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第一章 「帰郷」
「内なる性の叫び」
浴室の窓は床から天井までの大きなものになっており、浴槽に体を沈めたままで外の景色が見えるようになっていた。窓の外は手入れの行き届いた感じの小さな庭になっていた。小さな庭といっても都会の一戸建ての庭位はあろうかという広さで、植木は手入れが行き届いており外部からの視線を遮るように庭の奥は高い木製の壁になっていた。
わたしは自分の足をゆらゆらと揺れるお湯越しに見つめていた。半年以上も前、この足は黒々とした毛で覆われており風呂に入るとお湯の中で海草のように揺らめいていたのに、今はその毛もなく白いだけの両足がお湯の中で窓から差し込む明るい光に揺れていた。
過去何十回と剃ったり生やしたりを繰り返して来たのだが、今はもうこれ以上そのようなことを繰り返すつもりは無かった。
父はぼんやりとした表情で外を見ていた。痴呆になっているわけでは無いのだが日々の事柄を記憶する力はもうすっかり衰えているらしい、と姉が言っていたことを思い出した。
そんな父にわたしのことを話してもそれがどんなことなのか、どんな意味を持っているのか理解は出来ないだろうと思えた。
今の父は現実を受け入れることが出来なくなっており、過去の思い出を拠り所として生きているのかも知れない気がした。
「お父さんは満州事変に行ったんだっけ?」
長い間わたしが聞きたいと思っていたことを口に出した。小さい頃床の間の仏壇の下の押入れにあった父のアルバムに、軍部から支給されたと思しき中国の何処かの都市に凱旋する日本軍の写真に混じって、ヘルメットに草を差し込んで偽装し銃を構えた父の写真や白衣を着た病人姿の父の写真があったのを良く見ていた。父に軍隊のことを尋ねても詳しい話はせず、面白可笑しく茶化した話をするだけだった。
高校の頃だったか南京大虐殺を知り、それに父が係わっていたのでは、という疑問を持ちながらもその事について聞くのが躊躇われていたのだった。
今もそのことを聞くつもりはなかった。ただ、いつ召集され何処に攻め込んだのかを聞けばある程度のことは推測出来るような気がしていた。
「ああ、満州事変だった。ずっと満州にいたんだ」
「じゃ、関東軍だったわけ?」
「うん、広東軍」
その後父親が何気ない口調で話してくれた話は昔も聞いたこともなく、なぜ今頃話したのだろうと不思議に思えることだった。
父は招集されると直ぐ満州に配属されたと言う。配備されたのはソビエトとの国境近くの小さな町だったと言う。実際に中国との戦闘を経験したかどうかについては聞きそびれてしまった。黒竜江沿いにあるその町でソビエト軍の侵入に対する警戒警備についていたのだが、ある夜見張りに着いた父は不覚にも銃を支えに眠り込んでしまった。その姿を見回りに来た憲兵に見つかり営倉に入れられてしまったということだったが、その後が酷いものだった。
営巣に入れられた父は懲罰としてその時期に日本から配属されたばかりの初年兵の銃剣の稽古の的にされてしまったのだった。
いくら木製の銃の先に綿を丸く巻いたものだとは言え、生身の体を思いっきり突くのだから突かれた方はまともな体を保てるはずも無く、父も肋骨を何本か骨折してしまったらしい。その後静養させられたらしいが充分な治療もされないままで肋膜炎を併発し病院船で日本へ送還されたらしい。わたしが小さい頃に見た白衣を着て病院らしい場所で写真に納まっていたのはそんな理由からだった。それにしても今までこの事について一言も話さなかったのは、眠り込んだ結果銃剣の練習の的という懲罰を受け病気になって帰国したことが父親にとっては恥ずべきことだったのだろう。それをわたしに話して聞かせてくれたのはなぜなのだろう。昔に比べ随分と気弱になっており、もう虚勢を張って生きることも無いと思っているのかも知れない。<もう自分を強く見せることをしなくて良い>と思った結果、ずっと自分の恥として隠し続けた事も話してすっきりしたかったのかもしれない、そんな気がした。父はこのことをずっと心の中にわだかまりとして持ち続けて来たのだろう、そんな父の心の内を考えると虚勢を張って生きて来なければならなかった父が可愛そうに思えて来た。
父はいつ虚勢を張る事を止めにしたのだろうか。姉からその変化を聞いたことは無かったがわたしには何となく解るような気がした。
それはわたしが田舎に帰らないと決めそのことを姉を通じて間接的に両親に話した時だろうと思えた。わたしはその事を姉に話すと時を同じくして今住んでいる近くに家を建てたのだった。
長男で一人息子と思っていた我が子が実家に帰り両親と同居することを期待し、いつかそれが実現するものと夢見て寂しさを堪えていたのに、帰って来ないと聞かされそれを証明するかのように家を建ててしまったと知った時、父は全ての気力を失ってしまったのかも知れない。そんな気がしてならなかった。そう思うと益々両親に対して負い目を覚えてしまうのだった。
父や母にとってわたしは自慢の子供だった。小学校に通い始めると、わたしの成績が良いこと、運動会ではいつも一番を取っていたこと、学校の代表として市の大会に出ていたことなどがあり、その自慢は益々増長して行った。
しかし、そんな自慢の子供が小学高学年から自分に目覚め、両親の期待から次第遠ざかりつつある事には全く気が付かないようだった。父にとっても母にとってもわたしはいつまで経っても子供であり、その心が小さい頃と全く変わってしまっているなどと想像することは難しい事だったのだろう。まして都会の大学を出たなら帰って来るものと思い、都会に勤めたら暫くして帰ってくるものと思い、そのうち何年かしたら必ず帰ってくるものと思い、帰って来た自慢の息子と同居するのだと思っていた夢が脆くも崩れ去るなんて考えもしなかったのだろう。
湯船から父親を出し、石鹸をつけたスポンジで体を洗って上げながら父の告白を聞き、父親の心境を慮っていた。父の体はわたしが変わってしまったようにすっかり衰えてしまっていた。スポンジで擦る背中の皮膚はスポンジの上下に合わせて緩んだ皮膚も上下するような程だった。二の腕は鍬や斧を持っていた頃に比べると筋肉は何処に行ってしまったのだろうと思えるほど細く、皮膚の直ぐ下に骨を感じ取れる程にやせ細っていた。
「頭を洗うからね。目を閉じといてね」と言いながら、シャンプーを手に取ると父の頭を両の手で包んだ。父の頭は随分小さかった。髪の毛は随分少なくなってしまっていた。もはや指を立てて洗うほどの量の髪の毛も無い頭を力を抜いた指先で満遍なくこすり上げた。
「お湯を掛けるからね」と言って、湯船から汲み上げたお湯をザブリと数回かけてシャンプーを洗い流した。父は頭から滴り落ちる水滴を何回も手で払いのけた。
「顔は自分で洗えるね」と言うわたしに頷くと、石鹸を手に着けて洗い始めた。
覚束ない仕草で顔を洗うその手の甲や顔には老人特有の茶色いシミが沢山出来て、老いの深さを漂わせていた。
そんな父を目の前にした今、わたしに出来る事は老いた父を、父が思っているような息子として労わってやることぐらいだった。
「もう良いかな」と言いながらわたしは絞ったタオルで父親の小さな顔を拭いた。父親は小さな子供がするように顔だけ突き出してされるがままになっていた。この光景は40年以上も前の父とわたしの姿だと思った。
「もう一回入って体を温めてから出よう」そう言って父親を立たせ、二の腕を取ってゆっくりと湯船に導き入れた。父親を湯船に入れると、わたしは自分の体と髪の毛を手早く洗い、再び湯船に浸かった。父は既に赤い顔をしていた。
「熱いならちょっと立ち上がった方が良いよ。湯当たりしたら大変だからね」
父は「うん」と言っただけだった。
暫くとり止めも無いことを話し、父の言葉少ない返事を聞いていた。
「もう上がろうか」
わたしはそう言いながら立ち上がった。
「温まった?大丈夫?」というわたしの問いかけに赤い顔をした父が頷いて立ち上がった。
湯船から上がると父親の体を拭き、脱衣場でバスタオルを使って更に水気を取るように念入りに拭き上げ、下着から上着まで着せた。なるべく手伝わないようにしていたが、父の着替えに合わせているとわたしが湯冷めしそうになってしまうためどうしても手を出さざるを得なくなってしまった。父がすっかり着替えを済ませると隣の部屋にいる姉に父が上がったことを告げ、わたしはもう一度湯船に浸かり体を温めなおした。
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