影響を調べねばならなかったのは確かだ』
『それなら試験は終わりでいいんじゃないかしら。彼女は優しくて良い子じゃない』
『…。そうだな。次の検討課題にしよう』
ティアンは、この会話を聞いていて、やっぱり少しだけアルファが羨ましくなった。
彼女はいろんな人に必要とされて、大事にされてるような気がする。彼女の名前も、そんな人たちの祈りがこもっているんだから。
そんなことを考えていたら、彼の思考を見透かしたように、CCは最後にこう言った。
『それでも私の子供たちには、これからも幸せでいて欲しい。私がその名に願いを込めたように』
「? 僕の名前も、意味があるんですか」
驚いて聞き返したティアンに、CCは当たり前だと言う口調で諭した。
『子供の名に思いを込めぬ親がいるものか。お前はその名の通りに育っていると思う。私はそれが嬉しい』
「僕の名? …ユスティアンって何か意味があるの?」
『正義の神の名だ。正しいことをしっかりと言える子に育って欲しいと』
それからCCは一呼吸置いて、まるで自嘲するような声音で言った。
『…だが、正義とはやはり多面的なものだ。お前は己が正しいと思うことについて悩みたいと言った。それはおそらく、私の願うところと一致するのだろう。だから、私は嬉しい』
これを聞いて、ティアンはやっぱり泣いてしまった。
――ちっとも記号なんかじゃなかった。
そんな何気ないことが嬉しい。
…いいや。本当に嬉しいことは、もしかしたら、こんなちっぽけなことなのかもしれない。
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