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雪の乙女【2】
モルドレッドは、最近自分のいる小屋に何者かが近寄ってくる気配を感じ、片時も気を許すことなく過ごしていた。
いつ殺されるかわからないという危機感は、いやが上にも精神を高揚させる。
朝と晩、決まったように現れるキウィログにも、知らず知らずきつい視線を向けてしまうようになった。
一瞬にしろ、怯えた表情を見せる彼女に自嘲しつつ、何故かせいせいするような気もした。
(もう身元は分かっているのだろう…。)
彼女の態度は変わらないまでも、自分の衣装や立ち居振る舞いをじっと見つめているときがある。
彼自身も、あえて隠そうという気は初めからなかった。
「…私のことを、兄上はどう云っていました? 貴女は聞いているのでしょう」
「……」
「私から提案があると、彼に伝えてください。――貴女に誓います、悪いようにはしないと。」
「何をなさるおつもりですか。…このまま怪我が治るまで安静にしていてください。――治ったら、戻られればよろしいでしょう?」
どこまでも親切のつもりで云っているのだろうが、モルドレッドは嬉しいどころか逆に睨みつけたくなった。
(そんな悠長なことを云っている場合か――!)
「…お願いです。今は一刻を争うときです、どうか伝えてください」
真剣な眼差しに、キウィログもたじろいだ。
そして、その足で兄を呼びに向かった。
「では、奴らがお前を殺しに来るだろうと?」
「…ああ、近いうちに。そうなれば、――結果はわかっているだろう?」
実は、殺し手はもう来ているのだが。
そう思いつつ、それは教えずに話を続けた。
「悪いことは言わぬ。今すぐ我が王に敵対せぬと誓え。私が責任をもって証明しよう。そして宮廷に使者を送り、奴らの非道を訴えればよい。王は公明正大なるをもって名高い方。非が向こうにあるとなれば、そしてそなた等が王に臣従すると誓うならば、援助は惜しむまい。」
最後の助言のつもりで、熱をこめて説得した。
彼我の戦力差を考えれば、かなり有難い申し出のはずだった。
この男が馬鹿でなければ従うだろう、とモルドレッドは判断した。
「…この地は、我らの父祖の地だ。」
ギルダスは、長に相応しい威厳を垣間見せ、重々しく云った。抵抗する部族はよくこの台詞を口にする。
モルドレッドは心得たとばかりに、説得を重ねた。
「それは分かっている。別に王はこの地を支配したりしない。これまで通り、この土地はそなたらのものだ」
「だが、この地に立ち入る隙を与えてしまうだろう。違うか。」
「……。」
思った以上の強情さに、モルドレッドはわずかに舌打ちをした。
(こんな辺鄙な地がなんだというのだ。…それとて、力がなければ守ることもできぬというのに)
「どうあっても、王には従わぬと?」
「王の素晴らしさはこの地にも鳴り響いている。…だが、我らは従うわけにはいかぬ。代々受け継いだ血と誇りにかけて。」
『受け継いだ、血と誇り。』
…その言葉に、モルドレッドの瞳が煌いた。青緑の瞳が光るように色を変える。
そして、ゆっくりと嘲笑を浮かべた。
「…血と誇りでは、何も守れぬ。お前の妹も、この部族も。…そして、誰にも勝つことなど出来ぬ。」
「――騎士たる者の云うこととも思えんな。それでお前は誰に勝って、何を得るつもりだ?」
答えないモルドレッドを、彼はじっと見つめた。しばしの間二人は睨み合ったが、ふとギルダスは哀れむような視線を向けた。
その顔を見て、モルドレッドは殴られたような衝撃を受けた。
――時々、キウィログが同じような目で自分を見る。つまり、憐れみの目で。
彼は、見下されるのはまだ我慢できた。腹の中では自分が見下せばいいからだ。
けれど、『哀れまれる』など…!
モルドレッドは途端に、頭が冷えるのを感じた。
(では、教えてやろう。お前がどれほど無力かを)
***
その夜、モルドレッドはギルダスと、再度話し合う約束をしていた。
が、呼び出したモルドレッドがその場に現れる前に。
彼は、…その場所で冷たくなっていた。
モルドレッドは動揺しなかった。
自分が手を下す前にこうなることを、予測していなかったわけでもない。
このところ、自分の周りをうろついていたのは砦の手の者だった。ならばもちろん、ここの人間にとって敵だ。
だから、横たわった男を冷静に眺め、状況を把握した。
ギルダスの手にもった剣は血がついていた。おそらく、相手も怪我を負ったはずだった。
そして、まだ遠くへ逃げてはいない。この時間ではまだ人目がある。周囲に逃げる隙のないことは確認済だ。
・・・ということは、近くにまだいるのだ。
モルドレッドは、大きくはないがはっきりとした声で、闇に向かって問いかけた。
「そこにいるのだろう。私はモルドレッド。お前が殺しに来た相手だ。」
しばらく沈黙があった。しかし、呼びかけに答えるように、草を割って男が震える足取りで出てきた。
そして、そのまま怯えた声で言った。
「わ、私は殺しになど…!貴方を、モルドレッド様をお迎えにきたのです!」
「この男を殺したのは何故だ」
「この男の父は私の父の敵です!!ずっと討たねばと狙っていて…!やっと、やっと果たせました。」
「…そういうことか。手間が省けたが――しかし」
お前の私怨などどうでもいい。――そう呟き、モルドレッドはギルダスの手から剣を抜き取り、無造作に振るった。
「…な…。何を、なさ…」
「来るのが遅すぎた。もはや私は判断を下したのだ。この者達もお前達も、双方共に力がない。…せいぜい私がこの地に平穏をもたらしてやろう」
そうして、剣を収め、冷たく背を向けた。
ギルダスの骸を見つめ、小声でそっと語りかけた。
「さあ、見ているがいい。お前の愛したこの地の行方を」
朝が来る前に、村は騒然となった。
長の死体と、敵の死体。
死んだ男は村でも知られた顔だったらしく、復讐にやってきたことは誰もが疑わなかった。
そして、自分に疑いの目が向けられる前に、モルドレッドは民を煽った。
「…私はそなたらに正義があることを知っている。もしもこのことを王に報告すれば、必ずや助力がいただけよう。長の死は無駄にしてはなるまい。今ならば砦はまだ出来上がっていない。攻めるに適した場所は、私が教えよう」
何故我らに味方するのか、と不審の目を向けられると、彼は苦悩の表情を浮かべていった。
「…彼は見事な長だった。怪我をした私を、何も言わずにかくまってくれたのだ。本来ならば、人質にしてもいいようなところを…。私は恩を返したい。――信じてはくれないだろうか…?」
見たこともないような美しい騎士が、涙を堪えて真摯に訴える姿に、民はみな目を奪われ、納得して頷いた。
そして、彼が名高い円卓の騎士であると聞いて、ますます信頼を寄せた。
皆がその気になったのを見て取ると、モルドレッドはおもむろに切り出した。
「…では、戦いの準備に入ろう。…抑える要所はこの堀と柵だ。まず…」
二日後、集まった部族の男達は気勢を挙げた。
新たに長となったキウィログの従兄弟が先頭に立って指揮を取った。
モルドレッドは彼に攻略の術を教え、自らは遠慮深く傍らに位置した。
怪我がまだ治っていないということもあり、戦闘に出るように要請されることもなく、かえって無理をしようとする卿を周りは止めようとすらした。
「では、行ってくる」
戦いに赴くとき、見守る女性たちに、戦士たちは口々に別れを惜しんだ。
キウィログはそんな中で、ただ一人…モルドレッドを、見つめていた。
「…貴方も、行かれるのですか。」
「はい。兄上の死は私にも責任があります。せめてもお役に立ってみせましょう」
微笑む彼に、彼女は静かに首を振り、言った。
「…貴方が、そう思われるのなら。私は貴方が何を考えているのか分かりません。けれど、…いいえ。…どうか、ご無事で…」
何かを言いよどむようにして、彼女は泣きそうな笑顔を向けた。
(――気付いている。彼女は、兄の死が何故引き起こされたかを)
そのことを知って、何故かモルドレッドはひどく惨めな気分になった。
けれど、自分に言い聞かせた。
(…貴女に恨みはありません。ただ、彼は私と行く道が違っただけ。ただそれだけですよ…。)
砦に攻めかかるとき、モルドレッドは調べのついていた箇所から兵を向け、相手の裏を巧みにかいた。
そして自らも怪我をおして、勇猛に戦った。
馬上で槍を振るう姿も、砦の中で剣を振るう姿も、猛々しいながら彼独特の華やかさを持ち合わせており、敵味方に関わらず、圧倒された。
「な、何故、卿が我らに…」
攻めあがる途中、モルドレッドの顔を見知った者が非難の声を挙げた。
それに対し、彼は気合の入った声と共に、優しげな姿からは想像もできない力で槍を突き刺した。
「黙れ!…卑怯な手を使った貴様等が何をほざくか!自らが行った非道は己の身に返ると知るがよい!」
幾人もの返り血を浴びながら、彼は槍を振るいつづけ、壮絶な微笑を見せた。
(その覚悟がないなら、初めから企みなどできぬのだ。…そうだろう…!)
自分に言い聞かせるように、心の中で叫んだ。
何故か、脳裏にはキウィログの淡い微笑みが消えなかった。
こうして、砦の攻防戦はモルドレッド達の優位に進んだ。
しかしそもそもの勢力でいえば、砦を守る豪族のほうが圧倒的多数を誇っており、モルドレッドの知略と戦士たちの士気の高さによってようやく攻勢を保っている状態だった。
結局、戦いは泥沼になり、損害は双方ともに多大な数に及んだ。
…それこそが、モルドレッドの秘めた目論見であったなど、誰も知ることはなかった。
戦闘が終わったとき、互いの犠牲に誰もが悲痛の声を挙げた。
この地を巡って行われたどの戦いよりも、その犠牲は大きかった。
人々はもはや戦いを望まなかった。
両者の間で協定が結ばれ、ひとまずの和平が誓われた。
キウィログの従兄弟も、モルドレッドの采配に感謝し、これからアーサー王に恭順する旨の姿勢を見せた。
そして、冬が来る前に、この地は初めてといっていいほどの平穏に落ちついた。
…多大な犠牲の上に。
***
雪の混じり始めた空模様の中、戦場に馬を走らせていたモルドレッドは、見慣れた姿を見つけ、しばらく立ち止まった。
そして一瞬躊躇ったものの、すぐにその人影に近づいていった。
丘の上で、白いローブに身を包んだキウィログが佇んでいた。
遠目にみると、まるで雪の精のようで、今にもこの空に溶けてしまいそうだった。
傍に寄っていくと、泣き続けたのが分かるほど面差しもやつれ、細い手首がますます華奢になったようだった。
けれど、不思議に落ちついて、穏やかな様子だった。
たった一人の近親を失ったのに、尚も彼女は気丈だった。
その姿にいたたまれず、モルドレッドは沈黙を破った。
「…貴方の兄上は素晴らしい族長でした。けれど、優秀であればあるほど、この地の平穏は妨げられる。我が王に帰順せず、北方をまとめあげる族長など、邪魔なだけなのです」
こんなことを教える必要などなかったというのに、気付いたらそう云っていた。
自分は彼女に何をしたいのだろうか。
恨んで欲しいのか、それともなじって欲しいのか、自分でもよく分からなかった。
おそらく泣いて、睨みつけるだろうと予測し、自然と受身の姿勢を取った。
……それなのに。
彼女は、確かに泣いた。
けれどしばらくして、――ゆっくりと、微笑んだ。
「何故笑う? 私が何をしたかわかっているのだろう?」
微笑がどうしようもなく癇に障り、思わず声を荒げた。
「…ええ。でも貴方がいなくとも兄は殺される可能性がありました。それに、いつかこんなことが起こるだろうと、ずっと覚悟していたの。」
俯いた拍子に、金の髪がはらはらと零れ落ちた。
それが彼女の涙のようで、モルドレッドは言葉を詰まらせた。
「…以前から、いつも誰かが血讐に逸っては騒ぎになっていたわ。兄さまがどんなに止めようとしても、数世代に渡る恨みは消えなかった。…今は、もっとひどいけれど、でも…戦は終わったわ。」
「それでも、私が原因で兄上が亡くなったことには変わりがない。貴女は私に復讐する権利がありますよ。」
「…復讐して、兄が戻るものならば。けれど、貴方を殺したら、私の苦痛と哀しみはきっと増してしまう…」
「――」
そのとき、自分に向けて優しく微笑む彼女の顔を見て、彼は喉の奥に焼け付くような渇きを感じた。
あまりの渇望に、痛みすら覚えるほどだった。
「モルドレッド。…どこか痛むの」
無表情に首を振った。
――私に、その瞳を向けるな。…微笑みかけるな…!
何故自分を恨まないのか、殺さないのか。彼にはどうしても分からなかった。
彼女の云う言葉を、自分の思った意味には取りたくない。
けれど、内心の焦りなど悟らせるわけにはいかなかった。彼のプライドにかけて。
「…もうお会いすることもないでしょう。――私は」
そこで、掠れた声でそう云って、彼女を見つめた。
我ながら、ひどく冷たく見えるだろうと思う微笑で。
「貴女とは違う世界の人間です。」
何も期待しない。
だから、彼女はこれで引き下がるべきだと思った。
今度その笑顔を向けられたら、自分は彼女の瞳を潰してしまいたくなるから。
それなのに、返事が聴こえた。
「…では、忘れてくれてもいいわ。ここであったことも、私のことも。――でも、私は忘れません…貴方のことを。」
「――っ」
キウィログは、苦笑したように、首をかたむけた。
モルドレッドは、……ただ、殴られたように顔を背けた。
「貴方はいつも苦しそうでした。一人で泣いているようで、見ていると痛々しかった。宮廷にお帰りになったら、楽になるのですか?」
モルドレッドは耐え切れずに、背を向け、すっと馬に跨った。
暗に不快を示す素振りで、馬上から彼女を見下ろした。
「…ごめんなさい。変なことばかり云って。ただ貴方の瞳を見ていると、ずっと悲しくて。――私はここでお祈りしています。貴方がお幸せになるように。」
…目の前が、暗くなるような気がした。
これ以上ここにいたら、いつか自分は彼女を殺すかもしれない。
細い首に手をかけて、頬に触れて、息が絶えるのを見て笑うかもしれない。
二度と自分を見ないことに安堵して。
俯いた彼女の足元に、わずかばかりの金を入れた袋を投げ置いた。
そして、そのまま馬を御して駆け出した。
後ろは決して振り向かなかった。
(雪の中にとけてしまえばいい。彼女も、あの微笑も。)
戦場はこれから白い清らかな雪原になるだろう。
けれどそれは見せかけだけだ。
同じように、自分の醜い思いがなくなることはない。
いずれ彼女も思い知るだろう。
雪が融けて、その下に隠されていた醜い傷痕が現れるように。
その前に、お互いの宿る心を消してしまおう。
自分の存在も、彼女の存在も。
***
モルドレッドはその後、後始末が終わる前に北方を去った。
珍しく焦ったように旅を急ぎ、南に下ったときにはほっとした。
『またいつか、会えるわ』
そんな声は聞こえなかった。
決して。
――もし、云ったのだとしても、自分は聞きたいと思わない。
そう信じた。
宮廷に戻ったとき、モルドレッドの笑顔は少し変化していた。
前よりも尚一層、優しく穏やかに。…同時に、他人に心を覗かせないものに。
けれどそれに反するように、胸の中の少女の面影は日に日に大きくなった。
時に耐え切れなくなって、苛立って、こう呟いた。
『やはり、殺しておけばよかった。…この手で。』
…もしもそうしたなら、余計にその思いがひどくなることなど、彼はまだ知らなかった。
end.
1000番記念です。ベルさんのリクが、なんと「王子のコイバナ(笑)」でした。
最初「えええ?」とビビってたのですが、書いたらごっつー楽しかったです(出来はともかくとして。)。
モル王子は…「まだまだ青いな」って感じですかね…フフフのフ。
ヒロインのキウィログちゃん+兄さんについては、ベルさんのHP(⇒コチラ)からすべて参照させていただいております。
(でも名義を借りただけで全然別物です。兄さん殺しちゃったし…)
小話といいつつなんだか長話になってしまいましたが、とりあえず贈呈させて頂きます。
ありがとうございました〜m(_ _)m
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