ぽつり。
 最初の一滴が空からこぼれる。
 それが激しい雨へと姿を変えるのに、さして時間はかからなかった。

 雨の道


「あっちゃー」
 降り出した雨を見ながら、麻衣は盛大に顔をしかめた。
 雨が降り出したのはつい先程。麻衣が電車に揺られているときだった。
 それは電車が渋谷の駅に入ったときには、土砂降りといっていい勢いにかわっていた。
「今日の予報だと、晴れのはずだったのになー」
 思わず口調が恨みがましくなる。
 天気予報を信じて、今日は傘を持ってきていなかったのだ。
 周りでは、梅雨時期のせいか準備の良い人たちが、次々と傘の花を咲かせながら駅から出て行く。
「う〜〜」
 小さく唸ってみても、雨はいっこうに弱まる気配を見せない。
 駅からSPRの事務所までは、ほんの500メートルばかり。
 走ればすぐの距離だが、この土砂降りの中を飛び出すのには勇気がいる。
「仕方ないかぁ・・・」
 ここで迷っていても、埒があかない。
 傘を忘れた自分を呪いながら、麻衣が覚悟を決める。
 駅から足を一歩踏み出した、まさにその時。
 背後から麻衣を呼びかける声が上がった。

 

「谷山さん」
 聞きなれた、落ち着いた声。
 声がした方を振り向くと、見上げるほど長身の男が立っていた。
「リンさん」
 麻衣が名前を呼びながら、微笑う。
 リンが、駅前通りに佇んでいた。
 いつもと同じ黒いシルエット。だが差している紺色の傘のせいか、何故か新鮮に見える。
 麻衣へと近寄ってくるリン。
「どうしたの、こんな所で?」
 思いがけない出会いに、麻衣が不思議そうに首をかしげる。
「郵便ボックスに不在届が入っていたので、受け取りに行っていたのです。谷山さんこそ、どうしましたか?」
「えぇっと・・・予想しない雨に、ちょっと立ち往生を」
 どことなく言い訳がましく答えてしまう麻衣。
 ふっと、リンの表情が和らいだ。
「入りなさい」
「へ?」
「事務所に行くのでしょう。一緒に行きましょう」
 そう言って、リンは傘の下へと麻衣を促す。
 麻衣は照れくさそうに笑って、リンへと身を寄せた。

 

 ほんの短い間の、無言の道中。
 だがそれは決して居心地の悪いものではない。
 最近は、以前のリンのような拒絶感が感じられないのだ。それを麻衣は嬉しく思う。
 雨音と、水のはねる音だけが二人を包む。
 急に、風向きが変わった。
 前から切り込むような雨が、横からのものに変わる。
 だが、それが麻衣に降りかかったのはほんの一瞬だけだった。
 不審に思って隣を見上げると、リンがさりげない動作で麻衣をかばっていた。
「あ、ありがとう・・・」
 リンの優しさに思わず照れてしまう麻衣。リンが軽く微笑う。
「リンさんって、凄く背が高いよね」
 麻衣が唐突にそう切り出した。
「そうですか?」
「いつもはそんなに気にならないんだけど、こう一緒に歩いていると、改めて実感しちゃった。
見上げるほどの高さってリンさんの事だな〜って。ぼーさんだって背が高いけど、リンさんそれ以上あるでしょ」
 どれぐらいあるの?、と麻衣が見上げながら尋ねる。
「194です」
 そっけないほど簡潔な答えだったが、答えてもらうだけで大進歩だと麻衣は思う。
「うわー、そんなにあるんだ。なんかちょっぴり羨ましいかも」
「・・・羨ましい、ですか?」
「うん。もう無理だと思うけど、あたしあと少し、背が伸びて欲しいんだよね。だから背が高い人が羨ましいの」
 無いものねだりだけどね〜、と麻衣が肩をすくめる。
 その幼げな動作を、リンが不思議そうに見つめる。
「?なにか変な事、言ったかな?」
「いえ・・・。背が欲しいというのが私には分かりかねるのですが、谷山さんは今のままが一番可愛いと思いますよ」
 さらりと、さりげなく出された言葉。
 言葉の意味を認識した麻衣が一気に赤面する。
 リンだからこそ、それが本心からの言葉だと分かるから。
 嬉しさと恥ずかしさで、軽いパニックを起こす麻衣。
「あぁ、着きましたね」
 そんな麻衣に気付いていないのか、リンが静かな声で告げる。
「リンさん、ありがとうね」
 何とか自分を落ち着かせて、麻衣は傘をたたむリンに声をかけた。
 いろいろな思いを乗せた、麻衣の精一杯の言葉。
 リンが、麻衣の瞳を見ながら静かに笑った。

 

 

■ あとがき
どうしてもどうしても、リン×麻衣でラブができません〜(涙)。
これもどう贔屓目に見てもリン&麻衣ですし・・・。
あうあうあう。いつか必ずリベンジをっっ。

 

戻ります

 

6/5/02 written by Youko.K.