きれいな感情 



 
 
 それは一緒にティアナ王女のもとへご機嫌伺いに参上した時のこと。

 「お前もティアナを見習って少しは女らしくしたらどうだ?」

 からかい気味にそう言ってみた。
 何しろこの妹ときたら、いつも着古したボロの短衣を纏い、髪は短くほったらかしにしたまま。
 まるでそこいらの子供と変わりない様子で堂々と歩き回っているのだ。

 (着飾れば少しはマシになるものを)

 彼の妹であるノーブル伯は、実際にはマシになるどころか、かなりの美女に変身するであろう整った容貌の持ち主である。
 だが自らも美形であるからか、もしくは単に目端が利かないのか、エリエナイ公のそのあたりの認識はかなり鈍い。

 ――ところが、からかわれたはずの彼の妹は、そんな兄以上に鈍かった。
 きょとんと兄の顔を見返すと、次に面白そうに瞳を煌かせ、こう呟いたのだ。

 「…女らしくしろ、なんて。初めて言われた」

 
 
                            *
 

 
 
 「お前の故郷というのは、余程自由奔放な育て方をするようだな」

 屋敷に戻り、広間で彼女と差し向かいで話しながら、レムオンは今まで聞く機会のなかったことをいろいろと尋ねてみる気になった。
 普通に育った娘ならば、15,6ともなれば嫁入りしてもおかしくない年頃である。女らしくしろ、というのは最もよく聞かれるお小言だろう。
 彼の妹になった少女――、エルフィーネの故郷も、ディンガル領内にある名も無き村の一つだと聞いていた。
 ところが、村娘にしては彼女は聡すぎるし、また別の意味ではあまりに無知すぎた。
 年頃の娘が持つべき恥じらいや少女らしいしたたかさの代わりに、子供のような好奇心と行動力を人並み以上に持ち合わせている。
 (一体どんな親のもとで育つとこんな娘ができるのだ?)
 ――あくまで、この娘の環境に興味を持ったから。だから、聞いてみるだけのことだ。
 そう、誰にともなく言い訳をしつつ、この風変わりな『妹』のことを知りたいという欲求が抑えきれずに、好奇心を装って問いかけた。
 
 「私の場合は特別かもしれないけど。…父に、兄と区別無く育てられたから」
 「普通の女のように嫁に行き、子供を産めとは言われなかったのか」
 「別に、結婚しちゃいけないわけではないけど。でも生まれたときから、自分には村の人たちを守る義務があると言われて育ったし、神殿に収められている文物を保管する役目もあって」
 それで一通りの読み書きなどの教養も積む必要があった、と彼女は付け加えた。
 つまり、ただの村娘とは言えない育ちをしてきたのは確かだったのだ。
 「…ずいぶんと開明的な父上のようだな。だが、お前が女だということは変えられまい? 今のその格好やら物言いやらは、とても女らしいとは言えん」
 「女らしいってどういうもの?」
 今度こそ本当に、訳が分からないといった風情で、エルフィーネは首をかしげて問いかけた。
 「……」
 親の顔が見てみたいと、心底レムオンは思った。
 

 

 「――エンシャントの北方に、新月の塔というのがあるの、知ってる?」
 唐突に、少女はいきなり違う話を振った。
 その内容に、かすかに眉を上げてレムオンは反応したが、表情は変えなかった。
 「あそこはダルケニス族の聖地といわれるところだけれど、」
 今度は明らかに、視線が冷ややかなものに変わる。
 考え込むように話をしていたエルフィーネは、その変化には気付かなかったけれど。
 「昔、その近くの山城にダルケニスの貴族が住んでいたの。彼は家族も無く孤独に暮らしていて、周辺にあった村の者達とも交流しようとしなかった」
 「…」
 「それで、周りに住む村人は理由もなく彼を恐れた。いつか自分達に害を成すんじゃないか、娘を攫い血を啜るんじゃないか、って。――あるとき、とうとう村人は有志を募って彼に襲いかかった」
 「…よくある話だ」
 吐き捨てるようにそう言うと、レムオンはこれ以上聞く必要もないとばかりに顔を背けた。
 しかし、エルフィーネはかまわずに先を続けた。
 「まだ続きがあるの。――結局襲った者は帰ってこなくて、その後冒険者を頼んでみた。挙句の果てには当時の王が兵隊を差し向けた。でも、駄目だった。誰も帰ってこなかったの。
 …それで、彼らは恐る恐る貴公子に聞いてみた。
 『貴方は我々に一体何を望むのか』。彼は言った。
 『私に干渉しなければそれでいい。…だが、望むものと言われたなら、私はそなた達の村で新月の晩に生まれた麗しい金の乙女を望む。…もし、彼女もそれを望むならば…』
 彼は村に住む金の髪の乙女を見初めていたの、密かにね」
 「で、そいつらは哀れな生け贄を差し出したわけか、保身のために」
 「……? どうして?」
 彼女は心底不思議そうに尋ねてきた。
 
 だが、話の流れでいけば当然の成り行きではないか?
 それとも、果敢に娘を守って戦ったという昔話なのだろうか?
 
 「生け贄じゃないでしょう? だって、娘が望むなら、と彼は言ったのよ」
 「――それは建前だろう。娘が泣く泣く人身御供にされた、というのが実際のところだ」
 今度こそ信じられない、といった表情で、少女は兄の顔を覗き込んだ。
 「…前から思ってたけど、変わった考え方するのね、みんな」
 「何がだ」
 「だから、貴方もティアナも。どうして彼女が、あんなに王女であるっていうことを嘆くのか、いつも私は分からない。それに、スラムの人たちの諦めきったところとか、タルテュバの変なところとか、そのあたりも、全然。」
 「……」
 俺とティアナをあのバカと同列に扱うな、とレムオンは思ったが、一応黙っていた。
 「貴方の貴族の誇りは、少しわかる。皆を、国を守るべく生まれたから、自分にその義務があるって考えるのは。」
 そうでしょう? と、エルフィーネは意外なほど上品に、確認するように問いかけた。
 「だから、この女(ひと)も同じだと思う。皆を守るため、それに何より自分が彼のところに行きたいと思ったから。だから行ったのよ、望んで」

 「…随分とおめでたい、少女趣味的な思考だな」
 ふん、と鼻を鳴らして嘲笑った。
 正直、こうやって嘲笑しなければレムオンは圧倒されそうだった。
 彼女のあまりにも自由な、…高貴な魂に。
 「やっぱりそうは考えられない? 実際、彼女が赴いた後は争いも無くなったのに?」
 「そう考えたほうが良心の呵責に苦しむことはないだろうな、他の連中も。そもそもが強迫観念から始まったのだから、犠牲を捧げたら許されるとでも思ったのだろう。村人の方はな。…だが、大体、本人以外にわかるものか。幸せかどうかなど」
 「うん。だから、それは想像するしかないけど…。でも、彼女は幸せだったと思う」
 「?」
 「だって、何も望まない人が唯一、自分だけを望むと言ってくれたのよ?それって最高に幸せなことじゃない?」
 「…ダルケニス、でもか」

 その押し殺したような声に返事を返そうとして、エルフィーネは自分でもそれがさすがに少女趣味だと思ったのか、少しだけ照れたように微笑んだ。
 「――愛していれば、問題外だわ」
 …その言葉に、彼が呆然となったのも知らず。
 
 黙り込んだ兄に、彼女はいよいよ呆れ果ててしまったのかと少々慌てて、何故こんな話を始めたのかを、照れ隠しに早口で説明しだした。
 「この話を父がしてくれたとき、こう言ったの。
 『力に優れ、争いを始めるのは男だが、争いを諌め、心を癒すのは女のほうが巧みだ。この乙女が何十人もの戦士に優ったように。…お前は戦士だが、同時に女でもある。他のものにない利点を持っているのだよ』
 だから私、女らしいっていうのはそういうことだと思ってる。他の人と穏やかに分かり合えたり、優しく接したりできるってこと」
 
 ――どこまで。
 どこまでまっすぐに生きれば気が済むのだろう、この娘は?

 その澄んだ精神が、彼には毒のように思えた。
 濁った池に住む魚が澄んだ泉では生きられないように、この少女の心に触れるとその清らかさが痛みとなって突き刺さる。
 いっそ滅茶苦茶に穢してしまいたくなるほどだ。
 透明なガラスを割るように、新雪に足跡をつけるように。
 この娘は人間の負の部分しか見ようとしない自分の醜悪な部分を暴き出す。
 ――それとも、この暗い物思いを打ち砕いてくれるのだろうか?

 「…お前なら。お前なら、どうする?」
 「え?」
 突然の問いかけに少女は怪訝な顔をする。
 自分から尋ねておいて、その返事から逃げるように、レムオンはそんな少女に背を向けて立ち去ろうとした。
 半ば無意識に、そう聞いてしまったことも後悔した。

 「ああ…」
 なるほど、と後ろで納得する声がする。
 「ふふ、私は行くと思うよ。でも」
 彼が振り向くと、そこで悪戯っぽく少女は微笑んだ。
 「好きじゃなかったら始めから行かないもの。好きだったら一緒に行く。一緒に生きたい」
 だが次に、ついさっきの王宮前でのやり取りを思い出したのか、ぷい、と紅くなった顔を背けた。
 「…どうせ、行くアテがあるのか、とか言うんでしょ。」
 これでも結構モテるんだから、とふくれる少女を見て、レムオンはまだまだ子供だと、内心ほっとした。
 ――しかし一方で、不意に湧き出してきたのは、身の内を焼くような焦燥感。

 
 『一緒に行く』  ――…イッタイ、ダレト…?


 自分を襲った焦りと苛立ちの正体は、彼にははっきりしなかった。
 ただ、どうにも落ち着かなくなったので、仕方なく、彼にしては珍しく感情のおもむくままに行動することにした。

 「…もう、女らしくなれとは言わん。だが、せめてもう少し身奇麗にしておくのだな。」
 そう言うと、その長い指にエルフィーネの細い金の髪を絡め、滑らかな頬にそっと触れた。
 なぜか、そうしたかった。
 そして、かすかに掠れた声で、耳元に囁いた。
 ――まるで、恋人への睦言のように。

 「お前もまともな格好をしていれば、…悪くない」

 「…っ」
 その言葉に、エルフィーネは震えた。
 今まで聞いたことのない声音に。
 あるいは、今まで感じたことのない予感に。
 

 
 
                             *
 
 

 
 
 ――お前なら、どうする?

 ――私なら一緒にいきたい。…もし貴方が、それを望んでくれるなら
 

 

 
 
 

 end.

 

 
 

*afterword*

 ミイス女主です。どう考えても別人です。
 これも由良さんのところでアップして頂いてます。なんというか、運営のジャマしてます…(T T)

 
 

 
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