もう1つの未来


 
 
 
 『そうだ、俺はティアナが好きだった』

 ――バレバレだったわよ、何度も。
 あんなにあからさまに態度に出ちゃうのに、よくも面の皮厚くして宮廷政治なんてやってられるわよね。

 『…忘れてくれ、醜態だった』

 ――全然、そんなことないのに。
 醜いとこなんか誰でも持ってる。
 そんな風に自分を隠そうとするからどんどん内側に溜め込んで。それで誤解されたり、気持ちがわかってもらえなかったりするのに。

   
   
 
                     *

 

 「――ばっっっかみたい!前からそうじゃないかと思ってたけど、外面に騙されてた。やっぱりそう、あいつバカよ!」
 「…!? どーしたのぉ? ソフィア」
 ロストールの酒場(ちなみにスラムのではないほう)で突然大酒を飲んだ挙句、怒り上戸になって暴れ始めた友人に、ルルアンタはぎょっとして尋ねた。
 「う〜ん…。ね、もし頼んでもいないのに、いきなり花束贈られたらどう思う?」
 「え?え? はなたば?」
 話が見えない上に、何だかソフィアの鼻息の荒さに酔った勢いの訳の分からん怖さが加わっていて、ルルアンタはロクに答えることができない。
 「そんなにイヤかな? でもこっちだって大事なものあげるわけだし、別にいいよね!普通は喜ぶよね? ね?」
 「だから何の話ししてるの〜!?ソフィアっ」
 「よおっし、決めた!やっぱり善は急げ、悪は滅ぼせってね!ちょっと行ってくるわ」
 そう高々と宣言したかと思いきや、座っていた椅子を蹴り倒し、大通りへ走っていく。
 …が、すぐに戻ってきてひょこっと入り口に顔を出し、最後にこう叫んでいった。
 「明日は休みね!みんなにも言っておいて!」

 「……なんなのぉ??」
 台風の通り過ぎた後の静けさ。
 あっけにとられているルルアンタ。と、周りのみなさん。
 「・・・いつも、お元気な人ですね」
 ロストール酒場のアイドル・フェルムちゃんがしみじみと呟いた。



 すう〜 …はあ。
 
 一方、勢い余って猛然ダッシュでリューガ邸まで来たものの、多少は頭が冷えてきたのか。
 ソフィアは門の前で息を整えるべく、深呼吸を繰り返していた。
 「お帰りなさいませ、ソフィア様」
 そこにタイミング良く(というか彼はタイミングの悪いときなどない)、リューガ家一番の権力をひそかに握る執事が迎えに現れた。
 「…あ。えっと、ただいま。セバスチャン」
 さん付けが最近やっと抜けてきたばかりで、挨拶はまだどことなくぎこちない。だが初めて会ったときから何くれとなく世話を焼いてくれ、それでいて押し付けがましくもない彼は、今ではエストと並んでソフィアの敬愛を勝ち得ている。
 「どうかなさったのですか。そのように息を切らされて」
 「ん? あ〜、なんでもないの。ね、…兄様はいらっしゃる?」
 「レムオン様は御在宅ですが、…今は誰も入れるな、との仰せで」
 ――やっぱり。
 (こないだあんなことがあったから、締め出すつもりね〜。あの臆病者っ)
 思いっきり顔を顰めたのが圧力となって伝わったのか、セバスチャンはおそらく確実に劣勢に立たされるであろう主を庇うように、遠慮がちに付け加えた。
 「レムオン様は最近お疲れのようで…。王宮にも伺候が途絶えがちなほどなのです」
 「…ふ〜ん。まあいるならいいわ。悪いけど通らせてもらうね」
 出来ればあまり刺激して欲しくない、という彼の無言の訴えも通用せず、ソフィアはずかずかと、勝手知ったる邸内を突き進んでいった。
 「ソフィア様っ…!」
 押しとどめる声も力がない。

 彼女がこうと決めたら、止められる人間は2人しかいない。
 ――そして、今は誰もこの場にはいなかった。
 
 

 「兄様?ソフィアです。入ります」
 「入る」
 な、とレムオンが言おうとした時には、しかしもう遅かった。
 日頃の鍛錬で培った無駄のない俊敏な動きで、彼が扉を開けた一瞬の隙に、ソフィアは猫のように、すっと部屋の中に入り込んでいる。
 「…。相変わらず礼儀のなっていないヤツだ。入るときは確認を取ってからとあれほど」
 「ちゃーんとノックもしましたっ。名前も言いました。完璧じゃない」
 …ああ言えばこう言う。
 こめかみを抑えつつ、レムオンはぶつぶつと呟く。
 その兄の姿を上から下まで凝視して、ソフィアは内心安堵のため息をついた。
 (なんだ、そんなに落ち込んでもいないか)
 そう、なんだかんだ言っても彼は『冷血の貴公子』。人前で取り乱すことなどそうそうあるものではないのだ――。
 と、思っていた矢先。

 「俺は今、お前と遊んでるヒマはない。出て行け」
 自分と視線を合わせようともせず、兄は冷たく言い放った。
 
 

 「…」
 「聞こえなかったのか? 出て行け」
 「…ってよ」
 「何だと?」
 「ちゃんと、あたしの顔見て言ってよ」
 「……」
 ――だって、手が震えてる。
 表情もよく見ると落ち着きがない。焦っているのがわかる。
 (怖いんでしょ、見透かされるのが)
 「なんでそんなに追い出したがってるの? 一番隠してた秘密まで知られちゃったから、今度はほんとにあたしを殺す?」
 詰め寄る彼女に、レムオンは後ずさることしかできない。
 そうやって追い詰められるまま、ずるずると後退する。
 「お前、酔ってるな。帰れ。酔っ払いの相手などしてられるか」
 「ほーら、そうやって逃げる!いっつもそう。そんなの宮廷の寝ぼけたジジババ連中にしか通用しないんだから!あたしはっ…!」
 ソフィアはいきなり息がつまったように、苦しげに胸を押さえた。
 「あたしは逃げない。じゃないとあんたにお説教もできないんだもの!」
 頬を紅潮させて、自分の服の胸元をぎゅっと握り締めてなおも言い募る彼女に、レムオンは何も答えることができなかった。
 こんな、生々しい感情を剥き出しにされるのは、彼の最も苦手とするところだ。まともに応答するのも避けたい。
 自分の理性がきかなくなることこそ、彼の最大の恐怖なのだから。
 だから、ただ彼は、その迫力に反して意外なほど細い肩に手を置くことしかできなかった。
 それも、彼女を宥めるためなのか、黙らせたいからなのか、本人にもわからないまま。

 
 「…あたしは」
 (言うな)
 肩に置いた手に、力がこもる。
 「あたしは、あんたのこと好き」
 「…黙れ」
 「黙らない」
 何故こんな展開になったのか、彼はもはや運命神を呪わずにいられなかった。
 この娘は、恐れもせずに自分の懐に飛び込んでくる。これ以上、自分の中の醜いものをさらけ出したくないのに。
 「はしたないと思わないのか、女のくせに」
 「男のくせに何年もうじうじしてるよりずっとマシでしょ!子供の頃って、それ一体何年前の話よ!アンタ彼女イナイ暦何年!?(って死語か!(爆))そんなに好きなら言いなさいよ、ゼネテスから奪っちゃえばいいじゃない!振られたら潔く諦めるとか他に恋人作るとか、いくらでも他に道があるでしょうがっ!!」
 「…簡単に言ってくれるな…!」
 あまりに一挙に怒鳴ったせいか肩で息をする妹を見下ろし、レムオンは怒りのあまりにギリギリと奥歯を噛みしめる。
 
 ――そんなことは何度も考えたことだ。こんな小娘などに言われるまでもなく、幾度も幾度も。
 それでも粛然として立ちはだかる暗い血の宿命。
 どうしようもないからこそ、こんな歯痒い状況に甘んじざるを得ないというのに。

 「お前などにわかるものか」
 上等な長衣の襟首にしがみつく手を強引に振り払い、苛ただしいほどに澄んだ深青の瞳を至近距離から睨みつけて、酷薄に言い放つ。
 「…どうして。何が?言ってくれなきゃわからない」
 「うるさい」
 
 その瞬間、ソフィアの中で何かがぶち切れた。
 「もーーーー怒ったっ!!!『風の精霊よ、汝の息吹を我が掌に』!!」
 早口で最短の印を結び、詠唱を完成させる。集中力の要求される詠唱を怒号と共に瞬時に行う冷静さは、はっきりいってかなり恐ろしい戦闘能力である。
 そして、最小の影響だったとはいえ、室内での効果は抜群だった。
 レムオンはいきなりの突風に体を吹っ飛ばされ、したたかに壁に頭を打ち付ける。
 「痛っ…!」
 「こんなに言ってもわかんないんじゃ仕方ないわね!」
 そう宣言すると、ソフィアは床に転がったエリエナイ公に対して恐れ多くも容赦なく、馬乗りになって押さえつけた。
 「なっ」
 「ちょっと我慢しててよ、すぐ終わるから」
 「お前何を…、よせ、馬鹿!」
 少女は悪戦苦闘しながら、明らかに彼の衣服を脱がそうとしていた。
 (何を考えている、こいつは!!)
 「いいから大人しくしててよ!言葉で気持ちが通じないときはいろんな方法があるんだって聞いたんだからっ!」
 「…っ!どこのどいつだ、そんなことを吹き込んだ痴れ者は!」
 「酒場の誰かよ…もうっ!この服めんどくさい、破っちゃおうかな」
 今や明らかにソフィアの様子はおかしい。正気には程遠い。
 酒に酔っている上に言い争いで興奮して、もう手がつけられないし、だいたい自分でもどうしようもないのだろう。
 (まったく!癇癪を起こした子供と一緒か!)

 「…お前、やり方わかってるんだろうな」
 「… え …?」

 途端にソフィアの手が止まる。

 ――やり方?
 頭が真っ白になる。

 ――って? …え?
 
 「初めは――」
 こうだろう、とレムオンはすばやく姿勢を立て直して少女を抱きしめ、その唇に軽く触れた。
 突然の思いがけない反撃に意表を突かれ、呆然となった少女は、もはや恐るべき<ロストールの剣聖>ではなかった。もちろんレムオンがこの隙を見逃すはずもない。
 『来たれ、眠りを誘う安らかな夢』
 耳元で優雅に流れるのは低音の、それでいてよく響く詠唱。
 (しまった!兄様呪文も…)
 マスタークラスだっけ、と思い出す暇もなく。少女は意識を失い、兄の胸の中に倒れこんだ。


  「……効いたか」
 ふう――と、額に手を当て、深い深いため息をつく。
 普段ならばおそらく眩暈も起こさせないであろう、状態異常の類の呪文。
 しかし、意識をそらせられれば確率も上がる。
 「一体なんなんだ、お前は」
 そう言って、腕の中で無邪気に熟睡する少女の顔を覗き込んだ。
 前から変なヤツだとは思っていたが、まさかこんな素っ頓狂なことまでやらかすとは。
 「何とか言え、馬鹿者が」
 相手が何も言えないと確認してこそ言える、このセリフ。

 彼とて、ソフィアがここまで暴発した理由はなんとなく察してはいた。
 ――つまり、お互いに相手にどう接していいのかわからなくなってしまったから。
 『偽りの家族』では押さえきれない激しい感情をもてあまして、だ。

 意識のないソフィアの体を軽々と抱えてベッドに寝かせ、額に貼りついた黒髪をかきあげる。
 あどけなく眠っていると、さっきの荒れ放題が嘘のように、大人しく可憐に見えた。
 「…これに襲われそうになったのか、俺は」
 そう考えると、とてつもなく可笑しさがこみ上げてくる。
 
 ――エリエナイ公レムオン・リューガ、強姦の危機!

 自分で考えるだけでも馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
 「下らん。…下らなすぎる」
 そう言いながらも、自分の顔に、久々に笑いの表情が浮かんでいるのは間違いなかった。
 (…まったく、退屈させない奴だ)
 無意識に妹の手を取る彼は、本人も気付かないうちに、優しい微笑を口の端に浮かべていた。
 「俺は、いくらなんでも女に襲われる趣味はない。ましてや妹にな」
 
 ――だが、もし俺が …?
 自分の本当の一番の秘密を彼女に打ち明けて。
 彼女が妹ではなくて。
 そんな可能性がこの先にあるとしたら…?

 「そのときは、お前に襲われるのは御免だ」

 「そのときは――」
 

 
 
                              


 
 To another future or …? 


 

 
 end.



 

*afterword*

 初書きの汁ss。由良さんのssにえらくハマりまして(特に裏が!すんばらしいのです!)、HP(⇒
コチラ)に無理やり送りつけました。
 ほんとに拙いものですがアップして頂いてます。
 とにかくしょーもない兄をどうにかしてやろうと思って書いた覚えが。
 …どうにかしすぎたか??


 
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