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第一章 「帰郷」
「内なる性の叫び」
わたしの高校時代までの想い出は決して悪い事ばかりではないのに、いつも思い出すのはなぜか心が切り刻まれるような事ばかりであった。
親しくしている友人との語らいの中で「思い出したくないことばかりが思い出され、田舎への良い印象がない」と話すと不思議がられていたものだった。友人は「年を取るにつれ良い想い出だけが思い出されて来る」とお酒の入った赤い顔をほころばせていた。そういう時はいつも「普通の人はそうなんだろうな」と思いながら、自分の中の人の語れない部分を苦々しく思い起こしていた。
人は年齢を重ねて行くに従って想い出の中で生きるようになると言う話しを聞いた事がある。昨夜の母と姉の話もそうだったのだろうか。普段の生活の中では決して想い出に浸りきっていないのに、集まって話しをすると過去の事柄に話題が行ってしまうのは仕方がないことだろうと思えた。人は話しをする時、暗黙のうちに共通の話題を見つけようとする。それがお互いの関係に摩擦を起こさない方法だということを長い経験の中で体得しているからだと思えた。そして共通の話題はお互いが共に生きた時間であったり、あるいは同じ時代背景の中の経験だったりする。それは過去という時間軸の中にしか存在しないものなのだから仕方ないのだ。そう考えると人は決して想い出の中で生きているわけでは無いと思えた。
車は舗装の悪い農道を暫く走り交通量の左程多くない国道に出た。この国道はその殆どを有明海沿いに、九州を縦断し鹿児島に至る。今、その道路を南下し隣町の公営の温泉に向かっているところだった。わたしは助手席に座って上京してから長いこと見ることもなかった周りの風景を見ながら誰とも無く質問を繰り返していた。その質問には殆ど姉が受け答えしていたが、時折自信が無い部分は母に確認していた。母は姉の質問をわたしの質問と捉えわたしの記憶を呼び戻すようなふうに関連ある事柄を質問しながら説明をしていた。昔だったら母の説明に不備があると、わたし達が気付かなくても目敏く気付き、母に一言小言を言った後、より詳しく聞きもしないことまで含めて説明していた父が、今は何も言わずに黙って後部座席に座っていた。
温泉となっている建物は平屋作りではあるがかなり大きなものだった。ホテルのような玄関を入るとロビー風な場所はやはりと思ってしまうほど何処か洗練さを欠いた感じが直ぐ読み取れる、ゴタゴタしたデコレーションで飾られていた。這入って直ぐのところにフロントがあり若い女性がサービス業には相応しくない、客を品定めするような視線を向けながら「いらっしゃいませ」と会釈をした。わたしはその視線に不快感を感じ、視線を逸らして返事をしなかった。
姉が歩み寄って名前を言い、予約していることを伝えた。受付の女性は予約名簿らしきものを覗き込み「ハイ、4名様家族風呂ですね」と予約内容を確認しすると青い透明なプラスチックの棒が付いた鍵を手渡した。姉はそれを受け取るとわたしを促すように視線を送り、先頭に立って奥へと進んでいった。わたしは母が父の後につき従うようにして歩くその後姿を見ながらついて行った。
玄関から直線に伸びた通路の突き当たりを右に曲がると、個室になっているのか両脇にドアーが並んだ通路が伸びていた。通路の壁にはこの地方に飛来する鶴の写真が飾ってあった。写真を飾ってあるにしては照明が暗く細かいところが判然としないそれらの写真を見ながら歩いた。姉が通路の中ほどで止まり、ドアーを開け中に入って言った。
部屋は半畳程の靴脱ぎ場と襖で仕切られた四畳半の広さの部屋があった。そして畳敷きのその部屋の奥に二畳程の脱衣場と浴室が続いていた。浴室は温泉らしく一度に3,4人は入れそうな広さのもので流し湯になっていた。
「いいんじゃない?」わたしは明るいその浴室を覗きながら言った。
浴室のドアーを閉めて畳敷きの部屋に戻ると姉が洗面用具を仕分けしながら言った。
「お父さんとあんたが先に入ってよね。ハイ、これがお父さんの着替え」
「うん、わかった」とだけ答えて、母の入れてくれたお茶を啜った。
脱衣場で父親が服を脱ぐのを手伝った。もう自分で服を脱ぐのも充分に出来ない程足腰が弱っていた。それと言うのも、病気を気にする余り、運動どころか殆どと言って良いほど何もしなくなってしまった結果だった。父には何回も「体を動かさなければ駄目だよ」と言って来たのだが、わたしが話す時は、わたしに合わせるように「そうだな、近くを散歩でもすれば良いんだからそうするよ」と言うのだが、後から姉に電話で確認すると全然そんな気配さえ見せた事が無いらしかった。そんなことを聞いていたわたしは、目の前の筋肉がすっかり衰えて皮膚がたるんでしまい、脂肪のかけらも着いてそうも無いほどやせ細った父の裸を見て嘆き悲しむと言うより当然の帰結、という感慨しか持てなかった。同時にそんな感情を抱く自分を父に悟られたくないと思った。
父の動作はわたしが思った以上に遅くゆっくりとしたものだった。脱衣場から浴室に下がる2段の階段も用心しているのか、恐る恐る足を踏み出すような具合だった。わたしは見兼ねて手を差し出し、父の二の腕を掴んで支えるようにして洗い場に誘導した。
父を洗い場のプラスチックの椅子に座らせ、浴槽からお湯を汲み上げ温度を確かめた後、父親の足から順に体に掛けていった。
「熱くない?」というわたしの問いに「いや、丁度良い」と答えるのを待って、タオルにお湯を含ませ体を洗った。父はわたしにされるがままになっていた。
もう一度浴槽からお湯を汲み上げ、父親の肩からサブとかけた。
「もう、這入って良いよ、後で今度は石鹸をつけて洗うからね」と言って二の腕を取り、立ち上がって浴槽に入る手助けをした後、自分の体をお湯で流し、続いて浴槽に入ると父と向かい合ってしゃがみ込んだ。わたしは自分の体に全然毛が生えていないことを悟られまいとして、首まで深く浸かっていた。
父と一緒にお風呂に入ったのはいつが最後だったのだろう、はっきりいつが最後という記憶は無かった。父親と一緒にお風呂に入ったことで覚えているのは、体を洗い終わった後、50迄数えないと浴槽から出して貰えなかったことと、父親の黒々としたペニスが不気味に思え嫌悪感を覚え一緒に風呂に入るのが嫌で仕方なかったことだった。
なぜ、あんなに父親のペニスが嫌だったのか、今にして思えばなるほどと思えるのだが、その当時は嫌になっている自分が不思議とは考えもしなかった。ただただ嫌でならなかった。
その父親のペニスも今はもう張りも艶もなく、ただだらりと下がっているだけになってしまっており、何の用も成さなくなっている無用のものに思えた。
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