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 「…また、なのか」
 「ええ。ですがまあ、代わりは準備が出来ていますから、問題ありません。」
 「やけに、早いな。――早すぎる。…あいつが云ったのか?」
 「いいえ、彼は何も。これは私が独断でしていることですから。」
 「……。あいつ本当にどうかしてる。あんたも…」
 「どうにもなったりはしませんよ――いまさら。切りますよ、時間のムダです。」
 「『あれ』は消耗品か? それとも、…玩具か?」
 「……消耗品にしては高価すぎますよ。いずれにせよ、」

 どちらでも、同じことです。
 …そう云おうとして、口をつぐんだ。
 『自分と世界にとっては』、どちらでもいい。役に立ちさえすれば。
 
 

 
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 軍上層部の執務室とは思えない、アルミ張りの簡素な扉の前に立って、少女はかすかに顔を強張らせた。
 あらゆる部署に対応するキャパシティを持つとはいえ、研究所以外の人間と長時間を共にするのは初めてだったので、緊張は隠し切れない。
 しかもこれから上官に当たる人物について、世間の噂は良し悪しを問わず乱れ飛んでいた。
 曰く、稀代の英雄である、否、とんでもない山師だ、もしくは、彼は『芝村』そのものだ。――等々。
 (私の仕事には関わりない。上官が誰であろうと)
 迷いを追い出すように頭を振って、扉を心持ち強くノックした。
 …一瞬の間をおいて、滑らかなテノールの声がした。
 「どうぞ、入って」 
 初めて聴くのに、何故かその響きが懐かしい。
 ――そして。
 その声音に触れて、少しだけ体の芯が痺れるような、そんな感覚を覚えた。


 「本日付けで配属になりました、芝村千翼長であります。」
 「…やあ。待ってたよ、舞。」
 きびきびと軍令を施した自分に、彼は喫茶店で待ち合わせでもしていたかのように、気軽な返答を返してきた。
 初めて会ったはずなのに、やけに親しげな、馴れ馴れしい微笑を浮かべて。
 …おそらく自分はひどく胡乱な顔を向けたに違いない。
 彼は目を見張って、驚いた様子をしていた。だがすぐに事情を察したように、苦笑して口元に拳を当てた。
 そして、わきを向いてぶつぶつと呟いた。
 「…そうか。何も入れてないんだな、今回は」
 (今回――?)
 「いや、気にしないでいい。…君に会えて嬉しい。それだけ」
 「…? 有難う、…ございます。」
 なんと答えていいのかわからず、自分らしからぬ無意味な返答をした。

 『彼』は予想に違わぬ若さで(まだ20を越したぐらい、らしい)ブルーへクサの特徴である青い人工的な髪を、少々軍規違反では、というほど長めに伸ばしていた。
 瞳も同じく、青そのまま、といった青。
 あまりまじまじと観察するのは嫌だったので、それだけを見て取ると、淡々とした口調で指示を仰いだ。
 そのまま、用意された席につき、決済事務の一部を処理し始める。
 仕事を始めてしまえば、機械的に体が動いて、むしろ楽だった。
 
 
 「『…君に会えて、嬉しい。』」
 その日、割り当てられた殺風景な個室に帰ってから、不意にその一言を思い出して、口の中で反芻した。
 「生まれて」初めて聞いた、存在を言祝ぐ言葉。

 ――声を聞いたときと同じように、少し、胸の奥が痺れた。
 

 
 
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 「何故メモリーを挿入しなかった? 資金の問題?」
 「違いますよ。そのほうが長持ちするでしょう。…それに、貴方の暇潰しにもなるでしょうし」
 ――奇妙な間が空いて。酷薄な微笑が映った。
 「次は無いと思え。――暇潰し? …冗談じゃない。それなら、今やってる暇潰しを止めてやろうか?」
 「…失言でした。貴方にとっての重要性はわかっていますよ。本当に、そのほうがいいと判断したのです。これまでの例を検討の結果。」
 「……。配慮は、受け取っておこう」

 打ち切られた通信画面を眺めて、ため息をつき、ずれた眼鏡を合わせた。
 「玩具はむしろ、我々のほうですよ。…茜君」
 

 
 
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 惹かれるのに、時間はかからなかった。

 四六時中傍にいて、時々じっと自分を見つめる視線に気が付いて、体中が火照ることがよく起こるようになった。
 羞恥、という感覚は彼女にはなかった。
 研究所では隠すところなどなく、常にあらゆる所員の検査の目に晒されてきたのだから。
 けれど、彼に見られていると、違った。

 初めは慣れていないからだと思った。
 外に出て、違う環境で生き始めたから、緊張が取れないのだと。
 だが、いつまで経ってもその症状が治まらず、…それどころか、ひどくなった。

 「…よければ、食事でもどう? 書類の残りも一緒だけどね」

 しばらくして、徐々に勤務外でも過ごす時間が増えた。
 断る気には、どうしてもなれなかった――彼の声を聞いてしまうと。
 周りも、何故かしたり顔の連中が多かった。

 …まるで、仕組まれているようだ。
 そう思ったときには、もう遅かった。
 自分の全てが彼に向いていた。
 心も、体も、…おそらくは、魂さえ。
 
 
 
 「速水厚志。…元九州戦区、第5121独立駆逐戦車小隊所属。」
 いつしか、中央管理室の端末から、何度も軍の情報網へアクセスを繰り返すようになった。
 多目的結晶からのアクセスは神経系に直接リンクするため、軍の情報網に潜るにはリスクが大きい。
 仕方なく、発信元を二重三重に誤魔化しながら、目的のデータバンクに近づいた。
 一応の情報は前もって入手していたけれど、それでは足りなかった。
 何でもいいから知りたい、…そんな欲求に苛まれて、キーを叩く日が続いた。
 
 1999年、九州…当時の激戦区だ。
 彼はそもそも使い捨てに召集された、学兵の一人にすぎなかった。
 半年ももたず死ぬはずだった、駒の一つ。
 それなのに、生き残った。全ては、彼自身の資質による奇跡。
 「アルガナ、銀剣突撃勲章五回、…絢爛舞踏章」
 恐るべき勲章の数だった。普通の人間が一生かかっても得られない数を、わずか2ヶ月で獲得。
 その後、軍で着々と昇進を重ねている。…

 経歴上は何も不審な点はない。
 けれど、彼は明らかに――何かしら、異常な存在感を有していた。
 軍内でも常に注目を集め、人脈も金脈も並のものではないと云われている。
 様々な作戦も、交渉も、彼を避けては通れない、と。
 芝村とのつながり故にか、それとも彼自身の――?

 そんなとき、一つの項目が目に留まった。
 「ウーンズライオン(傷ついた獅子)…」
 戦死した兵士の戦友が受け取る、特殊な勲章。(一体、誰の…?)そう思って、該当者を当たる。
 第5121独立駆逐戦車小隊…戦死者1。
 続けて調べようとして、エラーが重なった。
 
 「甲種アクセス不可。…センター経由…これも駄目、か」
 何かが隠されているのは、明白だった。
 それは、おそらく彼に関することに違いなかった。しかも、自分のアクセスを拒否することもあらかじめ想定した上で。

 それでも、知りたい。…妄執にとりつかれたように必死になる自分が、ふと気付くと、どこか滑稽だった。
 

 
 
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 「リークは?」
 「程々に。彼女の適性では、通常のトラップなどやるだけ無駄です。すぐに突破するでしょうから」
 「諦めがいいんだな、今回は徹底的に封鎖するのかと思ったが」
 「…初めから知らせたらどうなるか、試しに今度やってみましょうか?」
 「――吐き気がする」
               
 

 
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 彼の底知れない不気味さを知りつつ、舞はあえて騙された。自ら、望んで。
 仕方がない。彼が傍にいるだけで、指先が触れるだけで、呼吸すらままならないほど、自分の身体が愉悦を訴えるのだから。
 
 「…初めは、怖がってなかった?」
 「そうかもしれない。」
 「今は、いいの?」
 「…今も、怖い。一緒にいると、自分が自分でなくなるようで」
 「そんなに強張ってるからだよ。…僕だけ意識してれば、それでいい」
 「私は、私だ。――流されたくない。でも、…気持ちがいい」
 「…いい返事だ」

 意地悪く笑う彼が腹ただしいと、よく思った。
 今までも、『芝村舞』を知っていたのだろうと、その澄ました顔に向かって云ってやりたかった。
 未だに不明な部分はあっても、既におぼろげには掴めていたのだ。自分は、手慰みの代用品に過ぎないと。
 けれど、それでもいいと諦めた。
 きっと自分はそのために生まれた。彼の必要とする代用品になるために。

 ――そう信じて、必死で彼を愛した。
 己の存在意義をかけて。 


 
 

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