![]() 3 再会してからというもの、私たちはよくケンカをした。 理由は些細なことばかり。 仕事のこととか、相手の細かいクセとか、果てはどっちが先に挨拶をするか、とか。 以前なら気にならなかったことが、いちいち癇に障る。 私が怒ればすぐに謝っていたのに、今では素知らぬ振りで無視したりする。 離れてた間に彼は変わってしまった。 …前は話さなくても通じ合えてたのに。 私がいない間に、彼はいろんな人と交わって違う人になったのだ――ひとりで。 あるとき、彼はこんなことまで口走った。 『君はずっと眠ったままだから、身体は成長したけど子供のままだ』 ディアならともかく、ロウにまで子供扱いされる覚えなんてない。 そもそも、そんなこと言うなんて無神経がすぎる。 …。 再会してから、私は混乱してばかりいる。 会ったときは、あんなに嬉しかったのが嘘のよう。 今は、イライラしたり、驚いたり、…変わった彼が怖くなったり。 なんでロウを怖がらなくちゃいけないの――私が。 *** 彼女は全然変わってなかった。 柩の中で眠る姿を見ると、まるで昔話の眠り姫みたいだっていうのに、中身は別れたときのままだ。 昔は大人びてると思ったけど、そんなのはまったくの勘違いだった。 彼女はただ、世界を拒絶してる。…僕から逃げてる。 何より、一番腹が立つのは―― 『――ディアだったら、そんなこと言わなかった』 …これだよ。 何かというと彼女は父の話をする。 二年ぐらい一緒にいたからって何なんだよ、すっかり懐いちゃって。 僕以外の人間の話をするクレアなんて初めて見た。 …。 なんで父親に嫉妬しなきゃいけないんだ。 彼女は何も知らない。 僕が二年どうしてたかとか、何を考えてたのか、とか。 ただ遊び呆けてたわけじゃないんだけど。 …忘れようと無意識に思うたび、罪悪感で苦しんだことなんて、きっと知りもしない。 僕はもう、別れたときの子供じゃないんだよ。 *** 僕が執政官に就いてから、分かったことがいろいろある。 僕らが都市に無償で奉仕するべく作られた存在だということ。 エリジオンの支配の構造は、すでに破綻しているということ。 厳格で無情に見えた父が、都市とクレアを守るために必死だったってこと。 父が倒れたのも当然だ。真面目にやってたら、とてもこなせる量じゃない。 全てが僕らの責任と指示のもとに、この都市は動いている。 何もかもがどうかしている――実際。 一ヶ月もすると、僕の苛立ちは頂点に達した。 マザーに筒抜けであることは百も承知で、個人用の回線を使いまくった。 罷免されることを恐れる必要がなければ、案外何でもできる。 今現在、僕の代わりはいないのだから。 『ディアの寿命が短いのも当然だよ。半分はカローシってやつだな、そりゃ』 「僕は死ぬつもりなんてない。適度に手を抜いてやってるよ。参事会のジジイはごちゃごちゃ言ってるけど、そんなの知るもんか」 『おまえ、ホントにそこで大人しくしてられんのかよ?』 エディはヴィジの向こうで、笑いながら僕の話を聞いてくれる。 上のほうの事情なんて一般市民は聞けないからな、楽しいよ…とかなんとか言って。 彼はおどけた外見に反して、いろんなことに興味を示し、深く考えるタチなのだ。 そして、その最大の長所は、「先入観を持たない」ということ。 だから、僕に近づくことを躊躇わなかった。今も、そうだ。 以前から、僕に目的を持って近づく人は多い。 利権がらみとか、単に興味があって、とか理由はいろいろだけど。 でも例えばエディにどんな利点があるにしろ、目論見があるにしろ、…いてくれて良かったと、僕は思う。 『――ところで、おまえのお姫様はどうなの?』 「ああ、…変わりないよ」 『ふーん。まあ、お元気ならいいだろ。俺さあ、よくそっぽ向かれてたけど、お前達が一緒にいるのはけっこう好きだったんだぜ――綺麗で』 「綺麗…?」 『そりゃ、あっちのお姫様はキッツイ感じだったけどさ。でも、まるでセットで出来てるお人形みたいで、絵になるっつーか…っとと。…悪い』 エディは慌てて口を押えた。つい、僕の嫌がる禁句を言ってしまったと思ったらしい。 気にすること無いよ、と前置きして、僕は本心を晒した。 「僕は自分のこと人形だなんて思ってないから。…ジジイにはよくこそこそ言われるけどね、もう慣れた。だいたい、置物なのはあっちのほうだし」 置物だか干物だか、区別がつかないんだ、とついでに言ってやる。 参事会の審査でお決まりの説教を食らう間、僕はこうやって干物の区別をすることで退屈をしのいでいた。 都市の常識では、若者は分別の足りない未熟者で、長老は英知に満ちた存在なんだって。 …じゃあ、その若僧に何もかも押し付けて、上で胡座をかいてる奴らは、いったい何だ? さぞかし賢くていらっしゃるんだろうな。 「エディ、冗談じゃなくなってきたよ。エリジオンは、閉塞してる」 『そんなこと言っていいのかよ、おまえが』 「この都市を愛する執政官が、ってこと? 愛することと欠点を指摘することは矛盾しないだろ」 『強くなっちゃって、まあ…。「クレアがいなくなったー」って泣いてた坊ちゃんはどこ行ったんだろーな?』 からかう彼を、笑い顔で睨みつけた。 まあ、あれだけ情けないとこを見せたんだから、少しくらいネタにされるのは仕方ない。 ――僕がこれほど変わったのは、きっと、彼が僕を出してくれたからだろう。 クレアと僕と、ふたりしかいなかった、あの狭い世界から。 エディは、その開放的な性格もあって、友達がとても多かった。 僕も、その中に入っていろんな人とめぐり合えた。 違う意見の人と会うたびに、何かを吸収して融合する。 そして、僕の世界は広がった。 「また連絡するよ。じゃ」 通信を終えたあと、僕は白濁した画面に向かって、エディとは違う相手に問いかけた。 「…聞いてたんだろ? 何か言いたいことは?」 僕の個室に、プライベートな回線は存在しない。 全ては彼女のもとにつながっている―― しばらく何も言ってこなかったので、チェックしていなかったのか、と思い、立ち上がりかけた。 そのとき。 『…ね。お願い…』 ノイズの混ざった音に、不思議な声がした。口調からして、女性のものか。 「クレア…?」 ――じゃない。誰だ? 「…」 あとは、何も反応が無かった。一瞬映った像も、何だったのかぼやけていて分からない。 初めての接触だった。 *** ロウが執政官になってから、都市の治安は決定的に悪化した。 私のもとに送られてくる非常回線が二倍にもなっている。明らかな異常。 原因は明らかだ。 彼は、都市の法を遵守していない。 本来なら30年の冷凍睡眠は免れない騒乱者を、わずか一年か半年の懲罰刑にしている。 寛容をもたらす私の役目を横取りするかのように、相談もなく。 抗議したけど、決定権は彼にあるので、否定された。 マザーと議会には、大きな議題についての拒否権があるだけだった。 だから、その気になったら、執政官は独裁をすることだってできる。 それでも、彼はそんなことをするはずがない。ディアなんだから。 単に犯罪者を哀れんで、擁護しているわけでもないようだ。殺人や窃盗をした者には、規定の裁きをしている。 ほんとに。いったい、何を考えているんだろう? ――あなたの役目は、法と秩序を守ることなのよ。 そう説得してみたけれど、彼は聞き入れない。 意固地になってるのかと思って、最大限に優しく話しかけると、彼らしくもない表情を浮かべた。 『そういう話し方もできるんだな。父には、そんな風に話してたんだ?』 …何を考えてるんだか。バカじゃないの。 明らかに話をそらされて、私は腹が立った。 彼にも同情すべき点はある。 ディアに比べても、彼は若すぎる。長老たちには孫ぐらいに当たる彼を、尊重するものなどいない。 その年齢ゆえに、参事会で侮られ、罵倒されてるのも理不尽だった。 一度はマザーの権限で、議会に注意を促したほどだ。 それにしても。 『騒乱が起こるのは、原因があるからだ。それを、ただその人たちを処罰すればそれでいいの?』 『だって、そのせいで都市は破壊されてしまうのよ。許せるはずがないでしょう。私たちの役目は――』 『エリジオンの平和と秩序を守ること、だろ。でも、都市自体がこの秩序を壊したがってるなら、僕らががんばったって、結局止まらない』 『そんなの、理屈になってない。単なる義務の放棄よ』 私たちの議論はどこまでも平行線をたどる。 ディアが、倒れるその日まで、命を燃やすようにして懸命に働いていたのが、私には忘れられない。 だから、ロウの言い草は無責任にしか聞こえない。 どうして、分かってくれないんだろう。…私の半身は。 毎日会って話しているのに、彼はどんどん私から離れていく。 傍にいるのに、私の声が届かない。気持ちが通じない。 初めて、身体のない自分がもどかしく思える。―― *** 僕は、時間の空いたときを見計らって、データベースを見直すことが増えた。 徐々に湧き上がってくる疑問が多すぎて、このままではいられない。 ディアの成り立ちは、執政官になったときに詳しく知った。 宇宙船の長い旅路で、難民に等しい状態だった僕たちの祖先は、とにかく余裕が無かった。 始めは船長や、乗員のリーダーがみんなをまとめていたけれど、見知らぬ宇宙を航海する大変なときだ。 上層部は、すっかり疲れ果ててしまった。 そこで、内部で起こる面倒事を、一手に引き受けてくれる便利な人間を作った。 優秀で、勤勉で、悪徳を知らない、純粋な政治家。 全てのことを無私の精神で取りさばいてくれる――夢のような存在だ。 ただ、唯一の弱点は、彼らが人間だったこと。 機械ではない精神は、酷使によってさすがに磨り減る。 純粋で真面目な分、壊れるのも早かった。 そこで、彼らは人形に相手を与えることにした。 マザーコンピュータを相手にする彼らに、最適なパートナーを。 『ひとりで淋しいだろう。辛いだろう。でも、おまえには相手がいるんだよ』―― こうして、対になったディアは、完成した。 それから以後、百年以上も、ディアはみなに奉仕する便利な存在でありつづけた。 都市を建設してからも、役目は終わらず、…それどころか、権限は拡大した。 船を下りてからのほうが、行政官の役割は増したからだ。 そして、今に至る。―― 一般の市民は、こんなことは知らない。 ディアは生まれたときから選別された、神のような存在だと思ってる。 でも、参事会のジジイどもは、真実を知っている。 だから、彼らは常にこう言う。 『あなたは我らのため、都市のために奉仕する義務があるのですよ、閣下』 一応、表面上は敬意を持った振りをしながら。 僕は都市を愛してる。エリジオンのために尽くしたいと思ってる。 もし、普通の市民だったら、僕は何の躊躇いもなく働くことができただろう。誇りを持って。 だけど、何かが違うんだ。 公正を叩き込まれたはずの僕は、自分の存在自体に疑問を覚える。 強制されてるから? 人間扱いされてないから? …なぜ、僕はこんなに理不尽な思いをしているんだろう? back≫next ‖back‖ |