デイリー・グラフティ
「いてっ。あんまり引っ張るなよ〜」
ぼーさんが何とも情けない声を出して逃げようとする。
あたしは思わず笑ってしまった。
「だって、櫛が通らなかったんだもん。ちゃんと髪の毛梳いたの?」
あたしが悪戯っぽく聞くと、ぼーさんがそっぽ向いた。
おや、図星だったのかな?
「・・・今朝は時間がなかったんだよ」
すねたような物言いが可笑しくて、あたしはちょっとだけぼーさんの髪の毛を梳く手に力を入れる。
「いててっ。だから、引っ張るなって」
「ごめんごめん。ちゃんと優しくするから、ね」
あたしの手から逃げようとする頭を押さえて、もう一度丁寧に櫛を通す。
「やっぱ、ぼーさんの髪の毛って気持ちいいよね〜」
「そうか?」
あたしがいれてあげたアイスコーヒーを飲みながら、ぼーさんが呟く。
自分じゃ分ってないみたいだけど、ぼーさんの髪の毛はさらさらだ。
色素は薄いけど染めているわけじゃないから、そんなに痛んでもない。
まったく女の子からしてみたら、羨ましいかぎり。
「猫の毛みたいで柔らかいしさ〜。男の人のくせに反則だよ、これ」
あたしが手を動かしながらそう言うと、ぼーさんが笑った気配がした。
ぼーさんはいつも無造作に髪の毛を束ねている。
絶対言わないけど、それがぼーさんには似合っている。
でも、どれくらいの長さがあるのだろう、と思ったのが事の始まり。
「ねぇ、ぼーさん。ぼーさんの髪の毛ってどれくらいの長さなの?」
いつも通りオフィスにくつろぎに来たぼーさんにそう尋ねると、ぼーさんは不思議そうな顔をした。
「前から不思議だったんだよね。ほら、髪の毛って結んでいるとあんまり長く見えないでしょ。だからぼーさんの髪って、どれくらい長いのかなって」
ぼーさんがアイスコーヒーのカップから口を離しながら、軽くうなった。
「うーん・・・。結構長い間伸ばしているからな。麻衣よりは長いぞ」
そう言って、髪の毛の結び目を軽くゆする。
「そんなの分ってるよー。あたしの長さじゃ束ねたり出来ないもん」
あたしが少しふくれたように言うと、ぼーさんが小さく笑った。
そして、
「ほら、かなり長いだろ」
髪の毛をほどいてくれた。
はらり、とぼーさんの髪の毛が広がる。
笑った顔は間違いなくいつものぼーさんだったけど、ひどく印象が違うように見えた。
「なんか、別の人みたい」
「だろ」
ぼーさんがにんまり笑って、そして手櫛で髪の毛を結びなおそうとした。
なんとなくそれが勿体無いような気がして、あたしは思わず声をあげた。
「あ、待って」
「?」
「手櫛じゃ綺麗にまとまらないよ。あたしがやってあげる」
言いながら、あたしはポケットから櫛を出した。
んじゃ、頼むな。そう言ってぼーさんがソファーに深く腰掛ける。
そうして、現在に至る。
あたしが手を動かしていると、オフィスのドアが開いた。
振り返ると、安原さんが入ってくるところだった。
「こんにちわー」
あたしが挨拶すると、安原さんも返してくれる。
その声でわかったのか、ぼーさんが口を開いた。
「おう、少年、久しぶりだな」
「いやだな、滝川さん。ついこの間会ったばかりじゃ・・・」
そう言いかけて、安原さんが小さく吹きだした。
あたしは変わらずに手を動かしている。
「少年?」
「いえいえ、何でもありませんよ」
しれっとそう言って、安原さんは自分のデスクの方へと行く。
「・・・麻衣」
「んー?」
「一体俺の髪に何をしたんだ?」
ぼーさんの声と、あたしが仕上げにゴムで括るのが同時だった。
「出来たっ」
あたしが声を弾ませると、ぼーさんがこちらを振り向く。
・・・あたしも思わず吹きだしてしまった。
おおっと。ぼーさんが睨んでいるよ。
「麻衣?」
声が心底不安そうだったので、あたしは笑いながら手鏡を貸してあげた。
ほら、とぼーさんを写す。
そして。
「お、おいっ。なんじゃこりゃっ」
ぼーさんが悲鳴に近い声をあげた。
鏡に写るには、長い髪を三つ編みにしたぼーさん。
我ながら上手に出来たと思うんだけどなぁ。
「麻衣〜〜〜」
その声がほんとに情けなさそうで。
あたしは悪いとは思いながらもくすくす笑ってしまった。
■ あとがき
強引すぎる場面展開ですね〜。自分でやっときながら、かなり呆れてしまいます。でもヤマナシオチナシイミナシは、やっぱり書きやすいです(←下手の言い訳)。
タイトルは、いつも通り意味無いです。仮タイトルをそのままつける勇気がなかったんで、急遽思いつきでつけました。
05/24/01 written by Youko.K.