会話の中で、
「モノには、みな、時があるから・・。」
と、やさしく話してくださった。
電話を切った後、
パラパラと聖書をめくっていたら、
伝道の書の一節が目に入った。
(天が下のすべてのことには季節があり
すべてのわざには 時がある。から始まる第3章。)
それを読んでると
私は、
いろんな時が来たはずなのに
大事にしなかった、さまざまなことが思い出され、
涙が出てきた。
その夜、
単身赴任中の夫から 毎晩かかる電話に、
教会に行ったこと、
不思議な感覚に とらわれたこと、
今の なぜか涙が出る気持ちを訴えた。
夫は、神様のことは、よくわからないけど、
今までのことだって、
神様が、考えてなさったことだったと思うよ。
との、返事が返ってきた。
夫は、たぶん、私と同じく、
聖書を、ちゃんと読んだことはないだろう。
なのに、夫の返事は、
昨日、Uさんの奥様が 話された、
神様の計画。。という話に似ていた。
マルチンは、
奥さんも、子供も亡くし、
哀しい思いで暮らしていた。
そのマルチンが、
ある夜、夢を見る。
神さまが、
「明日、お前のうちに行く。」というお告げの夢だ。
翌日、
外を気にしつつ
仕事をする、マルチン。
そこに、ノックの音が・・・。
だが、それは、神様ではなかった。
通りにいるのは
飢えている人、渇いている人、
旅人、着る物の無い人、病気の人などだった。
その人たちを
家に招くマルチン。
そして、その日
神様は、やはり、現れなかったと、
がっかりするマルチンに声が響く。
今日、マルチンが、親切にしたさまざまな人たちが
「これは、わたしだ。」と、言う。
神様が姿を変えられて
マルチンの元に現れたというのだ。
夫の言葉を聞いたとき、
この話が思い出された。
夫の中に。。などとは、
とても人には言えることじゃないけれど、
うちにも、
ノックの音が聴こえた気がしたのである。