いままで
菜摘子の日記
診断書
氏 名 ○○ 菜摘子
生年月日 昭和××年×月×日
病 名 : 性同一性障害(性転換症)
上症にて平成14年9月20日当院を初診、本日まで13回の精神療法を行った。
その結果、上症以外の精神科的疾患は認めず、知的・情緒的に、また自我機能レベルにも問題ないと思われる。
発症は物心付いた頃と早期であったが、その後の生活史の中で性自認を男性に戻そうとする努力が絶えず認められていた。しかし成功することはなかった。
本症の情報が得られる平成12年になって性自認は女性として固定するに至った。
身体的検査・染色体検査に異常は認められず、DSM−W−TRの診断基準を満たしている。
二名の精神科医からの診断も一致し、平成16年2月、埼玉医大ジェンダークリニック委員会でホルモン療法の継続が承認された。
初診以後、終始一貫した女性化願望が認められており、今後も変わることはないと思われる。この自然発生的な転性願望は恣意的なものでも、また経済的期待によるものでもない。
上記の通り診断いたします。
平成16年2月28日
住所
××××××クリニック
埼玉医科大学ジェンダークリニック委員
精神科医 ○○ ○○ 印
これがわたしが戴いた診断書。
これを貰う為に長い月日を頑張って来たのかもしれない。
なぜ?これを貰ったのか。
だって、わたしが何者か、誰かに証明して貰いたかったから。
4歳からの長い長い年月・・・・・・。
心は揺れ、振るえ、惑い・・・・・
何回も、何回も・・・・・・でも、見失う事などなかった本当の自分。
それは今だから言えること。
そう、それを言いたいがためにわたしはガイドラインを選んだかもしれない。
そしてもうひとつの理由。
二人の姉にカムアウトに備えるために出して頂いたもの。
ここまでの道のりがわたしのHPでした。
長く暗い精神の日々。
小さい頃に始まった違和感
それはわたしにとって「異常」という言葉で圧し掛かっていた日々
「正常」という言葉に忌まわしさを感じながらも如何にそれを望んだことか。
友人と呼べる人など夢のまた夢・・・・・
共に生きると誓った唯一の人、
共に歩んで来た唯一の人、
そんな配偶者ともその「異常」ゆえに、別離寸前のところまで行った時期もあった。
何ゆえにここまで生き続けて来たのか?
何ゆえにここまで生き続けて来られたのか?
もはやそれはどうでも良いこと。
「どんな過去でも丸ごと今のわたし」という綺麗な言葉なんかいらない。
「過去なんか消えてしまえ」・・・・これが本音。
「わたしが正統な自分に戻れ無いなら、この世界なんて滅びてしまえばいい!」
いつも自暴自棄の中で願っていたこと。
ああ、何と言う罪深い思い・・・・。
でも、またこれも其の時々の本音。
波のように、こんな思いを繰り返し繰り返し、なんとか生きて来た
それが今までのわたし・・・・・・・・。
そして、多くの歳を重ねた今、本当の自分に戻ろうと決めた。
心に迷いは無い。
でも、でも、・・・・・・・・不安だけが心に広がって来る。