初めて貴方の笑顔を見た時、私の心は奪われた。
それが無くては、もう生きていけない。
貴方の笑顔がもう見れないから、私は生きていけない。
笑顔
景麒は自分を見舞いにきた女王を見て、眉をひそめた。
久しく見ていない、柔らかな笑み浮かべていたからだ。
「主上・・・?」
とりあえず起き上がろうとした景麒を、舒覚は手で制する。
「そのままでいなさい。時間は取らせませんから」
優しげな声にも違和感があった。それでもひどい眩暈から、舒覚に言われるままに、寝台に横たわる。
舒覚は傍まで近づいてきて、景麒の様子を見つめた。
「具合は・・・あまりよさそうではありませんね。ひどく苦しいのですか?」
「今は・・・それほどでもありません。それよりも主上、政務の方は?」
言葉とは裏腹な声に、舒覚はくすりと笑った。
それとも、こんな時にまで政務を気づかう景麒の生真面目さを笑ったのか。
「こんな時にまで、貴方は貴方らしさを失わないのですね」
それは、ひどく優しい口調だった。
景麒は舒覚が何を言いたいのかをつかみかねて、彼女の次の言葉を待った。
小さな沈黙が、その部屋に訪れる。
「貴方と出会ってからもう五年が経ちましたね。・・・それともまだ五年というべきなのでしょうか?その間を貴方と過ごして、私は多くのことを学びました。その際たる事が・・・私は王の重責を果たす事が出来ないという事です」
それはさらりと舒覚の口からこぼれてきた。
あまりに自然に言われたため、景麒はその真意を理解するのに時間を要した。
「・・・何をおっしゃっているのですか?」
「貴方にももう分っているはずです。私はこれから、篷山へ参ります。」
乾いた唇から出てきた言葉に、景麒は目を見開いた。
「主上!?まだ時間はあります。まだ間に合うはずです・・・!どうか、考え直してください・・・!!」
苦しげな景麒の懇願に、舒覚は首を振る。いいえ、と小さく呟いた。
「景麒、私はもう駄目なのです。今もし持ちこたえる事が出来たとしても、また同じことを繰り返してしまいます。そして私は、貴方が苦しむ姿をもう見たくないのです」
揺るがない決意が滲む言葉。
舒覚の土気色の顔に、今は赤みが差していた。
かさかさに荒れていた唇にも、舒覚が好んだ紅がひいてある。
髪を飾るよく磨かれた玉が、鈍く輝く。
永く見ていなかった穏やかな表情が、ひどくまぶしい。
痩せこけた体を包む白い装束の意味に、景麒は背筋を凍らせた。
「私はいつも困らせてばかりだったわね。今もそう。王になって私ができたことは何も無いけど、貴方の半身になれたことを後悔はしていません。貴方が生きていけるのだから、この結末にも悔いはありません。貴方を苦しめたくてしたことじゃない。貴方を愛しているわ。・・・だから、新しい王を見つけて。」
「主上!!」
その言葉に跳ね上がるように起きると、ひどいめまいが景麒を襲った。
舒覚はその筋張った手で、景麒に優しくふれた。
「ほら、天の答えはもうここに出ているの。貴方はこんなにも病んでいるんですもの。」
唇をかんでうつむいた景麒の黄金の鬣に、舒覚は指を絡めて笑った。
「もう行きます。貴方を見ていると、決意が鈍りそうになるから」
そう言って、潔く景麒に触れていた手を離す。
すがるように顔を上げた景麒と、舒覚の視線が交わる。
そうして、舒覚は笑った。
始めて見る、迷いのない笑顔だった。
契約を交わした時にも、天勅を受けた時にも、王宮に入った時にも見たことのない、晴れやかな笑顔。
彼女を止める手立てがもう無い事を、景麒は悟った。
小さな衣擦れの音をさせて、舒覚は景麒から遠ざかっていく。
「・・・ねえ景麒。最後に一つだけいいですか?」
部屋を出ようとしていた舒覚が、振り返らずに景麒に声をかけた。
「私が死んで貴方が新しい王を見つけてしまったら、貴方は私のことを忘れてしまうの?」
「麒麟が王を忘れるなどということは、決してありえません」
「ありがとう、例え嘘でも嬉しいわ。その言葉があれば、私は一人でも進んでいけるわ」
言葉が終わらないままに、舒覚は足早に部屋を出ていった。
そして残された麒麟は、深く溜め息をつく。
それはすべての感情を閉じ込めた、小さなものだった。
■ あとがき
く、暗すぎです。
しかもどうしてこうも、マイナーなカップリングなんでしょうかねぇ。
でもなんとなく書きやすくって、書いちゃいました。タイトルは全然意味ないです。
イメージ的にはCoccoの「遺書」です。というか書いていたらあまりにも「遺書」になりすぎたので、書き直して今のカタチになりました。
02/23/01 written by Youko.K.